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転生隠者と転移勇者 -ヴァラカスの黒き闘犬-  作者: 拉田九郎
第7章 黒き闘犬と、混沌の伯爵夫人
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刃は密かに歩み行く、その3

 ミルミア湖畔に面した小高い崖に建つ尖ったデザインの屋根が特徴的な芸術性を兼ね備えたベイルン城。

 その西側に造られた城門前に、雑多な服装の年齢もバラバラな男衆が百人近く四角い陣形に整列して口々にベイルン家を非難する声を上げていた。

 中には耳を疑いたくなるような口汚い罵声も混じり、訴えるのはベイルン家の退陣と先のコラキア戦役の戦死者への謝罪、そして生存兵への身代金支払いと一年間の全領課税免除、実現はほぼ不可能に近い要求の大合唱。

 城壁の上で歩哨に立つベイルン家兵士十名あまりは、日も暮れた門前の街道に集ってシュプレヒコールを上げる武装した民達を面倒臭そうに見下ろしているだけだった。





 ベイルン城謁見の間。

 玉座に見立てて並び置かれた豪華な椅子に座るベラスとエルザベート。一段低くなった床に腰を深く折ってお辞儀をしているベイルン家の鎧に身を包みケトルハットを被った白髪の混じる顎髭を短く刈りそろえた中年の男は、豪華な椅子に座って眼前の横に長いテーブルの上に置かれた銀の杯に満たされたワインに手もつけずに冷たい視線を浴びせてくる現領主代行のベラス子爵、というよりは伯爵夫人のエルザベートに向かって淡々と報告していた。


「夜分遅くに恐れ入ります夫人レディエルザベート。現在、我が城の城門前に武器を手にした平民が集会を開き、口々に不満を吐露している状況でして。兵に守備を固めさせてはおりますが、いかが致しましょうか」


 エルザベートは不機嫌そうに男を見下ろしてやるせ無さそうにため息を吐く。


「さっさと追い返しなさい。何なの、あの忌々しい叫び声は。ここまで聞こえて来ているではありませんか」


「彼らが訴えているのは、先のコラキア戦の戦後処理についての不満が多く、現地で捕虜となった兵士、ひいては領民を正当に身代金を支払って取り戻し、失われた労働力に見合った減税を訴えるものでしてー」

「平民の分際で身の程をわきまえていないと言うことですわよね。さっさと追い返しなさい」


 報告の内容に苛立ちを隠しもせずに命じるエルザベート。


「それがお前の役割でしょう。トルスタン兵士長」


「お言葉ですが夫人レディ、相手は敵対的な亜人族ではなくこのベイルン領の領民達でございます。ここは首領の者を招いて会談し、相手の意見に耳を傾けるべきかと。領民のこうした不満は起こるべくして起こるものです、逐次鎮圧していては大規模な反乱が起きかねません。ファーレン伯爵閣下不在の現状では、」


「トルスタン兵士長」


 有無を言わせぬ圧を込めた物言いに、深くお辞儀をしたままの男が、トルスタンが口を閉じる。

 エルザベートに代わってベラス子爵が、銀の杯に満たされたワインをそのままに右手で掴んでトルスタンの足元にむかって放り投げた。

 床にワインが飛び散りトルスタンのグリーブに点々と飛沫が付く。


「鎮圧しろと命じられたのだ。武器を持った程度の平民に何を怖気付いている。兵を率いてさっさと蹴散らしてこい」


 正騎士不在の城の中で、トルスタンは兵士長という立場から城内の兵達を指揮する権限こそ持っていたが、意見具申しようにも兵士長といえど平民である事に変わりはない。

 強く命じられれば従わざるを得なかった。


「わかりました。これより反乱分子の排除に向かいます」


 一度姿勢を正してから再び深くお辞儀をして、トルスタンは踵を返して謁見の間を後にする。

 石造りの廊下を速足で歩きながら悪態を吐いた。


「全く、守るべき領民に刃を向けなければならないとは。奥方様は何をお考えなのか。いや、それ以上に、ベラス子爵閣下は御領地をどうするおつもりか。ファーレン伯爵閣下がご健在であれば・・・」





 レナ達一行は、セヴィル中央広場の噴水の女神像の台座の隠し扉を開けて梯子を降った先にある地下通路を、ベイルン城目指して歩いていた。

 先頭を歩くテルセウスの右手に握られた松明の灯りを頼りに石造りの人ひとりがやっと通れる程度の狭い通路を進む。

 石の壁からは繋ぎ目からじわりと地下水が滴る湿気に寒々とした空間は息が詰まりそうだ。

 そのような狭い空間で敵と戦闘になったら、最前衛の一人しか対処出来ない。

 地下通路からの潜入目が行かないように地下抵抗組織レジスタンスの主力が城門前で騒ぎを起こしてくれているはずだが、絶対ではなく、一行は地下通路の圧迫感と不意の遭遇に備えたストレスで誰一人として口を開くことは無かった。






 

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