宿は銭湯付きで
辺境の鉱物町、コラキア。外壁。
盗賊ギルドの荷馬車が正門に到着すると、警護の兵士達が出迎えてくる。
荷台に荷物と一緒に冒険者のレベル8戦士レナ、レベル4魔法戦士のフランチェスカ、レベル3盗賊の構成員二人、そしてレベル5騎士のベルナンが御者を務めてセージ・ニコラーエフと四匹のハーピーが囲まれるように荷台に乗せられているのを見て嬉々として讃えてきた。
「流石はベルナン殿、ミノタウルスの討伐を成し得たとも風の噂に聞き及びます!ベルナン殿にかかれば、凶悪な犯罪者など取るに足りませんな!」
ベルナンは何の話か分からずに首を傾げた。
「何の話だ。南方のミスレ村の武具職人からギルド用に武器を仕入れてきただけだが」
「なるほど、その道中で捕らえたという事ですな!」
セージが荷台からベルナンに向かって投げやりに声をかける。
「お前が俺を捕縛したんだと思ってるんだろうよ」
「アニアス様の盟友を捕縛?」兵士を見据えて「お前は何を言っている」
「・・・は? いえ、・・・荒くれ者の隠者、セージ・ニコラーエフを・・・」
「セージ殿はミノタウルス討伐に一躍買った立役者だぞ。そしてコラキア盗賊ギルドの客人だ。勘違いも甚だしい」
「させとけよ」
セージが鼻で笑った。
「そのくらいの勘違いで俺っていう恐怖が和らぐんなら、町の守備隊の士気も上がるってもんだろう。そうだろう? 臆病な兵士ども」
兵士達は顔を青くして荷台で武具を入れた長櫃に囲まれて座るセージを見た。
側から見れば確かに捕縛して見えなくもないが、悠々と野生リンゴを囓っているいる辺りそれが思い違いであったと知らされる。
ジロリと荷台から睨みつけられて、兵士達は後退った。
「客人を愚弄するのはやめてもらう。通るぞ」
「・・・はっ、どうぞ、お通り下さい・・・」
恐れ慄く兵士達を尻目に、ラーラがセージの事を叱るように見つめて言った。
「あまり人を脅かすものではないわ。嫌われるだけじゃない」
「ラーラは人間をよく見過ぎだ。アイツらはお前達のことをペットか玩具程度にしか見ていないんだぞ」
「そうかも知れないけど」
「そうかも知れないんじゃない、そうなんだ。町の中では俺から離れないでくれよ」
遠くを見ながら不安げに呟くセージを抱きしめて、ラーラはほうっと息を吐いて幸せそうに微笑んだ。
「わかったわ。貴方も私の事を離さないでね」
「おぅ・・・」
セージとラーラを挟むように腰掛けるレナとフラニーが頭を抱えて身悶えた。
「どうした。馬車に酔ったか?」
「「ちがうわよ!!」」
大人達の奇行を他所に、子供達は道々町民が荷台を指差して来るのを不思議そうに眺めていた。
口々に、流石ベルナン様だ、とか、ついに捕縛されたんだ、などと囁くのが聞こえてきて、何の事か分からずにセージの元に集まって脚にしがみついてくる。
不安そうにしているのを感じ取ってそっと手を添えてやると、キューキューククククっと喉を鳴らして甘えた。
ベルナンが子ハーピー達と戯れるセージを振り返って疑問を口にする。
「住民の反応は最初から予想していたのでは? なのに何故町に」
「まぁ・・・複雑でも何でもないんだが」
「本当の目的は何です?」
「「「おふろ〜」」」
子ハーピー達が声を揃えて翼を広げる。
ベルナンは目を見開いて驚愕の表情でセージを見た。
しばらくそのまま、何事もなく馬車は進み、セージが痺れを切らせて不機嫌そうに言った。
「なんだよ!?」
「ああ、いえ。そんな理由ですか?」
「家に風呂はないんだ。仕方ないだろう」
「ですが、井戸はありますよね」
「井戸水で汗を拭くだけじゃあ取れない匂いもあるんだよ・・・!」
「取れない匂い?」
摩訶不思議な事を言われたようでベルナンが首を傾げる。
チェータが胡座をかくセージの股間に顔を近付けて、
「おいコラ何処を嗅いでいる」
セージに持ち上げられ、目の端にその様子を見てベルナンが複雑な顔をした。
床に下されるやラーラのお腹に抱きついて、
「おんなしにおいがする〜」
とのたまう。
アルアとビーニが真似をしてセージの両脇腹にしがみついて、レナとフラニーに引っぺがされた。
「やーだー」
「ビーニも〜」
「やめなさいって!」
「そんな所の匂いを嗅ぐものではないわ!?」
必死な女性陣。
アミナは何事かよくわかっていない様子だが、頰が赤い。
荷台に警護に乗った構成員二人とベルナンは、気の毒そうにセージを見て、ベルナンが言った。
「子供というのは、大変ですな」
「よしてくれ。お前も持てば苦労がわかる」
馬車は大通りを揺られて行った。
盗賊ギルドの黒い荷馬車は、冒険者ギルドから離れた逆方向の一角に止まった。
治安のあまりよろしくなさそうな狭い道に二階建ての建物が連なっている。
銅製品やガラス製品を扱う店や、布製品を扱う店が並び、時折それらに混じって食品を扱う店がある。
商店街というやつだ。
商店街の真ん中辺りに、少し大きな建物が建てられており、馬車はその前で停車した。
ベルナンが振り返って言う。
「ウチの派閥の息がかかっている宿です。魔炎風炉設備があるので、二十四時間風呂に入れます」
魔炎風炉とは、炎の魔法を付与した鉱石を薪代わりに循環させた水を温めるボイラーのような設備で、水車で組み上げた水を高所に建てた巨大な樽に汲んだ水を重力を利用して湯船と水道に常時流している銭湯の事だ。
通常の風呂は薪で炊く為風呂桶が小さく、多くても五人までしか入れないが、魔炎風炉ならば魔炎風炉設備と給水樽の大きさにもよるがおおよそ五十人まで入れるだけの湯を供給出来る。
セージは感心したように言った。
「魔炎風炉とは珍しいな。そんな最新設備がコラキアにあったとは」
レナが興味をそそられて身を乗り出してくる。
「魔炎風炉って?」
「簡単に言えばボイラーだ。大量に湯を沸かせる。風呂の屋根には馬鹿でかい水樽が置いてあって、水の重みで自動給水が可能だ」
「・・・それって・・・」
セージはレナに耳打ちした。
(日本でいう銭湯だな。魔法のお陰とはいえ、よくもこの世界の技術で作ったもんだ)
(せせせ、銭湯!!!)
(水圧は期待できないだろうが、蛇口やシャワーも期待出来そうだ)
と、離れてポツリと言う。
「治安の方はわからんが」
レナは背後からベルナンの両肩を掴んで言った。
「グッジョブ!!」
「それは・・・どうも・・・」
レナの喜びように若干引き気味のベルナン。
一行は彼の紹介で、この宿、マーシャーズ・インに泊まる事に決めた。