欲望の侵略者達
斧を振るう音が響いた。
間隔は一定の時もあれば、やたらと切羽詰まった叩き方をする事もある。
怒号が混ざる。
『おーい! セージ・ニコラーエフー! チンケな砦なんざ建てやがって、お前は一体、何と戦ってるんだ! あー!?』
ゲラゲラと笑う下品な声、声、声。
ロッジの中、エルフ娘のフラニー、フランチェスカ・エスペリフレネリカは飛び起きて下着姿のまま窓の鎧戸を開けて門の方に視線を向けた。
エルフ族は森を守る月の神の使いと呼ばれるほどに夜目が効く。
門が揺れているのが分かった。
(誰かがこの山小屋に攻め入ろうとしている!? 一体誰が・・・!)
ベッドに視線を移すと東洋人のレナもまた、騒動に気付いて半身起してフラニーを伺ってきていた。
「な、何事!?」
「わからない。多分、セージに恨みがある人。危険だわ、すぐに武器を装備して!」
フラニーは深緑色の膝まで丈のある半袖のシャツを着込むと、腰ベルトを締めてレイピアを左腰のカラビナに吊り下げてリビングへ移動する。
レナもまた、ジーンズにブラウスという出で立ちに似合わない腰ベルトを締めると、やはり左腰に備え付けられたカラビナに素剣を吊るして左腕に小型の円形盾を装備してリビングに駆け出した。
レナの合流を見て、フラニーが隣の部屋を勢い良く開ける。
ベッドの上で、ラーラが不安げに震える子供達を翼に抱いて、どこか覚悟をしたような表情で出迎えてきた。
「来てしまったのね」
フラニーが状況がわからずに声も荒く問い詰める。
「来たって、何!? セージの奴、誰かに恨まれてるの!?」
「冒険者よ」
「冒険者!? 冒険者は人々の力になる存在よ! たかだか一人の隠者に、何の恨みがあるっていうの!?」
「人々の力に・・・。本気で言っているの、エルフさん」
「私はそうよ!?」
と言って、レナを振り返る。
レナは戸惑いながらも同様に頷いてみせた。
「そりゃ、そうよね。報酬次第だけど。でも、冒険者は人々を助ける。存在?」
しかし、ラーラは被りを振って否定した。
「報酬次第で何でもやる、何でも屋のゴロツキよ」
「私達は!」
「貴女みたいに真っ直ぐな冒険者は珍しいのよ。フラニー。それに、貴女はどうしてギルドじゃなくてここに泊まりたがったの?」
「それは・・・。まぁ、うん、そうね・・・」
困ったように頷くフラニーを横目に、ラーラは怯える子供達をしっかりと抱きしめながら言った。
「コラキアの冒険者達は、セージを恨んでいるわ。それに私達ハーピーは、王国の貴族達の遊具に最適よ。わざわざ狩猟用に飼い慣らして、時期が来たら野に放つ。自由になったと思って飛び去ろうとするのを、撃ち落として遊ぶ為に。あるいは、妻に飽きた者の性道具かしらね」
「突然、何を口走ってるのよ!」
「冒険者共のハーピー狩りから、セージは私を救った。更には、高額報酬だった人喰い熊、ガランジャを、無償で討伐してしまった。他にも、彼が必要に迫られて町へ行く度に、冒険者の横暴に難儀する町民の為に揉め事を起こしてきたそうよ。でも、あの風体で揉め事を起こしては、町民は恐れはしても感謝はしないわね」
「今する話!?」
「どちらにしたって、沢山の冒険者は顔に泥を塗られた気分なんでしょう。それに、先日は冒険者ギルドのギルド長直々に、ゴブリン討伐の為に冒険者ギルドに協力するよう求めてきたのを、セージは断っているわ」
「逆恨み?」
レナが真顔でポツリと呟く。
ラーラは子供達をあやしながらキッパリと言った。
「私達を捕まえるか、殺すかして、あの人に一泡吹かせたいのね。冒険者達は」
レナが顔をしかめてリビングの窓から門の方を見て言った。
「悠長に話なんか聞いてる場合じゃないかも。門が突破されるよ・・・」
歓声と、木の杭で組み上げられた門が破壊される音が響き渡った。
松明と思しき光が、複数庭に入ってくる。
不安げにレナがフラニーを振り返った。
「ど、どうしよう?」
「戦うしかない!」
「でも、同じ冒険者だし」
「あの歓声を聞いて。ラーラの言う通りとは思いたくないけど、少なくとも攻め込んできた奴らは暴力に飢えている。捕まったら私も貴女もタダじゃ済まないわ」
「ど・・・どうして?」
「女の子だからよ!! ああ、もう・・・。ああいう暴力的な男が嫌いでここに住まわせてもらおうと思ってたのに!」
フラニーはリビングの窓から外を伺うと言った。
「ラーラは子供達を逃して。私が時間を稼ぐ。レナも協力して!」
「ううーん、でも数が多いなぁ・・・」
と、魔法の本を呼び出して窓から入ってきた侵入者達を眺め始めた。
「ああ、でも、ほとんどレベル1か。時折レベル2がいるけど。数は・・・」
ページをめくって周辺地図を表示する。
周辺地図には、敵を示す赤い点が50ほど明滅していた。
「50人くらいかな。だけど・・・、ここがゲームじゃ無いとして、レベル補正って意味あるのかな・・・」
「しのごの言ってる場合じゃないの。やるしかないのよ!?」
一方で、ラーラは子供達の額に代わる代わる口付けをしてベッドを降りると、子供達にベッドの下に入るよう促した。
「「「ママー」」」
「大丈夫よ。ママ達が守るからね。絶対に出てきちゃダメよ?」
「「「ママー」」」
子供達をベッドの下に隠れさせて、ラーラもまたリビングに姿を見せるとフラニーを見て言った。
「地下の食料庫から、外への隠し通路で出られるって聞いたのだけれど、二人で子供達を連れて逃げてはくれない?」
それにはフラニーが首を横に振る。
「貴女一人で残っても、時間稼ぎにもならないわ。三人で戦いましょう」
「三人か。いやぁ、私も頭数に入ってるよね」
「あんたが一番レベル高いんだから気張りなさい!」
フラニーはレナを叱りつけて玄関口に向かってレイピアを構えた。
レナもまた、震える手で素剣を構える。
「ね、フラニー。切ったら、血、出るかな」
「当たり前でしょう? もしかしたら死ぬかもね。でも、覚悟して戦って頂戴。やらなきゃ、もっと酷い目に遭わされるんだからね。私達は」
「わ、わかった・・・」
「いい? 外で囲まれたら圧倒的にこっちが不利よ。室内に敵を引き込んで戦うわよ」
「わかった・・・。でも、肝心のセージは何処に行ったの?」
確かな疑問だ。レベル1や2の冒険者など、彼一人が出て行けば瞬殺だろうに肝心の彼の姿が無い。
ハーピーのラーラが寂しそうに答えた。
「彼が居れば、怖いものなんて無かったのだけれど・・・」
「だけど、何? まさか私達を置いて逃げたとか?」
レナの言葉に、ラーラが被りを振る。
「ゴブリンが近くの鉱山に住み着いて一週間経つわ。時期的にここを探り付けているとして、攻めてくるのは今晩あたり。今はゴブリンの討伐に向かっているわ」
「あの暴徒共と同じタイミングって、おかしくない?」
フラニーが首を傾げる。
ラーラが、セージの受け売りだけど、と付け加えて言った。
「セージは冒険者ギルドと何度も揉めているわ。何かしらの策謀が企まれていても、不思議ではないって。挟撃は避けたいとも言っていたわ」
外から声が聞こえる。
「セージ・ニコラーエフー! 怖気付いて顔も出せねぇってかー!?」
窓から離れてフラニーが外を確認すると、暴徒の一団を率いているリーダーの顔を見て首を横に振って残念そうにうつむいて言った。
「ハリヤ・ケンビット・・・。レベル3戦士。英雄を目指してるなんて嘯いていて、結局これが本性か」
窓の鎧戸を閉めてレイピアを構え直すのと、バルコニーの階段を駆け上がる複数の足音が聞こえたのは同時だった。
玄関の扉が体当たりで破壊される。
それを想定していたフラニーはが、咄嗟にレイピアの切っ尖を暴漢達に向けて突き出して唱えた。
「通る早駆けの風刃」
突風が巻き起こり、空気の砲弾が室内に躍り込もうとして来た暴漢二人を激しく打ち付けて後方に弾き飛ばす。
弾き飛ばされた暴漢達は、すぐに立ち上がると罵り声を上げながら再び突入を試みて来た。
ラーラが翼を激しく一度羽撃くと、水平に飛翔して右脚の鉤爪で後ろ回し蹴りを見舞った。
「「なんだぁ!?」」
暴漢達は次々に顔面に強力な蹴りを受けて再び弾き飛ばされ、頭部への強打を受けて今度こそ気を失って大の字に伸びてしまった。
それを見た冒険者の男達、数十人の暴漢達がゲラゲラと笑い声を上げる。
「おいおい、何やってんだよ!」
「小娘二人にのされてんじゃねぇよ、バーカ!」
「おい、次は誰行くよ!?」
「俺だ俺!」
「早いもん勝ちだバーカ、俺が行くぞ!」
「オラ行け! オラ行け!」
我先に殺到してくる8人の暴漢達。
フラニー目が鋭さを帯びた。
「レナ、覚悟を決めて頂戴」
「覚悟? え、何の!?」
「殺す覚悟よ!!」
一人目が破られた玄関から突入して来る。
フラニーの身体が滑るように前に出た。
低く、低く身体を縮めて、バネのように前に跳ね伸びる。
レイピアが暴漢の眉間に突き刺さった。
信じられない、あり得ない、そんな表情で男の身体が硬直する。
そのまま倒れる体重に刃を折られる前にレイピアの切っ尖を引き抜いて右横蹴りを脇腹に見舞って距離を取るフラニー。
頭部への致命傷で一瞬で命を絶たれた男は、腹部へのストッピングキックで突進力を相殺されると、後ろから殺到して来た暴徒達がそれにぶつかって折り重なるようにリビングに転がり込んで来た。
フラニーが目にも止まらぬ速さで刺突を繰り出して暴漢達の喉を搔き斬り、眼球を通して脳を串刺しにしていく。
難を逃れて左に転がって立ち上がろうと片膝をついた者が三人いたが、ラーラが飛翔して頑強な両脚の鉤爪で二人の頭を握り潰し、中央の男に向けて潰れた頭ごと落命した者達を叩きつけて転ばせる。
驚いた顔で立ち上がろうと踠いた暴漢の頭を右脚の鉤爪で掴み、床に叩きつけて潰した。
一気に8人の男達が殺されたが、外からでは室内を窺い知れずにさらに殺到しようと駆けて来ていた。
窓の鎧戸を打ち破って二人が飛び込んで来る。
ラーラが右の翼で激しく叩いて暴漢達を床に転ばせ、飛翔してその頭部を踏み潰した。
玄関から立て続けに5人の暴漢が駆け込んで来る。
レイピアで二人が喉を掻き斬られて絶命したが、他の者達が刺突を掻い潜ってフラニーに迫る。
「このぉ!」
事態に慄いて身動き出来ずにいたレナが、無我夢中で素剣を左右に払うように振り回す。
素剣の刃が暴漢達の側頭部を潰し、首を跳ね、胸部を胸当てごと深々と斬り裂いて後方に弾き飛ばす。
胸部を斬られた暴漢は、後方の暖炉に激突すると、呻き声を上げてその場に崩折れて絶命した。
しかし暴力に飢えた暴漢達の突撃は止まらない。
さらに窓から飛び込んで来る者達をラーラが弾き飛ばすが、立て続けに飛び込んで来る暴漢を制する事が出来ずに両方の翼を掴まれ、肩を抑えられて床に押し倒されてしまった。
「ラーラ!」
玄関から次々と侵入して来る暴漢達をレイピアで斬り裂きながらラーラを助けようと集中を途切れさせたフラニーを、顔面を斬り裂かれて倒れた筈の暴漢が足首を掴んで引き倒す。
「こいつ!?」
たまらず床に転ばされたフラニーに、数人の暴漢が覆い被さって自由を奪った。
血飛沫の上がる乱闘に圧倒されてしまったレナは剣を振るう余裕もなくただ成り行きに身体が硬直して動けない。抵抗する者が居なくなった室内を覆い尽くさんと雪崩れ込んできた暴漢達に全身で体当たりを受けて床に転がされ、数人がかりで手足を押さえ付けられてしまった。
「うおーーーーー!」
「クソビッチが! 散々抵抗しやがって!」
「剥け! ひん剥け!」
「外に引き摺り出せ!」
「ひん剥け、ひん剥け!!」
10人以上は倒したものの、数の暴力には抗えず、少女達は遂に制圧されてしまった。
ロッジの外に引きずり出されるレナ、フラニー、ラーラ。
三人が横並びに地面に押さえつけられ、暴力に飢えた男達に取り囲まれる。
これから何が起こるのかと、恐怖に慄くレナ。
それでも鋭い視線で眼前の男どもを睨みつけるフラニー。
ほぞを噛んで弱々しく、しかし睨みを利かせるラーラ。
暴漢の一行を指揮しているのだろう、レベル3戦士のハリヤが卑しい笑みを浮かべて言った。
「手間かけさせてくれたなぁ。お嬢さん方。おっと、二人と一匹か?」
ハリヤはラーラの頭頂部を右手で掴むと、髪の毛を毟るほど強く引っ張って顔を上げさせた。
「クソ生意気なハーピーが。随分と冒険者を殺してくれたじゃねぇか。なぁ、おい」
グイと首が折れるほど後ろに引き倒す。
「あ、ああ!」
ラーラが痛みに声を上げた。
その声を気に入ってか、ハリヤがラーラの顔を覗き込む。
「モンスターにしちゃあ美人だよなお前・・・」と、ラーラの胸元に視線を移し「何だよ、モンスターの癖に服みたいなの着やがって! そそるよなぁ、おい!」
ハリヤはラーラの胸元を左手で掴み、簡易的な衣を引き裂いて美しい肢体を露わにさせた。
「ああっ!」
羞恥に悲鳴を上げるラーラ。
「モンスターがさ・・・、一端に恥ずかしがってるんですけどー!! おい、お前らどう思うよ!?」
「人間か!」
「いやんいやんって叫べよ!」
「いい乳してんなぁ、おい!」
わっと卑しい笑いが起こる。
フラニーが憎しみの篭った目でハリヤを睨みつけて叫んだ。
「汚い手を離せ! ゲスが! その娘を痛めつけたら、容赦しない!」
強がるフラニーを、ゴミでも見るように見下ろしてハリヤが冷たく言い放った。
「澄まし顔のエルフがさぁ・・・ガタガタうるせぇなぁ・・・」
フラニーを押さえつける男達に、無気力な視線を投げかけて命じる。
「ひん剥いて大人しくさせろ」
「待ってました!」
「エルフの柔肌ー!!」
暴漢達の厳つい手がフラニーの深緑色のシャツの襟首にかけられ、力任せに下に引き破られる。
「きゃああ!!」
真っ白な肌の背中が露わになると、暴漢達の歓声が上がった。
そのまま地面に平伏させられて、下半身にまで暴漢達の手が伸びると、ハリヤが叫んで静止した。
「早まるんじゃねぇよ!」
「な、何でだよハリヤ。ここに来てお預けかよ?」
「バカヤロウ。先に犯しちまったらセージの野郎を怒らせるだけだろうが。目の前で犯んなきゃ意味ねぇんだよ」
「何でだよ、かわらねぇだろ!」
「バーカ。犯された後と犯される前じゃあ女どもの悔しがり方が違うだろ。ギャーギャー喚かせながら犯して見せてよ、そうすりゃあ、あのクソ隠者も手が出せねぇだろうが?」
「なるほど、寝取られる所を見せつけながら殺すんだな!」
「当たり前じゃねぇか・・・。じゃなきゃ、死んでいった15人も浮かばれねぇってもんだ」と、遠くを見るように天を仰ぎ「つーか、こんな女共に殺された15人救えねー! 可哀想すぎるだろコイツらレイプ出来ねぇなんてよ!!」
「全くだぜ!」
「ははは!」
「ザマァねぇ!」
「いやっほうー!!」
湧き立つ暴漢達。
彼等の薄汚い手が、レナのブラウスをも引き裂こうとした時、トトンっと小気味良い音が響いて外野の三人が崩折れた。
「「「「「え?」」」」」
一瞬、何が起こったか分からない、と言った風で周囲を見回す暴漢達。
近くで焚いた松明の灯りで周りが良く見えない。
ハリヤが素早く柵の外に視線を投げてじっと目を凝らしていると、弦の弾かれる音が合唱のように左右から立て続けに上がり、さらに10人が頭部に致命傷を受けて崩折れた。
「攻撃だ! 松明を消せ!」
ハリヤが叫んだ時には既に遅く、ヒュンヒュンと弦が、羽が空を切る音が響き渡って暴漢達が次々とその場に崩折れて行った。
レナ達三人を押さえつけている6人と、ハリヤを除いてあっという間に全滅する。
「な・・・、なんだ・・・?」
ハリヤが恐れ慄いて周囲を警戒して長剣をめちゃくちゃに振り回す。
柵を越えて、30人からなる黒いマントを纏った武装集団が庭に降り立った。
ゆっくりとした、自身に満ち溢れた歩調で速射弓を構えて距離を詰めて来る。
長剣の切っ先を代わる代わる「敵」に向けてハリヤが吠えた。
「何だ、テメー等は! 何処のモンだ!」
リーダー格らしい男が進み出ると、松明の灯りの中にその身をさらけ出して連射弓の狙いをハリヤの眉間につけながら言った。
「フランチェスカを傷つけたな?」
透き通った男の声。しかし、どこまでも冷たく、氷のような声で、冷え切った視線でハリヤを狙うのは、何処の貴族かと見まごうほどの美男子。
ハリヤは大蛇に睨まれたように背中に冷や汗を垂らして精一杯睨み返して言った。
「な、何だ・・・。何なんだテメーは!?」
「俺の、愛しいフランチェスカを。傷つけやがったな」
何処までも冷たい声。
長剣の切っ尖を向けるのが精一杯のハリヤは、及び腰になりながら問うた。
「だ、だから、テメーは誰なんだ!?」
つまらなそうに小さくため息を吐く美男子。
冷たい視線の温度を、更に下げてじっとハリヤの目を見つめて言った。
「盗賊ギルド、アニアス派。アニアス様の側近が一人。ベルナン・カークウッド」
「べ、ベルナン・カークウッド・・・?」
盗賊ギルドのアニアス派と言えば、泣く子も黙る武闘派集団だ。
元騎士やら、元兵士やら、戦闘のプロが6人、アニアス派の側近として盗賊ギルド幹部のアニアスに付き従っており、アニアス派の舎弟と言えば皆、彼等の軍事訓練を受けた戦闘集団で、そこ等の軍隊よりも達が悪いと噂されている。
中でも、ベルナン・カークウッドと言う人物はトーナ王国貴族の五男坊で、騎士としての訓練を受けながらも余りにも気性が激し過ぎて同格の騎士叙勲前の従者と揉め事を起こしては病院送りにしてしまい、騎士足り得ないと除名処分を受けたという噂の人物だ。
戦闘力だけは正騎士に引けを取らない実力があり、アニアスの人柄に惚れ込んで盗賊ギルドに入ったような変人ではあったが、騎士としての矜持を忘れた事は無く、女性を誰よりもいたわると自負してやまない自由騎士。
ベルナンは、怒らせた相手が完全なる敗北を認めるか、どちらかが死ぬまで絶対に追撃の手を緩めないハンターとして、冒険者ギルドでも有名な人物だった。
そのベルナンが、今まさにハリヤの眉間に連射弓の先端で狙いをつけてハリヤをじっと睨み続けている。
盗賊ギルドとセージ・ニコラーエフの関係がどうしても結び付かないハリヤは、連射弓で彼の急所に、眉間に狙いを定めるベルナンの事が理解出来ずにただただ震え上がっていた。
どうしても分からないと、素朴な疑問を口にする。
「何で・・・、盗賊ギルドが・・・、ベルナン・カークウッドが俺達の邪魔をするんだよ・・・?」
氷の如く冷たい視線を投げかける美男子は、無感情に、淡々と言ってのけた。
「これから死ぬ男が知る必要は無い。強いて言うなら、フランチェスカは俺の惚れた女だという事だ。セージ・ニコラーエフなどどうでも良かったが、貴様はフランチェスカを傷つけた」
「そんな事で!?」
「そんな事? 俺が貴様等を殺す理由など、それで十分ではないか。目の前で女が犯し殺されそうなのを指を咥えて見ているだけの腰抜けに見えるのか?」
「だいたい、何でさっきまで黙ってたやつが! 出て来るんだ! そもそも、何でテメー等がここにいるんだ!?」
「それこそな。貴様が知る必要は無いんだよな。そうだろう、クソ野郎」
語りながら連射弓の引き金の上のダイヤルを右に右に回し続け、弦の張りを強くして行くベルナン。
キリキリ、ギュンギュンと連射弓の弓が、弦が限界まで絞られて音を立てる。
連射弓の事など、一冒険者のハリヤには知る術は無かったが、音からしてベルナンが何をしているかは想像がつく。
威力を高めて、必殺の矢をハリヤの脳天に見舞おうとしているのだ。
「た・・・頼む・・・見逃して・・・」
「お前は本当に馬鹿だな。婦女子を痛めつけるクズを、騎士が許すと思うのか?」
「た・・・たの・・・」
「くどい」
最大にまで弦の張った連射弓の引き金が引かれた。
弾ける弦の音。
射出されるクォレル。
鋭く尖った石の鏃を持つ小型の矢が、クォレルが、ハリヤの眉間を貫通した。
一瞬の痛み。
ハリヤは、しばらく自らが殺された事を理解出来ずに虚空を眺めたまま立ち尽くし、やがてゆっくりと、後ろに倒れ、絶命した。
ゴミを見るようにその亡骸を見下ろすベルナンが、興味なさげに部下達に命じる。
「折角だ。そこの東洋人の女とハーピーも助けてやれ。道を踏み外した冒険者は、そうだな。首を掻っ切ってゆっくりと死を味あわせるのが最良か」
無言でベルナン配下の黒マント達が少女達を押さえつけていた暴漢達の両腕を抑えて立ち上がらせると、一人、また一人、短剣で喉を描き切って地面に打ち捨てた。
暴漢達は、喉から激しく血を流して身悶え、やがて絶命して果てる。
間一髪の所で、フラニー達の貞操は守られたが、彼女達は状況が飲み込めずにしばらく呆然と黒マントの一行を見つめていた。