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マーシャーズ・イン

 結局、冒険者ギルドへの納品もあったのだがベルナンの好意で納品作業の手伝いは無くなり、盗賊ギルドに上納金を納めている一般宿のマーシャーズ・インにまで彼の計らいで口添えをしてもらえる事になった。

 ベルナンにしても、セージとレナと言う高レベルの戦士を前にして、彼らの機嫌を取っておきたいという打算はあるのだろうが、何より彼が想いを寄せるエルフのフランチェスカ・エスペリフレネリカ(フラニー)がいる事が一番大きかっただろう。

 馬車を通りに待たせて、ベルナンは一行の先頭に立って宿へ入っていく。

 開け放たれた質素な観音扉をくぐり、ちょっとした喫茶店にもなっているロビーに入ると奥まった所にあるカウンターへ。

 カウンターでは、恰幅のいい女性が脚の高い立派な木の椅子に踏ん反り返って琥珀色の酒が入ったグラスに酒瓶から注ぎ足していた。

 ベルナンの姿を目に留めて若干面倒臭そうに目を細めて言う。


「おや、ベルナンの旦那。上納金は先日払った筈だけどね」


 ベルナンは宿の看板名にもなっている、カウンターで踏ん反り返る女将のマーシャに呆れるように見て言った。


「また呑んだくれているのか。客を連れてきてやったと言うのに」


 見ると、カウンターにある琥珀色の液体から常温で揮発したアルコールの匂いがほんのりと香っている。

 鼻で笑って返すマーシャ。


「ハンっ、何が客を連れてきただい。どうせだったらお貴族様みたいな上客を紹介しとくれ」


「真面目に働いていれば客もつくだろうが、そう呑んだくれて踏ん反り返っていれば上客も逃げるだろう。いいから帳簿を出せ」


「口やかましいねぇ」


 と、面倒臭そうにマーシャはカウンターの下の引き出しから一冊の帳簿を出してベルナンの後ろに目をやると目を丸くして言った。


「ちょっと、なんだい。魔物がいるじゃないのさ!」と、ハーピーの母娘とエルフ、東洋人の娘を見て「おやおや上玉揃いだね。さーさ帳簿にサインしておくれ!」


 マーシャの態度に胡散臭さを感じたのか、セージがカウンターに手を突いて身を乗り出して彼女の事を見下ろす。


「ボッタクリじゃ無いだろうな」


 マーシャは凄みを効かせるセージに臆する事もなく言った。


「安心おしよ。ウチはここいらじゃあ最高の宿屋さ!」


 カウンターの奥を振り返って大きな声で従業員を呼びつける。


「シェーン! シェーン客だよ、案内しな!」


 マーシャの声にカウンターの奥から姿を現したのは、浅黒い肌に鮮やかな金髪の琥珀色の瞳が美しい少女だった。

 金髪は背中までかかる少しウェーブのかかった癖っ毛で、背丈は160センチ位か。健康的で活発そうな顔は少年にも見えるが、僅かな胸の膨らみがそうでは無いと物語っている。


「いらっしゃいませ、ご案内いたしますね。どうぞ、コチラに!」


 店の特色なのか緑と白を基調としたメイド服に身を包み、身のこなしはなるほどよく訓練された少し可愛らしさを強調する男受けしそうなもので誘っているようにも見えるが、意図的に過ぎるその接客対応はセージの欲情を掻き立てることは無かった。


(特徴はアニアスと同じだが)


 肌と髪、目の色は似ているが、顔立ちはアニアスの方が美人だろう。

 じっと睨むように見つめていると、シェーンと呼ばれたその少女は少し怯えるようにもう一度誘うように腰を折って言った。


「ど、どうぞコチラへ・・・」


 どかっとレナに蹴飛ばされる。


「何だ・・・!」


「なんだじゃないよ、店員怯えさせてどうすんのよ!」


「そんな事はしていない」


「お父さんの強面で言ったらみんな怯えるよ!」


「確かにそうかもね」


 フラニーが同意して言った。

 ベルナンが役目は果たしたと深くセージにお辞儀をして見せた。


「俺は仕事に戻りますが、ギルドの連絡員を常駐させています。用があれば、マーシャに言いつけてもらえれば、連絡員を通して誰か人を寄越させるので」


「感謝する。何もないとは思うが」


「では、これで」


 もう一度お辞儀をして、ベルナンは宿を出て行った。

 カウンターの脇の通路から、宿の奥へ案内される一行。

 奥は人が二人すれ違える程度の広さで、等間隔で扉が並んでいる。

 シェーンが前を歩きながら説明してくれた。


「一階は主に冒険者に提供している部屋で、6部屋あります。値段は20カルグと安いですが、窓の高さからして旅のお客様にはおすすめ出来ません。二階はこの通路の一番奥の階段から登っていただきます。コチラは鎧戸も完備しており、防犯の面でも効果的ですが、お一人50カルグいただいております。10部屋ございます。一部屋あたり四名お泊まりになれますが、どちらになさいますか?」


 セージが答えるより先にレナが言う。


「もちろん、上の部屋よ! いいでしょお父さん!」


 気を悪くする事なくセージは言った。


「お前とフラニーとアミナで泊まれ。俺とラーラと娘達は一緒だ」


 はたと立ち止まって女性陣が顔を合わせる。

 何かおかしな事を言ったかと、セージが一同を見ると、フラニーが抗議の声を上げた。


「横暴だわ! 子供達は私とも一緒に居たいはずよ!? それに男は別の部屋にするべきよ!」


「何故だ? 妻と子が一緒なのは都合が悪いのか?」


 凍りつく空気。

 ラーラが冷ややかな笑みを浮かべて女性陣に言った。


「夜這い《おいた》はダメよ?」


((ちぃ))


 意味ありげな舌打ちをするレナとフラニー。

 若干引き気味でセージは向き直ってシェーンに言った。


「案内を続けてくれ」


「ええと、はい」


 そして通路を先に急ぐシェーン。

 通路の一番奥から折り返すように登り階段があり、そちらを右手で指す。


「お二階へはコチラから上がって下さい。扉には立札がございますが、青い立札は空き部屋です。赤い立札は他のお客様がいらっしゃいますのでご注意下さい。相部屋をご希望でしたら赤い立札の部屋でもノックしていただければ先方のお客様と交渉していただいて結構ですが、ご家族、ご同道でいらっしゃいますようなので、青い立札の部屋をご使用くださいませ。それと、」


 どん詰まりに一枚の扉があるのを開けて、その先にまだ通路が続いているのを見せるシェーン。


「この先に浴場おふろがございますので、ご自由にお使いください。当宿の浴場おふろ魔炎風炉設備フレイムマグ大型給水塔ビッグタンクタワーを完備しておりますので、給水管を通して蛇口、シャワーからお湯を自動供給されておりますので、他よりも快適な環境をご提供できるものと自負しております」


 イエスっ! と、セージとレナがガッシリと右手で握手する。


「何してんのアンタ達・・・」


 ドン引きするフラニーが呟いたが、自動給水の素晴らしさを体感したらきっと涙する事だろうとセージとレナはほくそ笑む。


「二人共、ちょっと気持ち悪いわよ?」


 ラーラにたしなめられてセージが咳払いして言った。


「自動給水とは、蛇口を捻るだけで水が、お湯が出てくるスグレモノだ。一度経験してしまうと・・・」


「うちにも給水塔タンクタワー立てない?」


 レナが横槍を入れて来る。

 唐突に口黙るセージ。

 アミナがレナに同意して言った。


「あれは素晴らしい物です。是非、山小屋にも建てましょう」


「いや、ちょっと待て、どうやって水を引いてどうやって給水塔まで水を上げるんだ。ここは水車とか魔炎風炉設備フレイムマグと言う動力があるから可能であってうちでは無理だぞ」


「そこをどうにかしてよお父さん!」


「無理なものは無理だ。シェーン、案内を続けてくれ」


「そんなにも素晴らしい物ならどうにかしなさいよ」とフラニー。

魔炎風炉設備フレイムマグってどんなものなのかしら」とラーラ。

「とても素晴らしい物です!」とアミナ。

「「「おふろー!?」」」と、子供達。


 脛を蹴られたように泣きそうな顔でセージが唸った。


「ここを選んだのは間違いだったか・・・」


 シェーンが気の毒そうに見て、補足して言った。


「全ての設備を整えるのに、軽く1万カルグはかかりますよ? 水路を引いたり動力の水車小屋を建てるとなると、10万カルグは超えるのではないでしょうか?」


 フラニーが首を傾げる。


「10万カルグって想像出来ないんだけど?」


「10カルグが、日本円で1000円として考えてくれ。10万カルグが幾らだと思う」


 レナが指折り数えて計算してみた。


「んー・・・1億?・・・一億!? ちょっとしたビルが建つじゃない!」


「ヴァラカスなら10万カルグあれば町を一つ起こせるぞ」


「うん、無理ね。ゴメン。夢見てしまったわ」


「解ってくれて父さん嬉しいよ」


 二人して悔し涙を流すセージとレナ。

 よっぽど無理そうだと、ラーラとフラニーも残念そうに小首を傾げてため息を吐いた。

 よく分かっていない子供達は、家に何か新しいものが来るのだと期待してくるくると回ってはしゃぎ、アミナがオロオロと子供達をなだめようと必死になった。

 諸々の条件が整っていなければ、そんなにも便利な設備など建てられはしないのである。

 シェーンが困り顔で一同に言った。


「ご案内は以上になります。何かありましたら、カウンターまでお声がけ下さい。あと、浴場おふろは男湯、女湯に分かれていますので、お間違えのないようご注意願います・・・」




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