狂える猛牛人
「ちょっと待ちなって、セージ!」
ほとんど星明かりの届かない暗い森の中だというのに、まるで昼間と変わらない速度で駆けるセージの背中を追って、アニアスは懸命に走っていた。
アニアスとその部下達が夜戦訓練を受けていると言っても、北のロレンシア帝国の特殊殲滅部隊である黒騎兵には到底及ばない。
一騎当千な上に夜間戦闘に特化しているとあっては、そこらの暗殺者など足元にも及ばない程の殺戮者となる。それが黒騎兵と呼ばれる狂戦士集団なのである。
初めてセージと出会った時、熊のように大きな体格にすす切れた黒い革鎧、そして傷だらけの顔を見て、どこぞの敗残兵かと馬鹿にしたものだが、同時に思い知らされたものだ。
当時、まだ部下がベルナンとイースの二人しか居なかった時、無謀な冒険者共が町民にちょっかいを出していたのを止めようと勇んで戦いを挑んだものの、多勢に無勢で非常に旗色が悪い所に彼、セージ・ニコラーエフが割り込んで来て言ったのだ。
『金が無い。飯はあるか?』
馬鹿なのかな、このどこぞの敗残兵は。
そう思ったものだが、頭の悪い冒険者共の方がわざわざ彼に喧嘩を売ってくれた。
10人がかりでセージに詰め寄って各々の武器をちらつかせた所、突然狂犬の如く怒り出したセージが相手の一人から棍棒を奪い、滅多打ちにして一人残らず叩きのめし、あっという間にその場を納めてしまった。
そして、ケロっとした表情で何事も無かったかのように言ったのだ。
『金が無い。飯はあるか?』
今まで出会ったことのない危険な香り、荒々しい危うさに、アニアスは心底惚れ込んで配下に加えようと画策したものだ。
最終的には人気のない場所で己の身体まで使って籠絡しようと画策するが、そんな時、彼はアニアスに言った。
『そんなに抱いて欲しいなら大歓迎だがな』と、上半身裸のアニアスの背中に両腕を回して逃さないよう抱き止め『お前は、そんなにも安い女なのか?』
彼は、アニアスを力一杯抱きしめたまま、何もせずにじっと彼女の深緑色の瞳を覗き込んで来た。
驚いた目をして、セージの漆黒の瞳から目が離せない彼女は、どうにか声を絞り出して言った。
『そんな、わけ、ないだろう。惚れた男、にしか、この肌は、見せない・・・』
セージは、そっと彼女を離して数歩下がって距離を取ると、アニアスが脱ぎ捨てたチュニックを拾って投げてよこした。
『なら、惚れた男の前に出るまでお前の裸は取っておけ。俺なんかに見せるな』
そして、不機嫌そうに立ち去っていったセージが山小屋に籠って隠者生活を始めたのは、その翌日の事であった。
(あたしから逃げるように隠者生活を始めて、いつの間にかハーピーなんかと子供作って。気に入らなかった。けど、アイツの女になる決心が足りなかったあたしの敗北ってのは認めるしかない。だけど、ここで盛り返す。セージの奴も、アイツの女であるハーピーすらも助けて、あたしだって本気だって気付かせる・・・)
先を行くセージに、どうにか追いついて彼の肩を右手で掴んで言った。
「いい加減にしなよ。ちょっと部下の信号が残されてないか確認するから!」
「信号だと?」
訝しげに睨みつけてくるセージをなだめるように右手で彼の左腕に触れてから、周囲の植物の状態を見て回るアニアス。
この暗闇の中で植物の状態を確認するのは、優れた狩人でも困難を極めるが、予め決められたサインであれば不可能ではない。
程なくして、アニアスは枝の折れ具合をセージに見せて言った。
「枝を折った信号だ。レベル1か2の下っ端冒険者の集団がアンタの山小屋に向かったみたいだね」
直ちに駆け出そうとするセージの腕を掴んで続けた。
「すぐに部下達が山小屋の守備に回ったって!」
「離せ。貴様の部下が冒険者に勝てるという保証もない」
「そんな程度の覚悟でゴブリン退治に向かった訳でもないんだろ。そんなに慌てるんなら、どうしてゴブリン退治を優先させた。いざって時に、冒険者とゴブリンのどっちが手強いか、わかっていたからじゃないのか!?」
「それとアイツらの心配をするのとは、別の次元の話だろうが!」
「本当に、アンタどうしちまったんだい・・・。昔のアンタなら、犠牲もやむなしと考えただろうに。そんなにも、あのハーピーが恋しいのかい?」
セージは何も答えずに、ただ暗闇の先を睨みつけていた。
アニアスの部下達も追いついてくる。
「レディ、途中で信号を見つけました」
「何の信号だった」
セージから離れて、部下達に向き直るアニアス。
部下の一人が、ビーズを通した糸の輪を懐から取り出して見せた。
「人数は50。内、40がレベル1、9がレベル2、1がレベル3です。あと、赤黒赤の順にビーズが通されてます」
「赤黒赤・・・。対処可能か。セージ」
アニアスに声をかけられて、苛立たしげに視線を向けてくるセージ。
アニアスは、もしもの可能性、残して来た娘達がレイプされる可能性を感じながらも務めて冷静に語りかけた。
「監視に残したベルナンはレベル5の戦士だ。あたしの部下達にしたって、最低でも3はある。多少の人数は問題にならない。それに、冒険者共は盗賊ギルドの構成員に人質が通用しない事は分かっているだろう」
「アイツらが完全に無事だという保証はない」
少しイラっとして、アニアスがセージの頰(と言っても顔の半分は鉄兜に隠れて完璧には叩けないが)を叩いて言った。
「いつものアンタなら、後悔してたってその不貞腐れた顔で隠して何食わない顔でいるだろうが。今更急いだ所で、何か変わるのかい!?」
セージは負けじとアニアスの襟首を掴んで彼女の小柄な身体を引き寄せて睨みつけて言った。
「・・・何がわかるんだ。貴様に・・・!」
ああ、なんていう怒りに満ちた目をするんだろう、と、アニアスはセージの瞳の奥に宿る怒りを感じ取って身体が火照るのを感じた。
そのまま押し倒されたい衝動を抑えて、代わりに悪戯な台詞を投げかける。
「あたしが暴漢に捕まったら、同じように怒ってくれるのかい?」
しばしの沈黙。
逡巡するように目を泳がせて、セージは浅黒い肌の金髪娘を解放して背を向けた。
更に畳み掛けるアニアス。
「その態度は、否定、って事なのかい?」
何も答えない。
数秒待って、別の質問をした。
「それとも照れてるのかい?」
「ふざけるな! どっちにしろ、俺は道を急ぐ!」
駆け出すセージを追って、アニアスは部下達に合図を送って駆け出してほくそ笑んだ。
(なんだ・・・。脈あるじゃないか。・・・フフフ、ハーピーなんぞに遅れを取ったからって、まだまだ押せばどう転ぶかわからないもんだね)
暗闇の森の中を、一行は山小屋に向けて急いだ。
レナは、救援に駆けつけてくれたとは言え正体不明の集団に魔法の本を見せるのは得策では無いと考えて、じっと彼等の動向を観察していた。
衣服を引き裂かれてしまったフラニーとラーラは、彼等の黒いマントを貸し与えられて肩から羽織っている。
よく見ると、装備が同じなのは黒いマントと小剣、連射弓、そして短剣。
それ以外の鎧や衣服はまちまちで、いまいち統一性が無い。
(まるで傭兵みたい・・・。そう言えば、ハリヤが死ぬ前に盗賊ギルドとかなんとか言ってたような・・・)
会話を思い返してみるが、怖がって自分の身の心配ばかりしていたせいかほとんど頭に入っていない。
被りを振ってため息を吐いた。
(ダメね。ゲームだと思っていた少し前なら無茶できたけど、もう怖くて無理・・・。あのオジサン、余計な事してくれたよな・・・)
もちろん本心ではない。
ゲーム感覚でハリヤ達の前に躍り出ていたら、もっと多くを倒していたかも知れないが、逆上した彼等に捕まった時点で犯され、殺されていたかも知れないのだ。
それでも、肝心な時に姿の無い大男を思うと腹立たしさが込み上げてくる。
(責任取れないなら、関わってくれるなっつーの)
小剣の切っ先で地面をほじくりながら不満そうに頬を膨らませていると、黒いマントの一人が水筒を差し出して来て言った。
「そんな顔をするな。あの男ならじきに戻ってくるだろうさ。何しろ、討伐完了の合図が上がったからな」
「討伐完了の合図?」
「ゴブリン討伐完了時に上げる合図、魔法の光弾が空に打ち上げられたからな」
「え、いつ上がったの? それらしいの気付かなかったけど・・・」
「盗賊ギルドの構成員にしかわからない、弱い魔力の光だからな。空に打ち上げた所で、見える奴は限られてるよ」
レナと男が話しているのに気付いた別の構成員が、男の肩を掴んで睨み付けてくる。
「おい、部外者と気楽に喋ってるんじゃねぇ。俺達は腐っても盗賊なんだぞ。カタギと関わるんじゃねぇ」
「わかったよ! 堅ぇ野郎だな本当に」
男達はレナから距離を取り、レナ達三人の娘の周りの守りを固めた。
一方、フラニーの傍らにはベルナンと言う黒い甲冑に身を包んだ一団のリーダーが控えて、フラニーと会話をしていた。
フラニーが不審そうにしながらも、何処か乙女を思わせる顔でベルナンを見上げて言う。
「私は、貴方に会うのは初めてのはずだけれど、何処かで会ったことがあるのかしら?」
ベルナンは被りを振って冷え切った殺人者の目を外に向けて言った。
「直接会うのは初めてだ」
「初めてなのに、私の事が愛おしいって。ストーカーさんか何かなのかしら?」
「否定は出来ない。俺の任務は、君を含めてコラキアに来て間もない冒険者達の動向を探り、同時に守る事だからな」
「それなら、」
「その任務の中で!」
フラニーの言葉を遮って、ベルナンは告げた。
「その任務の中で、君に一目惚れしたのが罪だと言うのなら、甘んじて受け入れよう。君にただのストーカーと思われ続けるのは耐えられない。いっそ他人になってしまえば諦めもつく」
フラニーは、ベルナンの態度に、何処と無くセージと似た物を感じて、思わずクスリと笑ってしまった。
「自覚はあるつもりだったんだがな・・・」
不愉快そうに顔をしかめて部下達の展開状況を見渡すベルナン。
フラニーは右手を口元に添えて謝罪した。
「ごめんなさい。何処かの誰かに似ているようで、つい・・・」
そう言いつつもクスクスと笑い続ける。
本人も自覚はあるのか、フラニーに向き直って言った。
「セージ・ニコラーエフの事を言っているのなら大きな間違いだ。アイツは手に負えない狂犬だ」
「じゃあ、貴方は?」
「狼だ。狼は、気高い。君のような貴婦人を、身を呈して守る」
「あら、頼り甲斐のある言い方」
しばし見つめ合う二人。
堪えきれずにベルナンがフラニーの頰に右手を伸ばそうとした時、正面を警戒する部下から声が上がった。
『おい、貴様、何者だ!』
「おい、貴様、何者だ!?」
破壊された門口に歩哨に立つ盗賊ギルドの構成員、ウェズルとキーゼス。
二人は連射弓を構えて獣道から姿を現した三つの人影に狙いを定め、ウェズルが叫んで静止させた。
一人はスカートの丈を意図的に短くした、まるで常に色仕掛けをしているようなメイド服の若い女。
一人は、真っ黒な頭巾で顔を覆い隠した身の丈3メートルにも迫る大男。両手は前に組まれ、鉄の枷で束縛されている。
そして、一人は灰色のローブに身を包んだ、捩じくれた杖を持つ老人。
老人の事は、一目見て分かった。冒険者ギルドの長ジャーカー・エルキュラだ。
ジャーカーは死体のように無表情な顔に、死んだ魚のような目を白く光らせてウェズルとキーゼスを見つめる。
「おや、盗賊風情がこんな所で何をしておる?」
「我々はこの砦を守る身だ。貴様こそここに何の用があって来たのか!?」
「口の聞き方を知らぬと見える」
後方、庭の方からリーダーらしい男の声が上がった。
『撃て! 隙を与えるな! 撃て!』
武器的な優位を感じていたからか、ウェズル達は声の主、ベルナンの方を確認する為にジャーカーから視線を外して振り向いてしまう。
それが命取りだった。
ジャーカーが杖を前に突き出して唱える。
「爆ぜる電撃」
雷が門口に広がった。
耳をつん裂く雷鳴が轟き、ウェズルとキーゼスは一瞬で真っ青な炎に包まれ、黒焦げに焼かれて果てる。
何が起ったかも分からず、二人は黒焦げの墨人形と化してその場に佇んでいた。
その間を悠々と通り過ぎるジャーカー。
身の丈3メートルに迫る大男が、鉄枷を嵌められた両手で煩わしそうに墨人形を叩くと、二人の遺体はバラバラに砕けて落ちた。
ベルナンが長剣を抜刀して部下達に命じる。
「連射弓構え! 左右に展開しつつ狙いを定めよ!」
一斉に動き出す黒マント達。
半包囲の隊形で徐々に広がりつつ距離を詰めて行く。
ジャーカーは薄気味の悪い笑みを浮かべてメイドに命じた。
「冒険者共ではやはり役に立たなんだ。セージがいるようにも見えんが、我が息子の運動には丁度良かろう。ファルガンを解き放つが良い」
「ほ、本当に、大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫でなければ、ここまで従順について来てはおらぬよ。違うかねイヴァリア?」
老人の自信のある態度に、半信半疑ながらも露出度の高いメイド服の女、イヴァリアは大男の両手を固定する鉄枷を外して、恐れるようにすぐに距離を取った。
獣の皮の腰当て一枚の、ほとんど肌の大男が、黒い頭巾をようやくと言った様子で剥ぎ取ると、歪な角の生えた雄牛の頭部が露わになる。
ベルナンが愕然として言った。
「ミノタウルス・・・。レベル10のモンスターが、遥か南方の凶悪モンスターが、何故コラキアにいる・・・!」
レベル10。
レナは背筋が凍る思いをして、思わず魔法の本を開いてミノタウルスを見ると、魔法の本にステータスページが現われる。
【モンスター名:ミノタウルス、モンスターレベル:10、サイズレベル:4、特殊スキル:サイズレベルの劣る敵のレベル補正無効化】
「なに・・・これ・・・。ここに居る人達じゃあ、絶対に勝てない・・・?」
ミノタウルスは、砦の庭に展開する敵を見ながらも、興味を示さずに「父親」を振り返って言った。
「女・・・。女は居るのか・・・? オヤジ殿・・・」
「ああ、居るとも。だがレベルを持つ女だけにしておけよ? 一般人では貴様に掴まれただけで壊れてしまうからな」
「・・・・・・・・・女ァァァァァァ」
ジロリ、と、イヴァリアに視線を向けるミノタウルス。
イヴァリアは慌てて庭の向こうを指差して言った。
「あ、あっちよ! ほら! エルフ娘に東洋娘、ハーピーまで居るわ!」
聞く耳を持たずに一歩踏み出す。
「女ァァァァァァ」
「ち、違う! こっちじゃない、あっちよ!!」
「女ァァァァァァ・・・」
何が起きているのか理解の追いつかない黒マントの一団が見守る中、ミノタウルスが更にイヴァリアに歩み寄ると逃げ出す彼女を背後から両手で掴んで股間に引き寄せた、が、
「ひぎ・・・ぐ・・・ぎひゃ!」
おかしな悲鳴を上げて、彼女の身体は掴まれた腰をグシャリと潰されて上半身が前のめりにぐったりと落ちる。
両脚も力なくブラブラと、ミノタウルスの腕から垂れ下がっていた。
「???」
急に手の中の感触を失って、ミノタウルスがイヴァリアの亡骸を目線の高さに持ち上げると、歪に潰れてしまった下半身に興味を失って後方の森に投げ捨てる。
ジャーカーが子供を叱るように静かに言った。
「だから一般人はやめておけと言っただろう。向こうに固まっている三人にしなさい。あれらはレベルを持つ女達だ。お前が満足する程度には持つだろう」
無気力にジャーカーに向き直るミノタウルス。
ジャーカーが杖の先でレナ達を指して言った。
「そうら、あの小娘共だ」
なんて事を言うんだ、と、レナ達の顔が青くなる。
しかし、ミノタウルスは彼女達を一瞥するとジャーカーに向き直って言った。
「オヤジ殿。俺は好きにする」
「そうとも。好きに暴れるがいい。だがまず手始めに、」
「オヤジ殿。俺は好きにする」
「分かっておる。だがその前に、」
何かを命じようとしたジャーカーの腰を、ミノタウルスが左手で掴んで持ち上げた。
目を丸くしてミノタウルスを見つめる老人。
「ファルガン、何をするか! わしの言う事が聞けんのか!?」
「好きにする、と、言った」
「ええい、所詮はモンスターか・・・。ならば仕方がない、爆ぜる電撃!!」
電撃がミノタウルスを包む、が、皮膚の表面から湯気が出た程度でダメージが入ったようには見えない。
流石に無傷とは思わなかったのか、慌てたジャーカーが魔法を連発する。
「爆ぜる電撃! 爆ぜる電撃!! 爆ぜる電撃!!!」
「オヤジ殿の言う、これが親子愛なのだろう?」
ミノタウルスが左腕を思い切り高々と掲げると、ジャーカーを脳天から地面に叩きつけた。
生木の潰れるような気味の悪い音が響き渡り、灰色の血袋が地面に打ち捨てられた。
虚ろな目で庭の中央に寄り添う女達を見つめる。
ベルナンが声を絞り出して言った。
「ば、化け物が・・・! 攻撃開始、攻撃開始! 数はこちらが上だ! 連射弓で蜂の巣にしろ!!」
一斉に放たれるクォレルの雨。
しかし、かすり傷一つつける事叶わずにミノタウルスの分厚い皮膚で遮られ、バラバラと地面に落とされて行く。
「な、なんだ・・・!?」
「矢が刺さらないぞ!?」
「手を休めるな! 撃て! 撃ちまくれ!!」
更にクォレルの雨が水平に注がれる。
そして、遂に弾の尽きてしまった連射弓を構えたまま黒マント達が後退り始める。
「今のは、何をしていた?」
素朴な疑問を口にして、ミノタウルスが突進を開始した。
右に展開していた男達が、角に、太い腕に弾かれて宙を舞う。
左に展開していた男達が果敢に小剣を抜刀する。
振り向きざまにミノタウルスが突進してくる。
小剣を小脇に構えて耐久攻撃を試みるが、タイミングを合わせて突くよりも早く体当たりを見舞われて、同様に宙を舞う男達。
「「「「「うわあ!」」」」」
数メートルも宙に弾き飛ばされた男達は、地面に身体を強打して誰一人起き上がれる者は居なかった。
其処彼処から呻き声が上がる。
「・・・逃げろ・・・」
ベルナンの言葉に、三人の娘達は耳を疑った。
たった一人で、あの化物に挑むつもりなのか。
「む、無理だよ・・・、一緒に逃げよう・・・!」
レナが頑張って声を出したが、ベルナンは背中だけで答え、長剣の切っ尖をミノタウルスに向けて構えた。
ハーピーのラーラもまた、衣を纏わぬ肢体を見せつけるように翼を大きく広げて言った。
「フラニー、レナ、娘達をお願い・・・。地下の食料庫から外に逃げる隠し通路で出られるわ。なんとか、逃げ延びて・・・」
フラニーがラーラを止めようと肩を掴む。
「無茶言わないで! 30人からの戦士を一瞬で倒した化け物相手に何が出来るっていうの!?」
「セージに、謝っておいてね。頑張れなかったって・・・」
「バカ! ラーラ! アンタも逃げるのよ!」
ミノタウルスがググッと姿勢を低くする。
突進してくるつもりだ。
何を思ったのか、レナが小盾を構えてベルナンの隣に進み出た。
「フラニー、一人なら、きっと逃げ切れる・・・。私、レベル8だし・・・」
「相手はレベル10よ!?」
「防御に徹すれば・・・きっと・・・」
「レベル1の男にのしかかられて何も出来なかった娘に、何が出来るのよ!!」
「でも、誰かが、アルア達を守らないと・・・」
加速を確かめるようにミノタウルスが地面を何度も蹴り付ける。
ベルナンが振り向かずに言った。
「フラニー、頼む・・・逃げてくれ・・・」
「だって・・・わたしだけ・・・」
細剣を構え、それでも誰かが子供達を守って逃げなければ、という葛藤を抱きながら、つと涙が左頬を伝った時、門口の方から重たい金属で柵の杭を打ち鳴らす音が響いた。
ゴン・・・ゴン・・・ゴン・・・!
ミノタウルスがうるさそうに振り向く。
漆黒の鉄兜を被った、黒い毛皮鎧に身を包んだ大男が、両刃斧を構えてミノタウルスを睨みつけていた。
彼の背後から5人の黒マントが連射弓を構えて左右に展開する。
そして、その背後から浅黒い肌に金髪の、美しく深緑色に輝く瞳の娘が、肢体の線がはっきりと分かるほどに身体に密着した革鎧を纏って小剣を右手に姿を現わす。
ミノタウルスは、赤い革鎧に目を奪われるように向き直って涎を垂らして言った。
「おひさまの匂い・・・。甘い匂い・・・。女ァァァァァァのぉぉぉぉぉ、匂いぃぃぃぃぃぃ!」
漆黒の鉄兜が左手を水平に振るって叫んだ。
「戦闘の邪魔だ、負傷兵を下がらせろ」
逡巡する黒マント達に、赤い革鎧の娘が再度命じた。
「ボヤボヤするな! お前達では蚊ほども役に立たん!」
さっと、黒マント達が動くのと同時に、ミノタウルスが赤い革鎧の娘に向かって突進を始める。
「うおお!」
漆黒の鉄兜の大男が吠える。両刃斧を両手に構えてそれを阻止せんと突進して、脳天に両刃斧の一撃を撃ち抜いて三歩ほど後退させて叫んだ。
「クソ牛野郎が、ブチのめす!!」
「人ンンンンン間ンンンンン・・・。人間ンンンンン!!!!」
「かかってきやがれ! 人の家で好き勝手やりやがって! ブチ殺してやる!!」




