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転生隠者と転移勇者 -ヴァラカスの黒き闘犬-  作者: 拉田九郎
第6章 力を求める者達は
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山の廃坑のみいすりるう

 北の辺境の町コラキア。その西に広がる森深い山は、コラキアでは神影しんえいの森と呼ばれていた。

 比較的に緩やかな勾配で標高も五時間程度で登頂できるくらいの高さの為、初級の冒険者達の訓練的依頼が多く発行されている。

 山菜採取、危険な猛獣や迷い込んで来たゴブリンの討伐、多様な木材集めと多岐に渡り、最も多い依頼が山林の巡回警備であった。

 その中の一つの依頼が、神影の森に点在する鉱山の巡回であり、レナの一行はその中でも最も標高の高い山頂付近にある鉱山に来ていた。

 目的は、鉱山の前に広々と切り開かれた瓦礫の集積所で投棄された瓦礫の山を漁る事。

 事の発端は、ギルド専属鍛冶師を目指すミミチャラとの一悶着にはじまっていた。





 セージがアニアスを馬に乗せて北の湖畔にあるエッソス城へと出立してすぐ、赤い三剣士を名乗る輩との喧嘩でへし折られてしまった細剣レイピアの修繕を依頼しにフラニーがギルド工房へ顔を出すと、ドワーフのミミチャラがオーバーオール一枚着の小柄でころんとした体躯にはち切れんばかりの巨乳を腕組みをして持ち上げ、土間の上に胡座をかいて「むむむ」と唸って考え込んでいた。

 レナとアミナを伴って薄暗い工房に踏み込んだフラニーは左手を腰に、右手に折れた細剣を二度三度と上下に振りながら悩んでいるらしいドワーフ娘に構わず凛と声をかける。


「ねえミミチャラ、ちょっと私の剣を見て欲しいんだけど」


 ミミチャラは胡座をかいた前に置かれた低い石の台に乗せられた二品を睨み続けていたが、エルフの凛とした声に一瞬顔を向けくの字にひん曲がっている細剣を一瞥してすぐに石の台の二品に視線を戻してムムムと唸り続け、エルフのフラニー、フランチェスカ・エスペリフレネリカは不機嫌そうに声のトーンを落としてもう一度言った。


「ちょっとドワーフ。私の剣を見て欲しいんですけれども?」

「見ましたよ。ええ。見ましたとも」


 じっと石の台の二品を睨み続ける。

 レナが笑いそうになって堪えて、やや後ろから二人を観察し、アミナが訳がわからない様子で二人を見比べ、フラニーは右足を一歩踏み込んで凄んでみせた。


「それはチラ見したと言うの。私は、剣を、見て欲しいと言ったのですけれども!?」


「ええ、はい。見ろと言われたのでチラッと見ましたが何か?」


「工房に来て剣を見てって言ったら、修繕してって意味に決まってるでしょうが! 耳が遠いのかドワーフってのは!」


「はあ?」


 ミミチャラが不愉快そうにフラニーを見上げ、眉間に皺を寄せる。


「見てって言われただけじゃないですか。修繕して欲しいならそう言えば良いんです、ほんとエルフってのはスカしてますねぇ」


「生意気言ってんじゃないわよ! 専属鍛冶師目指すなら折れた剣見た時点で察しなさいよ!?」


 怒ったフラニーがミミチャラの背後に駆け寄って細剣を土間に素早く置いて両手の拳をミミチャラの顳顬にぐりぐりと押しつけひねる。


「あいたたたたたっ! あああ痛い痛い何するんですか何するんですかあ〜!?」

「やっかっまっしい! ギルド工房の鍛冶師やる気あんのか! ないのか!? あんた何のためにこの工房貸してもらってるって思ってんのよ!?」

「いいいっ痛い痛い、刀です刀打つためです〜!!」

「刀しか打たないんだったら要らないっての! セージに言われたんじゃなかったっけ!?」

「知らないですう! 私は刀が打ちたいんですうー!?」

「だったら一本でも打って見せれば良いでしょうが、この二週間で何本打ったのよ!」

「もー! 痛いです! ほんと痛いです! もー勘弁してください!?」

「私のレイピアを直すの!? 直さないの!?」

「なーおーしーまーすーかーらあ〜〜〜」


 ようやくミミチャラを解放するフラニー。

 アミナがツツツと摺り足で駆け寄ってミミチャラの右脇に屈み込んで両手をそっと側頭部に当てて神聖術をかけてあげる。


「痛いの痛いのとんでけー」


「ううう、なんかわからないけどとっても子供じみた魔法しかかけてもらえてない気がします」


「?」小首を傾げるアミナ「怪我をしているわけではありませんから。おまじないで十分ですよ?」


「あ、はい、そうですね・・・。思いの外このクソエルフのグリグリが痛かったものですので」


「もっぺんグリグリしてあげましょうか? ん?」


 意地悪な笑みを浮かべて両手を腰に当て仁王立ちするフラニー。

 ミミチャラはすかさずアミナの背後に隠れて震えて言った。


「もー勘弁して下さい、私が悪かったですから! ちゃんとお話し聞きますからあ!?」


 ひどく涙目になって青い神官服に身を包む少女の背後に隠れるドワーフ娘。

 なんとなく小動物に見えてレナがふらりと寄り添い頭をナデナデし始めて、ミミチャラは困惑したような表情で黒髪東洋人の少女を見上げて不満そうな声を上げた。


「あのやめてもらって良いですか? 私、イヌッコロじゃあないんですけれども」


「えーいーじゃん可愛いんだし」


「ぐぬぬ私ドワーフですから肌年齢人間みたいに年食いませんから若く見えますけどあなたよりも年上ですから」


「いーじゃん可愛いんだから別に」


 ニコニコと頭を撫で続けるレナ。

 困り顔で撫でられながら頭が左右に振られるミミチャラを見下ろして、フラニーはため息混じりに言った。


「それで? 何に悩んでるのよ」


「あーそうそう。何を悩んでんの?」


 フラニーの言にレナもようやく撫でるのを止める。

 ミミチャラは撫でられていた頭頂部を自分でナデナデしながら泣きそうな顔で石の台の上の二品を見下ろして言った。


「良い刀が打てなくて悩んでたのです。どうにか二振りは打ってみたんですが・・・」


 石の台の上にはミミチャラの言う通り二振りの刀らしい剣が左に切先を向ける形で置かれていた。

 手前の一振りは刃渡り100センチに届かない長さの刀その物。

 その奥に並べるように置かれた一振りは、刃渡り120センチほどの幅広の段平。

 レナがそれらを見比べて胸の前で両手を一つ叩いて歓喜した。


「おー! 刀じゃんっ、本物だすげー!?」


 フラニーが腕組みをして小首を傾げる。


「ふうん。これがカタナねえ・・・。なんか微妙な感じ。私の細剣レイピアの方が柔軟性があって強度あるんじゃない?」


 フラニーの指摘にミミチャラが胡座をかいたまま手前の一振りを両手に持ち上げてため息を吐いた。


「その通りなのです。刀というのはこの繊細さの中に比類なき強度を持つ最上級の剣。故に細剣レイピアのように柔軟性は必要なく、その刃の斬れ味は達人が用いれば鋼の鎧すら一刀両断します。ですがそれは玉鋼あっての、密度の高い鉄鉱石あっての強度」


 ミミチャラが思い切り振り上げて土間に叩きつけると、鋭利にカットされた刃先がポキリと割れて剥がれてしまった。


「コラキアで入手出来る鉄鉱石は天然の鉱石ばかりで、玉鋼に匹敵する強度を得ようとするとどうしても大型化してしまうのです」


 もう一振りを両手で持ち上げて、レナ向かって横に差し出しすミミチャラ。


「持ってみてくれますか?」


「え、あたし?」


 こくりと頷くミミチャラ。


「東洋の女剣士に剣術を習っているレナにこそ、持って感じてほしいのです」


 ふうん、と、気のない返事をしつつレナが段平を受け取り、正眼に構えてみて首を傾げた。


「お、も、たっ。こんなに重いの? 両手でも振るえないよ?」


「その通りです。女性の筋力で振るえる重さじゃありません。でも必要な強度と斬れ味を出すにはそれが現状の一番小さいサイズなのです。これは私が東の国で出会った刀と呼ぶにはほど遠く、男でもこの段平を扱えるのはよほど大柄な戦士に限られます。そんな戦士にしたって段平を使うくらいなら、同じ重さでより大型の両手剣トゥハンドソード両刃斧バトルアクスを使った方が攻撃力もありますから使う利点が無く、」


「作る意味がないってことか」


フラニーが補足し、悔しそうに俯くミミチャラ。


「そうなのです。とはいえ、コラキア周辺では砂鉄はそれほど大量に取れませんし、取れたとしても玉鋼を精製する火力がコラキアにはありません。かと言って鉱山で取れた鉄鉱石を出来る限り小さく纏めようと鍛えると確かに硬度は上げられますが、どうやっても強度が落ちてしまい武器としてはB級品にも劣ってしまうんです」


 流石にフラニーも気の毒に思えてきたのか、両手を腰に当てて腰をやや右に休んで悩ましいドワーフ娘を見下ろしてため息を吐かざるを得なかった。


「気の毒には思うけど、気持ちを切り替えて私の細剣を直してくれないかしら。セージからもそう言われてきたのだけれど?」


「えええ、ギルドマスターが!?」


 がっくりと項垂れ、今にも泣きそうなミミチャラ。


「とうとう見限られてしまいました・・・。あれから三週間。なんの成果も上げられないのでは仕方がありませんか・・・」


「おおーいっ、ミミチャラー!!」


 女性陣がしんみりしていると、ガハガハ大笑いしながらゴンゾン・ウガルが豪快に工房にやって来て言った。


「なんと、このヴァラカス地方には、みいすりるう、という鋼鉄よりも強い銀があるそうではないか! みいすりるうならひょっとしたら玉鋼よりも強い刀が打てるやも知れぬぞ!?」


「はああ・・・。あのですねお師匠。ミスリルってドワーフに伝わる秘術で純度の高い銀を鍛える過程で生み出される最上級の金属なんですよ純度の高い銀が取れる鉱山なんてコラキア近辺にゃあ無いんですよそんな事とっくに調べてるのです」


「おお? そうであったか?」


 難しそうな顔をして、しかしウガルは言った。


「巷の噂に聞いたのだが、廃坑になった小さな鉱山ではかつて純度の高い銀が取れたそうだぞ? なんでも、岩盤が脆くて崩落事故が続いて廃坑にせざるをえなかったとか。そこの採石場跡ならば見落とされておる銀鉱石が眠っておるやも知れぬではないか」


 眠っているかも知れない。

 その一言を聞いてミミチャラの目がパッと輝く。


「眠って・・・いる?」


「左様。人間の目には解らぬ鉱石の目利きがドワーフには出来るのであろう。その目がお主にも備わっておるかは分からぬが、鉱夫でもない者にとってはただの汚れた石塊いしくれ。崩落事故で廃坑になった鉱山に危険を冒してまで潜る鉱夫もおらぬそうだし、ならば採石場跡もそのまま放棄されていよう。そのような場所、瓦礫の山を調べれば、みいすりるうの刀の一振り打てるやも知れぬではないか」


「それだーーーーー!!」


 ぴょこんと飛び起きて、ドワーフ娘が豊かな胸の前で両手の拳をわななかせる。


「純度の高い銀が見つかれば・・・ミスリルインゴットが作れれば・・・」


 ばーんっ! と大万歳してオーバーオールの中で揺れる胸。


「ミスリル刀が打てればっ! モノホンの刀以上の逸品が打てるかも知れない! わはははははははっ!!」


 ぐるんとフラニーを振り返り大万歳しながら言った。


「喜ぶがいいエルフ娘! ミスリル発掘の暁にはっ! 貴様の細剣もミスリル製の逸品を打ってやろうではないか! くわっ! ではないくわっ!? ワハハハハハハハハ!!」


「ガッハハハハハハハ!」


 ミミチャラに釣られてゴンゾン・ウガルも大笑いし始める。


「ワハハハハハハハハ!」

「ガハハハハハハハハ!」

「「うわっ(がっ)ハハハハハハハハハハハハハ!!」」


「くっ! ちびっ子のくせに私より大きなモノを目立たせやがって!?」


 なんだか敗北感が否めない自らの胸元を見下ろすフラニー。

 ドワーフ娘のミミチャラが勝ち誇ったように言った。


「そうと決まれば私を護衛するですよエルフ娘! ミスリル集めにいざ出発するのです!! ワッハーーーーー!?」


 かくして、ミスリル刀を求めてレナ達はミミチャラを護衛してコラキア西に広がる森深い山の廃坑目指して旅立ち、投棄されたままの瓦礫の山に純度の高い銀が残っていないか漁りに来たというわけだった。






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