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セージ・ニコラーエフ

 マーシャーズ・インの騒動の一件は、すぐに盗賊ギルドに知れて配下の構成員が後処理に来た。

 この異世界に置いて警察的な組織は無く、町の兵士も数名やって来はしたが、セージと揉めた挙句に殺された傭兵の事など特に背後関係を調べるなどという事はなく、ただ遺体は運び出される。

 コラキアに置いて罪が裁かれる場合、その多くは被害者と加害者の当事者同士による話し合いが原則となる。

 町は地区ごとに区分けされており、それぞれの区長が裁判官のような役割を果たして罪の裁定を行うが、ほとんどの場合罰則金を払うだけで終わる為に犯罪そのものが減るという事はない。バレなければいい。捕まらなければいい。その程度の意識しか、正義というものは存在しないのだ。

 故に、マーシャが宿を経営する傍らでゴロツキ共を雇い、程度のいい宿泊客を襲わせて金品を巻き上げたり売春をしていたとしても、現代の地球ほど重い罪には問われない。

 ただその代わり、逆襲にあって命を落としたとしてもそれは自己責任で完了するという側面も持ち合わせていた。

 コラキアに置いて、領主が出向いて裁判を起こすとすれば、大規模な組織的な金品強奪や殺人などの領民生活を脅かすほどの凶悪犯罪に限られる。

 今回、セージが取った行動はまさに殺人に数えられるが、相手がプロの戦闘集団であった事、セージが家族と認める一行に直接的な被害が迫っていた事などを挙げて裁判まではいかなかった為、投獄される事は避けられてはいた。

 勿論、レナとフラニーが割って入ってマーシャを助けていなければ、それらの証言を得る事は出来ずに投獄された危険はあった。

 その事から、レナ、フラニー、更にはラーラからも酷く責められたが、マーシャから犯罪行為などを強要されて来たというシェーンを救ったという観点から縁を切られるとか関係を断つほどには至らなかったが、シェーンと場当たり的とはいえ入浴を共にした件についてはラーラはかなり立腹しており、そもそも他の女性陣に対して女性関係など微塵も抱いていなかった事から、ラーラにしばらく娘達とも距離を置くよう宣言されてしまったのは少しショックを受けているセージである。

 その上で、今は盗賊ギルドの幹部、アニアスから事情聴取を受ける羽目になっており、ため息が止まらない。

 警察機構がない代わりに、自警団的組織が似たような役割を果たしており、それがコラキアでは盗賊ギルドが担っていた為だ。

 何度目かのため息を聞いて、アニアスが苛立たしげに睨みつけて来た。


「いい加減にしろ、セージ! そもそも、何かあったら連絡をよこすようにとベルナンから言伝があったはずだぞ!」


 血で汚れたカーペットを剥がされ、家具類も全て破壊されて投棄された石畳のがらんどうと化した旧マーシャの部屋。

 唯一残された椅子に座るセージとアニアスは、対面するように座り、セージはアニアスから質問を受けている所だったのだが、ラーラにシェーンとの関係を疑われて距離を置かれてからこの方上の空な状態が続いている。


「セージ、聞いているの! そもそも、これほど大量の死人を出しているんだから御領主からの召喚が無かっただけでもありがたいと思って欲しいわね!」


「やかましい。大体において、降りかかる火の粉を払っただけだ」


 普段より覇気のないセージの態度に、アニアスの苛立ちはいよいよ増してくる。


「全く、情け無い・・・。私が認めた男が、これほどメンタルが弱かったとは」


「ふん。何がメンタルだ。俺はアイツらを守ろうとしただけだぞ」


「そういう恩着せがましいセリフは、何も響かないと言うのは教えておくわ。もう一度聞くけど、アンタは何故、容赦もなく相手を殺したの?」


「何度も言っているだろう。ラーラ達に危害を加えようしていたし、シェーンというあの、なんだ、アイツのことは、」


「アイツ・・・アイツねぇ・・・」


「犯すつもりで身包み剥いでいたんだ。自分の家族にも同じ事が起きたかもしれないと思えば、すてては置けないだろうが」


「あのシェーンっていう娘は、アンタが助ける必要は無かったんじゃないのか。ギルドに話を持って来てくれればこちらで対処したっていうのに!」


「それで奴らが調子付いて俺の家族に襲いかかっていたら、どの道同じ事になっていただろうが」


 心底どうでも良さそうにそっぽを向くセージ。

 アニアスが一層不機嫌にセージを責めようとした時、扉を開いて構成員の一人が入ってきた。


「レディ、御領主がセージを北の砦に連行するようにと要請してきましたが、どうします?」


「御領主が!?」


 現領主、ノアキア・エッソス男爵はアニアスの父である現首領ダーゼムの友人でアニアスの事も実の娘のように接してくれているコラキアの最大権力者である。

 元軍人であり、今でも直属の配下には優秀な兵士を抱えている。

 領地の運営は、妻であるマリエ・エッソスに一任し、自らは直属の配下を連れて今でも領内の巡回を通して町の開拓に時間を費やすような人物だ。

 アニアスが知る限り、犯罪行為に対して裁定は下しても罪人に直接会うような事は無かったはずだが、今回の事件をそれだけ憂慮していると言う事だろうか。

 逡巡した後、アニアスは部下に向かって命じた。


「すぐに連行すると伝えろ。あたしが直接連れて行くと」


「はい、レディ」


 御領主は元軍人で、コラキア救済の英雄だ。ゲーリー一家の事も当然優秀な戦績を残す傭兵であると知っているだろう。それを討ったとあれば、いくらアニアスの事も娘のように慕ってくれているとはいえタダでは済むまい。

 アニアスは事態が思った以上に深刻な気がして気が重くなった。





 コラキアの町を出て北に半日の距離に、小高い丘がある。

 その丘は北面と西面が抉れて崖になっており、その下には豊かな湖を擁し、崖に隣接するように比較的に大きな城砦があった。

 コラキア領主、ノアキア男爵の住まう館がその内側にあり、直属の百人の兵士に常に守られている。

 アニアスは配下の戦士、イースとヘイズの二人にセージを縄で縛らせて馬車で連行していく途上にあった。

 堅牢な城壁の正面、南側の城門をくぐり、修練場のある広場を抜けて本城へ。

 馬車を降りて兵士五人に囲まれて石造りの回廊を進み、謁見の間へと通されると、奥の五段高い床に置かれた長テーブルに玉座代わりと上質なクッションを縫い付けられた飾り彫刻を施された椅子にノアキア男爵が腰掛けて長剣を正面に切っ先を地につけ、どっしりと構えて一行を見据えて来た。

 左右には男爵の側近である騎士、右にセージに勝るとも劣らない大柄なサー・ガッシュ、左に女性ながら180という長身で小剣ショートソードを両腰に下げた変幻自在の双剣使いサー・メレイナが控えて鋭い視線でセージを見下ろしている。

 謁見の間の左右にはサー・ガッシュとサー・メレイナの配下の兵士長が五人ずつ更に控え、完全に罪人を逃がさない布陣だ。

 これはいよいよ尋常ならざる様子に、アニアスが身を硬くしていると、右のサー・ガッシュが重圧感のある声で一喝した。


「御領主の御前である! 控えよ!」


 アニアスがスッと跪く。

 慌ててイースとヘイズもそれに従うが、セージは物言わずその場に立ってノアキア男爵に視線を真っ直ぐに向けていた。


「何をしてる、跪けセージ!」


 アニアスが慌てるが、ノアキア男爵がそれを笑って飛ばして言った。


「構わん。相変わらずだな、セージ・ニコラーエフ」


 盗賊ギルドの一行が、「は?」と言う目でセージを見上げ、セージはと言うと後ろ手にロープで縛られているのを見せて平然と言った。


「これでは跪くたくとも自由が効かなくてな」


「まるで罪人だな。セージ・ニコラーエフ」


「傭兵を殺したからな」


「傭兵をな? そうなのか、ガッシュ」


 右の騎士サー・ガッシュがお辞儀をして言った。


「悪名高いクベールト・ゲーリーを討ったそうです。相違ないなセージ!」


「貴様に呼び捨てにされるとは心外だな、力自慢のガッシュ」


「今の俺は騎士だ。サーと呼べ北の野人!」


「相変わらず頭にくる奴だな、貴様は」


「お互い様だ!」


 おもむろに言い合いを始める二人を、サー・メレイナが叱った。


「御前で喧嘩をするな、クズども!」平伏する一行を見下ろし「アニアス、セージの縄を解いてやりなさい」


 メレイナの言にアニアスが目を見張る。


「サー・メレイナ、セージ・ニコラーエフは傭兵団長クベールト・ゲーリーを討った罪人ですが、いいんですか?」


「見知った仲だ、構わない」


 状況を不審に思いながらも、イースに命じてセージの縄を解く。

 セージはそこで初めて跪いて領主を敬った。

 苦笑してノアキアが言う。


「よい、貴様と私の仲ではないか。ここには貴様の戦友しかおらぬしな」


「は、では」


 と、セージは立ち上がって領主を見上げる。

 ガッシュとメレイナは油断ならぬと目を光らせる中、ノアキア男爵は笑顔で言った。


「ゲーリーを討ってくれたようで、感謝している」


「感謝?」


「うむ。山で隠者をやっておった貴様は知らぬであろうが、彼奴は友好、非友好問わず亜人の集落を見つけては略奪を繰り返していたような外道でな。国も手を焼いておったのだ」


「人間と友好的な亜人の方が珍しいと思いますが」


「それでも、討伐対象にまでなるのはゴブリンやオークくらいのものだ。あの男はそれこそ難癖をつけては国に仇なす恐れありと虚偽の報告を貴族にでっちあげて討伐依頼を引き出し、殺戮と略奪を繰り返しておった。そうして戦闘経験だけは積んでおったからな。表立った罪も見出せず、亜人など王家に仇なす者も実際には居らなんだが、同様に王家に力を貸すような亜人も少ないとあっては彼奴の行動を断罪する手立てが無かった。どのような形であれ、彼奴を討つ事が出来たのはこの国の為にもなろう」


「そんなものでしょうか」


 興味なさげにセージが上の空で返事をすると、ガッシュが再び怒鳴った。


「いい加減にしろよセージ。男爵閣下が許しても、俺は貴様の無礼を許さんぞ!」


 メレイナが腰の剣を揺らしてガッシュを睨む。


「私も無様に怒鳴るだけの男は許さんぞ」


「貴様はどっちの味方だメレイナ!」


「御領主様の味方だガッシュ」


「やめんか二人とも」


 ノアキアに止められて口をつぐみ、そっぽを向く二人の騎士。

 ひとつため息を吐いてノアキアは言った。


「時にセージ、どうやってクベールト・ゲーリーを討つまでに至ったのだ?」


「大した事じゃありません。マーシャという宿の主人と結託して、町で何かをしようとしていたようですが、俺の家族に手を出そうとしていたようなので、やられる前にやっただけです」


「家族? いつの間に結婚したのだ?」


「結婚したと言うか、ハーピーですが・・・」


 ハーピー? と、ノアキアは目を丸くしてセージを見つめると急に笑い出した。


「フハハハハハハハ! ハーピー、ハーピーだと!?」


「・・・何が可笑しいのです?」


 不満げに男爵を睨みつけるセージ。

 ノアキアは左手を上げて笑いながら言った。


「ハハハハハ! ハーピーか! いや、許せよ。ハーピーなど鳥の声で鳴くしか出来ぬ文明も持たぬ下賤の輩。だが納得いった。クベールト・ゲーリーめは貴様がハーピーを連れているのを見て目をつけたのだな。メレイナ、ハーピーは亜人に入ると思うか!?」


「はい、閣下。ハーピーの中にも人語を解せる頭の良い個体もおりますれば、亜人と呼べない事もないかと」


 興味深げにノアキアが前のめりになってセージに聞いた。


「して、その方のハーピーは人語を話すのか?」


「であれば、どうだとおっしゃる?」


「そう警戒するな、何もしはせぬ。しかし、人嫌い故にかな? ハーピーなどという魔物と暮らすのは」


「別に人嫌いというわけではありませんが」


「人嫌いではないか。帝国軍の蛮行に耐えられなくなって脱走兵になったと言っていたではないか貴様は」


「帝国軍が、ではない。皇家の一部が暴走していたのが許せなかったからです」


「だが、何かをなすのではなく南に逃げてきたのではないか」


「俺個人に出来ることなどありません」


「上に行けば良かったではないか。皇族の側近だったのだろう?」


 セージはノアキアの言葉に、しばらく答えずにじっと床を見つめて考え込んだ。

 そういえば、セージ・ニコラーエフとしての過去を振り返って、どんな人生だったのかと考えることはしていなかった。

 改めてそう思い、過去を振り返ろうとしてみると、一人の少女が思い出された。

 褐色の肌の小さな少女。

 月に輝く銀色の髪に澄んだ空色の瞳。

 エルフ族との和解を願い、謳い、私下の兵達を頼り、側近のセージ・ニコラーエフ達を従えて、ロレンシア帝国皇帝セルジオ・セルガノフ一世に平和を提言した心やさしき少女。


『私が事を成し遂げてエルフ族との和解を結びつけたなら、ひとつの戦は終わりますね。そうすれば戦いも少しは減ります。その暁には、あなたは騎士叙勲を受けて私の許嫁になって下さいましね』


 戦好きの別の皇族に疎まれ、はめられ、命を落とした。

 護りたかった。

 護れなかった少女。


「鬼の目にも涙か」


 ガッシュの言葉に我に帰ったセージは、自分が涙した事に気付き、震える左手で涙を拭って思った。

 振り返ろうとしなかった、してこなかった理由。

 そもそもの、何故が出てこなかった理由。

 思い出したくなかったのだ。

 ノアキアが申し訳なさそうに言った。


「すまぬ。そういうつもりでは無かった。以前にも貴様は、ここに落ち延びて来た理由を話さなんだ。五年も経てば、話せるくらいには心も癒えるかと思うておったのだがな」


 被りを振って大きく息を吐くセージ。


「気にしないでもらいたい。どの道臆病な敗残兵です」


 セージはおもむろに背を向けると、謁見の間を後にした。


「話は終わって居らぬぞ、セージ・ニコラーエフ!」


 怒鳴るガッシュをノアキアが制して言った。


「よいのだガッシュ。今のは私が悪い。本題は、また次の機会としよう」


「ですが、御領主様」


「メレイナ、よいのだ。だが、クベールト・ゲーリーの残党連中が姿をくらます前には、協力を取り付けねばな」


 本題は残党狩りか、と、アニアスは床を見つめて思案に耽る。

 察したようにノアキアはアニアスに言った。


「アニアス、よろしく面倒を見てやってくれ。アレは私の危機をかつて救ってくれた英雄でもある」


「小父様の英雄? ですか?」


「あのまま腐らせて良い男ではない。お前にとっても、特別なのであろう?」


「別に、そんな相手では・・・」


「ともかく、頼む」


 コラキアの領主は、盟友の娘にも頭を下げて言った。

 アニアスは、過去を振り返って涙を流した男を思って、深く礼をする事で領主の頼みを受け入れた。






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