魔炎風炉、その1
シェーンの案内の後、一行は二階に移動して空いている部屋を見て歩き、中程の階段から六部屋目と七部屋目が並んで空いていたのを目につけてそこに宿泊する事を決めた。
六部屋目にセージ、ラーラ、子供達が泊まり、七部屋目にレナ、フラニー、アミナが入る。
女性陣は早速浴場目指して降りて行き、セージはと言うと荷物が盗まれないようにと部屋で留守番をする羽目になった。
盗まれて困るのは、武具、そして金。
(特に金は僅かしか無いからな。擦られたら終わりだ)
その辺はセージが一番気にかけている所だ。
全員の装備を部屋の中央の丸テーブルの上に置き、ぐるりと見渡してみる。
部屋の大きさは十畳程度。
左右の壁に木のベッドが二つずつ置かれ、そこそこふっくらとした白い布団が敷かれている。
山小屋の間に合わせ的なマットと比べると格別な寝心地だろう。
中央には丸テーブルが置かれ、申し訳程度の木の背もたれ付き椅子が四つテーブルを囲むように置かれている。
テーブルの上にはセージとレナの素剣と小盾、フラニーの細剣にアミナの法棒が置かれ、他に飲料水の入った水差しとガラスのコップが六つ乗せられた木製のトレーがあり、セージはする事もなく暇を持て余して水差しからコップに水を注ぎ、それを一口すすると窓際へ移動して窓を内側に開けて鎧戸を外側に開き、何をするでもなく寂れた路地を見下ろしていた。
背後で扉が勢い良く開かれ、くたびれて煤けたズボンにチュニックという格好に小剣を右手に構えた男が姿を現して怒鳴り散らしてきた。
「強盗だぞ! 金を出せ!」
「あ?」
セージが睨みつける。
男はしばしセージの事を見つめ、テーブルに並べ置かれた武器に目をやると、何事も無かったかのように通路に戻って扉を閉めた。
深くため息を吐いて首を振るセージ・ニコラーエフ。
彼は水の半分入ったコップをテーブルのトレーに戻すと、金の入った巾着袋を右腰に結んで自らの素剣を鞘ごと左手に掴むと扉をそっと開けて通路に出た。
左右に首を向けると、階段から二部屋目に先ほどの男が小剣を片手に扉を蹴り開ける所だった。
「強盗だぞ! 金を出せ!」
『『キャアアッ』』
女二人の悲鳴が上がる。
「やれやれ、クソが」
男が部屋に入っていくのを見てセージも二部屋目に向かい、通路から中を覗き込んでみた。
見窄らしい男が、軽装の革鎧に身を包んだ娘二人に向かって小剣の切っ尖を向けている。
娘達は武器を部屋の反対側のベッドに置いていたため、反抗する事が出来ずに窓際に追い立てられていた。
男が口走る。
「強盗だぞ! 金を出せ! 命が惜しかったら鎧を脱いで裸になれ!」
震え上がって何も出来ない娘達。
セージは何も言わずに徐に部屋に入ると、ドスッドスッと足音を立てて男の背後に迫って行った。
驚いて振り向く男。
切っ尖をセージに向けて怒鳴った。
「なんだテメーは! この剣が見えねぇのか!」
スラリと問答無用で素剣を抜き放つセージ。
左手の鞘で男の小剣をはたき落とし、右手の素剣の刃を男の首筋から胸元にかけて押し当てて静かに言った。
「おい。クズが。有金を全部寄越せ」
「ひい!? 待って! 殺さないで!」
キョトンとして成り行きを見守る娘達。
セージが刃を押し当てる力を強くして言った。
「聞こえないのか、有金を全部寄越せ!!」
「ひいい! ごめんなさい!」左腰の巾着袋を外して震えながらセージに差し出してくる「これ、これしかありません! たったの12カルグしかありません!」
セージは巾着袋を引っ掴むと、男を床に押し倒して窓に歩み寄った。
小さな悲鳴を上げて娘達が左右に逃げる。
セージは窓を勢い良く開けると、男の巾着袋を裏路地に放り投げた。
一瞬、何が起きたのか誰も理解が追いつかずに凍りつく空気。
セージは男を見下ろして言った。
「さっさと取りに行ったらどうだ。路上のクソガキに持ってかれるぞ」
我に返って窓枠に飛びつく男。
「うわー! 俺の全財産! おい、そこのガキ何拾ってんだ俺のだぞ返せー!」
脱兎のごとく逃げる、男の金を拾った子供。
そこが5メートルの高さの、宿の二階という事も忘れて男が窓から飛び降りた。
『いてー! 足を挫いたー!?』
地面に墜落して左足を抱えてのたうち回る男。
既に姿を消した子供を追って、足を引きずりながら男は去っていった。
ぐるっとセージが部屋を見回すと、二人の娘達は怯えて床にへたり込んでしまっている。
セージは鼻を鳴らすと剣を鞘に戻して部屋を後に背中で語る。
「部屋の鍵くらい閉めておけ。ああいう手合いは少なくないぞ」
「「は、はい・・・」」
状況を理解出来ずに立ち上がれない娘達を尻目に、セージは部屋に戻って行った。
一方の浴場では。
子ハーピー達が大小の石を組み上げて作った広い湯船で泳いで遊び、レナ、フラニー、ラーラ、アミナが縁に並んで肩まで湯に浸かってくつろいでいた。
「はああああ、気持ちいい! 何日振りのお風呂だろう!」
満足げにレナが幸せそうに仰け反る。
フラニーが湯の中で背伸びをして言った。
「気持ちいいわねぇ〜。人間の町にこんな最高なモノがあるなんて知らなかったわ」
「そうねぇ。山小屋が川に面していたら、セージも頑張って作ってくれたのかしらねぇ」
少し残念そうにラーラがため息を吐く。
アミナがお湯で顔を撫でて言った。
「でも、薪で炊くお風呂なら、井戸水もある事ですし作れるかもしれませんね」
「うーん、贅沢は言わないから小さなお風呂でもいいから作って欲しいわね」
同意するフラニー。
レナが肢体を隠す事もなく立ち上がって言った。
「そうよ! 魔炎風炉設備なんて贅沢は言わないわ、人ひとり入れるくらいの樽があればいいのよ! 薪でお湯を沸かせばいいんじゃない!」
フラニーがため息を吐く。
「樽って言ったって、そんなに安くはないわ。手に入るかしら」
「別に並々とお湯を注いである必要は無いもの。上の方が多少壊れてるくらいの酒樽を捨てようとしてる酒場を見つければいいのよ!」
「レナって時々大胆なこと言うわよね」
「お風呂は女の子にとって死活問題だもの! ラーラもそう思うでしょ!?」
「そうねぇ。でも、酒樽じゃあ翼のある私じゃあちょっと狭いかも・・・」
「大工さんを呼んで、お風呂用の小屋は建ててもらわないとですね」
アミナもかなり乗り気だ。
バシャバシャと翼で器用に泳ぐ子供達は湯船で円を描くように追いかけっこをして遊んでいた。
しかし、とアミナが言う。
「井戸の水を、どうやったら効率よく組み上げることが出来るのでしょう?」
「ううん。そこは課題ね」とレナ。
「セージが頑張ってくれるわよ」とフラニー。
「それはやめて頂戴。流石にセージも疲れて、夜の楽しみが減ってしまうわ」
「疑問に思ったんだけど、ラーラって、毎晩セージと・・・?」
「毎晩じゃないけど、わりとしょっちゅう?」
「「流石夫婦・・・」」
「あげないわよ?」
三人の会話に、アミナが手を上げて言った。
「私をセージ様に差し出すと言うのは!?」
「「「何処の痴女よ」」」
「アミナにはあと五年は早いし、セージは貸さないわよ?」
「いえ、私がセージ様に」
「同じ事よ? あなたはセージに近付いちゃダメよ?」
「はうう・・・」
アミナは完璧に拒否されてしょんぼりと顔の半分を湯に埋める。
子供達がラーラの元に集まって来て、真っ赤な顔で訴えて来た。
「あちゅいー」
「ふらふらー」
「ふにゃふにゃー」
レナが大変、とアルアをそっと湯から持ち上げて言った。
「のぼせちゃってる。少し風にあててあげないと」
「そういえば、長く入りすぎたかしら」とフラニー。
ラーラがため息を吐いて立ち上がって言った。
「そうねぇ、気持ちよすぎてつい・・・」ビーニを器用に持ち上げてタイル張りの床に下ろし、チェータの事も同じように上がらせる「そろそろ上がりましょうか」
フラニーがタオルで前を隠しながら立ち上がると、右手を軽く振るって微風を起こす。
「濡れた髪や羽は私が乾かしてあげるわね。そろそろ行きましょう」
「そういえば、お父さんもずっと待たせてたわね」
「やきもきしているのかしら?」
首を傾げるラーラ。
女性陣は子供達の回復もする必要に迫られ、名残惜しそうに風呂から上がって子供達を一人ずつ抱え、脱衣所に移動した。




