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小賢しい陰謀は食い荒らされて

 脱衣所でズボンを履き、チュニックを着てから黒い毛皮鎧を纏ったセージは、右の肩口の匂いを嗅いで顔をしかめた。

 身体を綺麗にした事で余計な悪臭が気になるようになった為だ。

 だが、今はシェーンのせいで余計な気分になっているのが紛らわせる効果があるから良しとしよう。


(だが、今度きちんと洗って消臭しなくてはな)


 折角なので、衣服も新調した方がいいかも知れない。

 仕立屋で作り置きしてあるような量販物なら、生地をメートル単位で買うよりも安く手に入る。どうせなら、レナの服装もこの世界に馴染む物にした方がいいか。

 なるべく余計な事を考えるのは、シェーンの裸を忘れる為であったが、彼女(?)も浴場を出て脱衣所に向かって来たのを横目に見てすぐに退散しようと出口に向かった。


(冗談じゃない。俺はそんなにも節操のない人間じゃないぞ)


 認めたくは無いものである。

 足早に中庭を横切る10メートルの通路を進み、戸口に差し掛かった時、階段辺りから男達の話し声が聞こえて足を止めた。

 訝しんで耳を澄ます。


『シェーンの奴、今頃よろしくやってんのかねぇ。アンアン鳴いてたりしてな!』


『覗きに行くのは無しだぜ』


『だが、お前だって興味あるだろう? 半分男で半分女だぜ!?』


『そっちより、今日の獲物だろう。何しろ、全員上玉だ。ハーピーすらも町娘じゃ敵わねぇくらいだからな』


『チビどもも売れるってか?』


『いい小遣い稼ぎになりそうだ』


 一通り会話が済むのを待っていると、男達が階段を登り始める気配がする。

 セージは黒騎兵チョルナカヴァレリャとして野戦で奇襲攻撃を仕掛けるのに培って来た身のこなしで、音もなく男達の背後に迫っていった。

 気付かずに階段を登り切る男達。


「俺はエルフを先に貰うぜ。あの中じゃあ一番の上玉だからな」


 言い終わるや、セージに背後からベルトを掴まれ男の身体が後ろに放り投げられて宙を舞った。


「うおあーーーー!!」


 階段を盛大な音を響かせて転げ落ちていく男。背中から落ちてしたたかに後頭部を強打しもんどり打っている。

 残った方の男が振り向いて目を見張った。


「なんで!? 足止めされてなかったのか!?」


 セージは言い終わるか終わらないか、という所で階段を登り切り、男の胸倉を掴んで持ち上げると左右に壁に力一杯叩きつけた。


「うぎゃっ、ぐわっ!」


 二度、三度、五度。


「うぎ、うが、たすけ!!」


 そして階段に向かって放り投げた。

 盛大な音を響かせて転げ落ちていく男。

 無言で階段を駆け下りるセージ。

 痛む身体を引きずって男達が逃げようと立ち上がるのを、通路から飛び出して来た緑のメイド服の娘が膝の裏を蹴りつけて転ばす。

 追いついたセージが、右の男の背中を両手で掴んで宙高く持ち上げると、力一杯床に叩きつけた。


「ぐげがっ!」


 カエルが潰れたような奇妙な悲鳴をあげる男をさらに持ち上げて三度床に叩きつける。

 どこかを痛めたのか、グホッと血反吐を吐いてビクンビクンと身体を痙攣させていた。

 腰を抜かした左の男が、哀願するように両手を結んで祈るようにセージを見上げてくる。

 相手が口を開くより先にポツリとセージが言った。


「俺の家族に手を出そうとしたな?」


「ま、まってくれ・・・命令、命令されただけなんだ・・・」


 セージは哀願する男の腕を掴んで立ち上がらせると、後頭部をガッシリと右手で押さえ、左手で後ろから肩口を持ち、扉が等間隔で並ぶ左の壁に頭から叩きつけた。

 激しく叩きつけられて額が割れ、血飛沫が飛ぶ。

 一度では終わらない。

 何度も、何度も男の顔面が壁に叩きつけられる。

 悲鳴をあげるいとますらなく、幾度も叩きつけられた男の頭は、顔面は血塗れになって元の面影も無い。

 壁にはべっとりと血の染みが張り付き、板張りの壁は衝撃で破られて頭の形に穴が穿たれてしまっていた。

 力無く床に伏す男達を、しばらくそのまま見下ろすセージ。

 静かになったのを訝しんでか二つ扉が開いて他の宿泊客らしい冒険者が顔を覗かせたが、鬼の形相のセージが仁王立ちしているのと血塗れの男達が床に伏しているのを見て慌てて部屋に引っ込み、扉を閉めて鍵をかけた。


「うおお!」


 苛立ち最高潮でセージが唸り声を上げる。

 シェーンがそんなセージの右脇を横切って、倒れた男の一人から素剣ノーマルソードを奪うとスラリと引き抜き、セージの方を一度振り向いて見上げ、何も言わずに抜き身のままカウンターに戻って歩いて行った。

 何事かを察したセージは、何も言わずに彼女の後を追うように、悠然と通路を進んだ。





「ねぇ・・・今のすっごい音って・・・」


 二階の七部屋目にて。

 椅子に座ってテーブルを囲むレナ、フラニー、ラーラ、アミナが顔を見合わせた。

 激しい音にびっくりした子供達がベッドの上で目を丸くして固まっている。

 フラニーが立ち上がって言った。


「様子を見て来ましょう。アミナは子供達とここにいて」


「わ、私も参ります・・・」


「いいからここにいて。貴女が来ても、出来る事は無いと思うわ」


 レナも同意して立ち上がり、素剣を鞘ごと握りしめて腰ベルトの左のカラビナに吊るす。


「回復役の出番は後でって事で。にしても、お父さん何で暴れてんのよ・・・宿で・・・恥ずかしいなもう・・・」


 首を振ってため息を吐くレナに向かって、フラニーは冷静な顔で細剣レイピアを腰に下げて言った。


「あの、胡散臭い宿の主人が何かやらかしたのかも」


「本当にそう言える!?」


「セージは無意味に暴れない。それに、ベルナンもセージに何か言っていたわ。尻尾を掴みたいって」


「ええー、でもそれと暴れるのって関係あるかなぁ。要は調査の依頼でしょ。裏組織の壊滅でもあるまいし」


「案外、そうかもよ?」


 と、フラニーがラーラを見ると、ラーラは肩をすくませて見せた。


「私も残っているわ。室内の戦闘って、実は苦手で」


「でしょうね。ここは任せてもらうわ。行きましょうレナ」


「フラニーが仕切ってる・・・。まあいいけど・・・」


 レナとフラニーは部屋を出ると扉を閉め、階下を目指して階段を降りて行った。





 カウンターの奥、マーシャの私室。

 クッション付きの上等な椅子に踏ん反り返るマーシャは、物凄い打撃音が宿中に響き渡り、大型の生物の物のような唸り声を耳にして震え上がった。


「一体なんなんだい! 今の音は!」


 部屋にはマーシャの他に、装いも様々な長剣を腰に下げた男衆が十人いた。

 壁にもたれる者、床に胡座をかく者、マーシャ同様クッション付きの上等な椅子に腰掛ける者。

 大半の男は、上等な椅子に腰掛けて抜き身の長剣の切っ尖を床に立てて両手で支える男の周りに立っていた。

 鋼の胸当てと草摺りを装備し、肩には燻んだ色のマント。マントの襟首にはカラスの羽根を縫い付けた装飾を施され、一団のリーダーだと一目で分かる。

 男の名は、クベールト・ゲーリー。

 ヴァラカスの地で長年傭兵として数々の亜人族を葬って来た、傭兵団「赤き血団(レッドブラッズ)」、またの名をゲーリー一家ファミリー団長ボスにして、騎士団もおいそれとは手を出せない上級英雄(レベル10)戦士。

 クベールト・ゲーリーは顎に蓄えた豊かな髭を揺らして言った。


「慌てるなマーシャ。相手があの噂に高い山の隠者、セージ・ニコラーエフならば、テメェの小賢しい手なんざ効く相手でもねぇ。だが、コッチはレベル5の兵士長級の戦士を集めてるんだ。奴一人が乗り込んできた所で、何が出来るって事もネェ」


「そ、そりゃあ、そうかも知れないけど・・・」ジロリ、とゲーリーに睨まれ「そ、そうだね。アンタに勝てる戦士なんて、この国には数える程もいないからね!」


「当然だろう」


 入口の扉が開き、男衆が一斉に長剣を抜刀する。

 中に駆け込んで来たのは、緑のメイド服のシェーンだった。


「シェーン!?」


 驚いて立ち上がるマーシャ。

 シェーンは手にした素剣ノーマルソードを構えて、


「マーシャ! ボクはもう手伝わないよ! ボクの事を解放して・・・!?」


 武装した男達を見て息を飲んだ。


「マーシャ、まさか・・・こんな・・・」


「今更やめるだ? バカなガキだね! 誰が今まで育ててきたと思ってるんだい!」


 罵るマーシャ。

 ゲーリーが立ち上がって顎でしゃくると、入口の壁に寄りかかっていた部下達がシェーンを両脇から捕まえて肩を捻り、拘束した。


「い、いたい、離せ!」


「ボス、こいつどうします?」


 ゲーリーがマーシャに向き直る。

 マーシャはその目に怯えながら言った。


「す、好きにすりゃあいいさ! ただし、そいつは半分男だ! ついててもいいっていう変態なら楽しめるだろうさ!」


 男衆が色めき立つ。

 何も言わず笑い声だけを上げてシェーンを部屋の中程、ゲーリーの前に引きずり出した。

 怯えるシェーンを見下ろして、ゲーリーがメイド服を引き裂き、下着まで剥ぎ取ってあられもない姿にさせる。

 舐め回すようにシェーンを見て唸った。


「ほう、珍しい。アンドロギュヌスか。初めて見るぜ」


「ボス、かなりな上玉ですぜ。俺にくだせえ!」


 部下の一人、頭髪を丸く剃り上げて骨の翼のタトゥーを描いた男がシェーンの後ろに立って首元のボタンを外す。


「ヤってもいいが、俺たちを楽しませろよ」


「へへへ、もちろんでさ」


 男が後ろからシェーンを羽交い締めにしたのと、セージが部屋に入ってきたのは同時だった。

 あまりにも自然に入って来た侵入者に、無警戒だった入口に近い場所にいた男は両手で顔面を掴まれ、


「ぐがっ!」


 首をへし折られてその場に崩れ落ちた。


「なんだ、テメェは!」

「ぶっ殺すぞ!」


 二人がたちまちに長剣をギラつかせて迫ると、左の男に詰め寄って無言で首を同じようにへし折り、剣を振りかぶった右の男に向かって突き飛ばして床に転がすと、彼らの手からこぼれ落ちた長剣を素早く拾い上げる。


「やろう!」

「舐めやがって!」


 更に躍り掛かる男達が剣を振り下ろすより先に、立て続けに左右に剣を振り抜いて鎧を纏っていない下腹部を深々と斬り裂いた。

 血が吹き出て床を汚す。

 頭に骨の翼のタトゥーを持つ男が、シェーンを突き飛ばして床に転がすと、長剣を引き抜いて言った。


「テメー、いい度胸してイヤがるな・・・」


 セージは一瞥をくれただけで床を蹴って距離を詰め、長剣を素早く突き出した。

 絶対の余裕を見せていた骨の翼のタトゥーの男は、喉を真正面から突き刺されて信じられないという表情で動きを止める。

 セージは剣を引き抜くや左に振りかぶり、右に振り抜いた。

 ゴロリと男の首が落ち、その巨漢が崩折れる。

 流石の手腕に、ゲーリーが笑みを浮かべて褒め称えた。


「なるほどその容赦の無さ。貴様がセージ・ニコラーエフか」


「だったらなんだ」


「俺の傭兵団の兵士長クラスをこうもあっさりと殺すとは。大したもんだ。どうだ、俺の下で働かねぇか」


「言いたい事はそれだけか」


 問答無用で無造作に剣を振りかぶるセージ。

 ゲーリーは余裕の笑みを浮かべて長剣を構えて唱えた。


「スキル、横一線スライサー


 一文字に正確に振り抜かれる一閃。

 セージは長剣を左腰に溜めるように一瞬構えると、右上に振りかぶった。

 真っ向から剣と剣がぶつかり合い、金属の折れる甲高い音を立てて両者の剣は振り抜かれた。

 スキルを乗せた一撃が、ただの攻撃で凌げるはずは無い。

 ゲーリーが歪んだ笑みを浮かべて勝利を確信する。

 セージがつまらなそうに長剣を見下ろすと、キンっと音を立てて互いの剣が真っ二つに折れて落ちた。

 無言でゲーリーの傍から眺めていた男に近寄ると、無防備に惚ける男から長剣を奪い、首筋に刃を押し当てる。

 思い切り長剣は下に引くように斬り下ろされ、男は首から血飛沫を上げて倒れた。


「え?」


 間の抜けた声を上げたゲーリーの、鋼の胸当ての真ん中がパックリと割れており、遅ればせながら血が吹き出す。


「え、え・・・」


 右手で傷口を触れるゲーリー。

 右膝から崩折れ、前のめりに床に伏して息絶える。


「ぎゃああああああああああ!!!」


 成り行きに気付いたマーシャが、遅れた悲鳴を上げた。

 スキルも使わずにヴァラカス最強の一人と謳われたクベールト・ゲーリーが斬り捨てられ、ようやく相手の戦力を思い知った男達が入口に殺到する。

 狭い入口で揉み合う不浄な傭兵達を、無情にセージが狩り立てた。


「ああ、ああ、ああ・・・」


 あっという間にヴァラカスで一、二を争う傭兵団の精鋭達が斬り捨てられ、現実を直視できずにマーシャがその場で震えている。


「ちょっと・・・どうしたの、コレ・・・」


 レナとフラニーが駆けつけた時、全てが終わっていた。

 半裸のシェーンが、褐色の肌を隠しもせずにセージに向き直ると床に転がる長剣を拾い上げて真っ直ぐに目を見据えて来た。

 何かの答えを待つようにじっと佇み、やがてマーシャに向き直る。


「母親面して、よくもボクをコイツらに売ったね?」


「シェーン・・・待っておくれ・・・こんなゴロツキ共に私が逆らえるわけないだろう・・・!」


「アンタはどうせ本当の母親じゃない・・・この腐れ外道が・・・!」


 一歩一歩、力強く踏み出すシェーンの、剣を持つ手をセージが掴んで止めた。


「何をするのさ!!」


「お前は、血の匂いがしない。悪事に手を染めない人間など居ないが、せめて殺しはするな」


 そっとシェーンを背後にかばうように下げると、彼女の代わりにセージが剣を高々と振りかぶった。


「まっとくれ・・・まっとくれ・・・!!」


 目を見開いて哀願するマーシャ。

 セージは無情に言った。


「俺の家族に手を出しやがって・・・!」


 真っ直ぐと振り下ろされる剣。

 間一髪の所で、レナが割って入ってその一撃を受け止めた。


「お父さん、待って! 殺したらお父さんただの人殺しだよ、コイツは生かしてギルドに突き出さないと!」


 フラニーが素早く進み出てマーシャの首筋に細剣レイピアの切っ尖を押し当てる。


「黙って降参しなさい。この場で死んだ方がマシだったって思うかもしれないけど」


 マーシャは震えてその場に崩れ落ち、あまりの恐怖に目を見開いて天井を仰いだ。

 シェーンは引き裂かれたメイド服を両手で手繰り寄せて、隠しきれない褐色の肌でセージの背中に寄りかかって行った。そして呟く。


「・・・ごめんなさい・・・」


 その呟きが何に対してのモノなのか、その場の誰も、本人にすら分からなかった。






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