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王と闘犬、その4

 ラウル三世はアニアスを見下ろしてじっと目を合わせた。

 ややあって、朗らかに笑みを浮かべると優しく声をかける。


「辛い事は無いか。苦労しておるのではないか?」


「め、めっそうも・・・」


 何故そんな事を聞かれるのかわからずにドギマギするアニアス。

 国王ラウル三世は、アニアスに触れる事はせずにただ静かに微笑み見下ろすだけだが、状況の飲み込めない彼女はただ恥ずかしそうに視線を忙しなく動かして身じろぎするだけだ。

 ラウル三世は小さくため息を交えながら続けた。


「何かあるか。余で出来ることなら、何でも言うてみるが良い」


 父親としてならば当たり前の言葉であろう。

 しかし血縁関係の無い当事者が言われればある意味恐怖を感じてしまっても不思議ではない。


「恐れながら」


 セージもそれとなくアニアスの過去を、定かではない真実を聞かされていた身としてラウル三世の行動に理解を示そうとはしていたが、アニアスの怯え振りを見て流石に声をかけた。


「妻が驚いているので、その位にしていただけると」


 すぐさま近衛騎士のシスティーナが一歩前に出て剣の柄を握りしめてセージを睨み付ける。


「無礼でありましょうサー・セージ。下がりなさい」


「よいよい、待てシスティーナ」


 ラウル三世は口の聞き方を気にせず友人のごとく言い回しをしたセージに怒りもせずに、笑って左手を上げシスティーナを制した。


「確かに、驚かせてしまったようだな。許せよ」


 静かにセージを見つめて笑顔で小さく頷いてみせるラウル三世。

 セージは目を閉じて頭を垂れて答える。

 ラウル三世は力強く頷きアニアスの左肩を右手でそっと叩いて言った。


「夫の隣に居るが良い。急に呼び立ててすまなかったな」


「ええと、いえいえ、とんでもございません・・・」


 つつと逃げるようにセージの左隣に戻り、彼の太い腕にしがみ付く。

 ノアキアが真顔でラウル三世の顔をじっと見て言った。


「所で陛下、御用件をお伺いしても宜しいでしょうか」


「用件、ふむ。そうだな」


 ラウル三世は神妙そうに腕を組み左手を顎に添える。


「そのアニアスなる娘、特別な訓練などは受けさせておるのか?」


「仰っている意味が計りかねますが・・・」


 言い淀むノアキアを見て、ラウル三世は朗らかに笑ってシスティーナに向けて言った。


「システィーナ、アニアスと紅茶を淹れてきてくれんか。セージ・ニコラーエフ、構わんだろうか」


「陛下!?」

「俺は別に。茶を淹れる程度なら、俺の専属メイドにでもやらせればいいが」


 即答するセージをシスティーナが再び鋭く睨みつける。

 ラウル三世は興味深そうに彼を見て肩を竦めた。


けいはヴァルキリードールに茶を入れさせるのか?」


「・・・」言われた意味を反芻するように一秒天井を見上げてラウル三世に向き直り「メイドとして身近に置いているので」


「だが戦わせもするのであろう?」


「妻の護衛もさせる事はありますが。それが何か?」


「はっはっは! いや、すまぬ。余計な詮索であったな。であればシスティーナ、その者のメイドに紅茶を入れてもらってアニアスと一息ついて参れ」


「俺のメイドなのですが」


 不満そうにセージが口を尖らせるとさらに笑うラウル三世。


「似合わぬ顔で似合わぬ事をするでない。駄目なのか?」


「そうは言いませんが・・・。アニアス、ジェリスニーアに言って少し休んでいろ。そこの近衛騎士も悪意は無いだろうが、ジェリスニーアと一緒なら不安も無いだろ」


「ちょっと! 何を話せって言うのさ!!」


「辺境にいては王都とも無縁だ。聞けることも多いだろ」システィーナを軽く睨む「妻の相手をしてもらっても?」


「うっ、」


 近衛騎士システィーナは猛獣に目を付けられたような錯覚を覚えて思わず後退ってしまう。


「も、勿論! 失礼の無いようにお相手させていただく・・・」


「すまんな」


 身震いしそうになるのを堪えて、アニアスを伴って退出するシスティーナ。

 来賓室を出て扉を閉めると、ぶるっと一つ震えてため息を吐いた。

 不思議そうに見つめてくる外の見張りの近衛兵。

 アニアスが申し訳無さそうに肩を竦めて言った。


「あの、なんか、申し訳ないな。夫がアレで。だが、不器用だがいい奴なんだ」


「は、あ・・・」


「そ、それより! アレだ! 家のジェリスニーアは本当に優秀でな!? 茶を淹れるのも上手なんだ!」


「そ、そうですか・・・」


 緊張から解き放たれてか嬉々としてシスティーナの手を引き歩き始めるアニアス。

 廊下の先に向かって声を上げた。


「ジェリスニーア! お茶にするよ!」


 遠く通路の曲がり角から緑色のメイド服を纏った緑色の髪をローツインテールに纏めた娘が姿を現し深々と腰を折るのを見て歩調を早める。

 アニアスに手を引かれながら、システィーナはセージに二度までも怯えてしまった自身を恥じて赤面していた。


(実力も定かではない相手に、二度までも! 近衛騎士のこの、私が・・・。なんと情け無い!)


「あ、セージの事なら気にしないほうが良いよ?」


 察してか振り向きもせずにアニアスが言う。


「セージはね、ミノタウロスを倒してるんだ!」まあ、一人で、じゃないけど、と聞こえないくらいの声で呟き「殺人熊とかね! 一人で!」


「単独撃破したというのですか!?」


 驚き声を上げるシスティーナ。

 あ、しまった、という顔をしながらアニアスはしれっと続けた。


「まあ、アイツ一人で二百人力だし!? 睨まれてちょっとビビるくらい普通だって! ビビらないのはよっぽどバカな奴だけだよ。それか、戦場を渡り歩いて来た猛者、かな。アタシが知る限りじゃ、セージとまともにやり合えるのは二人しか居ないね!」


「二人も居るのですか・・・?」


「えっ!?」と、まずい事を言ったかと一度振り向き「あー、うん! 東方から流れて来た猛者がね! セージ曰くその二人は黒騎兵に匹敵する武力の持ち主なんだって」


「トーナ王国の近衛騎士は野蛮人の国の兵士に劣るものではありませんよ、姫さま!」


「姫? あー、いや、そんな身分じゃないからやめて欲しいんだけど」


「あ、いえ、すみません。ただ、我ら近衛騎士が弱いかのような物言いは」


「ああ、ごめんね。だってさ、セージもそうだけど、その二人も幾つもの戦場で生還して来た歴戦の戦士達なんだ。アンタ、戦場に出た経験は?」


「そ、それは・・・まだ・・・」


「その差だと思うんだよね。アイツらさ、草を刈るくらい朝飯前だから。人を斬るの」


「人をきっ・・・」


「だから気にしないほうがいいんだよ。怒ったら口より先に手が出る奴らだもん。実力のある人ほど、戦士の気配が分かる人ほどセージに睨まれたら怖いと思うよ?」


「そう、なのでしょうか?」


 システィーナの中で腑に落ちる。

 肌で彼の実力を感じ取れたという事だ。


(それはそれで、屈辱的なのですが・・・)


 言い合っているうちにお辞儀をしたままのジェリスニーアの元に辿り着く。

 すっと姿勢を上げてジェリスニーアは抑揚のない声で言った。


「いかがなさいましたか、奥様」


「うん! お茶入れてジェリスニーア! 女子会するから!」


「畏まりました」チラとシスティーナを軽く睨む「それでは、あちらの部屋に。エッソス男爵の奥方様もお待ちになっておられますので」


「うえっ!? 叔母様がなんで待ってるの!」


「それは」ジトっとアニアスを見つめる「勝手に謁見にご乱入なされた奥様をお咎めになられる為かと」


「あっちの部屋にしない?」

「どうぞこちらにおいで下さいませ」

「あ、ね。なんか怒ってないジェリ?」

「わたくし、我がマスターと不倫しているようですので」

「アンタら二人たまに明らかに怪しい時あるじゃない!?」

「さあどうぞこちらに」

「あーね! あのさ! 人の前で言う事じゃなかったかも知れんけど!」

「どうぞ、こちらに」

「だーもー!! いいさ、行くよ、行ったるよ! お前も追求するからなクソ!」


(一体、何の茶番に付き合わされるのだろうか・・・)


 王命とはいえ来賓室を出るべきではなかったと、システィーナは後悔し始めていた。






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