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転生隠者と転移勇者 -ヴァラカスの黒き闘犬-  作者: 拉田九郎
第7章 黒き闘犬と、混沌の伯爵夫人
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帰路に想う

 日が昇りかけていた。

 隠し通路を通ってベイルン城を脱したセージ達一行は、街に戻る事なくそのままコラキアに向けて歩んで行く。

 目的を達成した以上、ベイルン領に留まる意味もなかったからだ。

 死の間際のエルザベートの恐怖に歪んだ顔が脳裏を過って、セージは左足を見下ろして眉根を顰める。


(あそこまでする必要はあっただろうか)


 本来のセージ・ニコラーエフの魂がまだあった時には抱かなかった感情。同情。

 だがと小さく首を左右に振ってエルザベートの死に顔を頭から追い出して思う。


(暗殺者を仕向けて来たような奴だ。財もある立場にいれば、生きていれば同じ事をしたに違いない。俺自身に、家族に危険が及ぶかも知れなかった以上、殺して正解だったのだ。後のベイルン領の混乱など知った事か。家族を守るには、必要な事だった)


 自分に言い聞かせて歩く主人の姿を、心配そうに見つめて後をついて歩く生人形リビングドールのジェリスニーア。

 彼女の左側を歩く東洋美女のキョウ・レンカも同じように彼の背中を見つめて人知れずため息を吐く。


(支えて差し上げたい・・・。セージ殿の行いは正当なものだ、彼が守ろうとして来た者を亡き者にせんと軍まで送り込んで来た輩に天誅を下すのは当然の事。貴殿がが気に止む必要など微塵も無いのですぞ・・・)


 未だ暗闇に包まれる獣道すら無い鬱蒼とした森の中。

 思考を止めて前を睨み据えたセージが何かに気付いて歩く速度を落とす。

 ジェリスニーアもセンサーに数人の人影を捉えてセージの背後に寄り添うと、小声で言った。


「我がマスター」


「ん。何人だ」


「前方には五人です、我がマスター」


「さて・・・」


 チラと後ろを振り向き、意図を感じ取ったレンカとウガルも刀を抜刀し金棒を両手に構える。

 セージも長剣を抜刀して前を見据えると、木々の陰に隠れていた軽武装の一段が両手を上げて姿を現して笑顔を振り撒いて来た。


「お待ちいただきたい、我らはベイルン家に仇なす者。あなた方の敵ではありません」


「ほう、なら何故、木々の後ろに隠れる必要があった」


「あなた方の方向からそう見えただけでございますよ」


 悪びれもなく笑って言う男に、レンカが目を細めてジリと一歩踏み出す。


「白々しい。其方ら、気配を消して待ち伏せてよく言う」


「誤解でございます! ベイルン家亡き今といえど、ベイルン家に忠誠を誓っていた残党がいるかも知れません。気配くらい消すでしょう」


 敵意は無いと両手を上げながら歩み寄ってくる一団に、中央のリーダー格の男に長剣の切先を向けるように水平に翳してセージは低い声で唸った。


「で?」


「は?」


 猛獣に狙われたような錯覚を起こして立ち止まる一行。

 何を言われたのか理解が追いつかない様子で立ち尽くす所に、ウガルが六角に整えられた長い杖のような金棒を右肩に担いで三歩前に出る。


「我らが殿は何用かと問うておる。それすら答えられぬ道理はあるまい」


「あ・・・、ええ! そ、そうですとも、そうですとも! 我らはベイルン家亡き後の領地の混乱を最小限に抑える必要がありまして、その為にベイルン家を討たれたあなた方の協力を仰ぎたく、」


「あそこで生き残ったのはなんの取り柄もない娘一人だったはずですが。どこで見ていたのです、あなた方は?」


 ジェリスニーアがセージの右隣に進み出て下腹部の前にメイド然として両手を組んで睨みつけた。

 愛らしい緑色の髪をローテールに纏めた少女の姿に安堵してか、余裕を取り戻す相手。


「申し遅れましたが、我らはこの地を新たに統べる統治者たるフォイルン家に従う者。名を、」

「聞いておりません。どこで()()()()、のですか?」


 名乗りを遮って前に出た少女を睨みつけて、男は不機嫌そうに両手をやや下げて言った。


「メイドの娘が口を挟むものではない。騎士殿、メイドの躾は大事ですぞ」


「騎士ではない」


 セージの目が一層凶悪な冷たさを増す。

 森の暗さに顔は見え辛く恐ろしさが半減してか、男は余裕を崩さずに続けた。


「フォイルン家はあなたのような優れた戦士を歓迎します。どうか我らの軍に加わって頂きたい」


「仰りたいことはわかりました。ですが質問には答えて頂きたい。我らの戦いを、どこでご覧になられていたのか」


 レンカも刀を右手に握りしめて切先を外に地面に向けて構えると、半身左に出て男達を見据える。

 レンカもどちらかと言うと小柄な女性だからか、男達は鬱陶しそうに一瞥するだけだ。

 セージが不機嫌そうに顎を引いて言った。


「貴様らに用は無い。退け」


「なんとも、話だけでもと思っていたのですが。我が主人に目通り願えませんか」


「退け。邪魔だ」


「やれやれ・・・。あなた方はお強い。ですが、それだけです。我らの脅威となり得る者を放置は出来ませんので、悪く思わないで頂きたい」


 男が右手を上げるのと、セージがジェリスニーアに目線で合図を送るのは同時だった。

 こくりと頷いて両手を左右に広げる小柄なメイド少女の指先から、緑色の光線が四方八方に輝き、それらを拡散させるようにメイドの少女は時計回りに舞い踊って見せて、静かに手を下ろすと下腹部の前で手を組み直して目を閉じ、俯いて言った。


「ご指示通りに、我がマスター」


 周囲の木々の陰からバタバタと人の倒れる音が続く。

 リーダー格の男を除いて、一切が表情も変える事なく苦痛すら感じずにただ息絶えていた。


「な・・・何が・・・?」


 狼狽える男に向かってジェリスニーアが丁寧にお辞儀をして見せる。


「申し遅れました。わたくしは、勇者様にお仕えする戦闘生人形ヴァルキリードールのジェリスニーアと申します。三十人ほどいらしていたようですが、敵対行為を感知しましたので排除させていただきました。願くば、」じっと無表情で瞳を緑色に輝かせてやや顔を上げ見上げるように睨み据える「フォイルン家とやらには我らに弓引くことの無いようお願いしたいものですが・・・」


「き、貴様! 魔法使いの類か!?」


 慌てて抜刀する男。

 レンカが目にも止まらぬ速さで滑るように男の背後まで駆け抜けると、一文字に薙いだ刀の血を切って鞘にそうっと収めて呟く。


「愚か者めが」


 男は胴を上下に斬り捨てられて、上半身は後ろに、下半身は前に崩れ落ちて信じられないとしばらく天を仰いでいたが、やがて大量の失血で意識を失うようにして息を引き取った。

 すっと振り向いて左手を腹部の前にお辞儀をするレンカ。


「出過ぎた真似を致しました」


「いや。見事な太刀筋だな。本気のお前とは斬り合いたくはないもんだ」


「ご謙遜を。わたくしなどセージ殿の足元にも及びませぬゆえ・・・」


 セージは彼らの動向を始めから監視していたらしい一行をじっと見下ろして、つまらなそうに歩き出して言った。


「二度とこの地を踏むこともないだろうが、クソみたいな考えを起こす奴らが出ないとも限らん。シーフギルド長(おやじどの)に間者の手を借りれないか相談する必要があるかも知れんな」


「戻り次第、書簡を認めましょうか」


「いや、直接出向くさ。他ならぬアニアスに関わる事を、人に任せたり書簡で済ませるわけにもいかないだろう。筋は通さねばならんし、頭も下げなけりゃあならん」


「お供致します、我がマスター」


「それでは、我らは如何致しましょうや」


 姿勢を正すレンカとウガルを見て、セージはゆっくりと頷いて言った。


「アニアスの周辺の警護を頼む。黒騎兵は正面切った戦力に向けておきたい」


「承知仕りました」


「ではまず! 砦に帰還するということでよろしいですかな!? いやはや、事が済めば何処かへと旅立たれてしまうかと心配しておりましたが、これで一安心にござるな。ガッハハハハ!!」


 大笑いして肩を揺らすゴンゾン・ウガル。

 それを叱るように睨むキョウ・レンカ。

 静々と左後ろを歩き従ってくるジェリスニーアに安心しきった視線を一度向けて、セージは疲れたように小さくため息を吐いて言った。


「逃げては、ならん。のだよな」

「当然でございます、我がマスター。アニアス様の秘めたる魔力は確かに聖女の物。マスターは聖女をお守りする天命の元にあるとわたくしは確信しております。わたくしは、その守護者たるセージ様のお世話をし、お守りするのが役目。小さな胸ですが、いつでも抱きしめて差し上げますよ」

「やめないか・・・。あれは気の迷いだ」

「いいえ。だとしても、わたくしの役目は主人であるあなたの心のケアも含まれていますから・・・。いつでも・・・」

「う、むぅ・・・」


 小声で言葉を交わしながら、セージは複雑そうに顔を顰めて前に向き直り道を急いだ。

 ジェリスニーアは下腹部のやや下を両手で撫でて、寂しそうに微笑んで想う。


(この身の全てを捧げます。奥様方への背信行為であろうとも、わたくしはこの想いだけは止める事が出来そうもありませんから。そして戦場では、あなたの背中を必ずお守り致します。我が勇者、セージ様・・・)


 それぞれの想いを胸に、目的を達成したセージ達一行は追手がかかる前にと宵闇に紛れて帰路を急ぐのだった。






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