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聖女と人形の日々

 冬が訪れようとしていた。

 コラキアの町の東にぽつんと存在する林の中に隠れるように建立された木造の寺院、スクーラッハ寺院。

 その造りは鋭角な屋根が特徴だが、それは冬場にはこの地域にはそれなりの積雪があるという事で、わかりやすく言えば現代でいう所のキリスト教の教会に造りが似ていると言えばわかりやすいだろうか。

 正面口をくぐると、直径60センチの丸い柱が八本均一に立ち並ぶ広場を隔てた奥に広々とした礼拝堂があり、最奥の祭壇には水の女神スクーラッハが持つとされる銀の聖杯にちなんだ大人が両腕でどうにか抱えられることが出来るかというほど大きな銀製の杯が置かれ、中には水が並々と湛えられており、それは毎朝修道士見習いが交代で新鮮な水に交換している。

 修道士見習いは、礼拝堂のあるその聖堂の奥、裏手の庭を20メートル隔てた場所に質素な集合住宅が建てられており、やはり質素な回廊で繋がれたそこに一部屋に四人で生活していた。

 アニアスは、首都フェリのサーラーナ寺院から派遣された神官の女性の元でスクーラッハ寺院での修行と称される教育の日々を過ごしている。

 北に建設された黒の砦の長として忙しい夫のセージはさすがに修行と称される教育の場に同行する暇など無く、代わりに専属メイドとして付き従ってきた生人形リビングドールのジェリスニーアが、同じ姿で見分けのつかない子機を二機従えて身辺の世話役兼護衛として配置され、アニアスの修行の日々を見守っていた。

 早朝、目が覚めるとすぐに聖杯の前で跪き二時間の瞑想。

 朝食後、サーラーナの伝承にまつわる単語で構成された伝承書を黙読。

 昼食時、食事のマナーを躾けられながら食事。

 昼食後、王族に相応しい仕草・マナーのレッスン。

 夕刻、礼拝堂の祭壇に鎮座する聖杯を綺麗な布で丁寧に乾拭きして磨く。

 夕食時、食事のマナーを躾けられながら食事。

 夕食後、聖杯の前に跪き二時間の瞑想。

 夜、就寝。

 そんな外界との接触を絶った生活が、すでに一月以上続いていた。

 夜の瞑想を終えて自室に戻るなり、与えられた二段ベッドの下の段に倒れるようにうつ伏せになって枕に顔を埋めながらため息を吐く。


「うああ・・・もう耐えられない・・・。セージに会いたいよう」


 向かいのベッドの前に横に整列してメイド然として立つ生人形のジェリスニーアと、見分けがつかないため灰色のシースルーのヴェールを額から下げた子機二体がじっと目を閉じたまま立って、ジェリスニーアが硬い声色で静かに告げた。


「ご就寝のお時間です、奥様」


「・・・・・・」


「「ご就寝のお時間です奥様」」


 アニアスがあえて無視していると間髪を入れずに子機達が復唱し、アニアスは恨めしそうに顔を少しだけ向けて毒付いた。


「人形は良いよな。寂しさなんか感じるような心なんか持っちゃいないんだろうしな」


「死に別れたわけでもあるまいし。同じコラキアの地にいるのです。まずは真面目に聖女としての修行をこなされてはいかがですか」


「こなしてるんだが?」


「必要な水準に達していらっしゃらないからこそ、スクーラッハ寺院で異性を絶って修行しなければならないのです」


「聖女ってそもそも、なんなんだよう。あたしはそんな育てられ方してねえし、そもそも、聖女の資質ってのをあたしが持ってるってみんな言うけどさ。聖女って何?」


「聖女とは聖なる魂を持つ女性の事です。男性であれば聖人と呼ばれ、とても徳が高く、高潔で、真面目な方だとされておりますね」


「いっこもあたしにひっかからねー。もう修行しなくてもよくね?」


 ジェリスニーアがつつと前に出て、その場にメイド然と立ったまま綺麗に腰を折り不自然な体制でアニアスの顔を間近に覗き込みながら緑色の瞳を妖しく輝かせて抑揚のない声で言った。


「聖女らしからぬからこそ修行が必要なのです奥様。コラキアの守護者たるセージ様の奥様にふさわしいマナーと教養を御身に身に着けてくださいませ。聖女たりえる魔力をその身に宿しているだけで、魔力の御し方の一つも身に付けずになんとするおつもりですか?」

「近い近い近い、怖い怖い怖い」

「ねえ、奥様、なんとする、おつもりですか?」

「「なんとするおつもりですか??」」

「わかったわかったから、怖い怖い、怖いから!」


 すっと離れて再び姿勢正しく並び立つジェリスニーア。


「お判りいただけたのでしたら、寝間着に着替えてお休みくださいませ。奥様」


「ぐうう・・・いつものネグリジェがいい・・・。こんな麻のノースリーブのローブが寝間着とか・・・」


「修道士見習いの正装です、我慢なさいませ」


「だいたい、誰にも見られないだろうに! 寝間着まで指定とかどうなんだよ!」


「誰にも見られていないからこそです。心身を鍛えるには身に着ける物もそれにふさわしいものを纏わねばならないのです」


「みすぼらしい格好でいろってのか!?」


「言葉がお悪うございます奥様。物事は形から入るというのも大切な場合というのがございます」


「ネグリジェくらいいいじゃねえか!」


「さっさと寝なさい子供じゃあるまいしアニアス」


「お!? 今呼び捨てにしたな!? え!?」


「さっさと寝やがりなさいませ奥様セージに言いつけるぞがっかりされたいのかアニアス」

「「さっさと寝やがりなさいませ奥様・・・」」


 ぺこり、と綺麗にお辞儀をするメイド姿の生人形達。


「ぐうう・・・この! ちっくしょう!」


 戦闘用生人形ヴァルキリードールズの彼女達と喧嘩しても手も足も出ないことは言うまでもなく、セージを失望させるわけにも行かずアニアスは悔しそうに顔をゆがめながら純白のローブを床に脱ぎ捨てるとベッドの脇に畳んで置いてあった灰色のノースリーブローブを、修道士見習いの寝間着を頭から被るように着るとベッドに乱暴に倒れ込み、ジェリスニーア達に背を向けるように横になるのだった。

 子機達は脱ぎ捨てられた純白の、聖女用のローブを大切そうに拾い上げると埃を落として丁寧に畳んでいく。

 僅かな汚れをジェリスニーアは見止めて子機達に通信で声なく命令を伝達した。


〔汚れを検知しました。洗剤の使用も許可します。アニアス様のローブを洗濯してきなさい〕

〔〔命令を受諾しました、お姉様〕〕

〔二機で行く必要はありません、ティアジェリス、あなた一人で行くように〕

〔承認しました。ローブの洗濯に向かいます〕


 ジェリスニーアは便宜上は子機達を個別に名称を付けて呼んでいる。

 本来は番号でよかったのだが、セージにそれではただの道具になってしまうと論されて、同じジェリスニーアタイプであることにちなんで彼女の名前の一部、ジェリスの前に区別できる名称を付けたのだ。

 五機の子機達にはそれぞれ、アンジェリス、ベジェリス、ノアジェリス、ティアジェリス、ランジェリスと名付け、アニアスの護衛兼身の回りの世話に連れてきたのはベジェリスとティアジェリスの二体だ。


(それにしても、名前という物は不思議なものですね。識別番号で呼んでいた頃は無個性だったのに、セージ様から名前を賜ってからというもの、それぞれに個性が育ちつつあるように感じます。それとも、セージ様とアニアス様の持つ、勇者と聖女の力の影響でしょうか)


 ティアジェリスは生真面目で、ベジェリスはどこか適当な様子を時折見せる。

 そんな子機いもうと達が、いとおしく感じるジェリスニーアであった。






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