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転生隠者と転移勇者 -ヴァラカスの黒き闘犬-  作者: 拉田九郎
第1章 転生隠者と転移勇者
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転移者の心の変化、隠者の覚悟

 ゴブリンについて、どれほど知られているだろうか。

 妖精に関する伝承だろうか。

 それとも、ファンタジーにおける定説。

 あるいは、性的に膨らませた妄想。

 俺が知る限り、この世界におけるゴブリンという存在は、地底に住む人類、地底人と呼ぶに相応しい。

 大槻誠司として、日本でラノベを読んだりゲームをしたりで慣れ親しんだ姿は、卑屈で、卑怯で、邪悪な存在だ。

 しかし、セージ・ニコラーエフとして語らせて貰えば、光を嫌い、地中深くに居を構える「人類」だ。

 が行の多い言語を話し、性格は人間同様千差万別。

 ただし、神の悪戯か悪魔の所業か、彼らは太陽の元ではすぐに失明する脆弱な網膜と、日の光を1時間も浴びれば被曝する敏感な肌を持つおよそ大地の上では生活出来ない、非常に哀れな「人類」。

 そんな彼らが生きていくには、ひたすら地中にトンネルを掘って生活圏を拡張していくしかない。

 あるいは、狭苦しいトンネルの生活水準を維持する為に増え過ぎた人口を調整する為に身内争いを続け、敗者を外界・地上世界に追放する事で生き長らえるのだ。

 追放された者達は、大地の上では日光を避けて旅を続けて、廃墟となった町や使われなくなった鉱山を探し当てて新しいコミュニティを作り上げていくしか生きて行く術がない。

 彼らも、生きる為に必死だ。

 それ故に、日光の元に晒されて衰弱した体に鞭打って生活圏を得る為に貪欲で、時として人種、人間のコミュニティを襲って生活圏を奪い取る事もしばしばだ。

 人間は、戦う者と生産する者に大別され、多くのものは生産する者でまともな戦闘力を持たない。

 生きる事が闘争のゴブリンにしてみれば、闘う力のないものは淘汰される運命にある故に、比較的小さな村が全滅されたなどという話は絶えない。

 おまけに、小さな村では日光からまともに身体を守る設備など乏しく、程なくして侵略者であったゴブリン共も全滅する。

 後に残るのは地獄絵図。

 そうした「種」としてのお互いの在りように、お互いが嫌悪を抱いていたのは必然ではないだろうか。

 片や冷酷無比な侵略者。

 片や脆弱なくせに日の元で安穏と生きる開拓者。

 冷酷無比な侵略者たるゴブリンは、地上世界に強い憧れを抱いており、それが彼らの異種族間交配に強い意欲を抱かせる原動力にもなっている。

 そうして、ゴブリンが獲得した存在が、日の元で皮膚が被曝せず失明もしない強い肉体、「ホブ」だ。

 人間やエルフとの異種交配から産まれる「ホブ」、ホブゴブリンは、度々尖兵として地上世界を蹂躙し、純血種たるゴブリンの生活圏を地上世界に広めようと戦いに身を投じる。

 より優秀な「ホブ」を「生産」する為に、人間やエルフの女を攫っては性奴隷として酷使する。

 人間からすれば、ゴブリン族は悪魔にも等しい憎悪の対象だった。

 そして、深い森の中では日の光の届きにくい場所も少なからず存在し、ゴブリン共の侵略ルートとなる場合もしばしばだ。

 この、コラキア周辺の銅や石英の産地である鉱山は、深い森に囲まれており、度々ゴブリン共の侵略の対象となっていた。

 にも関わらず、人間はその都度しか対応しない。

 更には、ゴブリン共の侵略がそう頻繁にあるわけではない為、伝承では絶対悪だなどと騒ぐくせ実害が迫らなければ存在そのものを忘れてしまう。

 ゴブリンなど、取るに足らない存在だと高を括るのだ。

 だから、いざゴブリン共の侵略者が現れると大概鉱山を奪われてしまう。

 今回にしてもそうだ。

 せめて十五人からの戦士を駐屯させておけば、よほどの大群を率いていない限りゴブリン族は攻め込んで来ないと言うのに、人件費をケチった採掘ギルドのお陰で夜のうちに鉱山は乗っ取られ、そうと知らずに採掘に向かった鉱夫が数十人犠牲になったそうだ。

 半分は死体となって森の中に打ち捨てられた事だろう。

 どっちにしたって、奴らは短命だ。

 新しい生活圏たる鉱山を探す旅のうちに、日の光を浴びて病に陥り、勝手に死んでいくのだから。

 だから、毎回ゴブリン問題が起こっても俺が関与する事は無かったのだ。

 これまでは。

 そう、これまでは・・・。


 セージ・ニコラーエフの手記より、抜粋





 レナ・アリーントーンは、薄く味の付いた味の分からないスープを口にして、それでもこの世界での食事をステータス補正程度にしか考えられずそれほど空腹感も無かったことからほとんど食べてこなかった事から、不味いと思いながらも食事は進んでいた。


「おかわり・・・」


 程なくして空になった木の皿をセージの方に突き出す。

 エルフのフラニーが眉根を寄せて首を傾げた。


「貴女、大丈夫? このスープ相当不味いわよ?」


「おい、エルフ。食べたくないなら食べなくてもいいんだぞ」


 ぶっきら棒に言い放ちながら、セージがレナに兎肉と野菜のスープをよそってやる。

 それを受け取って食を進めるレナを見て、ハーピーのラーラが不思議そうに眺める。


「どうしてそこまでお腹が空くほど、食事を取らなかったの?」


 言われている意味が分からずに、ラーラを見ながらもひたすら食べ続けるレナの代わりに、セージが答えた。


「大方、あの奇妙な本の魔法のせいだろう」


「・・・なんでよ・・・」


 言葉短くレナが問いかける。

 食事の手は緩めない。

 セージは、空になった自分の皿を、木のスプーンでコツコツと叩いて言った。


「大概、異世界転移者に選ばれた者は、何かしらの特性を得るもんだ。貴様にとっては、その魔法の本、面倒だからメニューとでも言おうか。それを与えられたって所だろう。ステータス画面みたいなページもあるんじゃないか?」


「・・・あ、あるけど・・・」


「人間、多少空腹でも遊び気分とかある程度の満足感があれば我慢できてしまうもんだ。この世界は、そうだな、確かに俺たちの元いた世界のゲームに似ていない事もない。ロストファンタジアオンライン辺りは、VRMMOで世界観の観点からメニュー画面を貴様の魔法のように浮遊する本で描かれていた」


 思いがけない単語にレナの手が止まり、セージの顔を凝視する。


「え、あんた、ロスファン知ってるの?」


「学生時代はプレイしていた。シュレンテフェーベ地方から出た事は無いからな」


「何でシュレンテから出た事ないの? 中堅レベル帯からヴァラカスまで出てこれるでしょ。その辺から魔族と戦い始めるんだから」


「就職して昼も夜もあまり関係の無い仕事をしていれば、オンラインゲームなんかやってる暇は無くなる。・・・ちょっと待て、ヴァラカスと言ったか?」


「うん、そう。私は、北の閉ざされた大地に隣接する、ヴァラカス地方で遊んでたの。スタートのホームタウンは、コラキア」


「この世界に酷似しているのか・・・。それで、ゲームと勘違いしていたんだな」


「うん・・・。まだちょっと信じられないけど。ステータスに「空腹」っていう状態異常がつくまでは普通に動けていたし」


「バッドステータスがつくまで食ってなかったのか!? じゃあ、十時間くらい何も食ってなかったのか!?」


「二十四時間以上よ。全く、貴女の体が特殊なのかと思っていたけど、その魔法の本のせいとはね・・・」


 呆れるセージとフラニー。


「・・・だって、そこまでお腹空いてなかったし・・・」


「やれやれ、全く。これからはちゃんと三食くえよ、行き倒れ冒険者なんてシャレにもならん」


「すっごくムカつく言い方」


「ムカつくのなら、次からはちゃんと飯を食え」


「うっさいな。あんたは私のオヤジか」


 スープと具のジャガイモを口にして、顔をしかめる。


「ところで、すっごく不味いんですけど」


「日本じゃないんだ。山で生活していれば、大した調味料は使わん」


「使いなさいよ、つーか、作れよ」


「腹が一杯になってきたら口数が増えたな、小娘」


「つーかさ・・・」メニューを呼び出してパラパラとページをめくる「今度から私が作るから」


「その本をやたらと使うんじゃない」


「もー! お父さんうっさい、便利なんだから少しくらいいいじゃん!!」


「「「お父さん?」」」


 セージを始めとして、フラニーとラーラも不思議そうに首を傾げる。

 自分の発言に気付き、徐々に顔が真っ赤になっていくレナ・アリーントーン。


「う、う、うるさいな! 言葉のあやよ、言葉の!」


「で、その魔法のどの辺が便利なんだ?」


 気に留めた様子もなくスプーンを皿の中に放り込んでセージが言う。

 気にも留められていない事に羞恥心が一杯になって両手を握りしめるレナ。

 顔を赤くしながらも、レナは説明を始めた。


「い、色々とゲームとは違うんだけど。ほしい、見たい、って思った事が結構ページに追加されるのよ。見た人のステータス表示とか、触ったもののオブジェクト鑑定とか。あ、オブジェクト鑑定とかは、食べられるのか毒なのかも分かるわ。あとは、今、私は料理を調べたいって思ってるから・・・」


 と、数ページめくって手を止めて言った。


「あったほら! 出てきた!」


「ほう。それで、貴様には何が作れるんだ小娘」


「ふふん、驚きなさい! ええと・・・」パラパラとめくって「えっとね・・・」パラパラとめくって「えー・・・」パラパラとめくって「・・・レシピが何にも入ってない・・・」


 セージはため息をついて首を横に振った。


「そんな事だろうと思ったよ。経験していない物がそうそう作れるものでもない」


「か、家庭科の授業は成績良かったんだから!」


「覚えていないのであれば意味は無いな」


「う、うっさいなぁ・・・」


「そんな事より」


 エルフのフラニーが会話を遮ってセージを見て言った。


「出来ればゴブリン退治を手伝ってもらいたいんだけど・・・」


「冒険者ギルドで討伐依頼が出てるんだろう。そっちで解決しろ」


「そうしたいのは山々だけど、ギルドにはこの山小屋を拠点化して大規模な攻勢をかけるってなってるのよ」


「勝手に人の家を拠点にするな」


「そう言う条件にすれば、貴方が力を貸すかもしれないってギルドの判断なのでしょうね。あるいは、貴方を気に入らない連中とやりあって弱体化してくれれば、とも思っているかも」


「ジャーカー・エルキュラめ・・・」


「どっちにしたって、件の鉱山はここからさほど離れていないわ。ゴブリンがここにやって来ないとも限らない」


「俺の家族を盾に取るつもりか、エルフ」


「可能性の話よ! 私がそうしたいんじゃない!」


 ふん、と鼻を鳴らして、セージは考えるように腕組みをして俯いた。

 セージの足元でうずくまって眠っていた子供達が、ゆるりと起き上がって彼の足を翼の付け根の小さな手で引っ張る。


「おとうちゃー」

「お外で遊んでいーい?」

「いーい?」


「庭でだぞ。あと、俺やママが見てない所で高い所に登るのもダメだ。まだ危ないからな」


「「「あーい」」」


 仲良く連れ立って庭に向かって飛び跳ねて行く子供達を愛おしそうに見送って、セージは不愉快そうにして言った。


「戦力はどの位集められるんだ。移住して歩くゴブリンの集団なら、数は二十人以上いるはずだ半端な人数では返り討ちに合うだけだぞ」


 うふ、っと、ラーラが笑った。

 困ったような顔でラーラを伺うセージ。


「何か、おかしな事を言っているか? 俺は」


「いいえ。昔なら聞く耳持たなかったわよねって、そう思ったから」


「嫌いか、こう言う俺は・・・」


「もう、またすぐ拗ねるんだから。好きよ、大好き。私だって子供達を守る事は出来るわ。ゴブリンが居なくなったら、子供達に外で飛ぶ練習させられるしね。貴方が行ってくれるなら、私は全力でここを守るわ」


「ラーラ・・・」


「セージ・・・」


 見つめ合う二人を交互に見て、フラニーがテーブルをバンバン叩いて喚いた。


「惚気はいいから! 惚気はいいから!」


「やかましいエルフだ」


「うるっさい! とりあえず戦力は私達三人よ! 私と、レナと、貴方の三人」


 キョトンとした表情でレナがフラニーを見る。


「私も入ってるの?」


「え!? ・・・いや、それはそうでしょう・・・? だって、貴女、レベル8戦士なのだし・・・」


「ええと・・・でも、これ、ゲームじゃないし・・・危ないのはちょっと・・・」


「急に怖気付いてるー!?」


 セージは唐突にレナ達の方に手を伸ばして皿を回収して言った。


「もう食わんのだろう。洗ってくるからくつろいでろ」


「あの、ちょっと、セージ、話は終わって、」


「黙れエルフ。この山小屋の周りには罠も張っているし、直ちにゴブリンが攻めてくる事もない。奴らだってこの森に明るくないはずだ。それに掠奪するなら街道を選ぶ。ここに来る確率は極めて低い」


「それは憶測ではなくて!?」


「そう、ビビる事もないだろう。それにまずは、レナ」


「あ、はい」


「お前の体力の回復が先だ。ともかくベッドでゆっくり休め」


「わ、わかったわよ・・・」


 不承不承といった様子でレナはメニューを閉じると、フラニー共々あてがわれた寝室へと向かって行った。

 セージに目配せされて、慌てて後を追うエルフ娘。

 セージはそんな二人の背中を見送ると、食器と鉄鍋をまとめて持ち上げ、リビングを後にして庭に降り、井戸へと足を向ける。

 ラーラが後を追って来て言った。


「一人で行くの?」


 しばらく答えずに、井戸の脇の洗い場で荷物を下ろすとため息交じりに言っうセージ。


「あの二人は戦い慣れちゃいない。しかも女だ。返り討ちにあうのがオチだからな」


「貴方一人で行くのも心配だわ」


「理由はそれだけじゃない」


「理由?」


「冒険者ギルドだ」


 言葉を切って井戸水を汲み上げ、洗い物を始めるセージ。

 皿を水洗いしながら言った。


「ジャーカー・エルキュラは悪党だ。盗賊ギルドに代わって町の実権を握りたくてうずうずしているだろうさ。そんな奴の切り札に、ガランジャを倒した俺なら対抗できると思っている」


「貴方と盗賊ギルドが、手を組むと」


「その可能性は頭にあるだろう」


 洗い終えた食器をを平らな石の上に置き、鉄鍋を残飯用の笊にひっくり返して鉄鍋を洗い始める。


「ここを襲ってくるとしたら、冒険者だ。俺にこの場所を紹介して来たのが、他ならぬジャーカーだしな。あの二人はレベルだけはある。いざって時の戦力にはなるだろう」


「他人をアテにするのは気が引けるわ」


「俺だってそうだ。だから、ゴブリン退治は俺が行く。お前はここと、子供達を守ってくれ」


「彼女達の手を借りて?」


「そうだ」


「どちらか一人でも、連れて行かないの?」


「冒険者ってのは、統率の取れていないチンピラの集団だ。統率の取れた盗賊ギルドの荒くれ者どもとはわけが違う。襲うと決めたらどんな手でも使ってくる。容赦がないのはどちらも一緒だがな」


 鉄鍋を洗い終えて水を切る。


「今晩決行する。タイミング的には、奴らもそろそろ動く頃合いだ。ゴブリンと冒険者の両方を相手には出来ん。だから先に弱い方を片付ける」


「昔はそう言う顔をしなかったわ。そんな貴方が心配よ」


「変わってしまった俺を、受け入れてくれて感謝している。なるべく早く戻るから、子供達を頼むぞ」


「わかったわ・・・」


 庭の中程に視線を向けると、子供達が追いかけっこをして遊んでいる。

 二人はしばらく、子供達の遊ぶ光景を目に焼けつけるように眺めていた。

 セージは覚悟を決めたようにもう一度呟く。


「なるべく早く戻る」


 ラーラは、背後からそっとセージの背を抱きしめてそれに応えた。






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