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転生隠者と転移勇者 -ヴァラカスの黒き闘犬-  作者: 拉田九郎
第6章 力を求める者達は
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廃墟の地下遺跡、その3

 小屋の大きさは、縦横5メートル四方と貴族の建造物としてはこじんまりとしたものだった。

 窓枠は植物を模したフレームにステンドグラスをはめ込まれた豪勢なものだったが、長く放置されてきた劣化で所々が割れて部屋の中が見えるほどだ。

 入口の扉は細いが大理石の柱で支えられた小さな屋根の付いた金属製で、その扉もまた植物の蔦と薔薇の花の模様が描かれている。

 元々は鮮烈な塗装が施されていたようだが、僅かに塗料の残りの形跡が点在する程度でどのような色だったのかは想像も出来ない。それほどに複雑なまるでレリーフのような扉は、その装飾の必要性を冒険者達には感じられない。

 フラニーに大目玉を食らってすっかり意気消沈してしまったレナが不貞腐れて右足のつま先で地面を小突いているのを尻目に、盗賊ギルドの戦士ベルナンが扉に近付いて大仰な動作で調べ始めた。


「まぁ、別に鍵がかかってるとか罠が設置されていたとしても、半壊した窓枠を外せば問題なく中に入れるんだけどな」


 言い訳がましいがもっともな事を言うベルナンに、ジェリスニーアは抑揚のない声で答える。


「建物自体のセキュリティは現在の技術が使われています。正しく解錠することが重要なのです。解錠するアイテムが何かまで特定する技術は使われておりませんから、ベルナン様が解錠する技術をお持ちでしたらそれに越したことはありません」


「古代の技術ってのは解らないが・・・。ジェリスニーア嬢が大丈夫というなら信じるしかないな。君はこの館出身なのだろう?」


「正確には、この館が建築される前から地下に存在していた戦闘兵器工廠です。兵器工廠は地上十一階建てのビルだったはずですが、見る影もありませんね」


(((((言ってることが微塵もわからない・・・)))))


 レナ以外は高層建築物をビルという単語で表現しないし、そのような表現自体を知らない。

 何より、地上十一階建てと聞いて思い浮かべるのは、王家や公爵家の所有する、それこそ巨大な城や塔だ。そのような物が建っていたとすれば痕跡の一つ残っていてもいいものだが、ヒアキンス家の支配していた森と館の廃墟以外見つかっていないし、ジョスファン・ヒアキンス討伐後に一度訪れた王家御用達の考古学者達が訪れた時もそのような痕跡は発見されていない。

 ジェリスニーア曰く、

「魔神大戦は今より数千年前の事です。当時の建築技術は今よりもはるか数万年先の技術が使われておりましたが、それらの耐用年数はせいぜい五十年。長く見積もっても百年です。残っているはずがあるわけがないではありませんか」

 ならば地下遺跡が残っているのは何故なのか、道理が通らないのだが、

「地下遺跡は別です。地下施設は経年劣化に耐えられるよう、また、外部からの重爆撃に耐えられるように設計されておりますので、地上建造物と違い数万年でも数億年でも存在可能です」


 これには流石の転移者のレナも理解が追い付かなかった。


「天変地異にも耐えうるシェルターとは、そういうものではありませんか?」





 扉の解錠の結果は呆気ないものだった。

 そもそも、施錠されていなかったのだ。

 解錠ツールを小さなポケットの十数個付いた巻物のような革袋をくるりと閉じて、太さの様々な耳かきのような工具をベルトポーチにしまってベルナンが小さくため息を吐く。


「ま、ジョスファンっていうアンデッドが生人形リビングドールを好みに造ったり造り変えてたなら、地下施設を使っていただろうし。アンデッドの大群にここを守らせていたんだからわざわざ施錠する必要もなかったんだろうがね」


「キッモ」


 ベルナンの想像にレナが嫌悪感一杯で悪態を吐くと、ジェリスニーアの微妙な表情を感じ取ってフラニーがバシッと頭をひっぱたく。

 反抗心一杯のレナが両手で頭頂部を押さえるのを無視してフラニーがジェリスニーアに言った。


「気にするんじゃないわよ。このったら何も考えてないんだから」


「失礼だなちゃんと考えてるよ!?」


「存じております。お心遣い痛み入りますフランチェスカ様」


「あらやだ。様なんかつけなくていいわよフラニーで」


「承知いたしましたフラニーお嬢様」


「あはは、なんだかこそばゆいわね!」


 うら若き女子達の漫才を尻目に、ベルナンが深くため息を吐いて扉を開くと大仰に右手を、腰を折って深くお辞儀をして言った。


「レディーファーストです、姫様方。中はトラップはありそうもないですよ。ただ床が所々腐り落ちてるので足元には注意してください」


「ええ、ご苦労様」とフラニー。

「あーふーん。りょ~」とレナ。

「センサーで確認しました。お心遣い感謝いたしますベルナン様」と、ジェリスニーア。


「様はよしてくれ、ジェリスニーア。俺とあんたは同格だ」


「承知いたしました。ベルナン。では、わたくしの事もジェリとお呼びください」


「了解だ、ジェリ」


 親しげに微笑みあう盗賊シーフギルド一の戦士ベルナンと古代兵器である生人形リビングドールジェリスニーア。

 なんとなく気に障ってフラニーがベルナンの脛を左足で蹴飛ばし、勘付いたベルナンがさっとそれを躱す。

 アミナが先んじて中を覗き込んで不安そうに見渡して言った。


「本当にあちらこちら床板が落ちていますね。足を踏み外してしまいそうです」


「大丈夫! 俺がエスコートするから!!」


 キルトスが意気揚々と右手を差し出してきたのを冷たい目で見降ろして、アミナが一歩扉から離れると、ベルナンが先に小屋の中に足を踏み入れてそっと左手を差し伸べてわずかに腰を折る。


「神官殿・・・」


「あ、」ぽっと頬を染める「よろしくお願いしますベルナン様」


「扱いの差!!」


 思わず天を仰ぐキルトスに、レナがジト目で言った。


「色男と凡夫の差よね。というか、あんたのルックスでよー女がひっかかったもんだわ」


 何かを言いたげなキルトスだったが、その場の全女性陣、およびネジン少年からヘドロでも見るような目で見られて肩をすくませることしかできなかった。





 小屋の中は煌びやかな外見とは打って変わって何も無かった。

 崩れ落ちた床の下は陥没したように深い穴が縦に続いており、足を踏み外せばどうなるか分かったものではない。

 そして、小屋の一番奥の床は1・5メートル四方に完全に床が残っており、そこだけ頑丈な何かの上に直接設置されているかのように足踏みをしても音が響かない。


「不思議な床ですね。床板の下がなにか、こう、硬い何かで埋まっているような?」


 ネジン少年が首を傾げると、ジェリスニーアが下腹部の前で小さく手を組んで半眼でやや俯いて言った。


「この下にはどうやら昇降設備のコンクリートが存在するようです。兵器工廠の名残でしょうか」


 またおかしな単語を聞いてキョトンとしている一行。

 ただ、ネジン少年はキラキラと目を輝かせ、レナは「へーそーなんだ。ふーん」と気にも留めていない様子。

 ベルナンが再び床に屈み込んで大仰に両手の平で床に触れて調べ始める。

 キルトスが真似をして屈み込むとベルナンが鋭い眼付きで睨みつけた。


「お前の仕事は外の警戒だ。何の知識があるって言うんだ壁役シールダー


「え、いや、俺も手伝おうかと」


「だから何の知識がある」


 床に跪いたまま両手を広げて首を傾げるベルナンの声は真剣そのもので、低音の声は苛立ちを前面に押し出していた。

 コラキアでも一、二を争う実力の戦士に凄まれてゆっくりと立ち上がり肩をすくめるキルトス。

 彼の肩を力一杯叩いてレナが少し楽しげに言った。


「余計な事すんなー」


「お前には言われたかねえよ・・・」


 涙目なキルトス。

 ベルナンは何かを見つけたように床を拳で叩くとジェリスニーアの方を見上げる。

 ジェリスニーアはじっとその床を見つめ、彼女の視界には、彼女だけの視界には床が透過されて見えてその先の空間を認識して言った。


「強く押してみて下さい。そこがスイッチになっているようです」


「了解した」


 徐に立ち上がったベルナンがおかしいと感じた床を右足でぐっと踏み込むと、床が片面がグンと下がり金属音が響く。

 床の中央が70センチ角がガクンと下がると部屋の奥に向かってスライドして、人工的な立坑が現れた。

 怪訝な顔をしてベルナンがポケットに忍ばせていた小石を取り出し、中に放り込もうとするのをジェリスニーアがすかさず止める。


「警備システムが起動するかもしれません。おやめ下さい」


「う、まずいか?」


「はい。どうやら『レナお嬢様の愚行に反応』、はしていないようですので。このまま静かに中に降下するのがよろしいかと」


 一同がレナの顔を見るが、彼女は明後日の方を見て聞えないふりをしている。

 フラニーが深くため息を吐いた。


「それはいいけど、どうやって降りるのよ。どのくらいの深さがあるかもわからないのに」


「せいぜい10メートルです。キルトスの背負い袋の中にロープがあります」


「あるけどさ! 何で知ってるのさ! てか俺は呼び捨てかい!?」


「キルトスのロープを使えば問題ありません。先行して私が降下して地下の明かりを確保します。いかがでしょうか?」


 話を振られてフラニーはふぅと息を吐くだけだ。


「あんたは何でもありな気がしてきたわ、ジェリスニーア。お願いできるかしら?」


「賜りました」


 とんっ、と、床を蹴り虚空に身を投げるジェリスニーア。

 一同が、レナでさえ驚いて彼女を支えようと手を伸ばすが、ジェリスニーアは足から淡く青い光を発光して低い羽虫の羽音のような音を響かせて宙に浮いていた。

 レナがあきれ顔で肩を落として疲れたように言う。


「ほんと、何でもありね古代兵器って・・・。空も飛べるんかい」


「意外です。あなただけは私の機能に疑問を持たないと思っていたのですが」


「持つわふつーに! 物理法則無視してんのか!?」


「はあ・・・? 魔力で浮力を得ているだけですがなにか?」


「魔法と化学は紙一重!!」


 天を仰いで頭を抱えるレナ・アリーントーン。

 フラニーも右手で頭を抱えて俯いて言った。


「もういいわ。とりあえずどうでもいいわ。よろしくお願いするわねジェリスニーア」


「賜りました」


 すうっと、事もなく地下の暗闇へと消えていくジェリスニーア。

 小屋に残されて一行は、なんとも高性能な生人形リビングドールを目で追って、唖然とするしかなかった。






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