小さな旅路、その2
一行は街道から少し離れた場所に腰を下ろして持参した穀物の塊を弁当に休息を取る。
穀物の塊は、コメともコーンとも異なるニングァというイネ科の脱穀した物と拳芋を蒸してすり潰した物を混ぜてボール状に固めたものだ。
ニングァは野生の稲でセージ達が住んでいる森の開けた所に群生しており、一家族が年間を通して消費する分の収穫は十分にある為、わざわざ栽培する必要はないが、そもそも水分をあまり必要としない植物であり栽培には細心の注意が必要な事からヴァラカス地方の土地に合わない事から栽培されていない。
単に、セージが山小屋で隠者生活を始めた時に偶然群生しているのを見つけて食用にしているだけである。
味はコメよりも甘さがあるが、どう調理しても食べると粉々に潰れて口の中が粉っぽくなる事から口当たりは悪い。
蒸してすり潰した拳芋と混ぜると程よい弾力の饅頭のようになり、この穀物のボールが最も食べやすいものとなったのだが、蒸かし芋を作る手間とすり潰す手間、ニングァを炊いて冷ました所にすり潰した芋を混ぜてこねてボールにした物を簡単に崩れないように表面を適度に焼き上げるまでの手間がかかると言った事から今回のようにちょっとした遠出に弁当として携帯する以外では作らないというのは特記しておく。
このボール状の塊には特に名前はつけられていなかったが、セージとレナは便宜上「オニギリ」と呼ぶことにしていた。
今朝の明け方にセージがオニギリを作っているのを見た時は、レナはいい食べ方があるのにと憤慨していたのだが、作る手間を聞いているうちに「面倒くさいからどうでもいいや」と言って外に逃げて行ったのは内緒だ。
オニギリに噛り付きながら、フラニーはセージとラーラの様子を伺って言った。
「町にはハーピーでも泊まれる宿は実は多いけど、ほぼ粗悪な宿よ。見た目は良いけど、宿泊客の安全はあまり考慮していないから女性だけで泊まるのはハッキリ言って危険。気付いたら全然知らない男に夜這いをかけられたとか、そんな話はザラね」
レナが渋い顔をして目を瞑る。
「うへぇ・・・。フラニーは被害にあった事あるの?」
「コラキアではないわ。旅を始めたばかりの頃に夜這いをかけられた事はあるけど」
「大丈夫だったの!?」
「掴まれる前に投げ飛ばしてボコボコにしてやったわ。幸いレベル無しだったから」
「危険と隣り合わせだったのね」
ラーラが感心したように言う。
アミナは子供達を見てポツリと言った。
「アルアちゃん達は気を付けないとね。まだうまく飛べないし、そう言う悪い大人に捕まったら危ないものね」
オニギリを食べる動作をやめて、子供達がセージの膝に集まって見上げてきた。
困ったようにアミナを睨むセージ。
「子供達を怯えさせるな。俺と一緒に寝るに決まっているだろう」
あ、っと脅してしまった事に気付きアミナが子供達を見るが、子供達は思いっきりアミナの事を不審者を見る目で見ていた。
「え、え、違うのよ。恐がらせるつもりではなかったのよ?」
後の祭りである。
子供達はセージの脚にしがみついて「ヂーヂー、キョロキョロ、ギャー」と鳥語で抗議の声を上げていた。
ラーラが悩ましく通訳してくれる。
「やだやだ、変態、しんじゃえ、だそうよ。アミナ、子供達と仲良くしては欲しいけど、あまり脅かすと懐かなくなってしまうわ」
「はうう・・・申し訳ございません〜・・・」
セージはセージで脚にしがみつく子らを撫でてなだめるのに忙しく、食事どころではなくなってしまった。
そろそろと、オニギリを食べ終えたフラニーがセージの傍らに腰掛けて子供達を代わりにあやそうとした時、通りかかった黒塗りのホロ無し馬車が止まって遠巻きに声をかけてきて一同の視線がそちらに向く。
『そこに居るのは、セージ殿かー!?』
レナが眉根を潜めて御者を見る。
「んー、どっかで見たような・・・」
フラニーがバツが悪そうにため息を吐いて言った。
「嫌だ・・・ベルナンだわ・・・」
御者は荷台に乗った二人の男を残して馬車を降りて近付いてくる。
「やはりセージ殿。このような所でピクニックか?」
「そんなわけ無いだろう。町に買出しついでに観光だ」
「コラキアは観光地ではない。見る所などありませんが。むしろ治安が悪い。子供達には危険なのでは?」
「家族を持てば色々あるもんだ」
家族と言う単語に、ベルナンはチラとフラニーの方を確認するが、フラニーの方は極力目を合わせようとせずに子供達を撫でて安心させている風を装っている。
ベルナンの視線に気付いたセージは、わざとフラニーを呼んだ。
「おい、エルフ。挨拶くらいしたらどうだ」
「ムカつく・・・貴方なんでそうなの?」
「何がだ」
「何でもない」
セージとフラニーのやり取りに脈は無いと判断したベルナンは、フラニーに声をかけようとするが、当のフラニーは一層子供達と戯れて見せた。
空振りに終わったベルナンを気の毒そうに見ながら、フラニーにその気が無いのでは仕方がないと荷馬車の方に視線を移す。
「何を運んでいる?」
セージの視線の先を感じ取り、取り分けて隠す事でもないとベルナンは正直に答えた。
「矢弾です。この間の騒動でクォレルを消費しましたからね」
見た目には荷台の衝立から黒い箱が半分顔を覗かせているのがいくつか見える。クォレルは連射弓用の小型の矢で、弓に使う矢と違い、先端が針というか錐のように細く鋭利に尖っている一撃のダメージより貫通力に特化した矢だ。
飛距離が落ちるが水平射撃性能が高く、弓が熟達が必要で遠距離攻撃が可能なのに対して白兵戦での面制圧に特化した「兵科を選ばない」汎用性の高く甲冑をも貫く熟達しなくても扱える最先端兵器。
弓矢の半分の長さというコンパクトさから、一箱あたり五百発は詰まっていると推測された。
見た目には荷馬車に満載と言うわけでもなさそうだが・・・。
「人は乗れないか?」
ふとそんな事を聞いてみる。
ベルナンは一度荷駄を振り返り、セージ達一行がハーピーとその子供を釣れている所から推測して言った。
「冒険者ギルドに納品するブツもありますし、セージ殿の一行を乗せる余裕はありますが。荷下ろしを手伝っていただけるなら乗せていきますよ」
「助かる」
「では、話してくるのでしばし待ってもらいたい」
ベルナンが荷馬車に戻っていく。
ラーラが申し訳なさそうに言った。
「悪いわセージ。それに、一度助けてもらった間柄でもあまり借りを作るのは・・・」
「俺とレナでクソ牛を討伐している。貸しはあっても借りはないぞ」
「あの人達が来てくれなければ、酷い目にあわされてた」
「奴らがもっと早く介入してれば、お前らがあんな目に合うこともなかった」
言っておいて、一番は自分がそこにいればよかったのだと後悔して顔を曇らせる。
フラニーが子供達をあやしながらポツリと言った。
「アナタがゴブリン討伐に行ってなかったら、挟撃受けてた可能性が高いわ。ミノタウルスとの挟撃ね。そしたら、全滅してたんじゃない? 私達みんな、今頃弄ばれてたかもね」
それでも表情の晴れないセージの背中に、レナが座り込んで背中を合わせて言った。
「自信もってよね、お父さん。頼りにしてるんだから」
「やかましい。小娘」
セージは悪態をつきながらもレナの温もりに安堵を覚えていた。
ラーラがため息混じりに呟く。
「ほどほどにして頂戴ね。私の雄なんだから」
赤面してレナはセージから身体を離して立ち上がり、数歩離れると両手を天に突き上げて「うおー」と叫んだ。
子供達が真似をして翼を広げ、「「「わおー」」」と喚いていた。