鉱山奪還
ゴブリンは日光が苦手だ。
故に、活動するのも必然的に夜間に限定される。夜行性という奴だ。
そして、ゴブリンは「賢明」であるが故に、「人間」が夜間は活動しない事を知っている。
「人間」を警戒するなら「昼間」だ。
だから、鉱山の入口に立たされた歩哨達も、自分達が夜目に優れていたからこそ、まさかという思いがあった。
実際、それは大いなる油断。
野戦訓練を受けて来た黒騎兵は、夜間の戦闘にも特化した訓練された夜目を持つ特殊な兵士だ。
長期間における魔力強化も、確かに施されている。
ゴブリンと遜色のない夜目を会得し、さらに「自然」という隠れ蓑を巧みに活用して宵闇に紛れる精鋭。
セージ・ニコラーエフは、黒騎兵の中でも特に皇帝の一族に近い、いわゆる側近の一人だった。
皇族が気に入らないと声を上げれば、即座に相手の首を跳ねるほどには、側近だった。
その彼が、今何故、こうしてコラキア近辺の山中の森の中で隠者として暮らしているのかはさておき、セージ・ニコラーエフは久方ぶりの本格的な「作戦」に感情昂らせることもなく、ただ、淡々とゴブリンの喉元に狙いを定めてじっと機を伺っていた。
今、この、鉱山に住み着いたゴブリン共は、明確に「家族」の敵だ。
今までも、こうして「敵」を排除して来た。
変わらない。
じっと息をひそめる。
優しい風が凪いで、木々の葉の騒めきを誘っていた。
さら・・・さら・・・さら・・・。
木の葉のざわめきが止む。
セージは左手に引き絞った短弓を構え、弓を引く右手には三本の矢。
一本はすでにつがえて歩哨のゴブリンに狙いを定めている。
風が止んだ。
風が止む時間はほんの一瞬だ。
その一瞬で、つがえた弓を放ち、立て続けに二射目をつがえて放つ。
1秒数える間も無く矢はゴブリン目掛けて飛翔し、それぞれの喉元に、喉笛を搔き切るように突き立った。
声も出せずその場に崩折れるゴブリン達。
まだ、息の根まで止められた訳ではなかった。
地面に倒れ込んで悶え苦しんでいる。
そこに、十五の人影が森から姿を現すと素早く小剣を引き抜き、一体につき五人が取り囲んで一斉に刃を突き立てた。
絶命してその場に大の字に横たわる歩哨ゴブリン。
人影は一斉に剣を鞘に戻して連射弓を右肩に小さく構えて前方に照準を合わせ、姿勢をやや低くして鉱山の入口に狙いを定めて息を潜めた。
動きは無い。
セージは矢筒から新たに三本の矢を右手に握ると、器用に一本を短弓につがえて前に出た。
彼に寄り添うように赤い革鎧に身を纏った浅黒い肌に金髪の女が立ち、連射弓を構える一同に前進の合図を送る。
連射弓を構えた一行は道を開け、その間をセージが通り抜けて鉱山の入口をじっと見据えると、短弓をやや下に構えて姿勢をやや低くして開口部に向かった。
鉱山に数歩入って様子を見る。
セージが顎で合図を送ると、一番前にいた連射弓の男が台尻から左手を離して左腰のポーチから小石を一つ掴み上げて鉱山の岩肌に素早く擦り付ける。
小石には「光」の魔法が施されており、硬い物で強く摩擦を与えると魔法が発動する仕組みだ。
魔法の光は日光と性質が異なり、ゴブリンを失明させる事は出来ないが、三十分の間は光を放ち続けて暗闇を照らしてくれる。
セージにしても、流石に一切の光が届かない洞窟内で夜目が効く訳では無く、必須アイテムであった。
光る小石が前方に投げ込まれる。
照らし出された坑道を、セージを中心に左右に二人ずつが連射弓を構えて音も静かに前進して行った。
鉱山の中間に、運搬用の一輪車や採掘した鉱石を一旦集積する中継点となるホールが作られている。
一片が20メートルの正方形で、天井は3メートルほど。
そこに集積用の木箱をひっくり返して簡易玉座に見立て、一人のゴブリンが腰掛けていた。
どこかで拾ったのだろう銅のフラットバーを曲げて加工した、王冠を模した物を頭に乗せ、右手には人間の髑髏を乗せた杖を握りしめている。
そのゴブリンの前には、平伏すように控える三十人のゴブリン達。
ゴブリン達は声高に叫んだ。
『『『『『王よ! 王よ! 王よ!』』』』』
王と呼ばれた、銅の冠もどきと髑髏の杖を持つゴブリンが杖を掲げて叫びを鎮めて言った。
『今宵、灰色の魔法使いとの約束の日である』
『『『『『王よ! 王よ! 王よ!』』』』』
『灰色の魔法使いは約束した。この森を支配する、砦の黒き王を屠れば、この鉱山の開発権と人間の町との交易、そしてこの一帯の森の支配権を我らに委ねると』
『『『『『オオーーーーー!!』』』』』
『愛しき古巣を追われ、苦渋を舐めてきた我らが! 遂に国を勝ち取ったのだ! そして、この地を拠点として、人間の女を集め、偉大なるホブの軍勢を作り上げて! 人間共の生活圏という生活圏を、全て奪い取る! 我こそが、真なるゴブリン王として、ここから勃つのだ!!』
『『『『『オオーーーーー!!』』』』』
興奮してやまないゴブリン達は、人間が夜戦を仕掛けてくるなどと露ほども思っていなかった。
故に、入口の歩哨以外は全てこのホールに集まって「王」の演説に聴き入っていたのだ。
敗北を重ねてきた、苦渋を舐めてきた苦労が報われる、素晴らしき一日の始まり。
最初の戦をいざ始めんと息巻いていた所に、ホールの背後、入口へと通じる坑道からカチリっという複数の摩擦音と共に眩い光が一斉に灯り、ホール内に十数個が投げ込まれた。
あっという間にホール内が光で満たされる。雪崩れ込んでくる十数人の人間達は、坑道から左右に均等に展開して小型の弓のようなもので狙いをつけて来たが、「王」はほくそ笑んで人間の言葉で語りかけた。
「これはこれは。勇敢なる人間諸君。たったそれだけの人数でよくぞここまでたどり着いた。しかし、光の魔法とは考えたな。だが、この程度の光では、我らの目を眩ます事は叶わぬぞ」
その語りに答えるように、身体の線がはっきりとするように密着した赤い革鎧に身を包んだ浅黒い肌の美女が小剣を右手に、男達の間から姿を現して一歩前に出て言った。
「ほう。人間の言葉を話せる種がいるとは聞いてはいたが、貴様がこの群の長か」
「いかにも」
「それで、交渉の余地はあるのかな?」
「交渉だと? そうだな、貴様は人間の女としてもなかなか良い素材のようだ。まずは我のホブをその身に宿すというのなら、」
「貴様と話しているのではない。勝手に喋るなゴミが」
「なんだと!!」
女に侮辱されて激昂する「王」。
女は意にも介さず、彼女の右に静かに佇む黒ずくめの大男を見上げて再び言った。
「どう? 交渉の余地はあるのかな?」
漆黒の大男は、鉄兜の奥の鋭い眼光を光らせて答えた。
「あるわけがないだろう。こいつらに取っても、人間はゴミなのだからな」
「なるほど、不愉快極まりないな。ゴミは処分しなくては」
木の箱から飛び降りて「王」は、杖を高々と掲げて叫んだ。
「おのれ好き放題言いおって、思い知らせてくれる! ゲーギゲゲ! ガーグギーガガー!!」
「「「「「ギギーーーーー!!」」」」」
一斉に立ち上がり、駆け出そうと身構えるゴブリン達。
だが、
「攻撃開始」
赤い革鎧の美女が右手を前方に突き出して一言放った瞬間、クォレルの雨がゴブリン達に襲いかかる。
一撃が致命傷にはならなかったが、構えも解かずに次々と発射される矢の雨にゴブリン達は総崩れになった。
ホールの中を逃げ惑うゴブリン達。
漆黒の大男は淡々と短弓を構え、必殺の矢で一人、また一人と確実に葬って行く。
「ギャーギギギ、ギゲーギャギャ!!」
ゴブリンの一体が涙ながらに膝をついて懇願してくる。
赤い革鎧を纏った浅黒い肌の金髪美女は、無残にもその胸に小剣を突き立てる。
程なくして、ゴブリンは生き絶えて岩肌の床に転がった。
「侵略者の話す言葉は分からないね。セージ、こいつは何と言っていた?」
「俺に聞くな。共闘は許可したが、俺はお前の部下ってわけじゃないぞ」
「そうだった。しかし、呆気ないものね」
「ゴブリンが日中に攻めてくると、人間は想像もつくまい」
「逆もまた然り、か」
「そうだ。俺達は、黒騎兵はそうやって数千のゴブリン共を葬って来た」
「王」は、黒騎兵という言葉を聞いて震え上がった。
北の戦で大敗を喫した一族と共に南に落ち延び、これまでどうにか生き残ってきたというのに、またしても忌々しい黒騎兵が目の前に立ち塞がると言うのか。
「王」は、杖を前に突き出して叫んだ。
「何故だ・・・何故・・・、ここは帝国とは関係ないだろう! 何故、黒騎兵が我に刃向かう!」
「黙れ。貴様がどこから流れてこようと知った事じゃないが、貴様らは俺の領土に土足で踏み入った。だから処分する」
「ま、まってくれ! 何でも! 何でも言う事を聞くから、命だけは!」
「貴様らが生きていると、俺の家族が安心して暮らせんのだ。悪いとも思わんが、死ね」
「な、何故だ!? ここを離れる! 離れるから!」
「そうか。では、戻ってこれないくらい遠くへ行ってくれ」
右手の矢を矢筒に戻して、背中の両刃斧を引き抜く漆黒の大男。
大上段に構えて、「王」の脳天に勢い良く振り下ろした。
頭蓋が叩き潰されて血と脳髄が飛び散る。
漆黒の大男、セージ・ニコラーエフが周囲をぐるりと見渡すと、一体残らずゴブリンは生き絶えて地面に転がっていた。
浅くため息を吐いてセージが女に謝意を述べる。
「協力感謝する。一人では苦戦していたかも知れん」
「でしょうね。でも、まだ終わってない。でしょ?」
「冒険者ギルドか」
「忌々しいジャーカー・エルキュラ。アイツの悪行は女冒険者から沢山上がってきているわ。男共の動きは芳しくないけど、あたしはもう我慢ならない。それに、入ってきた情報じゃあそろそろアンタを消そうって話が持ち上がっているしね」
「予想通りだな」
両刃斧の血を、ゴブリンの腰布で拭って背に背負い込むと、セージは坑道を戻って歩き出した。
赤い革鎧の美女、アニアスが部下に命令を下す。
「第2班、第3班は残って残党が居ないか調べろ! 女だろうが子供だろうが容赦はするな! 奴らは人間を餌だと思っている捕食者だ! 話など通じんぞ!」
「「「「「はい、レディ」」」」」
「第1班はあたしとセージに続け。頭の悪い冒険者共の事だ、今頃灯りを煌々と炊いてセージの山小屋に向けて進軍している事だろう」
部下の一人が手を挙げて抗議の声を上げる。
「何故、その男の小屋を守らないといけないんです」
アニアスはその部下に詰め寄ると、襟首を掴んで顔を引き寄せて言った。
「あたしの惚れた男の家だからだ」
すでにセージの姿は無い。
残してきた者達のことがよほど心配なのだろう。
部下達は、アニアスの言葉に迷いの無い本気を感じて黙った。
部下の襟首を離して改めて問う。
「来たくなきゃあ鉱山の残党狩りに入れ。あたしについてくる奴はついて来い」
「「「「「はい、レディ」」」」」
もはや刃向かう事は無かった。
ここに居る者達は、アニアスが女だからついて来ているのではない。
皆、アニアスの持つ若き首領としての魅力を認めているからこそ従っているのだ。
その次期首領が、認めた男の為に命をかけるのであれば、彼らもまた皆、彼女達の盾となり剣となる覚悟を決めていた。
鉱山を占領したゴブリンの群は、統制の取れたアニアス派の戦士達とセージの奮闘により、呆気なく壊滅した。




