異界転生と異世界転移、その2
セージはレナを連れ立って柵の内側を一回りしていた。
山小屋を防御するために外周に打ち込んだ杭の余りを積み上げて作った台に登って、柵の外側を見渡してレナの様子を探る。
「この世界を歩いてみてどうだ。大分慣れたのか?」
レナは、北欧人かという彫りの深い厳つい顔立ちの大男の横顔を見て、悩ましく眉根を寄せて右手で左腕を抱いて言った。
「関係ないし・・・。ていうか、アンタは私の先生か・・・」
「先生ね。まぁ、見た目から子供だとは思っていたが」
「子供って!」
不愉快極まりないとレナが睨むが、セージの方は御構い無しだ。
逆に無感情な眼差しを投げかけた。
「高校生か」
「何よ、ムカつく。NPCのくせに・・・」
「どうやって、この世界に来たんだ」
「どこでそういう情報を得たか知らないけど、異世界人って設定痛すぎなんですけど!」
「俺が中二病とでも思ってるのか。現実を受け入れられずにここがゲームの中だと思っている貴様の方が、よっぽど痛々しいぞ」
「第一、アンタ日本人じゃないでしょうが!」
「日本人だよ。半分はな」
「ハーフって事!?」
セージはそれにはすぐに答えずに、しばらく柵の外、森の奥に視線を向けて黙っていた。
レナがその態度に文句を言おうとした時、セージはようやくポツリと語り始める。
「でかい地震があった。近年稀に見る馬鹿でかい地震だ」
大地震、という単語にレナの表情が硬くなる。
「工事関係の仕事をしていてな。高い所に居たんだが、地震で高所で作業する為の車が横滑りしてな。転倒防止の「脚」が、深い用水路に落ちた。車は倒れたよ。俺は、倒れる衝撃でデッキ、人が乗る為のカゴから放り出された挙句、」
言葉を切って杭の山から降りてくる。
「高い所から地面に叩きつけられ、それだけでも致命傷なのに、運悪く倒れてきた車のカゴに、鉄の手摺に頭を潰されたんだと思う」天を仰いで憑き物が取れたように清々しい顔をする「死んだよ・・・。一度な」
「しん・・・だ?」
興味なさげにまた明後日の方を見るセージ・ニコラーエフ。
そして続ける。
「だが、こうして生きている。理由は分からんが、この身体、セージ・ニコラーエフもまた凶悪な人喰い熊のガランジャと名付けられた猛獣と戦って、恐らく敗北した。そして、死にかけたセージ・ニコラーエフの魂に、理由は分からんが俺の魂は融合して息を吹き返した」
タチの悪いB級映画でも見たかのように、さもバカバカしそうにため息を吐いて笑うセージ。
「ビックリしたよ。墜落して死んだと思って、全身の、特に頭の痛みで気が狂いそうなところに来て、目を開けたら馬鹿でかい熊に襲われてる最中で。右手を見たら、何故か斧を持っていた。反射的に熊の攻撃を凌いで、どうにか倒して、訳も分からないまま俺は気を失った」
「すっごい作り話・・・」
「お前はいいな」
「・・・なんでよ・・・」
「お前としてここにいるからだ」
「どういう意味よ!」
「事実はわからんが、どうやら召喚されてこの世界に来たんだろう。その手のラノベは俺も結構好きだったからな」
「ラノベって・・・」
「お前は、可能性は限りなくゼロに近いが、元の世界に、地球に帰れる可能性がある。死んでこの世界に転生した俺にはない」
ゆっくりと歩き出すセージ。
言葉を切って、柵の状態を見ながら外周を行く彼の背中を追って、レナは当惑しつつも次の言葉を待った。
もし、死んで来たから戻れない、と言うのであれば、その方が戻れる可能性が高いではないか。
こちらで死んだら、また向こうに魂が戻るかもしれないのだから。
そんな考えを見透かしたように、セージが苦笑して言う。
「10メートルの高さから地面に叩きつけられて、クソ重たい高作車のデッキと地面に頭挟まれて、俺の元の身体が無事なわけがあるか。そもそも、セージ・ニコラーエフとして魂が融合しているんだ。次に死んだら、俺の人生は終わりだよ」
地面に落ちた枯れ枝を右手で拾い、ゴミとして柵の外に放り投げる。
「お前は、お前として存在している。それはそれでこの世界を受け入れ難いだろうが、異世界転移した原因を探るも、使命を見つけるも、帰る方法を探すも、そのまま何もせずに平穏に生きるも、お前の勝手だ。だが明確な自分を持っているというのはそれだけで幸せだ」
「アンタは、幸せじゃないの?」
「幸せだよ。セージとして転生したお陰で、人間じゃないが家族も出来た。セージの記憶として、彼女達の事も理解出来たし、受け入れる事が出来た」
「・・・モンスターじゃん・・・」
「側から見ればそうだな」
セージののろけ具合に、興味を失ったレナがメニュー画面を呼び出すと、セージはやっぱりと言った風に肩をすくめた。
(やっぱり、想いを伝えるというのは、難しいな)
振り向いて右手でメニュー画面の「本」を強制的に閉じる。
「ちょっと! アンタは私のオヤジか!!」
「赤の他人だよ。しかしまぁ、大槻誠司として話すのは、コレが最初で最期だ。これからどうするのかはしっかりと考えて決めろ。言っておくが、俺はお前の助けになんてならないからな」
「お役に立てる力がありませんー、って、はっきり言いなよ無力なオッサンがさ!」
「曲がりなりにも家族がいるんだ。貴様の探索には付き合えんよ」
セージは、語っていた時の柔和な表情から元の厳しい顔に戻って言った。
「最後に一つだけ忠告しておく。貴様が使えるメニュー画面がロストファンタジアオンラインに似ていようが何だろうが、ここは日本があった地球じゃない。全く別の異世界だ。腹も減るし、怪我をすれば血も流すし、死ねば死ぬ。ホームポイントで復活などありはしない。現実として受け入れろ。その妙ちくりんなメニューはもう使うな」
「そんなの私の勝手でしょ! 自分が使えないからって羨ましいんでしょ!? だいたい、死んでみてもいないのに復活が無いって何で言えるのよ!」
「死にたく無いからな。試したいんなら好きにすればいい。だが、相当痛いぞ。そして、貴様という存在はそこで終わる。それだけの話だ。あとは知らん」
そして、ロッジに向かって歩き出すセージ。
不満を抱きながらその背を追いかけるレナは、説教くさい親に反発するように彼の背中を睨みつけながら考え、そして反抗心から一つの賭けをして見ようと彼を追い抜いてロッジへと駆け出した。
「お、おい!?」
何事かを察してセージが後を追いかける。
ロッジのリビングに飛び込むレナ。
毛布の上で空の笊を翼でいじって遊ぶ子供達が驚いて目を見張り、エルフのフラニーとハーピーのラーラも何事かと呆気に取られていると、レナはキッチンへ向かって駆けて棚の引き出しを片っ端から開けて何かを探す。
すぐにセージがやってきて怒鳴りつけた。
「バカな真似はよせ! 死にたいのか!」
「うっさい死んで見ろって言ったのはそっちでしょ!」
刃渡り20センチのナイフを、包丁を引き出しから右手で持ち出して逆手に握るレナ。
事態を察したフラニーとラーラが慌てて立ち上がる。
駆けるセージ。
レナはしかし、包丁を手首に当てるや止める間もなく力一杯手を引いて手首を斬った。
血がドッと吹き出す。
自分で何をしたのか理解が追いつかないのか、目を白黒させてパックリと割れた手首をじっと見つめるレナ。
息荒く、滴る血を眺めて呟いた。
「い、痛い・・・痛いよ・・・?」
震える手でメニュー画面を呼び出し、自分のステータスを表示させ、どんどん顔が青くなっていく。
HPがものすごい勢いで減っていく。
止まらない。
こんなのは一撃のダメージに過ぎないはずだ。
状態異常の項目を見る。
状態異常は表示されていない。ならばじきに継続ダメージは止まるはずだ。
だが、手首に感じる痛みは耐え難く、気を失いそうになる。
倒れかけて、大きな男に抱きとめられた。
男は顔に似合わず、今にも泣きそうな表情でレナの左手首を押さえて止血を試みる。
エルフに向き直って怒鳴った。
「おい、エルフ! 貴様冒険者なら回復薬とか持ってないのか!?」
「え!? あ!」
慌ててあてがわれた寝室に飛んでいくエルフ娘フラニー。
何が起きているのかわからず、子供達はじっと寄り添って目を見張っている。
「バカが、こういう事をしないように俺は身の上話をしたんだぞ!」
「い、痛い・・・痛いよ・・・。でも・・・、これ・・・、ゲーム・・・」
「なわけないだろう! 本当に死にたいのか!」
フラニーが彼等の元に掛けて来て一本の透明な液体の入った瓶を差し出した。
「傷を塞ぐくらいは出来るわ!」
「さっさと寄越せ!!」
怒鳴るセージ。
フラニーは怒鳴られた事に抗議する事なく瓶の蓋を開けて手渡す。
セージはその中身をレナの手首の傷口にゆっくりとかけていった。
程なくして、傷は完全にふさがり、その間もメニュー画面を呼び出していたレナが感情の篭っていない声で目を白黒させながら呟く。
「あはは・・・。スリップダメージ止まった・・・。ヒールポーションとか、やっぱりゲーム・・・」
「いい加減にしろ!」
バシッと、セージがレナの頬を叩いた。
怒りで顔が真っ赤になっている。
右手でレナの後頭部を鷲掴みにすると、彼女の頭を前後に揺らして怒鳴りつける。
「そんなに死にたいなら、別の場所で死ね! 俺の家族を巻き込むな! 金輪際この家に近づくんじゃない!」
「い、いたっ、いたいっ、いたいよ!」
「痛くしてるんだよこのクソが! どうだ!? それでも貴様はゲームだと言うんだろう!!」
「い、痛い、や、やめて・・・」
「貴様が現実を受け入れられないのは勝手だが、俺を巻き込むな! ゲームだと思うなら、一人で旅でもすれば良い。俺は一切助けはしないがな!」
空中に叩きつけるように頭を解放してやると、セージは怒り心頭と言った様子でその場を離れた。
父親の豹変ぶりに怯えて、子供達がわっと泣き出す。
セージはそれを一瞥しただけで何も言わずにロッジを後にした。
ラーラはそんなセージを追いかけようとして、泣き続ける子供達を見て大きな翼で包み込んでその場に座る。
「大丈夫よ。大丈夫。パパはみんなを怒ってるわけじゃないからね。大丈夫よ・・・」
そしてフラニーに向き直って言った。
「子供達が心配だから、貴女が彼の様子を見てくてくれない?」
「え、どうして私・・・?」
「お願い」
「・・・、わ、わかったわよ・・・」
フラニーは心配そうにレナを見たが、すぐに思い直してセージの後を追った。
ラーラは大泣きする子供達を抱えたままレナを見つめる。
しばらく目を泳がせていたレナの目と、ラーラの目が合い、何かを言おうとしたレナを遮ってラーラが言い放った。
「出て行って頂戴。セージとなにがあったのか知らないけれど、私たち家族には関わりのない事だわ」
「えと・・・私・・・」
「出て行って!」
レナの無茶な行動に、ラーラも怒っていた。
セージが彼女を助けるのに必死になったのは、同じ人間なのだから理解は出来る。
だが、そのせいで子供達が泣き、セージの様子もおかしくなった。
ラーラがレナを怒る理由は十分だった。
レナは、その場をふらふらと立ち上がるとリビングを横断して玄関口に立つ。
「・・・ごめんなさい・・・」
自分でもわけのわからないまま、ラーラ母娘に謝罪して、レナはロッジを出た。
ラーラは振り向きもせず、泣く子供達をあやしていた。