お伽話は不確かに、獣道は凸凹に
この国には、聖女がいた。
聖女とは、トーナ王国王家の血筋に連なり、魔を払う力を持つ子供だった。
生まれついて太陽神、女神サーラーナの加護を受け、その髪、その肌、その瞳に女神に等しい色を持ち、絶対王位継承権を約束された「神の子」だった。
神の子は、絶対的に優先される約束された「王」、女王となるべく生まれた存在。
約束された、神の子である。
しかし、そんな神聖な存在だったからこそ、時の王位継承者から狙われた。
宮廷魔法使いは、王にこう言った。
『時を経ずして、この娘は命を落としましょう。
神に選ばれしお子であるが故。
魔は人の心に等しく存在します。
魔族も紐解けば、人でありましょうから。
魔は、世に蔓延らんとしております。
故にお子の命を狙うのです。
王よ、魔族との来るべき戦まで、このお子は生きてはおりますまい。
来るべき戦に勝利を得る為に、このお子は生き延びねばなりませぬ。
お辛いでしょうが、このお子は手放しなさい。
親子の絆は絶えましょう。しかし、お子を助け、来るべき時に備える為には、お子は王家にあってはならないのです。
時が満ちれば、お子は王の元へと還りましょう。
それまでは、どうか辛抱下さりませ』
王は、神の子を手放す事を拒んだ。
神の子が王家にあればこそ、王家は絶対なる地位を民に示せるからだ。
娘の命より、魔族との始まってもいない戦より、王は自らの権力を揺るぎのないものにしたかった。
他の王位継承者より、娘が居れば優位に立てた。
手放すなどと、ありえない事だ。
王の元にあれば、娘は一年と経たずに命を断たれる。それが、宮廷魔法使いが占い導き出した運命だった。
宮廷魔法使いは、王の元から娘を奪った。
来るべき時に備えて、自らの地位を棄て、お子の命を守る為。
すぐに追手はついた。
魔にそそのかされた、宮廷魔法使いを討つために。神の子を、王家に取り戻す為に。
魔の存在は、すでに王家に入り込んでいたのだ。
魔が魔族に転じる事は稀だ。
だが、確実に、神の子を存在を許しはしない。
たとえそれが、自らを滅ぼすことになろうとも、魔は神の子を、認めはするまいと。
『たとえこの身が魔に触れたと誹られようとも、このお子の命だけはお救いせねばならぬ。たとえお子に苦難の道が示されようとも、このお子は生き延びて行かねばならぬ。おお、どうか我が愛しき獣よ、この娘を逃がしておくれ』
宮廷魔法使いは、愛馬の背に神の子を隠した籠を括り付け、夜の闇に紛れるように野に送り出した。
馬を失い、逃げる術を無くした宮廷魔法使いは、程なく追手に捕縛され、反逆罪で処刑された。
「という言い伝えがあるのです」
山小屋に戻る道中、アミナはそんな伝説じみた昔話をセージに語っていた。
日も登り始め、山道は明るみを帯びてきている。
アミナは今は修道服に着替え、セージの腰よりは上ほどの背丈で懸命に彼の後をついてきている。
話半分で物語を聞きながら、セージはため息を吐いて歩を進めていた。
チラリと振り向いて、レナとアミナの様子を伺う。
「大したお伽話だな。いつの時代の話なんだ?」
「実際にあったお話だと聞き及んでおります。十数年前に、実際に処刑された宮廷魔法使いがいますので、本当の事ではないかと」
「事実に基づくお伽話ねぇ。感動的な事だ」
「その表現はいささか信仰心に悖るのです!」
「そうか。そいつはすまんな。俺は神など信じちゃいないんでな」
「もう、セージ様!」
レナは二人のやり取りを見て、セージがアミナに全く脈が無いのを感じ取って余裕が生まれていた。
大きな欠伸をしてお伽話に疑問を投げかける。
「それが本当にあった話を元にしてるとして、その神の子の特徴ってなんなの? 今までの話だと、神さまに似てるってだけで、何処がどう似てるのかわからないんだけど」
アミナは困惑した表情でレナを振り返って言った。
「それは語られていないのです。何より、女神、天神サーラーナは常に太陽の輝きの中に居るので、何人たりともそのお姿を知る術は無いのだとか」
「はあ? それじゃあ神様に似てるとか分からないじゃん」
「そうなのですが、時の宮廷魔法使い様には窺い知る術があったのかも知れません」
セージは二人の話を背に聞きながら、獣道に差し掛かって悪態を吐いた。
「クソっ、キッチリと枝払いしてありやがる」
「何か問題なのですか、セージ様?」
「誰でも通れるじゃないか」
「はぁ・・・。いけない事なのですか?」
「そりゃあ・・・! ええい、クソ・・・。まあいい。行くぞ」
不機嫌そうに前を歩くセージの背を見て、アミナは不安げに後を追った。
「何故、あんなにも怒っておられるのでしょう?」
「ずっと隠者してたからね。スーパーヒキニートだから誰かが家に近付くのが嫌なのよ」
「誰がヒキニートだ小娘!」
「でも、良かったじゃん。これで町に通いやすくなったんだから!」
「それで喜ぶのは、お前とエルフだけだろうが・・・」
大きく不愉快げに首を横に振ると、セージは手近な木を右手で叩いて不満を露わにした。
足元を邪魔するように生える、逞しい木の根っこを踏み越えて、遅ればせながら後ろに声をかける。
「足元に気をつけろよ。引っかかって転ぶと、」
「きゃっ!」
最後まで言い終える前に、アミナが躓いて膝から落ちた。
「って言ってる側から・・・」
「す、すみませんセージ様」
レナがアミナに駆け寄ってセージに非難するように視線を投げかける。
「ちょっと、お父さん! 女の子なんだからちゃんといたわりなさいよ!」
「はぁ・・・。全く・・・」
セージは大きくため息を吐いてアミナの前に跪いた。
「立てるか?」
「は、はい。申し訳、」立ち上がろうとして崩折れる「あいたっ」
セージはアミナをその場に腰掛けさせると、修道服の裾をたくし上げて綺麗な両脚をはだけさせる。
レナが赤面してセージの肩口を殴った。
「ちょっと、何してんのよどさくさに紛れて!」
「お前は何を言っている。足首を見るんだろうが」
「へぅ!? あ、あー・・・」
「淫乱娘め」
「誰が淫乱よ!」
レナを無視して、セージはアミナの両足にゴツゴツとした逞しい手で触れてみた。
男性に生脚を触れられて赤面するアミナ。
チラリとその顔を伺い、至極冷静にセージは言った。
「少し挫いてるな。山道を歩くのは良くないかも知れん」
「も、申し訳ございません、セージ様・・・。私・・・」
「傷物にしたら、バーサック殿に叱られそうだからな」
そう言うが早いか、セージはアミナをひょいと抱え上げる。
レナが退けぞって叫んだ。
「お姫様抱っこかーい!!」
「やかましい奴だ。別にお前が抱えてもいいんだぞ」
と、アミナはそれを拒絶するようにしっかりとセージに抱きついた。
「す、すみません。セージ様・・・。お手を煩わせてしまって・・・」
「気にするな。バーサック殿から預かった身だ。護るのは当然だろう」
「は、はい・・・。ありがとうございますセージ様・・・」
「ふんぬー!!」
どこまでも子供に対する姿勢のセージと、お姫様扱いに赤面するアミナに、レナは怒りを何処にぶつければいいか分からずに近くの木を蹴飛ばした。
がさりと揺れる大木。
ぼとりと拳大の大甲虫が落ちて来て、レナの頭を直撃した。
「ーーーーーーーーー」
その場にうずくまって悶えるレナ。
セージはジト目で冷たく言い放った。
「今のは自業自得だぞ」
「ーーーーーいいいっ! わかってるわよ!!」
「さっさと行くぞ」
「ちょー! ちょっとはいたわってよ!」
ふむ、っと振り向いて、
「大丈夫か。行くぞ」
わりと平気そうなのを見て向き直って歩いて行った。
「は、薄情者ー!」
レナは喚くと慌てて後を追って駆け出した。




