フラニーと異世界転移者
セージとラーラが戻ってから、子供達は床に広げた毛布の上に笊を置き、その上に積まれたキュウリとトマトを代わる代わる食べていた。
ラーラと子供達は、今は簡易的な衣を身にまとっている。と言っても、余分に取っておいたシーツを肩幅に切り分けた物に首を通せる襟口を開けて頭を通して、腰の辺りを帯で縛るだけの、寝間着とも下着とも判断のつかないような物で衣服と呼ぶにはあまりにも簡単なものだ。
普段からセージも意識していた所だし、ハーピーとはいえ客の前でラーラ達を裸で居させるわけにもいかない事から苦肉の策で用立てたものではあったが。
子供達の食事を端に見ながら、セージとラーラ、フラニーはテーブルについて同様に野菜で食事を取っている。
ラーラは食器を上手に扱えない事から丸齧りだが、セージとフラニーは適度にブツ切りにした物に香草から作ったソースをかけてフォークで食べている。
食事をしながら、フラニーはレナ・アリーントーンという少女と出会ってからの事を掻い摘んで説明していた。
曰く、宿を探す途中柄の悪い冒険者にフラニーが絡まれていた時に、空から降ってきたのだと言う。
「詳しくは話してくれなかったけど、ただ、自分は神と思われる存在に選ばれたとか何とか・・・」
「よくある勘違い勇者の誕生譚みたいだな」
関心は高かったが、セージは極力無関心を装ってキュウリにフォークを突き刺して乱暴に口に放り込む。
フラニーは淑やかに、ブツ切りのキュウリをナイフとフォークで適度な大きさに切り分けて上品に口に運んで言った。
「初めは、私の置かれた状況に戸惑って、怯えてもいたのだけれど。例の光る本の魔法を使った途端豹変して・・・」
そう、あの時、私は程度のよくて安全な宿を探していたのだけど、優しそうな十代後半の冒険者の子達が案内してくれるって。
確かに、若干怪しいとは思ったけど、みんな優しそうな童顔だったし、剣の腕には自信があったから 話だけでもとついて行ったの。
で、近道するからって裏路地に入ってしばらくすると、その四人組は唐突に剣を抜いて言ったわ。
「着いたよ、エルフのオネーサン!」
「着いたって、どこにも入口なんてないけれど。どう見ても酒場の裏手よね」
見ればそこには、細い棒の衝立で立てられた天幕が酒場の裏の壁から突き出されただけの場所に、古びてすす切れたマットを敷いてあるだけの簡易テントが置かれていただけだった。
裏路地の道幅はおよそ3メートル。
道の半分以上を怪しげな天幕が覆い、古びてすす切れたマットには何のシミか分からない汚れが所々に目立って付着していた。
何に使われているかは容易に察する事が出来る。
呆れながらも身の危険を察したフラニーは、左腰に下げた細剣に左手をかけると凛とした声で言った。
「やれやれね・・・。可愛い子達だからって思ったけど、やっぱり人間の冒険者は人間の冒険者か」
「あはは、何言ってんのオネーサン。まさか、この人数相手に勝てるとでも?」
「それにさ、不用心に着いてきちゃったオネーサンに、教訓を教えてあげようって言う優しさなんだから。そんな風に剣に手をかけて凄んだりしちゃあダメだよ」
優しそうな顔を歪めて、少年剣士達が素剣を片手ににじり寄ってくる。
四方から取り囲めば、多少レベルが上でも勝てると見込んでいるのだろう。
実際、エルフと人間では筋力は若干人間の方が勝る。
数人で取り押さえられてしまえば、いかにレベル4冒険者のフラニーでも抵抗は難しいだろう。
それでも、素剣に比べて細剣は素早い取り回しが出来る。
惜しむらくは、多勢に無勢では手加減などしようもなく、抵抗すればこの少年剣士達を一人残らず病院送りにしてしまう事か。
とは言え、自業自得だ。これまでも同様の危険に晒されることは多々あったし、同じように切り抜けて貞操を守って来た。
(こんな可愛い顔の子達を傷つけるのは、ちょっと心が痛いけど。これも教訓ね。可哀想だけど、痛めつけてあげましょう)
スラリと細剣を右手に構えて、全方位に気を配るフラニー。
少年剣士達は、フラニーの華麗な動きを見て一瞬怯むが、リーダー格の少年が一声上げて踏みとどまらせた。
「おい、ビビってんじゃねぇ! 相手は非力なエルフ娘一人だ、二人が押さえつければそれで終わりだ。いつも通りやればいい!」
「いつも通り?」
眉根を寄せるフラニー。
呆れた表情でリーダー格の少年を見て言った。
「まさかとは思ってたけど、貴方達しょっちゅうこんな事してるの?」
「当然じゃん。町娘なんて、オレ達みたいな色男が勇敢な冒険者だって言い寄れば、すぐその気になって付いてくるんだ。向こうもその気だって事だろう?」
「すごい発想・・・。絶対に女の子達にはその気は無かったでしょうね」
「その気だからここまでついてくるんだよ!」
「その剣で脅したからでしょう?」
「うるさいな。いいかいオネーサン。エルフのオネーサンもその気があったからついてきたんでしょ。これから楽しませてあげるから、無駄に抵抗するのやめなよ!」
「呆れたものね・・・。いいわ、ちょっと痛い目見せてあげる。いいからかかって来なさいよ!」
本格的にフラニーが構えると、少年達は取り囲んでいる状況から負ける気はせずに腰を深く落として攻撃態勢をとる。
一斉に躍りかかろうとした時、フラニーがまずリーダー格の少年の利き手の肩に狙いを定めて駆け出そうとした時、遥か上の方から女の子の叫ぶ声が落ちて来て、
「ぁーーーぁーーーぁぁぁぁああああああああああああああ!!!!」
どーん、と小気味良い音を立てて天幕が上から押しつぶされて何かがマットの上に落ちて来た。
何事か理解出来ずに一同が潰れた天幕とマットの方を見つめる。
やがて、脚にフィットするほどの青いズボンに白いブラウスという出で立ちの、黒い髪を背中まで伸ばした黒い瞳の少女が覆いかぶさって来た天幕を掻き分けながらフラフラと立ち上がって周囲を見渡す。
「し、し、・・・死ぬかと思った!! でも死んでない! やっぱりここはゲームの中ね!!」
「え、あの・・・。貴女大丈夫?」
心配そうにフラニーが声をかけると、物騒な状況に飛び込んでしまった様子を感じ取り、少女が青い顔をして少年達を見比べる。
「あのぉ・・・。お呼びじゃない・・・?」
一瞬先に我に帰った少年が、剣先を黒髪の少女に向けて言った。
「なんか、見かけない顔立ちだけど。結構可愛いじゃん。オレ達と気持ちいい事したくて屋根から飛び降りて来たの?」
「いや、別にそう言うんじゃないから・・・」
少し怯えた様子で少女が右手を左から右に振るうと、淡く輝く本が少女の胸元あたりに出現して浮遊する。
見たこともない光景に少年達の動きが止まる。
少女は、少年達の動向を探りながら浮遊する本のページをめくり、一人一人をゆっくりと確認していって、やがて安堵の表情を浮かべて笑った。
「なんだー。みんなレベル1かー。はー、ビビって損した!」
「「「「なっ!?」」」」
そして、フラニーを見る。
「あ、エルフの君はレベル4戦士なんだ。君がリーダー?」
「そんな訳ないでしょう。どうしたらこの状況をそう見れるのかしら」
「じゃあー、トラブル? 私にクエスト出してみる?」
「貴女の言葉がちっとも理解出来ないわ・・・。なんで私が貴女にクエストを出すのかしら」
「だって、助けてほしいんでしょう? これって導入クエストだよね?」
「い、意味が解らないのだけれど・・・」
当惑するフラニーをよそに、満面の笑みで、素手なのに、余裕をかましている黒髪の少女。
少年剣士のリーダーが剣を右腰に溜めるように構えながら左手で黒髪の少女の右腕を掴む。
「なぁ、おい。素手で女がオレ達に敵うとでも、」
「触んなエロガキ」
黒髪の少女が力一杯両手で少年の胸を突き飛ばす。
リーダー格の少年は紙人形のように軽く後方に数メートル突き飛ばされて、壁に背中を強打して気を失った。
光る本に視線を落とす少女。
「あちゃー・・・今のでHP半分もってっちゃうんだ・・・。ごめーん、私ってレベル8戦士だからさ。手加減よくわかんなくって」
「「「レベル8!?」」」
少年達が気色ばむ。
「え、どう見てもど素人なのにレベル8!?」
「う、嘘だ・・・」
「レベル8って、英雄クラスじゃん・・・」
慌てふためく少年剣士達を代わる代わる見て、黒髪の少女は光る本を閉じる。
本は光の粒となって空中に霧散していった。
ふふん、と鼻を鳴らして左右の拳をにぎり合わせながら一歩前に出る少女は、自らの拳を見下ろして不思議そうに首を傾げた。
「あれぇ・・・。ここって格好良く拳が、ボキボキ!!! て鳴るシーンじゃないのかなぁ・・・」
少年達は気を失ったリーダー格の少年に肩を貸して立ち上がると、背を向けて逃げ出した。
「おい、やばいぞ、いくらなんでも数で勝てるレベルじゃない!」
「に、逃げろ!」
「ば、化け物女!!」
一目散に逃げていく少年達。
黒髪の少女は拳を振り上げてその背中に罵声を浴びせた。
「誰が化け物女だ! こらっ! チンなしヤロウども! このやろー!!」
事の顛末を聞いていたラーラが、苦笑して首を傾げる。
「壮絶ね・・・。それで、その子は一体何者なの?」
「それが、よくわからなくて・・・。どこから来たのかも教えてくれないし、私達の事はNPCって呼んでまともに相手にする気がないみたいで・・・。そのくせ、情報を聞き出そうとするのよね」
セージが深々とため息をついてトマトを左手で持つと噛り付いた。
「典型的な残念転移者か。クソが。ゲームの中と勘違いしていやがる・・・」
セージの態度にフラニーが身を乗り出して言った。
「スクーラッハ寺院の神官様がいった通りだわ。貴方なら、何かわかるのね?」
「知らん。わからん。関わるつもりはない」
「そんな事言わないで、さっき助けてくれるって言ったじゃない!?」
「場合によると言った。そこまで拗らせてるなら、一度くらい手酷く痛い目にあったほうがいい」
「取り返しのつかない事になったらどうするの!?」
「知らん。どうあれ、自分で状況を飲み込まなければ、いつまでも勘違いしたままだ」
「ゲームの中、ゲームの中って、一体何と勘違いしていると言うの!?」
「はぁ・・・。とても説明できる事じゃない。ともかく放っておけ。腹が空けば、町に戻るなりするだろう」
冷たく言い放つセージの手を、ラーラが翼の関節の指で包んで言った。
「セージ・・・。力になってあげて? 貴方の半分が居た世界の人なのでしょう?」
フラニーが驚愕の表情でセージを見つめる。
セージは余計なことを、と言いたげにラーラを見つめ、フラニーとラーラを交互に見て、トマトを丸ごと頬張って不機嫌そうに呟いた。
「戻ってきたのならな。追いかけてまで、面倒を見るほどお人好しじゃない」
言いつつも、目の中にそれとなく気にかける光を見て、ラーラは微笑んで彼の肩に寄りかかって言った。
「いいんじゃない? それが貴方だもの・・・」
セージは照れ臭そうにしながらも顔を背けてワインを煽るように飲み、彼らのその姿を見てフラニーは複雑そうに苦笑して野菜を頬張った。




