東の暗殺者
セージが街道を南下し始めてすぐに、五人の人影がセージの前に立ちはだかった。
深い紫色の装束に、背中には刀というには短い片刃の直剣。
この世界にも忍者という存在があるとすれば、その者達こそ相応しい。
「ジェリ」
「はい、我がマスター」
ジェリスニーアがセージの背後から素早く下馬して、彼自身も馬から右に降りると無手のままじっと対峙する。
紫装束達は背中の直剣を抜刀すると腰を低く八相に構えてにじり寄ってきた。
半身左に両手は腰の外に手の平を敵に向けて立つジェリスニーア。
「どうなさいますか、マスター」
「さてな。どうしたものか」
紫装束達はセージ達が武装していない事を観察した。
轍の目立つ街道の、土を蹴って走り出す。
武器を持たぬのなら容易いと踏んだからこその突撃。
セージはゆるりと屈み込むようにして、立ち上がりざまに拾った石塊を敵の眼前に無造作に放った。
動じる必要も無しと最小限の動作で躱した紫装束の二人の顔面に、しかしセージはすぐさま新たな石塊を全力投球して先のゆるく浮かせた石塊に一瞬気を取られた顔面に直撃させて虚を突かれた二人が脚を止めてしまう。
セージは既に前に出ていた。
残る三人が殺到しようとして、ジェリスニーアの開いた指先から緑色のレーザーのような光の細い筋が十条伸びるや彼らの顔を貫通して踊りその頭部がバラバラに吹き飛んだ。
怯みながらも構え直した二人の紫装束の直剣を持つ手がセージの大きな手で掴まれて、人間離れした怪力で互いを打ちつけ合わし、紫装束達は各々の直剣を胸に刺し貫かれて絶命した。
どう、と、地面に無造作に放り捨てるセージ。
「かなりの数の暗殺者がいるようだな。ジェリ」
「はい、我がマスター」
ジェリスニーアが姿勢を真っ直ぐに正すと、ガラスの瞳を緑色に明滅させながら周囲を見渡した。
「目視出来る範囲内には反応はありません。いえ」街道をじっと南を睨み据える「他に動体反応。二体。いかがなさいますか」
「馬を引いてくれ。幸い、武器は手に入った」
頭を吹き飛ばされて転がる死体から長さ70センチほどの片刃の直剣を二本奪い、両手に持つセージ。
歩むようにゆっくりと、互いに近付いていくと、
「やや!? これは! セージ殿ではありませぬか!! ガッハハハハハハハ!!」
「セージ殿? これは、会いに行く手間が省けました。実は御助力頂きたい事態が起きまして」
小札鎧に身を包んだ着物袴の旅装束姿の、ゴンゾン・ウガルとキョウ・レンカの姿があった。
「やや、これは・・・。流石はセージ殿、追手を既に討ち取っておられましたか」
セージはジェリスニーアと顔を見合わせ、しかし警戒は解かずに二人を見据える。
レンカ達も困ったように顔を見合わせて、レンカがため息を吐いて両手を左右に開き敵意がない事を示しながら言った。
「警戒されるのも当然の事。我らはあなたに一度、弓を引きましたから。ですが、この紫装束供は我らの首を取りに来た東の国の暗殺者、忍者で御座います」
「ふん。俺の家族や仲間を狙ってきた奴らだぞ。そんな話を信じると思うか」
「いいえ。ですが根拠はあります。私共は先にベイルン家に雇われておりましたが、東の国に精通する商人の手引きによるものでした。私達以外の者が雇われていたとしても不思議はありませぬ」
「左様! 加えて申しますれば、レンカ様はキョウ家の姫君。生きていては都合の悪い連中が、ベイルン家の策謀に便乗してやって来た、という話になるので御座る」
「我がマスター。荒唐無稽な話です。耳を貸す必要は無いかと」
すぐさまジェリスニーアが進言して、二組の間には少しの緊張が走った。
レンカが左腰に差した二本差しを鞘ごと帯から引き抜くと、その場に跪いて地面に二刀を横たえてセージを見上げる。
ウガルが慌てて周囲を警戒しながら言った。
「お姫様! 追手が潜んでいるやも知れませぬ、それはいけませぬ!」
「黙りなさいゴンゾン・ウガル。セージ殿、信じられぬというのも無理からぬ事。なれどこのレンカ、キョウ家の名を捨てた身に御座りますれば、このドワーフが打った二刀のミスリル刀を忠義の証と献上いたします」
セージは跪くレンカを静かに見下ろして声に耳を傾けている。
ジェリスニーアも周囲に敵無しと索敵を終えたからこそセージの背後に控えてそっと見守っていた。
レンカが続ける。
「我が身、我が刀を忠義と差し出しましょう」
「お姫様!? それはいけませぬ!」
「どの道、敵にこの身がバレたとなれば、ベイルン家に討ち入りまで考えて先手を打とうと考えていた所に御座りますれば、思惑は一致しているものと考えますが・・・」
じっとセージの顔を見上げて答えを待つレンカ。
ウガルは気が気でない様子で腕を広げて言った。
「お姫様・・・! お相手は御結婚なされておいでで御座るよ!?」
「少し黙りなさいゴンゾン・ウガル。今、私はそのような話をしているのではありませんよ」
「身も刀も異性に捧げるというのは、魂も捧げるという意味に御座りまするぞ!」
「あ・・・」
ピタリと固まって徐々に赤面していくレンカ。
暗がりではセージにはその変化までは分からず、ふぅ、と深いため息を吐くと敵の死体から鞘まで奪って左腰のベルトに差すと疲れたように言った。
「貴様等が身バレしてるなら、ジェリスニーアと隠密に近付く計画がパァになるんだがな」
「あ、そ、そういう思惑で御座いましたか・・・?」
「まぁ、ついてくるなら好きにすればいい。狙われているのだろう」
「はっ! あ、ありがとうございます!!」
パッと立ち上がり嬉々として二刀を左の帯に差し直すレンカ。
立って改めてセージの顔を見上げて、いつもより精悍な顔にドキリと胸を鳴らす。
「あ、そ、そういえば・・・、お顔の傷、治されたのですね」
「ん?」
左の前髪を左手で掻き上げてふぅ、と息を吐くセージ。
「まぁ、傷が無い方が人に怖がられなくて済むからな」
「なるほど、一理御座いますね」
頬を朱に染めたまま少し俯くレンカ。
すぐさまウガルが間に入って来て言った。
「先程のお姫様の言は言葉のあやに御座りますれば!」
「わかっている、鬱陶しい。俺がそんなに器量持ちに見えるのか貴様は」
「はて・・・」
腕組みをして考え込むゴンゾン・ウガル。
「ただの荒くれ者に御座いましたな! ガッハハハ!!」
それはそれで、と、迷惑そうな顔をするセージ。
ジェリスニーアは大笑いするウガルに鋭い視線を向けて「失礼極まりのない御仁です」と、不満を漏らしていた。