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転生隠者と転移勇者 -ヴァラカスの黒き闘犬-  作者: 拉田九郎
第1章 転生隠者と転移勇者
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転移戦士の行き倒れ

 盗賊ギルドは、現代で言う反社会的組織とは少し意味合いが異なる。

 成熟していない政治体系の国家、その辺境の比較的に大きな町ともなると、領主の抱える正規兵だけでは治安を守るには心許ないし、警察的な組織も存在していない事から盗賊ギルドに頼る場面も多い。

 それに多くの盗賊ギルドは、実際には各町の自警団が力を付けて発展したものだ。

 そうした理由から、領民からの寄付(多くは特に資産を持つ家からの上納金)や露店から巻き上げる見ヶ〆料で生計を立てているが、盗賊ギルドの長たる首領ドン自身が大地主で酪農や田畑を運営しており、元から資金を持っている場合も多かった。

 コラキアの盗賊ギルドは後者であり、元々資金があり、また、コラキアが町へと発展する途上で力を付けてきた正統武闘派のギルドでもある。何より、盗みを働くよりは警察権を行使するには圧倒的に足りない正規兵の代わりに領主から活動資金を毎年受け取って、領内の治安維持活動を行うケースの方が圧倒的に多く、どちらかと言えば傭兵団の色合いが濃い。

 しかし領主が腐れば盗賊ギルドも腐敗するのは当然の流れと言えよう。

 現領主、ノアキア男爵になる十年前のボロディン伯爵統治時代はそうした腐敗が酷く、盗賊ギルドは領民から不当に見ヶ〆料を搾取して逆に領主に献上金を上げて見返りに領内で好き勝手に暴れていた事から、コラキアは文字通り荒廃して領民の生活が立ち行かなくなっていた。

 そんな状況を、任侠に熱い次期首領の一人と目されていた若き日のダーゼム・ケルファトスは憂いてある行動を決意する。

 コラキア盗賊ギルドの前身は、農家を束ねる大地主の一家が結成した自警団に始まっていた。

 その存在意義は、領民の生活の安全を守る事に他ならない。

 当時の盗賊ギルドの構成員数は300人。

 若頭の一人であったダーゼムの元にいた部下の数は30人。

 ライバルの二人の若頭が抱えていた部下は、それぞれ80人。

 反旗を翻しても、圧倒的に戦力が足りなかった。

 ダーゼムがとった行動はシンプルである。

 まず、与えられた地区から見ヶ〆料を巻き上げた後、地区長に月に一度集会を開かせたのだ。

 表立ってはよその地区に動きがバレるため、念を入れて集会場の建物に広い地下ホールを作らせてそこで秘密の祭りを開かせる。その祭りの中で、見ヶ〆料として巻き上げた金の一部(大部分に当たるが)で保存のきく食料や換金の可能な物品を領民の懐に戻す。

 そうして領民の支持を集めた上で、当時ボロディン伯爵家に仕えていた正規兵を取り纏める職業軍人のノアキア・エッソスに接触して、ボロディン伯爵の不当な領地運営の証拠を掲示した上でコラキアを一つの領地としてトーナ王国王家に納得を得られるだけの成果を挙げられるだけの資料と裏の人脈を掲示し、その資料の一つにコラキア盗賊ギルドの不当な利益搾取の証拠も公開したのだ。

 満を持して、ダーゼムは出来るだけ派手にギルド内抗争を引き起こした。

 それに乗じて、ダーゼムに同調した領民達も一斉蜂起して一揆を起こし、盗賊ギルドの打倒とボロディン伯爵の解任を声高に訴える。

 これに激怒したボロディン伯爵は、総勢1500人からなる兵士をコラキアに送り込んだのだが、時を見計らったかのように王国騎士団の巡回が近くを回ってきて騒乱の説明をボロディン伯爵に求めた。

 これにまず対応したのが、当時の総兵士長ノアキア・エッソスである。

 ノアキアは盗賊ギルドの内紛から得たと説明して多くの資料を開示し、騎士団に協力を求めるや、普通であれば越権行為と処罰される所を騎士団が全面的に同調を示し当時の盗賊ギルドはダーゼム派を残して壊滅、さらにボロディン伯爵家にも家宅捜査が入り、国王の所有物である領民を苦しめた罰として爵位を剥奪の上、領主空白の座には領地を拝領されていなかった男爵家のいくつかに領地は割譲され、コラキアも割譲領地の一つに数えられた上で兵士の指揮を取っていたノアキアに王家から爵位が与えられて現在に至る。

 そうした歴史から、コラキアの町はダーゼム率いる新生盗賊ギルドによる治安維持とノアキア男爵による善政で活気を取り戻していた。

 現コラキア盗賊ギルドは、周辺の諜報活動にも積極的で、同時に表組織として冒険者ギルドの運営にも裏から手を伸ばしていたのだが、空から降ってきたと言うレベル8の東洋人冒険者、レナ・アリーントーンという少女の動向を探るという目的で素行の良いエルフの冒険者、フランチェスカ・エスペリフレネリカをパートナーとして割り当てた上で隠密活動にも優れた武闘派を配下に持つ次期首領候補、アニアス・ケルファトスに動向を探らせていたのだが・・・。

 レナ・アリーントーンは破天荒な動きで、ゴブリン討伐の拠点として重要たり得るセージ・ニコラーエフの家と見事に敵対して追い出されてしまっていた。

 事態を重く見たアニアスは、遠くからレナの動向を観察して疲弊するのを待ち、心折れかけた所で夜目の効く部下に松明の灯りでセージの山小屋の方にレナを誘導させ、今の所思惑は上手くいっていた。

 誘導役だった部下が、森の一角、秘密の待機場所に戻ってくる。


「レディ、例の娘は無事に山小屋に辿り着きました。どうします?」


「ご苦労さん。あとは、運を天に任せるしかないさ。セージはそこまで悪党じゃないからね。行き倒れの娘の一人や二人、見捨てやしないだろうさ。見張りは立ててるのかい?」


「勿論です。少なくとも、獣に襲われたりとかはしないよう見張らせてます」


「とは言え、今の山小屋は簡単な砦になってる。朝まで気付かなければ、どんな影響があるかわからない。セージを味方につける為だ、あの東洋人の娘を早いうちに発見させたい」


「そこも、抜かりなく。鷹狩りに使う鳥笛を用意しています。時間を見計らって娘の居る方角から笛を吹けば、中にいるハーピーが気付くはずです」


「疑われたら元も子もないが。大丈夫なんだろうね」


「人間社会に疎いハーピーが、鳥笛を知っているって事はないでしょうし、これまで観察した所、善良なハーピーです。行き倒れてる娘を放置させるような事はねぇでしょう」


「わかった。任せる」


「はい、レディ」


 夜目の効く部下は宵闇に姿を隠し、アニアスは供の部下を連れて一旦下山した。





 レナ・アリーントーンは、ふらつく足でどうにか簡易砦まで辿り着くと素剣ノーマルソードを抜剣して構えて門に狙いをつける。


「ハイ、トリプル・・・カッター!」


 三連撃を繰り出すが、昼間は一撃で破壊出来た門の木が僅かに削れただけだ。

 メニューを開いてステータスを確認してみる。


【HP:100/550、MP:3/120】


 異常状態、空腹の影響か、HPもMPも危険水準まで低下している。

 スキル効果を発動させるだけのMPが、すでに枯渇しているのだ。

 ため息を吐いて剣を鞘に収めると、ふらふらと門に歩み寄り右手の拳で力一杯門を叩くが、力は入らず弱々しい音しか立てる事が出来ない。

 無駄と知りながら、蚊の鳴くような声で中に声をかける。


「おおーい、誰かー。入れてよー・・・。おーい、普通NPCは、こう言う場面で出迎えてくれるもんでしょうがー・・・。おおーい・・・」


 何の反応もない。

 浅く荒い息でメニューを呼び出して、ヴァラカス地方の全景マップを呼び出す。

 マップの右上に表示される時間を見ると、夜の23時を回っていた。

 電気の明かりが絶えない現代とは違い、限られた文明のこの世界では深夜に等しい。普通の人は眠りについている時間帯だ。

 ここがゲームの中なのか、異世界の現実なのか判別が出来なくなってきて空腹感に耐えられずに門の脇の柵に寄りかかって、力なく座り込んで両手で膝を抱えて顔を埋める。


「お腹すいたよぉ・・・。ひもじいよぉ・・・。フラニー・・・パーティメンバーなんだから気付いてよぉ・・・」


 空腹と疲労による身体の痺れを感じて、レナはゆっくりと意識が遠のいていくのを感じた。


(ゲーム・・・だよね・・・。こんな現実・・・あってたまるもんですか・・・。目を覚ましたら・・・きっと・・・うちのベッドの上に・・・)





 セージは念の為と、安全の為に娘達とラーラを自室で眠らせていた。

 ベッドの上に、ラーラと子供達を寝させて、自分は床の上に毛布を引いた上で睡眠を取る。

 何かあった時にすぐに対応出来るよう、熟睡を避ける為でもあった。

 僅かに残る意識の中、子供達がモゾモゾと動き出すのを感じて身を起こすと、音も微かに一匹、また一匹とベッドから飛び降りてセージの方に集まってくる。

 むくり、と半身起して子供達を見ると、子供達は決して長くない尾をひくつかせて涙目で訴えてきた。


「とうちゃー」

「ちゃー」

「おしっこー」


 ラーラくらい成長すれば、扉を開けられるが、子供達の翼の付け根にある小さな「手」では、ノブを回すだけの握力が無い。

 頭を掻きながらセージが立ち上がると、ラーラも気がついて半身起して言った。


「んんー、どうしたの?」


「おしっこだそうだ。ちょっと外でさせて来るから、ラーラは寝ていろ」


「うん・・・わかったわ・・・気をつけてね・・・」


「何があるほどもないさ。お休み」


「うん、お休み・・・」


 再びベッドの上で丸くなるラーラ。

 セージは扉を開けると、子供達の背中を軽く叩いて促した。

 先頭を歩くセージの後を、四つん這いで追いかけて来る子供達。

 リビングを抜け、バルコニーから庭に下りると畑の方へと歩いて行く。

 糞尿は畑に撒く肥料を作るのに使用する事から、畑からそう遠くない場所に肥溜めを掘ってある。その肥溜めの近くに人が一人入れる位の高床式の小屋が建てられており、そこがトイレになっていた。

 トイレと言っても町にある水の流れる水洗トイレではなく、床に開けられた穴の下に大きな桶を置いただけのポットントイレで、文明的とは程遠い。

 セージはポットントイレの扉を開けると、回転式火打石でランタンに火を灯して子供達に向き直って見た。

 一番限界そうな子の腰を両手で掴んで持ち上げる。


「そら、まずビーニからだ。ちゃんとトイレの穴まで我慢しろよ」


 次女のビーニからトイレをさせる。

 次に三女のチェータ。

 最後に長女のアルアの順番だ。

 アルアにトイレをさせている間、暇を持て余したビーニとチェータが取っ組み合いを始めるのを背中越しに見てセージが叱る。


「コラ、お前達、夜中に暴れるんじゃない。アルアが済んだら部屋に戻るぞ」


 と、言っている側から二匹が門めがけてぴょこぴょこと跳び始める。


「ええ、クソ。子供ってのは・・・。おいコラ、そっちにいくんじゃない戻ってこい!」


 アルアのトイレが思いの外長く感じて、セージが顔をしかめる。


「おい、アルア、まだ出るのか?」


「ううー・・・」


 ちょろちょろと、おしっこがようやく止まるやアルアもセージの腕の中で暴れ出した。


「コラ! 暴れるんじゃない全く! おしっこの後も拭かないと駄目だろう!」


 と、セージが壁に設えられた紙置き場に手を伸ばした一瞬に、アルアもまたセージの腕の中を逃れてトイレの外へ飛んで逃げる。


「全く! コラ、待たんかお前ら!」


 慌ててセージが追いかけるが、そこそこ風を掴む術を身に付けてきているアルアは低空で飛翔してあっという間に門まで行ってしまう。

 子供達が何かを感じているのだと悟ったセージは、畑に突き立てた農具の鍬を通りすがりに掴み取って門へと駆けて行く。

 門の前では、子供達が門の上を見上げて鳥の声で悲しげに鳴いていた。


「チーチチチチ、チチ」

「キュルル、キョロロ」

「ヂュー、ヂュー」


 落ち着かなげにその場をウロウロする子供達。

 セージはまさかと思い、見張り台がわりに積み上げた余りの杭の山に駆け上ると、身を乗り出して外を伺ってみる。

 昼間の生意気なゲーム脳、レナ・アリーントーンが柵に背中を預けるようにうずくまって倒れていた。


「はぁ・・・。面倒ばかり増えやがって・・・」


 セージは見張り台から飛び降りると、ハーピーには聞こえる程度に控えめに叫んだ。


「ラーラ! ラーラ!!」


 セージの声色に、緊急事態と感じ取ったラーラがロッジから飛び出て滑空して来る。


「セージ、どうしたの?」


「子供達がな、外の奴を助けて欲しそうなんだが、門を開けたら飛び出して行きそうだ。押さえててくれないか」


「まぁ・・・。誰がいるの?」


「昼間話してた、勘違い娘だ」


「まぁ・・・」


 ラーラがすぐに子供達に向かって翼を広げると、子供達は母の翼の中に迷い無く入って行ってラーラの胸にしがみつく。

 セージは、それを確認すると門の閂を落として人が通れるくらいに押し開けてしばらく様子を伺う。

 異常がない事を確認して門を飛び出し、倒れてうずくまるレナの元へ。

 頭を左手で押さえて軽く持ち上げ、右手で軽く頰を叩いてみる。


「おい、おい、生きてるのか? おい、返事しろ」


 身体が冷たい。

 いくら冬でないにしても、山の森の中で軽装でいては体力も奪われるというものだ。

 それ以前に、ゲームと勘違いしていたとすれば、まともに食事を取っていたかも怪しい。

 一向に目を覚まさない少女をお姫様抱っこすると、ハーピーと勘違いするほどの軽さに愕然とする。

 空を飛ぶハーピーは、肉付きのいい身体ではあるが骨格の構造から体重は重くても40キロだ。

 対して、人間であれば健康体なら50キロを超える。


(まるで絹のように軽い。ラーラの方がある位だ。ちゃんと食べてるのか、コイツ?)


 セージは急いで柵の中に戻ると、そっとレナを地面に下ろして門を引いて閉め、閂をかけた。

 子供達が恐る恐る、それでも心配そうにレナの顔を覗き込む。

 セージはレナを再び抱き上げると、ラーラに向かって言った。


「すまないラーラ。コイツをベッドで寝かせないとならない」


「一緒に寝るわ。その方がいいでしょう?」


「・・・そうなのか?」


「体温が低そうよ。温めてあげないと」


「そうか・・・。わかった。戻ったら、少し暖かい物を作る」


「そうしてちょうだい?」


 セージはレナを、ラーラは子供達を抱えて、ロッジへと急いだ。






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