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転生隠者と転移勇者 -ヴァラカスの黒き闘犬-  作者: 拉田九郎
第7章 黒き闘犬と、混沌の伯爵夫人
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黒の帰還

 未だ名も無き北の村、南正門。

 間に合わせ程度の先端を尖らせただけの木板を並べただけの柵に囲まれた村の玄関口である南門には、自警団の男が一人左手に槍を杖のように立てて立哨していた。

 村を造って八カ月。村を治める黒の砦の長であるコラキア騎士セージの姿が見えなくなっておよそ一月。

 守備兵であり砦の守護者でもある黒騎兵達の支配下にあって事実上の村長であるセージが間者に倒されてからずっと、床に臥せっているとしか聞かされずにいた村人達の間では、毒にやられたセージは恐らくもうこの世にいないと噂が流れ始めており、門番に立つ自警団員もまたいつかその事実を公表された時には新たな支配者はどのような人物になるのかと暗い顔で日中の日差しに顔を焼かれながらぼうっと彼方に小さく見えるコラキアの町の防壁を眺めていた。


「今日も何事もなく・・・」


 大きな欠伸をしてやるせなさそうな息を吐き、やや俯いて右手で後頭部を掻いていると、街道を村に向かって進んでくる三騎の騎馬を見つけて日中の日差しに目を細めて見る。

 遠目には判別出来なかったが、騎馬が近付くにつれ小札鎧で武装した東洋人二人と稀に見る巨躯の黒ずくめの戦士、黒ずくめの戦士の前にちょこんと座る緑色の少女を見て目を見張った。


「こりゃあ・・・」


 悠然と騎馬達が近付いて来る。

 驚き目を見張る門番の前まで来て、巨躯の戦士が纏うのが黒の砦に配備された黒い革鎧だと気付き、その顔も傷こそ消えていたがセージその人だと見まごうほどにそっくりな顔つきをしている上に緑色の少女がセージの側人と付き従っていた生人形のジェリスニーアだと知っていよいよ目を丸くして喉から搾り出すように掠れた声で言った。


「へ、へぇ・・・騎士様で、ございますでしょうかあ?」


「何をすっとぼけた事を言っているのです。お前達の支配者たる我がマスターの顔を忘れたとでも言うのですか」


 冷たい声で射抜くジェリスニーア。

 ピシャリと背後からセージに頭を叩かれて「ひゃんっ!」と泣いた。


「ジェリ、門番を困らせるんじゃない」


「ひゃ、あ・・・で、ですが我がマスター!」


「全く・・・。おい、通るぞ。構わんな」


 立っているだけが退屈そうに揺れる黒く大きな馬を手綱を捌いていなしながらセージが見下ろすと、門番の男は慌てて姿勢を正して答える。


「も、勿論でありますサー・セージ!!」


「ん・・・」背後の東洋人に振り向く「レンカ、ウガル、貴様らも俺の砦に来るでいいのだな」


「元より貴方様の配下に加えさせて頂こうと考えておりましたゆえ」


「ガッハハハ! そうですな!! 我らどの道行く先などござりませぬ。なればセージ殿を殿とお呼びするも一興! この身如何様にも使うてくだされ、ガッハハハ!!」


 村の門をくぐり大通りを騎乗したまま悠然と進んでいくセージ達一行。

 気怠げに生活していた村人達がその姿を見つけるや、一斉に沿道に駆け寄り次々と集まって来て彼らの長の帰還と歓喜した。


「セージ様!」

「騎士様ー!!」

「もうお加減は宜しいのですか!?」

「セージ様ーー!!」

「お帰りなさいセージ様!」

「騎士様!!」


 道を塞ぐ真似はせず左右に駆け寄って来て一斉に騒ぎ出す村人達。

 セージは少々気まずそうにしながらも右手を上げて応えた。


「皆、心配をかけた。この通り俺は元気だ。皆も普段通りの生活に戻ってくれ」


「騎士様のご帰還だー!」

「セージ様ー!!」


「「「「「騎士様! 騎士様! 騎士様!!」」」」」


 わっと騒ぎは大きくなり、どうせ塩対応だと鷹を括っていたセージは困り果ててしまう。

 彼の腰に左向きに座った生人形リビングドールの少女ジェリスニーアが微笑んで顔を見上げてくる。


「大人気ですね、我がマスター?」


「茶化すな。なんだってこんな騒ぎになるのだ・・・」


「ですから正面から、堂々と戻りましょうと提言したのです。村を起こすのに力添えなさいました。外敵から守って来ました。そんなセージ様を慕わぬ村人は、いないと言う事ですよ?」


「訳がわからん。俺は村造りどころか砦の建設までやらせたんだぞ。村人の婦女子の父や兄を戦で多く殺しもした。それなのにか?」


「戦はベイルン家による物。思う所が無いわけではないでしょうが、セージ様の統治は少なくとも間違っていないと言う事なのです。我がマスター」


 レンカも右隣に並走して言った。


「ご自身を誇って下さい、セージ殿。正しい統治者なのです、貴方様は」


「俺は暴力しか知らん人間なのだがな・・・」


「そうでないから、皆こうして慕ってついて来るのです」


 道ゆく騎馬の前に、一人の幼女が飛び出して来てセージ達は手綱を引いて止まった。

 それほど慌てたわけではないが、咄嗟に下馬して幼女に大股に歩み寄るセージ・ニコラーエフ。


「おい小娘、馬の前に飛び出すんじゃあない。危ないだろうが」


 すっと屈み込んで大きな右手で幼女の頭を撫でてやると、母親らしき女性が駆け寄って来て幼女の肩を抱いて頭を垂れて来て言った。


「申し訳ございません騎士様!」


「構わん。怪我をしなくて何よりだ」


 立ちあがろうとしたセージに、幼女は腰の後ろに隠していた白と黄色の小さな花で作った花冠を取り出して届かない小さな手を懸命に伸ばして言う。


「きしさまは、わたしたちのおーさま! これ、きしさまに!」


「う、む?」


 困り顔のセージに、騎乗したまま近付き下馬してレンカが言った。


「頭を垂れてあげて下さいませ、セージ殿」


「おい」


「子供のする事です。彼らには、そう映っていると言う事なのですよ」


「馬鹿馬鹿しい事を・・・」


「馬鹿馬鹿しくありません。好意を受け取って差し上げて下さい我がマスター」


 ジェリスニーアもぴょこんと下馬して静々と歩み寄り屈み込んで言う。

 セージは観念するようにため息を吐くと仕方なしに幼女に向かって手が届くよう頭を垂れてやった。

 強面の大男の頭に捧げられる花冠。


「わたし、おっきくなったら、きしさまのお嫁さんになる!」


 思わぬセリフに思わず笑ってしまうセージ。


「ふ、そうか・・・? だが二十年は早いな?」


「そーなの?」


 母親を見上げる幼女。

 困ったやら恥ずかしいやら複雑な表情の母親。

 セージは優しく吐息を吐くと言った。


「そうだな。いつか俺が男の子を授かったら、そいつの面倒を見てくれるか? 君のような聡明な子になら、息子を任せてもいい」


「ほんとー!? じゃあ、きしさまの、こどものお嫁さんになるー!!」


「こらっ! この子ったら・・・」


 顔を真っ赤にして困る母親に、セージもつまらない事を言ってしまったと頬を掻きながら言った。


「余計な事を言ったか」


「い、いいえとんでもございません騎士様!」


「少々ませている気もしなくはないが、元気があるのは良いことだ。困ったことがあれば砦に来なさい」


「も、勿体無いお言葉です・・・! 本当に、本当に・・・!」


 キョトンとした幼女を引きずるように母親が道を開け、セージはレンカとジェリスニーアに困ったように笑みを向けると再び馬に跨ってジェリスニーアを引っ張り上げて前に座らせ、行軍を再開した。

 砦に続く北の門に至るまで、村人達の喝采と追従は続いていった。





 黒の砦と呼ばれ始めた砦の中、騎士の館の私室の一つでベッドの上で娘達と寄り添うように休んでいたラーラは、やや慌ただしい三度のノックに身を起こして扉の方を伺った。


「どなた?」


『ウルベクです、ラーラ奥様』


「どうかしたの?」


『はっ。旦那様が、総隊長セージ・ニコラーエフ様がご帰還なされました』


 何を言われたか分からずじっと扉を見つめるラーラ。

 ハーピーの娘達はまるで始めから分かっていたようにベッドから飛び降りると広い室内を元気にはしゃぎ出す。


「お父ちゃんお父ちゃん!」

「おっとーちゃん!」

「ちゃ〜っ!?」


「こ、こら、アルア、ビーニ、チェータ! 部屋の中で暴れないの!」


「「「おとーちゃーん!!」」」


 バサバサと扉に殺到して翼の関節の先に付いた三本指の小さな手で器用にノブを回して開け放つと、あわやウルベクにぶつかりそうになりながら廊下へ飛び出して行ってしまった。

 それを微笑んで見送るウルベク。

 すぐに真顔になって部屋の前でお辞儀をして言った。


「アニアス奥様は、もう広場へと向かわれておいでです。ラーラ奥様も・・・」


「セージの葬儀も済まされているのよ。一体、どう言うことなの?」


「私の口からは、なんとも申せません。どうかお許しを」


 考えてみればおかしな事だ。

 いくらセージの妻を自称していても、ラーラはハーピーであり魔物である彼女が未亡人だからと館から追い出されもせずに留まっていることなど、人間社会においては異例が過ぎる。

 もしも、彼女の脳裏に過った想像通りだったとしたら、それはとても許し難い事だと怒りが沸々と湧いて来てラーラは声を荒らげてしまった。


「ウルベク。説明して頂戴。私達を騙していたというの!?」


「私の口からは、ご説明差し上げられません」


「先日の襲撃といい、アニアスを付け狙う輩がまだ居ると貴方は言っていたけれど。何か関係があるのかしら!」


「ラーラ奥様」


「私が魔物だからって、謀ろうというの!? それとも謀っていたというの!?」


「ラーラ奥様。隠して来た事を謝るつもりはございません。ただ、今はただ、総隊長のご帰還を出迎えられるのが宜しいかと」


 ずっと死んだと思い込んで悲しみに耐えて来たというのに、突然帰って来たなどと言われて喜べるはずもない。

 それこそ騙し嘲笑おうというのではないかと疑わしくもなる。

 ギッと魔性を出して美しい顔を歪めて睨みつけて来るラーラを真っ直ぐに見て、ウルベクは観念したように言った。


「ご家族を守るための方便は、必要でした。死んで『いなければ』、ご家族が狙われる。そう判断したからこそ、総隊長は密かに敵を討つ旅に出られたのです。どうか、出迎えに行ってはいただけませんか」


「なんだって、どうしてそう・・・!!」


 怒り狂いそうになりながら、本能で子供達は解っていたのかも知れないとこれまでの娘達の態度を思い返して、一気に溢れて来た感情に目を潤ませながらラーラは窓に駆け寄り、乱暴に開け放って空に飛び立って行った。


(セージが生きている!? セージ! ああ、セージは生きているのね!?)


 そして迷わずに砦の広場に向けて風に乗る。

 背中の大きく開いたハーピー用の着物を纏ったラーラは、宙に涙の雫を煌めかせながら夫との再会を急ぐのだった。

 残されたウルベクは、ため息混じりに扉を閉めると廊下を歩き出す。


「総隊長。二度目は勘弁して下さいよ。・・・そう言えば、お嬢様方とは合流出来たのだろうか。事実を伏せて送り出しはしたが、同じ目的でまさかすれ違うなど・・・」


 冒険とは、人の思惑通りに行かぬ物。

 敵に悟られぬよう伏せて送り出したウルベクだったが、セージとレナはすれ違ったまま出会う事なく目的は達せられてしまっている。

 ままならぬものであった。






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