小さな旅路、その1
セージは、子供達の首輪から伸びるリードを確かめて子供達に語りかけた。
「よし、じゃあ、町に行く前の練習だが、このまま俺から一杯まで離れてみろ」
「「「あーい」」」
言われた通りにセージから離れてぴょこぴょこと跳ねて行く子ハーピー達。
リードが一杯になってカクンッと引き戻される。
アルアが翼でリードを突いて確かめ、ビーニが右足の鉤爪でリードを引っ張り、チェータがリードに噛み付いて不機嫌そうにクルクルとその場を回っていた。
すぐにラーラがチェータに近付いて翼の先で背中を撫でる。
「チェータ、やめなさい。リードが首に絡まって危ないから!」
「ううー。じゃまー」
セージもチェータに近付いて頭を撫でて言った。
「このリードが届く所までだ。俺からそれ以上離れちゃいかん」
「「「どうしてー?」」」
「人間は怖いやつが一杯いるからだ」
子供達は少し離れて様子を見るレナ達を見て翼を広げて楽しげに飛び跳ねる。
「おねーちゃやさしー」
「やさしーおー」
「ねーちゃーやさしー」
「レナ達は家族だから優しくて当たり前だろう」
家族と言われて、気恥ずかしそうに右手で側頭部を撫でるレナ。
子供達はフラニーの方も見て嬉しそうに飛び跳ねて見せた。
「みみながー」
「みーみーなーがー」
「みみーながー」
「ちょっと、何で私は耳長なのよ、お姉ちゃんって呼びなさいよ!」
「「「みーみーなーがー」」」
キャッキャとフラニーをからかって楽しげな子供達。
アミナがうずうずして子供達に期待するように視線を向けると、子供達は唐突に大人しくなってその場をウロウロし出した。
(何故でしょう!! すっごく避けられています!?)
セージはショックを受けている様子のアミナを見て、残念そうに声をかけた。
「昨日来たばかりで心を開くほど、子供は単純じゃない。そんな顔をするな」
「うう、ですがセージ様ー」
「優しくしてやってくれ」
不安げにウロウロする子供達の背中をセージが優しく撫でてやると、子供達は三方向からセージに抱きついて顔を埋める。
セージは子供達を代わる代わる撫でてやって落ち着かせながらアミナに目配せした。
アミナは物悲しそうにお腹の前で手を組んで頷いた。
「はい・・・」
子供達に一時間ほどかけてセージ達から離れてはいけないと教え込んで、一行はコラキアに向けて小さな旅を始めた。
旅と言っても、片道三時間の遠足のようなものだが。
とはいえ、コラキアに着いたら一泊はする必要があるだろう事からセージは歩きながら所持金を頭の中で計算する。
通常の宿で一泊一人50カルグ。1カルグは銅貨一枚だ。
銀貨一枚は1000カルグに換算される。
現状の所持金は5200カルグだが、ペットを連れ込む場合は一体につき100カルグ余分に取られる。獣臭が部屋に付いたり不用意に汚された時の為の保険だ。
単純に考えると、一行は人間が四人に魔物が四体。ラーラ達の性格を見れば泊めてくれる宿は無くは無いはずだが、それだけで600カルグの費用がかかる事になる。
当初の目的の香辛料は、レナの希望通り揃えようとすれば味噌的な物は小壷一つ10カルグ、七味的な小瓶と塩の小瓶がそれぞれ一つ1カルグだが安く手に入るので余分に買っても良いだろう。あとは砂糖が小壷一つ30カルグだ。
砂糖は純度が高い物は長く腐食する事は無いが、安物の粗悪品はカビが生えてすぐに使えなくなってしまうので、そこは糸目をつけるわけにはいかない。
あとは、獣同伴で入れる風呂があるかどうかだが、ハーピーは亜人に近い為もしかしたらすぐに見つかるかもしれない。
最後に、ハーピー用の衣を作る為の布だが、シーツに使うような薄い素材ではやはり中が透ける時もあるし着心地も悪い。肌触りの良い絹のような素材が最適ではあったが、1メートルあたり20〜80カルグはかかるだろう。
諸々考えると、二種類の異なる生地が10メートル分ずつは欲しい。
「間を取っても、1200カルグか・・・」
「どうしたのセージ?」
つい出てしまった独り言に、ラーラが不思議そうに顔を覗き込んでくる。
何でもない、と微笑みかけてラーラを安心させると、セージは改めて費用を計算した。
(だいたい1850カルグか。それなりに金は残りそうだな)
考え事をしながら歩いていると山道を抜けて街道に出る。
子供達はそれぞれ、レナがアルアを引き、フラニーがビーニを引いて散歩がてらあちこちジグザグに歩きながらついてきていた。
甘えん坊のチェータはずっとセージの右肩に背中からしがみついて辺りを楽しげに伺っている。
ちなみに、チェータが背中にしがみつきたがった為、携行武器は両刃斧を避けて左腰に素剣を下げていた。
鎧はコラキアに来て間もなく、人里を襲う熊を倒して剥ぎ取った毛皮で作った黒い毛皮鎧は遠出する際は必ず着込んでいる。
チェータが鋭い鉤爪でしっかりとしがみついていても、問題なかった。
街道に出てしばらく進むと、セージはおもむろに立ち止まって一行を見渡して言った。
「そろそろ、一休みするか」
「どうして? 町まではまだまだあるわよ?」
ラーラが額に汗を浮かべながらセージの顔を伺うと、セージは懐から綺麗に洗濯してあるが色あせたハンカチを取り出して額の汗を拭って言った。
「無理はするな。お前達は本来、空を飛んで移動するものだ。歩くのは疲れるだろう」
「ふぅ・・・。そうね、でもまだ大丈夫よ」
「体力があるうちに一休みした方が良い。どの道コラキアに着いたら一泊しないと、山小屋に戻る頃には日が落ちてしまう」
「一泊。そっか、そうよね」
旅慣れないラーラは、時間的な感覚に疎く、そこまでは考えていなかったのだ。
申し訳なさそうにセージを見上げて言う。
「ごめんなさいセージ。少しはしゃいでしまったみたい」
「気にするな。ただ、町の住人がどう言う反応をするかまではわからんから、危険はあると考えておいてくれよ」
「ええ、わかってるわ」
遠巻きながらセージとラーラの関係を見て、レナとフラニーは複雑そうに笑顔を作り、二人の中に割って入ろうとしたアミナはレナとフラニーに両脇から掴まれて阻止された。
「ああ、何をなさるのです?」
「なさるのですじゃないでしょ貴女。邪魔しちゃダメ!」
「まー、邪魔したい気持ちはわかるけどね。お父さんもお人好しってほどじゃないから嫌われるよ」
「うう、それは困ります」
「「まず先に子供達のご機嫌をとる事ね」」
レナ達の言葉にアルアとビーニを見るが、二人はレナとフラニーの背後に隠れてそっぽを向いてしまう。
「難関です・・・」
アミナは肩を落として俯いた。