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転生隠者と転移勇者 -ヴァラカスの黒き闘犬-  作者: 拉田九郎
第6章 力を求める者達は
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ラーゲの戦い、その8

 遠く黒い煙が、花火が天高く上がった。

 メレイナが大兜アーメットの面を閉じて右手を上げる。


「時は来た! 全隊前進!」


 メレイナを筆頭に、森から飛び出していくエッソス軍。

 五十騎の騎兵隊に続いて五十騎の騎馬に引かれた矢盾を左右に立てられた戦車チャリオットに二名ずつの速射弓クロスボウを構えた随伴突撃兵が乗車した突撃戦車隊が隊伍を組んで草原を駆け抜ける。

 目指すは敵軍、条約を無視して使者を殺したベイルン家の軍隊。

 不当に命を絶たれた仲間の仇を討つべく、士気の高まったエッソス騎兵隊に敵の数など恐るるに足らなかった。





 南の防備のために、歩兵二百を前面に、弓兵二百を後面に配置してネリジェは両刃斧バトルアックスを右肩に担いで歩兵達をぐるりと見渡していた。


「チッ、どいつもこいつも暗い顔しやがって・・・。ジェフリー、仇は絶対にお姉ちゃんが取ってやるからな」


 背後から花火のような音と部隊が混乱する怒号が響いてくる。

 隊伍を組む兵士達は不安そうに身じろぎをして、統率が崩れていくのを見て不機嫌そうにネリジェが両刃斧を大地に振り下ろした豪音で注目を集めて言った。


「テメェら! おたおたしてんじゃねえよ!! それでもベイルン家の兵隊かあ!?」


 おどおどした歩兵一人が不用意に呟く。


「もっと簡単な戦争だって言ってたじゃないか・・・」


 ネリジェはその歩兵に詰め寄ると、左手で胸倉を掴んで持ち上げて睨み上げた。


「甘えたこと言ってんのか? 戦争に簡単とかあるわけねえだろう。金もらってんだから働けよ臆病者が!」


「ひ、す、すみません・・・」


 守備陣の先頭に立ち苛立ちを隠しもしない騎士ネリジェ。

 背後の本陣が騒ぎが一層大きくなってきて、隊伍を左右に割るように後方に向かって足音を踏み鳴らして原因を見に行く途中で前方からも声が上がって足を止めた。


「騎兵だ! 騎兵がくるぞ!?」


「騎兵だぁ?」





「サー・メレイナ。前方に敵陣です」


 メレイナも前方に布陣する敵軍と思しき軍勢を見てやや顎を引いて鋭く見据える。


「歩兵か」


「背後に弓兵がいると考えられますが」


「訓練された長弓兵ならば厄介だが。そのような精鋭、辺境伯風情が抱えているなどついぞ聞いた事も無いな。速射弓クロスボウ戦車チャリオットを左右に展開させろ!」


「はっ」


 並走していた騎兵が右手の赤い手旗を上げ、下ろすと同時に左手の手旗を上げてから肩の位置で左右に直角に振るうと、後方に追走していた五十騎の戦車が左右に全速で駆け出して敵歩兵隊の両端目指して攻撃体制に入った。





 ネリジェは侵攻してくる騎兵の数が少ない事に安心してほくそ笑んだ。


「百騎いるかいないかか。エッソス家は兵が本当にいないんだね。弓兵!」


 右手を上げる。

 後方から指揮者達の声が上がった。


『構え弓!』

『構え弓!!』


 右手を上げたまま舌舐めずりして有効射程に入るのを待つ。

 敵騎兵の後方が左右に分かれて隊伍の左右の端を目掛けて駆けてくるのを面白そうに眺めていた。


「あはっ! 戦車かい!? 数がいないから装備を揃えたってわけだ。だが・・・たった五十騎の戦車で何が出来る!」


 草原を駆けてくる無謀な敵に歪んだ笑みを向けていると、後方の騒ぎが大きくなってきて不機嫌そうに振り向き、後方に配置した弓兵隊が蠢くのを見て怒声を上げた。


「何をしてるんだ! 敵は目の前だぞ隊伍を崩すな!!」


『てっ、敵襲ー!!』


「は?」


 騎乗していなかったネリジェには、歩兵の壁が邪魔をして見えていなかった。

 災いした。

 ファーレン・ベイルン伯爵を陣地から排除した黒騎兵隊が陣内の歩兵を蹴散らしながら外ばかりを見ていた弓兵隊の背後に襲い掛かり、すれ違いざまに兵士達の頭をカチ割って次々と命を奪っていく。

 ベイルン家の弓兵は矢を多く持つ代わりに接近戦用の剣を持たなかった事から、接敵されてしまっては僅かな反撃も出来ずにあっという間に狩られていった。

 焦るネリジェは敵騎兵の距離を見て腕を振り下ろすが、弓は上がらない。


「どうした! 弓兵! なぜ撃たない!?」


『わああ!』

『て、敵! 敵が!?』

『た、助けてくれえ!?』


「なんだ・・・何が・・・」


 歩兵隊までもが隊伍を崩し始める。

 伝令兵が一人、ネリジェの元に駆け寄って跪いて言った。


「申し上げます! 後方より黒尽くめの騎兵隊が我が弓兵隊に背後から襲い掛かり、大混乱が起きています!」


「本陣が突破されたというのか!? ふざけてるのか!!」


「し、指示を! サー・ネリジェッ!?」


 馬蹄の音が響く。

 振り向くと、エッソス家の騎兵隊は100メートルにまで迫っていた。

 左右に展開していた戦車も50メートルにまで迫り、歩兵隊に流れるように駆け抜けて横っ腹を見せて、敵戦車の武装を知った時にはクォレルの水平射が浴びせられて歩兵隊の前列が次々と倒されていく。

 ほとんどが頭に致命傷を受けて絶命していった。


「な、なんだ・・・。あの戦車はなんだ!?」


 戦車は本来、敵陣突破のための突撃兵器だ。

 それが、左右に矢盾を立てて、隙間から弓を向け水平射撃で攻撃してきている。

 後方からも奇襲を受けて混乱する音が聞こえて、ネリジェは即座に命令が出せなかった。

 苦し紛れに後退を命じる。


「歩兵隊! 後方の敵を迎撃しつつ本陣に下がれ!!」


「弓兵隊が大混乱で下がれません!?」


「敵の騎兵がそこまできてるんだぞ! 掻き分けてでも進め!!」


 どっと、歩兵隊の隊伍が背後から崩された。

 怒り心頭なネリジェが叫ぶ。


「何をしているんだ! 隊伍を乱すな!!」


「こ、混乱した弓兵隊に押されています!!」


 事ここに至り、ネリジェの目にも黒い騎兵達の姿が見えた。

 漆黒の鉄兜サーリットを被り、黒い毛皮鎧ファーアーマーによく編み込まれた漆黒の鎖帷子チェインメイルを重ね着した長柄戦鎚ポールウェポンを振り回してすれ違いざまに兵達の頭蓋を叩き割って殺して回る死の軍勢。

 振り向けば、接敵してきた騎兵隊が明確な命令無く動けなかった無防備な歩兵隊に突撃して隊伍を破り、追いたてられた兵士達が散発的な反撃を試みるも子供を追い立てるように蹴散らされていく。


「何が・・・なんで・・・」


 ネリジェは、圧倒的有利であったにも関わらず瓦解していく軍を見つめるしか出来ずに呆けていた。

 このままでは全滅する。

 戦車隊が再び左右から流れてきて歩兵達にクォレルが叩き込まれ、全隊の半数があっという間に命を奪われてしまった。

 苦し紛れにネリジェが両刃斧バトルアックスを振り上げて叫んだ。


「い、一騎討ちを申し込む!! 我が名は騎士ネリジェ! ベイルン家の騎士にして、無双の斧の使い手である!!」


 周囲を見渡す。

 戦車は遠ざかり、エッソス家の騎兵達は攻撃を中断して距離を取った。

 後方を見ると、瓦解した兵を掻き分けて三十騎の黒い騎兵が悠然と迫ってくる。


(な、なんだあいつらは・・・。一騎討ちと宣言したのに、我が軍の中を平然と進んでくるのか・・・?)


 エッソス家の騎兵隊からも、双剣の騎士を筆頭に三騎が進み出てくる。

 ネリジェを挟み、双剣の騎士が大兜アーメットの面を上げて素顔を見せた。


(あ、あいつも女・・・なのか・・・)


 エッソス家の先頭の騎兵、双剣の騎士が目配せすると、ネリジェの背後に立つ黒い騎兵が口を開く。


「お前の好きにしろ」


「感謝します。サー・セージ」


 歯牙にも掛けられていない。

 屈辱的な敵の対応に、しかしネリジェは腹を立てる事も出来なかった。

 背後に立つ黒い騎兵が放つ殺気が、まるで竜の如く大きく、大胆不敵であったネリジェを持ってしても抗う事の出来ない恐怖を与えてきている。

 いつかの噂話を思い出した。


『黒騎兵ってのは、北のロレンシア帝国じゃあ恐怖の代名詞だってな。一人で兵士百人分の戦力らしい。まあ、このジェフリー様にゃあ遠く及ばないけどな!!』


 弟の聞いてきた噂話。

 そのジェフリーも討ち取られ、仇討ちに出たベイルン家の騎兵隊も全滅させられた。

 その敵が、すぐ側にまで迫っている。

 その殺意を間近で感じて、ネリジェは敵に回してはいけないモノというのを理解したが、時はすでに遅かった。

 不安を表に出すまいと強がって、両刃斧を地面に突き立てて仁王立ちして立つが、敵兵はそれを見抜いたように余裕を崩さない。

 黒い騎兵と女騎士を交互に見比べて、ネリジェは言った。


「どっちでも構わぬが。どっちか先に死にたい。この大斧のネリジェと戦いたいのはどっちだ?」


「強く出たな女」


 口を開いたのは黒い騎兵。


「貴様の首になんの価値がある?」


「あ、あたしはベイルン家の騎士だ!」


「それで?」


「お、お前らを倒して、あたし達が勝利する!」


「我が軍が向かわせた使者をやったのは、貴様か?」


 冷たい。

 極寒の吹雪をも射抜くほど冷たい視線が鉄兜サーリットからネリジェを見つめている。


(な、舐められたら終わりだ! ビビったりするものか!)

「だったらどうした!! 伯爵閣下に無礼を働いたゴミを処理しただけだ、何が悪い!?」


 エッソス家の女騎士が、大兜アーメットの面を勢い良く閉じて金属音が鳴り響く。

 そして下馬すると両腰に下げた小剣ショートソードを抜刀して言った。


「サー・セージ」


「譲ると言った」


「感謝します・・・」右手の剣の切先をネリジェに向ける「我はエッソス家が騎士、メレイナ。我が軍の使者を不当に討った貴様に天誅を下す。お覚悟なされよ」


「ハッ! 天誅だあ? これは一騎討ちなんだよ! あたしが勝ったら、速やかに兵を引いてもらうよ・・・?」


 黒い騎兵が苛立たしげに馬蹄を鳴らした。


「圧倒的な有利な状況で、一騎討ちに何の価値があるのだ? すでに戦端は開かれている。貴様を殺したら、残りの兵も殺すだけだ」


「な・・・」


 絶句するネリジェ。

 追い討ちをかけるセージ。


「言っておく。これは処刑だ」


「しょ、処刑・・・?」


「だがまあ。そこの騎士、メレイナに勝てれば見逃してやらんこともない。命を賭けて場を切り抜ける事が出来たのなら、それは貴様の勝ち取った運だ。一度だけは見逃してやろう」


「ほ、本当だな・・・?」


 セージを見つめるネリジェに、周囲の兵士達が騒めく。


『ね、ネリジェ様・・・!』

『サー・ネリジェ・・・』


 一人だけ生き残ろうというのかと、絶望の視線を投げかけるベイルン家の兵士達。

 それを一蹴するようにセージは言った。


「勝てればの話だ。そこの騎士、メレイナは俺と肩を並べてホブゴブリンの軍勢を退けた猛者。貴様程度の騎士を名乗るだけの女に勝てる道理は無い」


「なんだと・・・!」


「言っただろう。これは処刑だ」


 セージが左手を上げて、そして振り下ろした。

 駆け出すメレイナ。

 ネリジェが慌てて両刃斧を構えるが、その刃の脇をすり抜けてメレイナの左手の剣がネリジェの脇腹から心臓を抉り、右手の剣が首筋に打ち立てられて。

 メレイナは身体を右に回転するように剣を振り抜いて背に向けて斬り抜かれたネリジェは立ったまま血飛沫を上げてガクガクと震えて耐える。


「ぐ・・・ふぐっ・・・ぬくく・・・」


「お父上の仇。討たせて頂きます」


 メレイナがさらに左に旋回して双剣をネリジェの首に叩き込み、彼女の首が刎ねられた。

 両刃斧の重みに引っ張られるように前のめりに崩れ落ちていく。

 メレイナは右手の小剣を天高く振り上げて鬨の声を上げた。


「うおお!!」


 エッソス家の騎兵達が手にした長剣ロングソードを振り上げて鬨の声を上げる。


『『『『『うおおおお!!』』』』』


 ラーゲの戦いは、ここに終結した。

 セージが右手の長柄戦鎚ポールウェポンを掲げると、黒騎兵達は残存する敵兵を追い立てるように騎馬を走らせ、運良く生存した兵士達はエッソス軍の捕虜となるのだった。






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