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転生隠者と転移勇者 -ヴァラカスの黒き闘犬-  作者: 拉田九郎
第6章 力を求める者達は
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カタナ、その4

 セージがドワーフのミミチャラにギルドの工房を使わせる話を決めてベイン達に任せた後で向かった先は、コラキア南区の一般住宅区である。

 住宅区の中でも表通りに面した比較的に裕福な家と一つ裏の通りに連なる中層の家、そして最も奥の表通りから外れた下層の集合住宅に別れており、特に三~五階建ての集合住宅に住むのは未婚の者や一時的に滞在する行商人、あるいは脛にきずを持つような者が多く東の国から傭兵として流れて来たキョウ・レンカとゴンゾン・ウガルもそうした集合住宅の最も治安の悪い一階に住んでおり、セージが目指しているのはまさしく彼らの居住する集合住宅だった。

 治安が比較的に悪いと言っても、物取り程度は徘徊しているかも知れないくらいで刃傷沙汰が日常茶飯事であったり路上生活者が身を寄せるようなスラム街という訳ではなく、普通に生活するのに支障を生じるほどではない。

 それでも若干の赤みを帯びた白い肌に黒い髪、茶色の瞳といった北の民独特の身体的特徴と身の丈2メートルを超える戦傷の目立つ出で立ちのセージが歩けば家という家の戸という戸は恐ろしいものを見たくないと勢いよく閉じられ、冒険者ギルドマスターとしての生活もそれなりに長くなってきたとはいえ未だコラキアの住民の多くからは歩く暴力としての隠者であった時期の印象が強く残って恐れられていた。

 面白いほど素早く閉じられていく戸と、路上に出ていた住民が蜘蛛の子を散らす勢いで家に逃げ込んでいくのがあまりにも可笑しすぎてため息が出てしまう。


(まぁ、今に始まった事じゃないが)


 思うところが無いわけではない。

 とはいえ、トーナ王国では山脈を隔てた北の大地で亜人との百年を超える戦を続けるロレンシア帝国は理解不能な野蛮な国としての機能不全を起こしていてその国に住まうロレンシア人は年がら年中戦う事しか知らない野蛮人というイメージが強く、まさにセージ・ニコラーエフの頭や顔面にまで戦傷のある風貌は恐ろしい野人そのものであるから怒る気が起きるどころか納得できてしまうからこそ不満を抱くわけではなかった。

 何より、彼の大きすぎる体躯はからかい半分に石でも投げようものなら地獄の果てまで追いかけられそうで軽々しくちょっかいを出す勇気のある者も居ない。

 ただ、聞き込みをしようにも集合住宅に住む人々はことごとく逃げ惑うので必要な情報を得る事が難しいのが玉に瑕か。

 通り過ぎる集合住宅が十件目に差し掛かろうかというところで、一階の窓からセージほどではないが2メートル近い体躯の筋肉質な東洋人男性が着物姿の上半身を乗り出して大きく右手を振ってきた。


「おおおっ、そこにおわすはセージ殿ではありませぬか! ガッハハハハハハハハ!! かような場所に如何な用でありましょうかな!?」


 探していた人物の一人、東洋人の武人ゴンゾン・ウガルである。

 セージは軽くため息を吐くと強面にあって柔和な印象を与えて来る彼の笑顔を真顔で眺めて言った。


「また随分とさびれた場所に住み着いたものだな、傭兵」


「傭兵などと他人行儀な! 某の事はどうぞ気兼ねなくウガルとお呼びくださって結構ですぞ冒険者ギルドマスターセージ・ニコラーエフ殿!!」


「う、む・・・。わかったから大声で俺の名を呼ぶのはやめてもらおう」


「わかりましたぞセージ殿!!」


 元々声の大きなウガルには土台無理な話かと苦虫を噛み締めたような顔をするセージ。

 嬉々として賑やかに振る舞うゴンゾン・ウガルの後ろから切れ長の目が美しい東洋美人が顔を覗かせてセージをどこか嬉しそうに見て声を掛けてきた。


「セージ殿っ。お声かけ頂ければこちらから出向きましたのに、何か御用でもおありでしょうか?」


 どこか嬉しそうな東洋美人、キョウ・レンカの視線から目を逸らしつつ、セージは大きな体を正対して肩をすくませ少し疲れたような笑みを浮かべる。


「少し相談したい事があってな。知っていればいいのだが」


「何なりと。立ち話もなんですから、どうぞうちに上がって行かれませんか」


「そうだな・・・。邪魔させてもらおうか」


「お気兼ねなく」にっこりと幸せそうな笑みを浮かべ、すぐにキリっとした表情に戻ってゴンゾン・ウガルを見る「ウガル、お客人に茶を用意しなさい」


「おおっと、これは気付きませなんだ! 巷で流行はやりのういーすきいでも一杯っ!」


「真昼間から飲んだくれて何とするか。少し考えなさいゴンゾン・ウガル」


「ガッハッハハハ! 叱られてしまいましたな!! それではセージ殿、ささ、遠慮なさらず入ってくだされ!」


「ああ、邪魔させてもらおう」





 レンカ達の住む集合住宅は三階建て、十八戸の物件だった。

 正面の入口を挟んで左に六戸、右に十二戸という造りで使用されている木材はありきたりの板材、それぞれに路地に面して窓が二つの一戸十畳の広さのフローリングというありふれたヴァラカス形式。

 窓にガラスは使用されておらず、鎧戸で仕切られただけの簡易な造り。


「畳が無いのが難点ですが、住めば都とも言いますから」


 窓側の壁の中央に大きめのタンス。左右の壁に飾り気のない木製ベッド。仮にも男と女が一つ屋根の下となれば、周囲からはそのように見られているだろう。

 中央に四人がけの長テーブルとそれを挟むように背もたれのない丸い椅子。

 入口側の壁に造られた20ミリ角の角パイプを組んだ骨組みに木製の横長のフネが左に嵌め込まれ、右には厚み10ミリ程度の板が固定され、その右隣には生活水を溜めておく大きな水瓶。キッチンのようだが、セージの、大槻誠司の目にはプレハブの現場事務所の外に無造作に造られた簡易洗面台にしか見えない。


(キッチンだけ妙に元の世界を思い出す流しがついているというのは、冗談にしか見えないな・・・)


 暖炉は無く、テーブルの下に大きな火鉢が鎮座しておりそれが唯一の暖房らしかった。

 赤々と燃える炭の上にかけられた丈夫そうな鉄の網台。そこに乗せられた鉄のヤカンをウガルが一本爪の吊り金具で器用に引っ張り出すと、テーブルの上に置かれた麻の鍋敷きの上に仮置きしてその左隣の盆の上に逆さまに置かれた五つの湯呑みを三つひっくり返し、湯呑みの真ん中に置かれた樹皮を加工して造られた筒の蓋を開け急須に中身の乾燥した草をサラサラと少量流し込む。

 レンカは窓側の椅子を引いて腰掛けると、右手を差し出して対面の椅子を勧めてきた。


「どうぞお座りになってください」


「う、む」


 どことなく居心地の悪さを感じる。


(そういえば、この世界に来て他人の家に上がるのは初めてだったか)


 ウガルが器用そうに見えないながらも入れてくれた茶がセージの前に差し出された。

 ニッカリと歯を見せて笑うゴンゾン・ウガル。レンカが朗らかな笑みをセージに向ける。


「粗茶ですが・・・」


「ふむ。これは緑茶か。コラキアでは珍しいな」


「トーナ王国ではあまり好まれぬようですが、全く作られていないわけでは無いようで」


「高いのではないか?」


「紅茶を作る際の雑ガラを寄せ集めただけの庶民の趣向品です。二束三文で入手できますよ」


 笑うレンカ。

 彼女と自分の分の茶を淹れて、ウガルもレンカの左隣に腰掛けた。

 レンカは少し心配そうにセージを見る。


「それで、頼みというのは?」


「うむ、解ればでいいんだが。刀の製法を知っていたりしないか」


「刀ですか」右手の肘を突き左手を顎にそっと添えながら思案に耽る「実は私共も刀鍛冶を探しておりまして」


 そっと両手で湯呑みを掴むとウガルの顔を見上げて言った。


「この、ゴンゾン・ウガルは実家が鍛冶屋でして、拙いながらも刀を打つことは出来るのですが。いかんせんコラキアの鍛冶職人には刀というものが理解頂けないようで、せめて窯を貸してくれる工房が無いかと探していた所なのです。お力になれず申し訳ございませぬ」


「いや?」


 セージはレンカの目を見据えて真顔で腕組みをして見せる。


「ウガル殿が刀を打てるというのなら、教えてやってほしい人物がいてな」


「ほほう! 某に教師になれと、そう申されるのですな!?」


「ウガル、声が大きい。先日も隣と上から苦情をいただいたばかりだというのを忘れましたか」


「おっと・・・。これは失礼をば」


「すみませぬセージ殿。それで、本当に刀が打てそうな人物がおられるというのでしょうか?」


「ドワーフの娘で、ミミチャラというのだが。東の国で二十年修行をした経験があるそうでな」


「二十年も修行すれば刀の一本や二本容易い筈ですがな、ガッハハハ!」

「ゴンゾン・ウガル」

「おっとこれは失礼・・・」


「しかし、ドワーフの娘でですか」


「思い当たる節がありそうだな」


「ええ、実は今朝方、刀作りについて話に伺った先の工房でそのような刀に興味を示す人物に出会いまして。その者もドワーフでしたので・・・。もしや?」


「ふぅ・・・、おそらく正にその当事者だろうよ。調子のいい奴でな、刀など一日で打てると豪語したのでギルドの奥で使われてない工房を貸して打って見せろとハッパをかけてきたところだ」


「それで私達に協力しろと。しかし流石に一日で打てるような代物ではありませぬよ?」


「だろうとは思っていた。だから五日の猶予を与えてやったんだが」


「五日でも流石に・・・。刀の形をした物なら作れるでしょうが、仕上がりは三流品にも届きますまい」


「ゴンゾン・ウガル。貴様なら、どのくらいで打てる」


 セージに顎で聞かれて、ううむと唸るゴンゾン・ウガル。


「そうですなぁ。一週間、いや、二週間頂ければ、実戦で使える程度の刀は打てましょう! 流石に一級品を打てるほどの腕は某にはござりませぬがっ」


「武人でありながら刀が打てるというだけで、十分に凄いことだと思うがな」


「ガハハ! 褒められてしまいましたなお姫様ひいさま! ガッハハハ!」

「うるさいですよゴンゾン・ウガル」

「おっとこれは失礼をば」


「あ! いたいたっ!」


 窓から顔を覗かせて、楽しげにセージ達に笑顔を向けて来る東洋人の少女。


「レナ・アリーントーン」


 セージは少し不機嫌そうに少女を睨みつけて言った。


「他人の家に無遠慮に顔を突っ込むんじゃない。失礼だろうが」


「うわっ、セッ父さんの口からまともなセリフが出てきた!」


 嬉しそうな反応を示すレナ。

 ゴンゾン・ウガルが不思議そうに腕組みをして言った。


「窃盗さん? さて、セージ殿は盗賊シーフギルドの関係者でありますかな?」


 ギロリとセージがレナを睨む。


「小娘。今度ふざけた呼び方をしたら尻を百回叩くぞ」


「ちょおっ、それセクハラ!! てか、だって、しょうがないじゃんまだ呼びなれないんだもん」


「俺の名前を言ってみろ」


「あはは、どっかの中ボスみたいなセリフ!!」


「小娘。ふざけてないで俺の名前を言ってみろ」


「へうっ! ・・・・・・・・・・・・んんん、」

「やっと追いついたわ! この暴走娘っ」

「れ、レナお姉様、フラニーお姉様っ、ふぅっ、走るの早すぎますっ、ふっ、ふぅ、ふぅ」

「お、お父さん!!」

「「結局呼べないんかいっ!!」」

「う、うっさいわね! こういうのは心の準備ってものがあんのよっ!」

「どうでもいいけど帰るわよ!? まだ次の依頼決めないといけないんだから!」

「そうですよギルドの宿が安いといってもタダではないのです」

「わかってるっつーの! でも刀だよ刀なんだよ!」

「カタナが何なのか知らないけどとにかく戻るわよ!?」


「小娘共・・・」


 セージがのそりと席を立つ。

 ずかずかと窓に歩み寄り、右手でレナの頭を鷲掴みして睨みつけた。


「やかましい。他人の家で騒ぐんじゃない。迷惑だろうが」


「あいたたたっ、ごめんなさいごめんなさいお父さん! もうしないからアイアンクローはやめていたたたたっ!」


「そうだ」


 ギリギリとレナをアイアンクローしながら、セージはレンカの方を振り向く。


「この小娘に剣術を教えてやってくれないか。報酬は払う」


「痛い痛いってば! お父さん何の話してるの!?」


「剣術ですか? それは構いませぬが、私もまだまだ修行の身。弟子を取るなどおこがましいのですが」

「剣道の経験はある。それに、実戦で使える技術を教えてやってほしいんだ」


「痛い、痛いってば! お父さんいい加減離して!?」


「ですが、・・・いえ、でしたら冒険者ギルドの工房をウガルにも貸していただけませぬか? 刀を打てる環境を与えていただければ、それが報酬ということで」

「そんな事でいいのか? しかしドワーフ娘にも刀鍛冶というものを教えてやって欲しいとも思っているしな」

「なに問題ございませぬ! 刀など、一人で打てるものでもありませぬからなガハハ!」


「い、痛い痛い、ごめんなさいお父さんもう許して・・・」


「ん? おお。そうだったな」


 ようやくセージの強アイアンクローから解放されるレナ。

 ジト目で涙を浮かべながら恨めしそうに見上げてくる。

 キョウ・レンカが窓辺に来てレナを見下ろして言った。


「それではレナ殿。早速冒険者ギルドに参りましょうか」


「ほええ? 何をしに?」


「なに、木刀の一本でもあれば基礎を叩き込むことは出来ます故。ですが剣術は一日にしてならず。剣道の経験はあるとおっしゃいましたが、私も面と向かって人に教える達ではございませぬ故、修行と言っても我が太刀筋から学んでいただかねばなりませぬ」


「ちょっと何の話!? ちょっと、お父さん!?」


「ウガル、準備をなさい。早速冒険者ギルドに参りますよ」


「承知仕ったお姫様!」


「ちょっとお父さん! 修行って何!?」


「ふん」


 セージは語らず背を向ける。

 左右からフラニーとアミナに両腕を掴まれて、レナは引きずられて行った。


「さあさあ戻るわよ世話の焼ける娘だこと!」

「レナお姉様、修行の前にちゃんとお食事を取らなくてはなりませんよ?」

「さあ帰るわよ!」

「帰りますよ!」


「ちょっとお!? 修行って!? 何ーーーーー!?」






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