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それは禁断

 ターシャ・メルベンスカヤは月明かりに照らされた夜空を高速で飛行していた。

 彼女はレイス。死の代名詞とまで言われる上級アンデッドだ。

 故に、風吹き荒ぶ高度を飛んでいようとも風の影響をその身に受けることはなく、飛行速度に反して身に纏った白衣も、長い黒髪も気持ち程度にしか靡いていない。

 動くことで靡くのは、彼女がそうあるだろうと思っているからで理屈といったものはおよそ存在していないのだろう。

 彼女は月明かりの元、直接月光を浴びる事で長年消耗し続けてきた魔力が全身に満ちていくのを感じて高揚していた。

 久しぶりに感じる外界の空気に当てられてか、陶器のような真っ白な姿の女性の姿をした等身大の人形を魔力で牽引してある一点を目指し突き進んでいく。


「道化だな」


 自らの振る舞いを嘲笑う。

 何にしても、コラキア一帯を守護するかの如く活躍をしているという男に興味が湧いたのは否定出来ない。


「セージ・ニコラーエフと言ったか。私が培ってきた技術を、戦力を欲した男の顔くらいは拝んでおきたいものだからねえ」


 空高く棚びいていく雲が一瞬月明かりを隠し、再び下界を照らし出した時にはターシャの姿は遥か遠く数キロ先まで過ぎ去っていた。

 夜空は強風に棚びく雲こそ流れていたものの、冬のキンとした空気を透明によく晴れ渡っていた。





 朝。

 ラーラや娘達との食事を済ませて普段用の制服がわりの革鎧に身を包んだセージが練兵場に向かって廊下を歩いていると、盗賊シーフギルドから配属されている戦士が一人足早にやって来て一礼して言った。


「サー・セージ、ご来客が」


「客だと」


 訝しむように顔を曇らせるセージ・ニコラーエフ。


「聖騎士団とかいう奴らか。到着にはまだ日数があると思っていたが」


「いえ、それが。純白の肌の赤い目をした生人形リビングドールのようで・・・」


 明らかにセージの期限が悪くなり眉根を顰める。


「知らんな。何者だ」


「は、ターシャ・メルベンスカヤと名乗っております。レナお嬢様に鎧を贈呈した者だと。予備戦力にジェリスニーアの姉妹達を送り込んできた人物らしいのですが」


「レナ達に調査させた遺跡の主人か」


「どうなさいますか」


「会おう。何処にいる」


「応接室に案内してあります」


「そうか」





 応接室で、ターシャは大きな壁に掛けられた白いキャンパスが堂々と飾られた立派な装飾の額縁を眺めていた。

 何も描かれていない真っさらなキャンパス。


「趣味が悪いな」


 ポツリと呟く。

 不機嫌そうに無地の絵を眺めていると、応接室の扉を開いて身の丈2メートルを超える巨躯の男が入って来て無愛想に睨むように言った。


「待たせたかな。白い生人形リビングドール


 ふう、と息を吐いて振り返る灰色のショートヘアの真っ白な肌の生人形。

 白いブラウスに黒いタイトスカート、研究者然とした白衣を羽織った小柄な女型生人形は真紅の瞳を妖しく輝かせて大男を見る。


「貴様がセージ・ニコラーエフか。蛮族にしては分不相応な身形をしている」爪先から頭のてっぺんまで舐めるように観察する「薄緑のチュニックに黒いレザーパンツ、ブーツは何の獣の皮だ」


「知らんな」


「おまけにスーツ代わりに纏っているのはブラックベアの毛皮を鞣して作った革鎧か。まるで貴族の真似事だな」


「くだらん話ししか無いならば帰れ」


 じっと目を見返すセージ。

 ターシャはフンと鼻で笑うと徐に上座の椅子を引いて座って脚を組んでみせた。


「まあ座れ、少年」


「要件は何だ」


「全く可愛げのない男め」


 セージは椅子には腰掛けず、代わりに腕組みをして睨みつける。


「ジェリスニーアの姉妹機を送り込んでくれたことには感謝している。レナに鎧を与えてくれたことにもな」


「貴様と違って面白い娘だったからな。まぁ、私も長く生きすぎた。可愛い孫娘くらいには思っているよ」


「で?」


 悪い癖が出た。

 実りの無さそうな会話や興味のない相手とはまともに会話をする気がないのか、結論だけを急がせる。

 そんなセージの慇懃無礼な態度を見て、ターシャは何故か可笑しくなってきてクスリと笑ってしまった。


「なんだ?」


「フフ、そう機嫌を悪くするでない。久しぶりに貴様のような無礼な男を見るとな、昔を思い出してしまうのだよ」


「そうか。で?」


「全く、答えばかり急かすのは感心せんな。そもそも、この私の正体などに興味は無いのか?」


「無いな」


 一度身じろぎして体重を左足に預けて、腕組みをしたまま顎を引くセージ。

 ターシャは面白そうなオモチャが全くつまらない物だと知ってがっかりする子供のように肩をすくませて言った。


「本当に私に興味が無いのか? 話くらいは聞いておるのだろう。何を隠そう私はレイスなのだからな」


「だったらどうした。ジェリスニーアを作り出すくらいの技術があれば、霊体を封印して仮初の心臓部を嵌め込んだ人形くらい操れるだろう」


「本当に可愛く無いのなお前」


 呆れた表情で獣のように荒々しい大男を見つめるターシャ。

 セージは彼女が興味本位で来ただけなのかと訝しみ、溜息を吐くと窓辺に歩み寄って両手を腰に当て外の景色を眺めた。

 その横顔のなんと寂しそうなことか。


(やはり。死を覚悟している軍人の顔だ。まぁ、あれほどの災害が南下してくるかと思えば無理もないか)


 テーブルに両手を突いて立ち上がり、落ち着いた足取りでセージの右に並び立ち、冬景色の寂しげな砦の庭を一緒に眺めて、ターシャはセージの方は見ずに言った。


「私がわざわざ器を用意してまで貴様に会いに来たのはな。災害のような大発生しているバケモノどもを一掃できるかもしれん兵器がもうすぐ完成する事を教えてやるためだ」


「戦車か戦闘機でも売り込みに来たのか」


「ほう、何故そう思った」


「俺が想像出来る兵器の中で、一四万の害獣を駆除出来る兵器といえば、そのくらいだ」


「なるほどお前は少なくともこの時代の人間では無いようだ。戦車や戦闘機ではない。それとは一線を画す兵器だ」


 不機嫌なままだったが、初めてセージがターシャに向き直る。

 瞳には不安の色を残したまま、彼は言った。


「話を聞こう」


 ほくそ笑むターシャ・メルベンスカヤ。


「テストを行えるほどの人的余裕も予備燃料も用意は出来ない。ぶっつけ本番になるよ」


「どうせ敵に関しても偵察はしてるのだろう。アンタが出来るというならそれに乗るしかないのが現状だ」


「責任は取れないし取るつもりもないんだけどね」


「何日戦線を維持出来るか。今の俺たちにできるのはそれだけだ」


「そうかい。じゃあ早速資料を見せてやろうかね」


 ターシャが何に描かれていない真っさらなキャンパスが嵌め込まれた額縁に向かい、セージがそれに続いた。

 不適な笑みを浮かべて、ターシャがガラスの眼球をレンズにして映像を投影し始めると、複雑な記号や数値の書かれた図面やマニュアルを表示していく。

 それは人型の、ひょっとしたらとても大きなサイズの「何か」に見えて、セージは真剣な眼差しでその非現実的な姿の兵器に関する図面やマニュアルに視線を注いでいた。





 大樹イグドライアの麓、地下深くの遺跡の中で、施設の設備が使用可能かどうかの点検を実施するためにコントロールルームの中央でメイド然として立ち通信でシステムに接続して緑色のガラスの瞳の中を目まぐるしく変わる色とりどりに表示される大量の情報。

 ふと、瞳が赤と緑に交互に明滅を始めてジェリスニーアは顔を曇らせた。


「報告を受信。各機は引き続きターシャ・メルベンスカヤの動向に注視してください。極秘に輸送機の手配を要請。本施設に戦闘用生人形ヴァルキリードール専用兵装の存在を確認済み、砦へ搬送します。ターシャ・メルベンスカヤには察知されないように」


 少し俯いていた顔を真っ直ぐ起こして、ジェリスニーアが目をカッと見開いて低く抑えた威圧的な声を上げた。


「我がマスターに特攻用の欠陥品を渡すつもりか。ターシャ・メルベンスカヤ。たとえ私達の生みの親とて許し難い行為です」


 瞳がいっそう緑に輝き、徐々に真紅に染まっていく。

 生人形リビングドールは無表情のまま、心を怒りに振るわせていた。

 コントロールルームの十個を数えるモニターは、相変わらず様々なデータをスクロールさせ続ける。

 コントロールルームに佇む生人形リビングドールは、モニターから発せられる淡い光を身体に浴びて、ただじっと佇んでいた。

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