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転生隠者と転移勇者 -ヴァラカスの黒き闘犬-  作者: 拉田九郎
第7章 黒き闘犬と、混沌の伯爵夫人
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イグドライア攻略、その1

 イグドライアの見える崖までは、森の道なき道を1キロほど歩かなければならなかった。

 腰の辺りまで低木の枝葉や茂みに隠された見通しの悪い道中は、流石に異世界に慣れたレナといっても現代人の感覚が抜けたわけでもなく不安ばかりが湧いて来てしまう。

 先頭をアニアスと彼女の護衛を務める盗賊ギルドの戦士二人が歩き、その後ろをフラニー、レナ、アミナが数メートル離れて追いかける形だ。

 ハーピィのラーラはレナ達の動向を空を飛んで見守るように大きく旋回しながら追従して来ている。

 レナは木々の間から時折見える空にラーラの姿を見とめてため息を吐いた。


「いいなぁ、ラーラは。空が自由に飛べて」


「ハーピィにでもなりたいの、レナ?」


「そーゆーんじゃないから」


「あらそう。ラーラの事をお母さんなんていうからてっきり?」


「言い間違えたんだって言ってるでしょ! ったく、しつっこいなフラニーは!」


「まぁセージの事もお父さんって言い間違えてそのまんま来てるんだし、ラーラの事もお母さんでいいんじゃないかしらね」


「それとこれとは別問題なんだかんね!」


「何が別問題なのでしょう」


「アミナも入ってこないでいーの!」


「はぁ・・・」


 顔にかかりそうな枝を払い除け、時に短剣で枝払いしながら進む一行。

 ようやく崖に面した視界の開けた場所に出て、アニアスは左右に護衛を侍らせて腕組みをして目線の高さに頂きの見えるイグドライアを感慨深そうに眺める。

 レナ達もそのすぐ後ろからイグドライアを見て、左右の光景を眺めて地形の歪さに首を傾げた。


「ひええ? なんかここら一帯、綺麗に半円形に削られてない?」


 山はクレーターのように半円形の断崖絶壁になっており、眼下には緑の一切生えない露出した土。

 崖から数百メートルは離れているだろうその広大な土地に、針葉樹の大樹イグドライアは悠然とそそり立っていた。


「太古の魔神戦争の傷跡といわれています。偽りの太陽が大地を照らし、山を半分消し飛ばしたという言い伝えられているんですよ」


 アニアスの護衛の戦士がそう言って身じろぎした。

 眼下に広がる草もほとんど生えない大地の中程にそそり立つ目線の高さに天辺を抱く大樹は、一見すると1キロにも及ぶのではないかと思わせる力強さを感じさせる。


「でっかー・・・。どの位の高さなんだろ」


「簡単な測量ですが」盗賊ギルドの戦士が両手の親指と人差し指で長方形を立てて覗き込んで見せる「おそらく150メートルって所でしょうか」


「えー・・・」


 なんだかがっかりした様子のレナ。

 フラニーがジト目で彼女の横顔を睨んでから言った。


「何を期待してたのよアンタは・・・。イグドライアは魔力的な性質を持っているの。イグドライアが生えている土地は、だいたいこんな風に他の植物は成長出来なくなってしまうわ」


「なんだかよくわかんないけど、まあいいや」


「いいんかい!」


 フラニーのツッコミを無視するレナは興味津々だ。


「あのクリスマスツリーの飾りみたいに見えるのは何!?」


「ねぇ、レナ。クリスマスツリーがなんなのかわからないんだけれど?」


「説明めんどくせー! えっと、ほら、あのボールみたいのとかボールからボールにモールみたいのがたら〜んって連なってるじゃない? アレは何なのかなあ〜って」


「あの丸いのが蜻蛉蜘蛛ドラゴスパイダーの巣だ」


 アニアスが忌々しそうに睨みながら言う。


「球形の巣から巣へと伸びるモールのようなのは、奴らが這わせた蜘蛛の糸だな。アレをつたって巣から巣へと行き来している」


「ツリーじゃなくて巣かい! キモッ!!」


 両腕を抱えるように震える仕草で一歩後退るレナは、すぐに正気になって言った。


「え。ちょっと待って? 巣を行き来するって、ドラゴスパイダーって蜘蛛の一種だよね?」


「魔物だ」


 忌々しげにイグドライアを睨み据えたままのアニアス。


「魔物は見た目判断出来ないくらい知性が高い。一見ただの昆虫に見えても、周囲の同族と連携をとることも少なくない」


 フラニーもアニアスの言葉を引き継ぐように言った。


「ドラゴスパイダーはイグドライアの樹上に『町』を作って生活してるの。私達エルフはイグドライアの麓に街を、国を作るから、互いに敵対しているわ。イグドライアには他にも鳥や小型の獣が巣を作るから、それらを捕食し尽くしてしまうドラゴスパイダーはエルフにとっては明確な敵よ」


 すらりとグラスレイピアを抜刀して刃を下段に半身前に構えてイグドライアを見据える。


「さて、そんなドラゴスパイダーだけどああやって樹上に『集落』を形成するだけの知性があるわ。イグドライア天辺の星の形に集まるように生えた若葉を枝ごとまるっと回収するのが目的だけれど、奴らは私達を獲物と見て必ず上がって来くるわ。レナの剣で、」

「刀ね」

「ー剣で「刀ね」若葉の根元を素早く切って、それをラーラが回収。ドラゴスパイダーは特に勇敢だとか執着心がある魔物ではないから、ここの崖まで下がれば追ってこないはずよ。それでも樹に刺激を与えれば相当数が上がってくるから、ラーラを守りながら後退するのは大変だけど。それを私とレナで凌ぎ切る。わかった?」


「えー・・・。でっかいタランチュラが翅生やして飛んでくるんでしょ? キモチ悪いんですけど!」


「文句を言わない。あと、時折口から糸を砲弾みたいに飛ばしてくるから注意してね。絡め取られたら群がられて巣へ引っ張られるから」


「怖いんですけど!?」


 ラーラが翼を広げて軽く屈伸して準備運動を始め、アニアスも左右の護衛戦士に右手を軽く上げて指示を出す。


「戦闘態勢は取っておけ。警戒するに越したことはない」


「「はい、レディ」」


「レナ、フラニー、・・・ラーラ」


「へーい」

「ええ」

「なぁに?」


「頼んだぞ」


 切実に短く言葉を紡ぐアニアスに、ラーラは優しく微笑んで言った。


「わかっているわ。セージのためだもの。フラニー、レナ、お願いね!」


「はいはい。それじゃあ魔法かけるわよレナ!」


「へぇ〜いっ!」


 魔の抜けた返事をしながらも、ミスリル刀を抜刀して八相に構えるレナ。

 フラニーは右半身前の姿勢のまま、踵を揃えるように真っ直ぐ立ってグラスレイピアを眼前に垂直に立てて瞑想する。


踊り駆ける(エヴォーテラァシャ)風纏う羽衣(クィカーテロイエ)


 レナの、フラニーの肩が軽くなり、空気のマントを羽織ったかのように風が巻き立ち始めた。

 二人の身体が重力から解放されたように浮き上がる。


「わ、わ、わ! 本当だ! 本当に身体浮いてる!」


「集中しなさい。飛行魔法は誰でも割と思い通りに飛べるけど、地に足をついてるみたいには行かないわ。慣性はどうしてもかかってくるから、不用意には止まろうとしないこと! 飛行系のドラゴスパイダーに狙い撃ちされるわよ」


「おっかないこと言わないでくれるかな!? だけど、絶対若葉を取って帰ろうね!」


「当然!」


「行くわ。レナ、初撃はよろしくね」


「まっかせなさいラーラ! レナ・アリーントーン、いっくよお!?」


 トンと軽く地を蹴り、レナが、追いかける形でフラニーが崖を飛び出しイグドライアの天辺を目指す。

 一呼吸置いてラーラが翼を力強く広げて崖から躍り出て風に乗り、一瞬落ちたかと思えば流れるように高度を上げてフラニー達の後方やや上に追従して飛び去っていった。

 イグドライアに挑む三人を見送って、アニアスも小剣を抜刀して半身左に構える。


「みんな、頼んだよ・・・」


 三人の接近を見ていたのか、イグドライアを取り巻くモールからモールへと連なる茶色い球体から、一つから一匹の蜻蛉の翅を胸部と腹部の繋ぎ目から生やした大きな蜘蛛の魔物が、ドラゴスパイダーが這い出してきて次々と迎撃に、いや、捕縛に飛び立ち、戦端が開かれようとしていた。






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