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強がる鬼も妻には敵わず

 セージはアミナを抱えたまま枝払いされた獣道を歩いて行く。

 その後ろを歩くレナの機嫌はすこぶる悪い様子で、いい加減に鬱陶しく感じたが、理由を聞くのも面倒な感じがしたため無言の状態が続いていた。

 何度目かのレナのため息が聞こえて、アミナが恐る恐ると言った様子でセージを見上げてくる。


「あの、レナ様は何故ご機嫌が優れないのでしょうか」


「さあな。放っておけばいい」


 無言の行軍が続く。

 山小屋まで三分の一に差し掛かろうかという所で、とうとうレナの足が止まった。

 しばらく気に留めずに先を急ぐが、ついてくる様子がない。


「ええい、クソ・・・」


 不機嫌にセージがレナの方に向き直ると、獣道にうずくまっていじけている様子に、更にセージの機嫌が悪くなる。


「おい、小娘。いい加減にしろ。何か気に入らない事があるなら言ってみろ」


「うっさい、マジ鈍感」


「歩かないんだったら置いていくからな。腹が減っているわけでもあるまいし」


「うっさいわね! 減ってるわよ! 腹ぐらい減るっつーの悪い!?」


「全く・・・」


 どう考えてもレナの機嫌の悪い原因は空腹では無かったが、セージは理由に気付きつつもそっとアミナを下ろして丁度良い木の根がコブになった所に座らせて言った。


「すまんな、アミナ。ちょっと待っていてくれるか」


「あ、はい。大丈夫ですが・・・」


「安心しろ。この獣道は俺が普段から通るのに使っているから、通常獣は寄り付かん。俺がこの辺で狩をしているからな。わざわざ狩人が通る道に、獣は寄り付かんよ」


「それはそうなのでしょうが・・・」


 セージは立ち上がるとレナの方を見て怒鳴りつける。


「アミナと一緒にここで待ってろ! そのくらい出来るだろう小娘!」


「小娘小娘うっさい! 何よ人の気も知らないで!」


「知る気もない。いいからここで待ってろ」


 ぶっきら棒に言い放って獣道から逸れて森に分け入って行くセージ。

 なんだか見放された気分になって、レナはその場で低木の枝をポキポキと折って気晴らしをし始めた。

 アミナが居たたまれなくなってレナに話しかける。


「あの・・・、すみません、私が足を挫いてしまったせいで、お父様を独占してしまっているようで・・・」


 はー・・・、と、遣る瀬無さそうにため息を吐くレナ。


「分かってんのよ、私だって。ああ見えてお父さん優しいから。だけどさ、もうちょっと私の事見てくれたってイイじゃん」


 不満を吐露するレナ・アリーントーン。

 アミナは申し訳無さそうに俯いて地面を見つめ、やがて決心したように言った。


「あの・・・。不躾かもしれませんが・・・。レナ様の事をお姉様と呼んでもよろしいでしょうか?」


「ダメに決まってんじゃん、何言ってんのアンタ・・・!」


 言いかけて虚しさが込み上げてきて目を反らす。

 アミナは物悲しい気持ちになって一層下を向いてしまった。

 余計な事まで吐き出しそうになってレナも視線を下に向けて黙る。

 そもそもが、セージはラーラというハーピーの事しか女性扱いしていないのだから、レナ達がどう想いを寄せようとも振り向くはずもないのだが、それでも別の女性ばかりに優しくしているのを見せつけられるのは腹立たしい。

 どうにもならないのだが、苛立ちだけが募ってしまう。

 二人が無言のまま距離を開けていると、しばらくしてセージが野生のリンゴを三つほど持って戻ってきた。

 不貞腐れるレナに向かって不機嫌そうに歩み寄り、ずいと手の平に収まるくらい小さなリンゴを差し出してきた。


「言っておくが、日本のみたいに甘くはないからな。酸っぱいし渋いぞ。だが腹の足しにはなる」


「何聞いてんの!? 別に腹が減ってるわけじゃないんだから!」


「腹が減ってるから余計に気分が悪くなるんだ。足を挫いてるんだからしょうがないだろう。いい加減に機嫌を直せ、レナ」


「・・・・・・。ムカつく。こういう時だけ名前で呼んでさ・・・」


 レナはひったくるようにリンゴを奪うと、ガブリと噛り付いて言った。


「んぅえ・・・すっぱ・・・」


「自然の果実なんて、そんなもんだ。麓の農場に行けば品種改良された甘いリンゴもあるんだろうがな。俺にそんな知識はない。それで許せよ」


「は!? こんなんで許せるわけないじゃん!」


「だがせめてアミナとは仲良くしてくれ。依頼を手伝ってもらうんだろ」


 レナが何かを言おうとセージを見上げると、彼の目に哀しそうな色を感じて口をつぐみ、文句の代わりに口走った。


「今度町に付き合ってよ。まともな香辛料だってないんだからさ。たまには美味しいゴハン作ってよ」


「俺の料理に味なんか期待するな。・・・だが分かった。確かにまともな香辛料は必要だな。砂糖も残り少ないか」


 素直な返事が返ってきて、レナがピタリと固まる。

 セージは無反応なレナに困惑して小首を振って言った。


「何かおかしな事を言ったか?」


「い? ええっ、別に・・・」


「そうか?」


「ああ、うん、えっと・・・。じゃあ、明日がいい」


「明日な。またせわしいな」


「い、いいじゃん! だいたい、お客さん増えるのにいつまでも適当な香辛料使うの良くないっしょ!」


「わかったわかった。明日な」


 どうやら少し機嫌が直ったのを確認すると、セージはアミナの方に行って屈み込み、再びアミナを抱えて立ち上がる。

 気恥ずかしさと、レナに対する申し訳無さにアミナが両手を胸で組んで俯く。

 セージはそれに気を止める事なく歩き出した。





 山小屋に近付くと、庭で遊んでいた子供達、アルアにビーニ、チェータがピョコピョコと跳ねながら迎えに近付いてきた。


「おとうちゃー」

「とうちゃー」

「おかーりー」


「おう、ただいま」


 しかし、セージに抱えられる少女を見るや、不思議そうに首を上下させて見上げてくる。


「だーれ?」

「だーれ?」

「なーに?」


 好奇心と彼女達の居場所を取られたような不機嫌さで、小首を傾げたり上下に動かしてせわしのない子ハーピー達。


「足を怪我してるんだ。そんな顔をするな」


 セージの言葉にしばらくむーっと剝れていたが、両刃斧を背負っていない事に気付くとセージの背後に回って飛び上がり、背中によじ登ってきた。


「お、コラコラ」


 右肩にアルア、左肩にビーニが顔を出してアミナの顔を覗き込んでくる。

 出遅れたチェータは、左脚にしがみついて見上げてきた。

 目をパチクリさせてアミナの様子を伺うアルアとビーニに向かって、アミナが自己紹介した。


「こ、こんにちは。アミナ・メイナと申します。セージ様の従者になるものです・・・」


「あみなめな?」

「じゅっしゃ?」


「ああー、アミナ、コイツらには難しい。あんまり相手にしなくていいぞ」


「そうなんですか?」


「あみなめー!」


「あみなめー!」


「なめなめなー!」


 案の定訳の分からない言葉遊びを始める子供達は、セージからぽとぽとと飛び降りると意味不明な言葉を唱えながら楽しそうに取っ組み合いを始めた。

 子ハーピー達の行動が理解出来ずにアミナが目を丸くする。


「まだまだ子供でね。頭の中は子犬と変わらん」


「そうなのですか? でも、なんだか喧嘩してるみたいな」


「ああやってじゃれるのは、狩の練習も兼ねてるんだ。人間の子供だって棒切れを振り回してチャンバラするだろう?」


 チャンバラと言われてなんとなく納得するアミナ。

 少し機嫌の直ったレナは、数歩駆け出して言った。


「お父さん、アルア達と遊んでくるね。追いかけっこ」


「それはいいが、お前だってそんなに休んでないんだから振り回されるなよ」


「わかってる! ゴハン出来たら呼んで?」


 パッと駆けていくレナ。

 それに気付いた子供達はキャッキャと楽しそうに飛んでレナから逃げ惑っていた。

 追いかけるレナも楽しそうにして、逃げ惑う子ハーピー達も嬉しそうだ。

 その光景を横目に、セージはアミナを抱えてロッジに向かって行った。

 追いかけっこの様子が、人間のそれとは様相が異なり、アミナは不安げだ。


「あの、大丈夫なのでしょうか?」


「俺も最初は戸惑ったがな。ハーピーが言葉を話せると言っても、元を正せば魔物だ。あのくらいの子供達の行動は動物と変わらんよ」


 階段を上ってバルコニーへ。

 そして玄関口まで行くと、唐突に扉が開いて大人のハーピーが翼を器用に腕組みして仁王立ちしているのを見て、アミナがまた目を丸くして驚く。

 彼女がセージを伺うと、彼はちょっと困った顔をして言った。


「足を挫いているからな。山歩きはキツイからな・・・」


「そう?」


「あー・・・、スクーラッハ寺院から預かった、その、あれだ」


「なぁに?」


「回復魔法が使える」


「足くらい治せるんじゃないの?」


 あー・・・、と、そういえばみたいな顔をしてそっぽを向くセージ。

 そもそも、このハーピーはセージの何なのだろうとアミナが考えを巡らせていると、セージはそっとアミナを下ろしてロッジの奥に声をかけた。


「フラニー! フラニーいるか!?」


『名前で呼ぶって事は何かあったわけ?』


 不機嫌そうに玄関口に姿を現わすエルフ娘。

 セージはちょっと困り顔をしながら強がって言った。


「足を挫いている。奥に連れて行って休ませてくれるか」


「ふーん。・・・それで、何でスクーラッハ寺院の修道士がここに来てるわけ?」


「バーサック殿から面倒を見て欲しいと託されてな・・・」


「つまり、貴方はこのの勇者になった訳だ」


「いや、何をそんなにも怒っている・・・?」


「ラーラと私に何の相談もなく?」


「何を相談しなければならんのだ」


 あくまでも謝ろうとしないセージに、ラーラの目が座った。


「フラニー、一応怪我人だから連れて行ってあげて?」


「わかったわ」


 少し呆れたようにフラニーは前に出ると、優しくアミナの手を引いて言った。


「さぁ、いらっしゃい。足元気をつけてね」


「あ、ありがとうございます。恐縮です」


 そっと手を引かれてロッジに入っていくアミナ。

 フラニーとアミナが中に入ると、ラーラは玄関の扉を閉めて翼の関節を腰に当ててセージを見た。


「説明して頂戴」


「それはだな、」

「説明・・・して頂戴」


「・・・うむ・・・その・・・すまん・・・」


「怒ってる理由わかるわよね」


「んー・・・」


 わかっていそうなわかっていなそうな顔でとぼけるセージに、詰め寄って小声で叱るラーラ。


(多少は浮気してもいいって言ったのは、アニアスとフラニーに限ってのことよ! 何なのあのはっ!!)


「いや、話せば長くなるんだが・・・」

(な・ん・な・のっ! あのはっ!!)


「あの、・・・すまん・・・ちょっと訳ありなんだ・・・」


「はぁ・・・。ちょっと馬小屋行きましょうか。少しお話ししましょう・・・」


「う・・・うむ・・・」


 相当ご立腹なラーラの機嫌を直すのは、ちょっとやそっとでは無理なようだった。

 この展開は予想していなかった辺りは、女関係に疎いセージらしいといえばらしいと言えるが。

 セージがラーラに叱られている様子を見て、レナは遠巻きに「ざまー」とあっかんべーしていたのは二人には見えていなかった。






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