神官は付き従いて
襲撃者達の亡骸を、平原の街道から離れた岩場で火葬して、その炎が燃え尽きるよりも早くに多くの冒険者達は街へと帰って行った。
元々そこまで結束している組織ではなかったし、個人を大事にする傾向が強かった事から、犯罪を犯してその身を破滅させた者にかける同情などカケラもなかったという事もある。
一人、また一人と冒険者の数が減っていく中で、カリマール村のハンナはジャーカーと受付嬢のまとめ役だったイヴァリアの遺体が置かれていた辺りの炎を見つめて思った。
(悪党ではあったけど、なんとも救いようの無い死に方ね・・・)
彼女の手には、ミノタウルスの角が一対握られていた。
しばらくそれを見下ろして、無造作に炎の中に放り込む。
悍しい初めての奪われ方を思い出し、吐き気を催して嗚咽した。
(出来れば、私の手でとどめを刺したかった・・・。せめてもの救いは、とどめを刺したのが、あのレナって女の子だったって事かしらね)
最終的に、炎が燃え尽きるまでその場に残っていたのは、醜悪なミノタウルスの責め苦に不当に合わされて来た女達だけになっていた。
彼女達に辱めを与えて来た罪人達が、完全に炎の中で燃え尽きるのをじっと眺めていたかったのだ。
自らの、新たな門出を実感する為に。
「慰霊、ですか?」
セージは、スクーラッハ寺院を訪れ、神官のバーサックの私室で彼と向かい合ってテーブルに座っていた。
傍らには、日本人のレナが付き添っている。
「正確には、化けて出て来ないように浄化してほしい。醜悪な奴等は、悪霊になりやすいからな」
「仰ることは分かります。悪逆なる魔法使いのジャーカーに至っては、レイスと化しないとも限りませんからな。ですが、浄化の儀式に使う祭具を用意する上では、流石に無償というわけには参りません。何か先立つ物が御座いませんと」
「それだが、何か一つ依頼を受ける、というのはどうだ」
「あなた方が、で御座いますか?」
「コイツは」レナを振り向き「冒険者だが、俺は冒険者じゃない」バーサックに向き直る「俺が依頼を受ける分には、金は発生しないからな」
「でしょうな。でしたら、私の弟子の一人を預かっては頂けませんか?」
バーサックは水差しからコップに水を注いで、一口飲んでセージの反応を見た。
吊られるようにセージもコップを手に取り、半分ほど残った水をグイと飲み干して言う。
「預かるのは構わんが、どんな理由がある」
「修道士から神官になる為には寺院の修行を終えて、大司祭様から証を受ける方法と、自らの勇者を見いだし生涯使える方法が御座います。勿論、寺院で上の階位に登る為には大司祭様から証を頂かねばなりません。ですが、自らの勇者を定め、その者の近くで神義に励み、小さいながらも寺を建てると言う道も御座いまして」
「そいつは、偉くはなるつもりは無いって事なのか?」
セージがコップをテーブルに置くと、傍らに立つレナがコクリと喉を鳴らすのに気付いて水差しを失礼し、コップに水を注いでレナの方を振り返って差し出した。
「飲め。あまり我慢するのも、身体に悪い」
「ええ? い、いいよ、おトイレ近くなっちゃうし」
「行きたくなったら行けばいいだろう」
「もう・・・お父さん乙女心分かってない」
「体を心配してるんだろうが」
「も・・・もー・・・」
レナはそれ以上は言わずにコップを受け取ると、コクリコクリと少しだけ水を飲んで喉を潤した。
「すまない、話の腰を折った」
「いえいえ、構いません。私の弟子は、上の階位に上がるよりは私のように民に寄り添う神官でありたいと言っておりまして。私としては、修行を続けて階位を高めて欲しいのですが、あなた方のゴブリン退治や魔物退治の噂を聞くと、是非にお力になりたいと強く切望致しておりましてな。親馬鹿ではありましょうが・・・」
「ううむ・・・、先立つ物は無いからな。それが交換条件だと言うのであれば、癒しの力を使える者が身近にいてくれると言うのは助かるが・・・」
「では、交渉成立という事で、よろしいでしょうか」
「ちょっと待ってくれ、しかし、これでは俺達が得をするだけじゃあ無いのか?」
「とんでもない。この寺院から新しく神官が旅立つというのも、寺院の徳を高める事に繋がるのです。まだまだ未熟なれど、癒しの力にも目覚めております故。勿論、浄化の儀式にも立ち会わせますが」
「そうか・・・」
セージは、至れり尽くせりではないだろうかと遠慮して考え込んでしまったが、レナがそんな彼の背中を押して言った。
「依頼をこなすのに連れてってもいいんでしょう? 私もフラニーも前衛だからさ、正直助かるかも」
「冒険者の仕事が荒事ばかりって訳でもないだろう」
「危険な依頼だってあるわよ!」
「今のお前にはまだ無理だろう」
「お父さんすぐそれだ! そんな言うならお父さんも冒険者になってパーティ入ってよ!」
「ダメだ。何で家族がいるのに。畑仕事や狩があるんだからな」
「じゃーいーじゃんべつに! 回復役がパーティにいた方がお父さんも安心するでしょ!?」
「危険かも知れないことに、仮とは言え預かる修道士を関わらせるわけにはいかんだろう」
「ほんっと信じられないくらい頭固い!!」
「はっはっは、仲がよろしいですな」
バーサックに笑われて、セージは咳払いして顔をしかめ、レナは赤面して俯いた。
バーサックは穏やかな笑みを浮かべて落ち着いた口調でセージに言う。
「冒険者の仕事を手伝うのもまた、修行となります。どうかお気遣いなく・・・」
「だって、お父さん!」
「お前な、人の命を預かるって事なんだぞ」
「知ってますー、そのくらーい」
あんまり分かっていなそうな返事に、セージはため息を吐く。
そして、諦めるように言った。
「全く・・・。バーサック殿、差し支えなければ提案を受け入れよう。うちで預かるのが本当にいい事なのか分からんが」
「そこは問題ありません。水占で貴方に従う事が定めの一つにあると、出ておりますからな」
「ああ、あの占いか」
「では、早速お呼びしてもよろしいか」
「頼む。祭具の運搬はこちらも手伝おう」
「感謝致します」私室の奥の扉を見て「アミナ、アミナ入って来なさい」
はて、と、セージは聞き覚えのある名前に固まった。
レナは女の子っぽい名前に目を輝かせる。
奥の扉が開くと、青い修道服に身を包んだ短髪の、小柄な少女が姿を現して深々とお辞儀をして言った。
「神官見習いとして、つき従わせていただきます。アミナ・メイナと申します」
愛らしい少女然としたアミナを見て、レナの表情が明るくなる。
セージは気難しい顔をしてバーサックを見た。
「・・・生涯をとか言っていなかったか?」
「そういう意味も含まれましょう。ですが資質は十分に備わっております。きっと、セージ殿のお役に立つ事でしょう」
はめられた? と言う微妙な表情のセージに向かって満面の笑みで娘を送り出す優しい父親のように頷いて見せるバーサック。
アミナはつつっと静かに駆け寄ると、セージの右腕にしがみついて言った。
「これからよろしくお願いします。勇者セージ様」
「・・・いや、勇者はあっちだ。俺はただの兵士だ・・・」
「私にとっては、セージ様が勇者様です」
熱い眼差しで見上げてくる小柄な少女に、セージは戸惑い、一方のレナは状況を瞬時に把握してひっくり返りそうになりながら叫んだ。
「ライバルだったんかーい!!!!!」
恨めしそうにセージがバーサックを見ると、バーサックは肩の荷が下りたように穏やかな微笑みで「満足で御座いましょう」とでも言いたげに何度も頷いていた。
また、ラーラに叱られるんだろうか、と、セージは表情固く腕にしがみつく少女を見下ろしていた。




