迎撃、戦闘前夜その1
翌朝。
相変わらずの保存食を湯掻いたスープで腹を満たすと、ミミチャラは瓦礫の山に登ってバールと片手用スコップで石塊を掘り起こしながら時折片手ハンマーとクサビで器用に砕いて銀鉱石を探した。
キャンプとした瓦礫の仮置き場の周囲にはロープを巡らせ、5メートル間隔で鈴を吊り下げ警報にして、レナとフラニーが定期的に周囲を回って警戒を行い、手持ち無沙汰なアミナは、キャンプから離れない程度に森に分け入って調理に使えそうな野草や食用のキノコの採集に出かけている。
「うーん。なかなか良さげな銀鉱石が随分放置されてますね・・・。何故でしょう? 人間ってドワーフほどでないにしても鉱石の目利きはいる筈なんですが」
すでに三つの銀鉱石を、純度の高そうな銀鉱石を見つけたミミチャラは首を傾げずにはいられない。
崩落事故があって放棄されたといっても、廃坑にする際に金になりそうな鉱石は運び出すのが普通だ。
むしろ、掘り出したばかりの瓦礫は麓の加工場に下ろして鉱石と砕石に振り分け、鉱石は鍛冶場に加工に持ち帰り、砕石はより細かく砕いて粉末はモルタルに、微細石は道の整備に再利用するものなのだが、三山も瓦礫が放置されていたのも疑問が残る。
(よっぽど大きな事故でもあったんですかね。まあ、ミスリル作れるくらいに銀が取れれば関係ないですが)
黙々と作業を続けるミミチャラ。
何時間作業していただろうか、二十個目の銀鉱石を瓦礫の山から下の仮集積場に放った時、山菜とキノコを山と摘んだザルを抱えてアミナがキャンプに戻ってきて言った。
「みなさーん、お昼ですよお? 美味しそうな肉厚なキノコが採れたので早速いただきましょー」
「キノコ! 大きさは!? ステーキにして食べたいわねえ」
フラニーが歓喜の声を上げ、レナが微妙そうに首を傾げる。
「いやいや、キノコのステーキって・・・。キノコってステーキにするもんじゃないっしょ」
「やれやれこれだから人間は。新鮮なキノコは肉厚で大きければ、下手な獣肉よりよっぽど美味しい食材になるのよ」
「鍋にして食べたほうが絶対美味いって!」
「あーはいはい。じゃああなたはキノコのステーキは要らないのね」
「ふんっ、要らないし!」
ミミチャラは瓦礫の山を下りながら心底どうでも良いと思った。
強いて言えば、キノコは漬物にして味を濃くしたものをスープにして食べるのが至高だと思っている。
(全く、人間もエルフも味覚がおかしいんじゃないですかね。特に鍋って。湯掻いただけでツユをつけて食べるのは確か、東方の食べ方だったような・・・。あ、レナは東洋人でしたか)
言い争うレナとフラニーを横目に、早速調理支度を始めるアミナに向かってミミチャラは歩み寄っていった。
コラキア南方に広大なラーゲ草原が広がっている。
ミスレ村へと続く街道が縦断する西を遠く望むと未開の大森林が広がっており、東を望むと北の山脈から流れ連なるヴィステ川。
5キロも南下すると草原は硬い岩盤地帯のバレイロス平原となり、草木が極端に少なくなる。バレイロス平原を更に10キロ南下すればコラキアよりも設備の充実した職人だけが住まうミスレ村となり、そのバレイロス平原を一望できるラーゲ草原の小高い丘に十人は人を収容できる大きな簡易テントを十軒建てられたキャンプがコラキア盗賊ギルドの人員の手で組み立てられていた。
都合百人程度を収容できるキャンプの周囲には、大人の胸程度の高さしかない簡易な柵がぐるりと巡らされ、キャンプの外側には馬除けの三角杭がまるで壁のように10メートルの長さで行く手を阻むよう五重にいくつも配置され、さながら砦である。
あくせくと建設を続ける盗賊ギルドの構成員の中でも若い衆を指揮する男の一人が、総監督を務める盗賊ギルドでも一目置かれる戦士ベルナン・カークウッドに向かって、中央の図面を広げた屋外テーブルの前に腕を組んで立つ彼の背中に不満そうに声を掛けた。
「ベルナン、いくら御領主の依頼とは言ってもどうして俺達があの大男の言う事を聞かにゃあならんのだ」
ベルナンは不満そうな声の主を振り向き、一瞥しただけで図面に再び視線を落として言う。
「どういう意味だ」
「どうもこうも! あの大男にアニアスが嫁いだのだって納得がいかねえってのに、なんで言う事まで聞かないといけないんだって!」
「あの男が準騎士になったからだろう」
「準騎士なんぞただの称号だろうが。俺達を動かす権利があるとも思えないがね」
「御領主様がセージ殿に権限を与えられたのだから俺達を動かす権利はあるだろう」
「納得いかねえって!」
「いかなくても納得しろよ。上からの命令だぞ」
「俺達は御領主の駒じゃねえ!」
「お前な・・・キャンプももうすぐ完成するこの期に及んで・・・。南東部のベイルン伯爵領から軍隊が向かってきてるからその迎撃のために必要な処置だと説明しただろうが」
「それでその迎撃のための軍隊はどこにいるんだ、ええ?」右手を大きく周囲に向けて振り上げる「ひとっこひとり、男爵家の兵隊は一人も来ちゃいねえんだがなあ!?」
「それこそ」
ベルナンは男に向き直ると左腰に下げた長剣を左手で柄を掴んで金属音を響かせてギッと睨みつけた。
「作戦を立てた黒騎兵達に言うんだな。彼らはプロの戦争屋だ、俺達には思いもつかない戦術でもあるんだろうさ。今回このキャンプの指揮は根本的には彼らが取っている」
「だから今ここの現場指揮を執ってるお前に一言言ってきてほしいってことなんだが!」
「俺は納得してお前らを指揮している。俺から言わせれば、黙ってやれ、だ」
有無を言わせぬベルナンの雰囲気に気圧されて、男は「クソが」と捨て台詞を吐いて苛立たし気に立ち去っていく。
ベルナンは彼以外にも多くの構成員が、若い衆が納得できていない状況で戦闘に耐えられる出来には到底ないキャンプを見渡して丘の反対側数百メートル離れた平地を遠く見つめる。
「黒騎兵の戦い方、か。本当にたった三十人で三千の兵力を相手にするつもりなのか・・・?」
ベルナンとてもかつては騎士学校で剣術と戦争を学んできている。百倍の戦力を相手にするなど正気の沙汰とは思っていない。
だが実際に、黒騎兵の戦いを吟遊詩人の語りの中に聞く限りでは二百の兵力で五千のゴブリンを駆逐したなどという逸話もあり、それが盛られた話だとしても実際に戦う彼らが本気だというのは解った。
(セージ殿。軍隊と戦うのは凶悪な魔物と対峙するのとはわけが違う。本当にやるつもりなのか)
キャンプから遠く離れた平地で塹壕を掘っているだろう黒騎兵達を思い不安は拭えなかったが、人の域をはるかに超えたミノタウロスという魔物相手に一歩も引かなかったセージ・ニコラーエフという戦士を思うと決して不可能ではないとも思えてしまう。
(信じるだけ、か。あとは伯爵軍に向けられた使者の結果にもよるが)
戦闘を回避できるとも思えなかったが、今は時を待つだけでもあった。




