夕食は混沌(どうしてそうなる嘆くは夫)
セージとラーラはお互いの愛を確かめ合った後、畑に立ち入って食材の採集をしていた。
手頃に育った野菜を採集用の笊に入れて行く。
ラーラが良く育ったトマトを翼の関節で器用に持ち上げて匂いを嗅いでみる。
「うん。ほんのり甘そうないい匂い。これもいい、セージ?」
「ああ。うちで取れるので甘いのは、トマトくらいだからな・・・」
「もっと他の野菜も育てたいわね」
「無茶を言うな。比較的にどこでも育てられる野菜しか俺には作れんぞ。畑も小さいしな」
「人も増えて、手狭になってきたわね」
この何日かで、フラニーが来て、レナが来て、さらにはアミナまで加わるとなると、もうこの畑だけでは追いつかないかもしれない。
「ワインの貯蔵も、今の人数では心許ないしな。今後をどうするか・・・」
「どうするの?」
笊を片手に悩むセージに、悪戯っぽい笑みを浮かべてラーラが見る。
チラリ、チラリとラーラの視線を横目に見て、セージは困った顔をした。
「そうやって責めるのはよせ。アミナの件は謝っただろう」
「まぁ、レナ達の力になってくれるのなら、私はこれ以上は貴方を虐めないけど」
「充分虐めてるぞ」
「子供達が寝たら、また、ね?」
「おい、勘弁してくれ・・・。身が持たん・・・」
「今日はダメよ。許さない」
「なん・・・ったく・・・。日本人の男はそこまでタフな奴はそういないんだよ」
「ロレンシア人の身体だからタフなはずよ?」
「ラーラ・・・!」
ちょっと怒って見せるセージ。
ラーラはそんなセージの反応を楽しげに微笑んで眺めた。
「ふふ・・・。かわいい」
「それは褒め言葉じゃない」
「責めてるもの」
「性格悪いぞ! 全く・・・」
セージはラーラの態度に、幾ばくかの癒しを感じながら野菜の採集を続けていった。
夕刻。
結局、何故か皆んなバタバタしていて昼食を取り損ね、ようやくの食事である。
炎の燃える暖炉の前には、子供達が近付かないようにと長さ2メートルの真っ直ぐに加工した木の枝を立て、ロープで三段に縛って半円に暖炉を囲み、その前に毛布を敷いてキュウリとトマトの入った蛇肉のサラダを乗せた笊を置いて子供達に食べさせ、テーブルには蛇と野菜のスープが入った木の皿が四人分、蛇肉のサラダを乗せた木の皿が一人分並べられ、大人達はテーブルを囲んで食事を取っていた。
セージとラーラが隣り合わせて座り、お互いを気にかけながら食事を楽しんでいる。
テーブルの側面に一人座ったアミナは、そんなセージとラーラの営みを羨ましく思う事は無く、その光景を見る事すら幸せそうな様子だ。
一方、セージとラーラに向かい合う形で座るフラニーとレナは、ほんのりと顔を赤くして終始無言でスープを突いていた。
食の進まないレナ達を見て、ラーラが心配そうに声をかける。
「どうしたの、二人とも。蛇の肉は苦手だった?」
話を振られてレナがポツリと呟く。
「蛇の頭ってグロテスクよね」
セージが不機嫌そうにスプーンを置く。
「おい、小娘。蛇の頭は入ってないだろう。さばく時に刎ねてあるぞ」
(お前のヘビも刎ねてやろうか!!)
赤面して不貞腐れるレナ。
セージが睨みつけて言った。
「言いたい事があるならはっきり言え。なんなんだ?」
「ハッキリと言うと言えば!!」
フラニーがバンっとテーブルを叩く。
「セージ先生教えてください。セージ先生にとって妻って何ですか!?」
「・・・何か悪い物でも入っていたか?」
「いいから! お答えなさいよ!」
言葉が少しおかしくなっている。
セージとラーラは目を見合わせると、セージが眉根を寄せて答えた。
「俺にとっては、妻と言えばラーラだが・・・。今更そんな事を聞いてどうする?」
フラニーは勝ち誇ったように椅子を立つと、スプーンでアミナを真っ直ぐに指して勝ち誇った。
「ほら見なさい! セージは一途なのよ、そんな不純な事はしないの!」
アミナはポーッとフラニーのスプーンの先を見て、
「それがセージ様の魅力ではありませんか?」
何を今更、とキョトンとしている。
セージが困り顔で首を傾げた。
「おい、何の話だエルフ娘」
アミナのブレない態度に、フラニーは一瞬かたまり、アミナはと言うとセージとラーラを至極当然と言った様子で宣言した。
「ラーラ様はセージ様の奥方なのですから、セージ様が一途なのは当然です」
「なんだ分かってるじゃない」
「私は従者ですから」
「ふふ、強がっちゃって」
「妻は太陽です。太陽は偉大です」
何だか発言におかしな流れを感じるフラニー。
他の面々は神職独特の説法かと思い、キョトンとした表情で耳を傾けていた。
そして、
「私は水。私は泉。偉大なる父たる大地に求められれば、いつでも大河となって父を洗いましょう」
意味が分からずセージが首を傾げる。
「どう言う意味だ?」
「はい? 一緒のお布団で褥を共にという意味ですが?」
とんでもない爆弾である。
ピタリと凍り付く食卓・・・。
セージの顔が青くなり、ラーラが何とも形容し難い笑みを浮かべて彼を見る。
「・・・・・・ちょっと待てラーラ・・・コレは違うぞ?」
「どう違うのかしら〜?」
「相手は十代だぞ? 子供だ。俺が見向きすると思うか!?」
「子供は産める年齢よね」
「見た目じゃわからん!?」
「見ればわかるわ?」
「ラーラ、ちょっと待て・・・、本当に・・・。俺とコイツは何でもないから・・・!」
セージの発言に小首を傾げるアミナ。
「私はいつでも構いませんが」
「ちょっっっっっとだまっててくれないかな!?」
「はあ?」
慌てるセージ。
フラニーが頭を抱えてため息を吐いて謝罪した。
「ごめんなさいセージ、ラーラ。セージとこの娘は何の関係も持ってないわ。でも常識がちょっと・・・」
フラニーの言葉に目を丸くするラーラ。
セージとアミナを見比べて息を飲んだ。
「ええと、つまり・・・。私とセージの関係を承知の上で?」
「とんでもない無自覚痴女なのよ。多分」
「ひどい言われようです・・・。スクーラッハは収穫の女神でもあるのですよ?」
「あのね、アミナ。収穫って寝とる・・・もとい、寝取られる事じゃないから?」
「寝とる? いいえ、捧げるのです。水は雨と大地に降り注ぐもの」
「もういい、もういい、私が悪かった、お願いだからセージとラーラの関係を壊さないで!」
「何がいけないのでしょう? 目合いはおかしな事ではないと思うのですが」
「貴方はまず常識を勉強しましょうね!?」
「ですがフラニーお姉様」
お姉様? と、一同の視線がフラニーに集まる。
そして、
「フラニーお姉様はセージ様にそよぐ風でありましょうに、目合らないのですか?」
爆弾である。
「うわーーーーーーぎゃーーーーーー! なななっ、何てこと口走ってんのよアンタ!?」
「はあー・・・違うのですか?」
「い、いいからもう黙ってなさい! ちょっと! アンタちょっとおかしいから!」
大人達が揉めていると、夕食を食べ終えて子ハーピー達がセージに這い寄って来てアルアとビーニが背中によじ登ってくる。
咎めるようにラーラが二人を見る。
チェータはと言うとセージの膝に飛び乗ろうとして正面に回り込み、じっと一点を見つめ、それに気付いたラーラが鋭い視線でチェータを睨む。
「チェータ、どこを見ているの?」
「んうー?」
何かおかしな事に気付いた様子でラーラの前に行くと、くんくんと匂いを嗅ぎ始めた。
咄嗟に気付いたラーラがチェータを捕まえようとすると、ぴょこんと飛んで逃げてラーラを見つめて言った。
「んうー・・・おんなし匂いがするー・・・」
ラーラとセージが目を合わせ、ガタと椅子から立ち上がるラーラ。
「大変・・・」
「な、何がだ?」
「あの子気付いたかも・・・」
「何にだ?」
ぴょこぴょこと寝室に飛びながら、時折ラーラを振り返るチェータ。
部屋の手前で物悲しそうにラーラを見つめ、暗い寝室に姿を消した。
何事かと困惑するセージを振り返り、ラーラはすぐに何も言わずに寝室に飛んで行く。
『チェータ、チェータちょっと待ちなさい』
『おんなし匂いがするー』
『いい、チェータ、よく聞きなさい? パパとママはたまには同じ匂いがするものよ?』
『おんなし匂いがする〜』
「なんなんだ一体?」
「チェータ、そういえばちょっとおませさんだから・・・」
「おいフラニー、お前何を言って・・・」
セージが困惑したままフラニーを見た時、ラーラが勢いよく寝室から顔を覗かせて来た。
「セージ、お風呂に入りましょう」
「・・・何を言いだしているんだ」
「コラキアに行けばお風呂があるんでしょう?」
「ちょっと待て、何が言いたいのか分からん」
「子供達も分かる年頃になって来たから、色々と変えていかなきゃ行けないと思うの」
「町はダメだぞ、風呂が欲しいなら何か考えるから・・・」
くるりとフラニーを見つめるラーラ。
「冒険者ギルドにお風呂ってあるかしら?」
「へ!? まぁ・・・あるんじゃないかしら・・・」
「魔物が簡単に町に入れるわけないだろう!」
方法が無いわけでは無いが、セージは絶対に取りたくない手段だ。
それを見越してか、ラーラはフラニーに向かって言った。
「魔物はペットに入るのかしら?」
「ええ・・・と・・・冒険者ギルドならアリなのかも」
「町へ行くなら丁度いいわ! 明日お父さんと買い物に行く約束もしてたし、ラーラ達の衣もいい生地のもの作れるわよ!?」
レナが便乗してくる。
ラーラがいい事を聞いたとセージを見つめた。
「決まりね」
「おい待て、ラーラ、ダメだぞそれは!?」
慌てるセージ。
背中にしがみつくアルアとビーニは、初めての町に大喜びで身体を上下させる。
「首輪くらい我慢するわ。お風呂に行きましょう」
あくまでも引かないラーラにセージは戸惑う。
子供に秘め事を悟られて、改めて羞恥に目覚めたハーピーは風呂でしっかりと汚れと匂いを落とす事の大切さを実感していた。
魔物にとって奇異な人の目など、秘め事を感付かれる羞恥に比べれば取るに足らないものだと感じていた。