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転生隠者と転移勇者 -ヴァラカスの黒き闘犬-  作者: 拉田九郎
第7章 黒き闘犬と、混沌の伯爵夫人
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刃は密かに歩み行く、その1

 ミルミア湖周辺の森には、ベイルン城の地下へと通じる隠し通路が幾つか存在していた。

 正確な数は伏せられていたが、捕虜に描かせた地図から察するに五つのルートが存在している様子で、その内の一本は湖畔の街セヴィルの中心部である円形広場に繋がっている。

 セージは薄暗い宿の部屋の中で、ベッドの上でジェリスニーアを右に抱いて腕枕をしながらもたらされた地図の情報を聞きながらじっと天井を見つめていた。


「レンカ様が捕虜に吐かせた内容ですと、セヴィルの地下ルートから行くのが一番近いと思われますが」


 ジェリスニーアがセージの分厚い胸板にそっと抱きついて優しい声で語る。

 二人とも最低限の衣服を纏うのみという姿を毛布に隠した状態だ。

 セージも腕枕をしながら肘から腕を折ってジェリスニーアの細い身体を大きな手で包んでいる。


「セヴィルのルートは避ける」


「例の地下抵抗組織でしょうか」


「面倒な奴らは避けたいからな。明確な敵しか居ないのであれば、遠慮する必要も無い」


「では、四番目のルートがよろしいかと。敵が集中している可能性はありますが、地下抵抗組織ならば最短ルートか最長ルートのどちらかを選択する筈ですから」


「根拠は」


「魔神戦争時代のデータからの推測です。全ルートに兵を配置するのは基本ですが、本命は最短と最長、何れかが選択されるケースが多くございました」


「そうか・・・。そうだな。では、四番目のルートにするか」


「はい・・・」


 ギュッと一層強く抱きついてから、ジェリスニーアは名残惜しそうに身を離して毛布を肩にかけて裸を半分隠しながら布団の上にぺたりと座ってセージと見つめ合う。


「魔力の充填が完了致しました。我がマスター。その・・・硬くて申し訳ございませんでした・・・」


「いや。俺こそ。都合良く使ってしまった。すまない・・・」


「仰らないで下さい! 私は、幸せにございます」


 つと這い寄るジェリスニーア。

 セージは改めて生人形リビングドールを太い腕でそっと引き寄せるとそっとか弱そうに見える細い肩を抱きしめた。





 陽が落ちる。

 森の中に広がるミルミア湖は湖畔の街セヴィルの淡い灯りを湖面に反射して暗さを増していく空間を幻想的に浮き上がらせていた。

 セヴィルから漆黒に沈みつつある森の奥へと向かって、八人の人影が進む。

 街を守る衛兵の巡回ルートから外れた区画は街の正門から遠く、外壁に隠された作業用の通用口から密かに出入りする事ができる。

 限られた者しか鍵を持たされていないその隠し扉は、伯爵家の信頼厚い兵しか持つ事はなく、セージ達に打ち負かされた夫人に毒を守られているといわれるファーレン・ベイルンの救出を語る四人の兵士達が、その隠し扉へとセージ達を案内してベイルン城へと続く隠し通路を目指して道なき森を進んでいた。

 兵士達に先行させて、セージ、ジェリスニーア、ウガル、レンカが各々の武器を携えて後に続く。

 レンカがつとセージの背後に歩み寄って耳打ちした。


「大丈夫でしょうか。これほど深い茂みの中、木々の後ろに伏兵が潜んでいてもおかしくはありません」


「忍者を心配しているなら問題ない。ジェリスニーアの索敵に引っかからない生物などいない」


「ですが、」


「それに、俺も貴様らも、敵の気配が解らぬほど耄碌しちゃおるまいよ」


「それは、そうなのですが・・・」


「むしろ心配すべきは生者ではあるまいよ。暗く深い森の奥には魔物が潜む。ゴーストやグールといった類のモンスターの方が厄介だ」


「そうでありましょうか」


「死者の纏う熱は周りに溶け込む。その上、生者を見つけるまで身じろぎ一つ起こさんだろう。ジェリスニーアのセンサーは熱感知と動体感知だ。熱無く動かぬモノは検知出来ん。そっちを警戒しておいてくれ」


「承知仕りました」


 そっと距離を取るレンカ。

 ジェリスニーアがうっすらと頬を膨らませてセージの横に近付いて言った。


「レンカ様は我がマスターに好意を寄せすぎです。お気をつけください」


「おい嫉妬しすぎだ。そういう関係ではないだろうが」


「セージ様は復活されてから魂が安定しました。それは喜ばしいのですが、セージ様は少々周りの女性に移り気ではありませんか?」


「そういうつもりは無いが?」


「じゃあ何故、突然私を抱いてくださったのです? まぁ、奥様方には悪いとは思いますが。嬉しかったのですが・・・。余計な浮気は禁物でございます」


 ムッとした顔で、セージは神妙そうに前を睨むようにして考えた。


(そうか・・・。浮気か・・・。むう、自重せねばならんな)


 本来のセージの魂は、月の女神グリアリスに導かれて月へと旅立ってしまった。

 そのお陰で今のセージは、転生者である大槻誠司の本来の思考で動ける。

 ラーラに一途だった想いは、ジェリスニーアにも向け始めてしまっているし、元の世界では確かに様々な作品のヒロインに移り気ではあった。

 ジェリスニーアの言いたいことがよく分かってしまう自分が情けなくも思う。

 そういえばとフラニーやレナの事を考えようとして、頭を左右に振って思考を止めた。


(しかし、アニアスはどうだろうか。俺の中では、彼女に対する想いはラーラやジェリスニーアに対するそれとは違う気がする。愛する対象、ではない。あくまでも守るべき対象だ)


 木々の枝葉に隠された天を仰ぎ見る。


(本来の、黒騎兵のセージ・ニコラーエフは、確かにアニアスという少女を愛していたのだろうが。今の俺には・・・。そもそも、俺如きに彼女の側にいる資格など無いだろうしな)


 ジェリスニーアが左手でそっとセージの右腕に触れた。

 ふと生人形リビングドールを見下ろして、セージは困ったような笑みを向けてしまう。

 ジェリスニーアは優しく微笑んで囁いた。


「我がマスター。アニアス様はマスターを愛しておられます。決して違えませぬよう。そして、」キュッと指先でセージの腕を摘む「時々はこの人形めを近くで愛でてくださいませ」


「あまり俺を困らせるんじゃあない。それに俺は一度、死んでいる。妻達の元に帰っていいものかどうかも迷っているのだ」


「帰るべきです。我がマスター。使命を全うするのは、勇者である者の勤めです」


「・・・俺は、勇者なんかじゃあない」


「いいえ。私達、生人形リビングドールに溢れる生命力で魔力供給出来るのは、勇者以外にありませんし、為せません。セージ様は、勇者なのでございます」


「随分と血塗られた勇者がいたものだな」


「戦う者がどうして無垢でいられましょう。ですがどうかお忘れなきよう。血に濡れた勇者の側に立ち、お支えするのは私達、戦闘用生人形ヴァルキリードールの役目でございます。決してお側を離れません」


「そうか・・・。そうだな。ありがとう、ジェリスニーア」


 微笑み合う二人に、見かねてかゴンゾン・ウガルが控えめながら咳払いした。

 ぴくりと反応して、セージはそっとジェリスニーアの身体を離す。

 少し恨めしそうに、寂しそうにするキョウ・レンカ。

 先行するベイルン家の兵達が、一際大きく育った茂みの前で立ち止まり振り向いて言った。


「ここから地下道へと降ります。少々入り組んではおりますが、さほど迷うような構造ではありません。城内に入った暁には、何卒・・・」


「心配せずとも干渉するつもりは無い。貴様らの好きに動け。俺達も勝手にやらせてもらう」


 森の奥の隠し通路に、茂みを掻き分けて下っていく一行。

 エルザベート夫人抹殺に向けた暴力が、静かにベイルン城に向けて歩を進めていた。






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