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転生隠者と転移勇者 -ヴァラカスの黒き闘犬-  作者: 拉田九郎
第6章 力を求める者達は
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山脈を越え来たる黒い戦士達

 ヴァラカス地方北部、北のロレンシア帝国が支配するノークトゥルス地方との境と隔てる東西に伸びたアンベラ山脈は一年を通して雪に閉ざされた過酷な環境で、ノークトゥルスとヴァラカスの行き来には狭く整備されていない山道を通って過酷な山脈越えをするか、山脈の中腹と山頂の間に口を開けた幾つかの洞窟を通る二つのルートのどちらかを選ばなくてはならない。

 山脈越えは寒さと強風、降雪、雪崩の危険が伴い、洞窟越えは入口を間違えれば出口の無い天然の迷宮に方向感覚を失い遭難する危険が存在する上、洞窟に住み着いたゴブリンやオーク、それらを捕食し敵対する徘徊する魔物にも襲われる恐れがあり、通常の旅人は雪害に怯えながらも魔物や亜人に襲われる危険の無い山道を通って山脈越えをするのが通説だった。

 そんなアンベラ山脈を抜ける大洞窟迷宮を、三十人の武装した一団が二列縦隊の隊伍を組んで進む。

 漆黒の具足に籠手、黒い毛皮鎧ファーアーマーに重ね着した乱雑な見た目でありながら繊細に編み込まれた鎖帷子チェインメイル、飾り気のないスマートな漆黒の鉄兜サーリット。左腰には素剣ノーマルソード、左手に満月と鎌の紋章が描かれた円形盾ラウンドシールド

 保存食や幾つかの道具が詰め込まれた上部に円筒形に丸められた毛布を縛り付けた背負い袋を背負ったその武装集団は、一人のオークに先導させて洞窟を迷いのない足取りで行軍していく。

 湿った足元の岩肌が露出した地面を踏み締める一行を振り向いて、雑な作りの毛皮鎧に身を包み棍棒で武装したオークの男が振り向いて言った。


「もうすぐでさ、旦那方。もうすぐ南の出口に出ます。報酬の宝石は・・・」


 黒い武装集団の先頭の右を歩く隊長格の男が鉄兜のスリットの奥で金色の眼光を光らせる。


「心配性だな」


「そりゃあ、もう・・・。おたくら黒騎兵チョルナカヴァレリャといやあ、あっしらオークにとっても天敵ですしね。到着したらその剣の刃が報酬なんて目も当てられねえ」


「貴様らオークはゴブリン共ほど短絡的ではない。利用価値があれば生かしておくのもやぶさかではないさ」


「お願いしやすよ、へへへ・・・」


「だが覚えておけよ。余計な策謀を巡らせれば、貴様らが百や二百の戦士を集めようとも我等には全滅させる武力がある。俺達を嵌めようなどと思わぬことだ」


「そりゃあもちろんで!! へへへ・・・」


 オークの男は愛想の良い笑いを向けながら内心ではほくそ笑んでいた。

 黒騎兵チョルナカヴァレリャ。ロレンシア帝国の皇族を守護する精鋭の中の精鋭。

 彼等が南を目指す理由は分からなかったが、それを三十人も仕留めたとなれば白トカゲ人のホワイトドラゴン帝国に取り入る事も、エルフの国、大森林同盟から報酬を得る事も考えられる。

 金銀財宝が大好きなオーク族は欲深く、それらが絡めば人間に味方する事もあるが、大抵は裏切る算段も同時に考える狡猾な種族でもあった。

 それでも命が最も大事だと理解するからこそ、よほどのことがなければ基本的には依頼をこなす。

 そして、洞窟の奥に大きな地下都市を築いたオーク族は北のロレンシア帝国、エルフの大森林同盟に山脈の地下で取れる鉱物資源を交易することで財を成し、山脈越えをする旅人のガイドをしたりして生活を支えていた。

 そして現在。

 ロレンシア帝国は白トカゲ人のホワイトドラゴン帝国との戦に押され気味で、戦況が傾きつつあり、そんな中で中隊規模の黒騎兵が南下するとなれば良からぬことを企むのも分からないことではなかった。


(へっへっへ・・・。ヴァラカスまでの出口には確かに案内してやる。出口まではな。そこに待っているのはオーク戦士の手練れが八十人。百や二百ものともしねえとか抜かしてたが、人間の筋力で強い戦士と言ったってオークの精鋭の前じゃあ足元にも及ばねえ。コイツらの首を持って行ってホワイトドラゴン帝国に取り入れば、南のトーナ王国への先陣だって任されるかも知れねえし、ロレンシア帝国を南北から挟撃すりゃあ手柄だって取り放題だ!)


 水溜りを蹴って進む一行。

 やがて出口が見えて来て、しかし顔色ひとつ変えずに淡々と行軍を続ける。

 大洞窟を抜けた先はアンベラ山脈南側中腹の開けた直径およそ100メートルの細かい砂利が一面に転がる広場。

 その広場の崖沿いに、完全武装したオーク族の戦士数十人が出入口を包囲するようにずらりと並んでいた。

 ガイドのオークが広場の中ほどまで駆けて黒騎兵の一行に向き直る。


「お待たせしやしたヴァラカス地方へようこそ!」


「そして地獄の入口か」


 黒騎兵の隊長は抑揚の無い声で冷徹に言い放ち、黒騎兵達は一斉に背負い袋を背後に落として素剣を抜刀する。

 驚いたのはオーク達の方だった。


「な、なんだ?」

「倍以上の戦力差だぞ!」

「いきなり抜刀しやがったぞ、アイツら!?」


「へ、・・・へへへ・・・。旦那方、ここが終着点で・・・」

「貴様らのな」


 唯一抜刀しなかった隊長は自らの背負い袋に右手を突っ込むと、百個以上は宝石が入っていると思われる大きな皮袋を取り出してガイドのオークの足元に放り投げた。

 ズシリと重い音を響かせて砂利を蹴散らしながら落ちた袋が開いてカラフルな宝石や宝飾を施したブレスレットなどがゴロゴロと溢れ出る。

 目を見開いて宝石袋と隊長を見比べるオーク。


「な、な・・・? 何のつもりでい!?」


「何。道案内の駄賃だ。そして、」すらりと素剣を抜刀して大上段に、天に向かって切先を掲げる「地獄への通行料だ」


「かっ!! ばっ! 馬鹿にしやがって!!」


「総員」


 驚き狼狽えるオークの戦士達に臆する事もなく、隊長が素剣を振り下ろし、切先をガイドのオークに向けて言った。


「殺せ」


 一斉に黒騎兵達がオークの包囲網にむかって扇状に広がっていく。

 遅ればせながら棍棒を身構えたオーク戦士達が包囲網を狭めるいとまもなく、一気に距離を詰めた黒騎兵達に次々に胴を、肩を、首を斬り付けられて、ある者はその場に崩れ落ち、ある者は足を踏み外したり追い立てられて崖から、断崖絶壁からはるか下へと墜落して、百人近くいたオークの戦士達は三十人の黒騎兵にものの一分で全滅されてしまった。

 小競り合いにもならない圧倒的な、鬼神の如き勢いに、ガイドのオークは膝が震えてすくんでしまい逃げる事も忘れてしまう。

 隊長がオークの正面に立ち、地面に転がる宝石袋を左手で掴むとオークの胸にズシリと持たせて鉄兜サーリットのスリットの奥から鋭い眼光でじっと目を見据えて言った。


「ご苦労だった。報酬を受け取るがいい」


「ひ、あ、あの・・・」


「遠慮しなくていい。あの世まで持っていけ」


 左右から配下の黒騎兵が宝石袋を両手で抱えるオークの両腕を掴み、崖へと引き摺って行く。


「ま! ままま待ってくれ!! 命令されただけなんだ! た、助けて!?」


「月の世界で女神グリアリスに許しを乞うのだな。貴様のお陰で難なくトーナ王国へ入る事が出来た。感謝しているぞ」


「た! 助けて!! なんでも言うことを聞くから!! お願いしますから!!」


「俺は忠告したはずだがな?」


「お願いします! お願いだから!!」


 崖の縁に立たされるオーク。

 両脇の黒騎兵が足を踏み外すか外さないかの境に押し立たせた。


「落とせ」


 隊長の号令で、黒騎兵達が右手で、左手でオークの抱き抱える宝石袋を突き飛ばした。

 足を踏み外し、崖の下へと真っ逆さまに落ちて行くオークの男。


「ぎゃあああああ! ひいい! ぎええええええええええ!?」


 オークの断末魔が雪の程よく残る山脈の中腹に木霊した。

 数十メートル墜落して宝石袋の重さに身体を潰されて弾けるオークの亡骸を冷徹に見下ろす黒騎兵達。

 黒騎兵の一人が隊長の傍に跪いて言った。


「同志ウルベク。敵の殲滅を完了しました」


「ご苦労、同志ヤヌーク」


「しかし、総隊長が、同志セージ・ニコラーエフが生きていると言うのは本当でしょうか」


「ご存命であれば、あの方の元こそが我らが戦場。探しにゆかねばならぬ」


「ですが、ナターリア皇女を見捨て逃げた男であります」


「それは違うぞヤヌーク。ナターリア皇女は月の輝きの奇跡で総隊長を逃されたのだ。我らも」


「では何故、同志セージ・ニコラーエフは我らと共に無かったのです」


「運命」


「運命、ですか」


「そうだ。何がしかの運命を総隊長は背負っているのだ。だからこそ、我らと別の地へ飛び、そして我らは祖国の元で戦に明け暮れた。そして、ワルドとか言う冒険者によって総隊長の行方がもたらされた」


「何故、総隊長は帝国に戻られなかったのです」


「戻れまい。愛し、忠誠を誓った姫様を失い。我らとても帝国の中で最前線に立たされ命を削って来た」


「今や立派な逃亡兵です」


「時が・・・満ちておれば良いな。同志ヤヌーク」


 黒騎兵隊長ウルベクが天を仰ぎ、釣られて天を見るヤヌーク。

 黒騎兵達がウルベクの周囲に集まり、同じように天を仰いだ。

 空には夕暮れに差し掛かろうという空に、黄金に輝く月が静かに大地を見下ろしていた。






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