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転生隠者と転移勇者 -ヴァラカスの黒き闘犬-  作者: 拉田九郎
第6章 力を求める者達は
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カタナ

 コラキア西区、職人通り。

 ガラス細工屋に銅細工屋、鍛冶屋に陶器屋と小さな工房から比較的に大きな工房が並ぶ職人の多く住む地区は活気に溢れているが、およそ工房に用のない他の地区の人は寄り付かない荒っぽい声の行き交う独特の雰囲気を醸し出していた。

 キョウ・レンカは荷車を引く人足や工具を吊るした竿を肩に担いで他の区に出張修理・販売に向かう職人達の間を颯爽と歩き鍛冶屋を目指す。

 女だてらに戦袴を見に纏い、ラメラアーマーを着込んだ切れ長の目をした東洋美人が歩けば必然的に人目を集め、道すがら人々は彼女の悠然とした歩みに目を奪われる。


『なんだ、あの女?』

『えれぇ美人だな・・・』

『東洋人か? 初めて見た!』

『何者だ?』


 好意であれ興味であれ衆目を集めながら、レンカは一件の比較的に大きな工房の鍛冶屋の前で足を止めた。

 大きな両開きの引戸の前に仁王立ちして凛とした大声を上げる。


「たのもう!」


 吹子で熱を上げる火炉の炎の音や金属を鍛える金槌の騒音の中にも透き通って聞こえる耳障りの良い娘の声に、工房内の騒音がピタリと途切れた。

 鍛冶屋の奥で作業していた親方が血相を変えて飛んでくる。

 身の丈は平均値だがよく筋肉のついた恰幅のいい禿頭の熱焼けした肌の中年男がレンカの前に肩を怒らせて怒鳴った。


「また来たのかよ姉ちゃん! アンタの依頼する剣はウチじゃ打たねえって再三言ってるだろうが!?」


「そこを曲げてお願いしたい。なに、職人の手は煩わせませぬ。連れの男が鍛冶の経験があります故、工房の一角をお貸しいただければなんとでもいたします故」


「だあ!! だから、そんな細っちい刃なんぞウチにゃあ型がねえしポッキリ行っちまいそうな剣なんか剣じゃねえ! どうしてもってんなら細剣レイピアを作ってる工房に行けっつってんだろうが!?」


細剣レイピアは鍼のような剣でありましょう。刀とは突くのにも適しておりますが、主には斬り裂くつるぎ。あれ等とは一線を画します」


「ウチで打つ剣は叩っ斬る剣だ! 細剣みたいな柔なのとは訳が違うんだよ!」


「ここで作られているつるぎの方が刀には向いているのです。是非、この工房で、」

「職人も工房も貸さねえつってんだよ!」


「金なら弾むぞ?」


 レンカは懐に手を突っ込むと布の小包みを取り出して、手の平の上で綺麗に折り畳まれたそれを丁寧に開いて見せる。

 丸みを帯びた厚手の金の貨幣が、東洋の国々で普及している通貨、大判が十枚綺麗に重ねて置かれており、親方は一瞬目を奪われるが間髪を入れずに怒鳴り声を上げた。


「か! ね! の! 問題じゃねえ! ウチじゃ柔な剣は打たねえし打たせねえんだよ!」


「なんと失敬な。刀はここで打たれているつるぎに引けを取らない、いや、それ以上の強度を持つ類稀な逸品。ここで打てば工房の名も上がろうという品だと説明しておるではないですか」


「だーかーらーーー!?」


 頭を抱えて憤る親方を遠巻きに見ていたオーバーオール一枚の焼けた肌の小柄な娘が、恰幅の良い身の丈120センチほどの娘が肘の上まで長さのある革手袋に金槌を片手に持ってトコトコと歩いて来て見上げてくる。


「あの、親方。カタナならワタシ打ったことあるし一度本物のカタナを打ってみたいんでその仕事受けてみたいんですが」


「ああん!?」


 小柄な娘を睨み下ろす親方。

 腕組みをして威圧するように真上からメンチを切って言った。


「オメーはよ? たった五年で一端になったつもりか? あん?」


「やだなあ、ワタシ、ドワーフとしちゃあ旅先で色々学んでるんですよ?」


「なぁにがドワーフだ! オメー一体今幾つだアン!?」


「こう見えて四十ですが何か?」


 どう見ても十代の少女に見えるドワーフのオーバーオール娘は年齢の事を言われて明らかに不機嫌になる。

 親方は勝ち誇ったようにメンチを切って嫌な笑みを浮かべて言った。


「ハッハー! 俺は六十だ! ションベンくせえガキだなオメーは! 旅先ってあっち行ってフラフラ、こっち行ってフラフラ、そんな奴がまともな鍛冶の修行なんざ出来るわきゃねえだろうが! ウチで鍛えてやってんだから文句垂れんじゃねえよ!?」


 ドワーフの娘の言葉に何かを感じ取ったレンカは眉を顰めて親方を嗜める。


「失礼だが、ドワーフと言えば鍛冶・細工に優れた種族でしょう。世界の技術を学ぼうと旅する鍛冶師もいると聞く。この方もそうして見聞を広めて来たのでは?」


「やかましい! 今はウチの工房の職人だ、俺の言う事を聞いてりゃいいんだよ!!」


「それはあんまりな言い方でしょう、」

「部外者が語ってんじゃねえ!!」


 取り付く島のない親方の剣幕に、レンカは肩をすくめるとほうとため息を吐いた。


「今日も取り付く島もなしか。致し方ありませぬ。また明日伺うとしましょう」


「毎回言ってるけどなあ! 二度と来んじゃねえよ!?」


 ふぅと吐息を吐いて毅然として立ち去る東洋美人に、勝ち誇ったように親方が大きく右手を振る。


「またのご来店すんじゃねえぞ絶対ウチの敷居は股がせねえからなあ!?」


 来た時同様颯爽と立ち去る東洋美女鎧武者の背を見送りながら、オーバーオール姿のドワーフ娘はニンマリと悪い笑みを浮かべて考えていた。


(ほうほう、ほうほう、このようなヴァラカス地方の僻地にやって来る東洋人イズルヒビトとなるとかなりな腕前のはず。しかも美女!

 つまりコレはチャンスですね長年培って来た様々な地域の鍛冶の技を二十年の修行で挫折してしまったカタナ作りに昇華する事が出来れば本家本元のカタナを上回る逸品が打てるかも知れませんね彼女がもし達人級のブシであれば大変失礼になってしまいますがここはあえてワタシの鍛冶師デビューのための試金石になってもらいましょう鍛冶師ドワーフミミチャラはここから世界に羽ばたくのですワハハハざまぁみろクサレオヤジ故郷のノミムシがワタシの光り輝く栄光に平伏すが良いのですわハハハハハハハハハ!!

 そうと決まれば・・・)


 自称鍛冶師、ドワーフのミミチャラは肘の上まである長い革手袋を着けた腕を両腰に当てて踏ん反り返ると、親方に向かってキッとドヤ顔で見上げる。


「あ? 何だミミチャラ、なんか文句あんのか、アン!?」


 すぅ〜、と、大きく息を吸い込み、小さな身体には大きすぎる胸をはち切れんばかりに踏ん反り返り、ドヤ顔で悪い笑みを浮かべながら言い放った。


「世話になったな若造!もうここで得るものは何も無い!その偏屈な人生を寂しくひっそりと終えるが・・・良い!!」

「クソジャリが舐めてんのか世界の技を磨いて一人前になりてえっつうから面倒見てやったのに恩を仇で返すたあ良い度胸だテメーなんぞ今日限りで破門だ破門されたくなけりゃあ土下座して謝りやがれジャリっ娘が!!」

「破門いただきましたありがとうございます!!!!」


「え? あ、あの・・・え?」


 良い言葉に買い言葉でカッとなって怒鳴った親方の言葉に待ってましたとミミチャラは嬉々として自分の作業場へ駆け込みさっさと商売道具を大きな工具箱に放り込んで行く。

 放り込んでいるように見えるが大中小の金槌からヤスリ石から火の粉から身を守る大前掛けから漆黒のガラスを嵌め込まれた面具から一切を綺麗に収めて行くのは職人ならではか。

 実は工房一の腕前を持つミミチャラがさっさと旅支度を整えるのに親方は大慌てだ。


「ちょちょちょ、ミミチャラちゃん? どこに行くのかな?」


「はい! ()()()()()()()()()()()()()()ありがとうございました!!」


「いや、ちょっと待って? お前が居なくなったらおじちゃんちょっと困っちゃうから、」


 話の途中にも関わらずミミチャラは工具箱を丈夫な竿の先端に吊るすと右肩に担ぎ、左手で元気よく敬礼!


「ざまぁみさらせワタシはカタナを打ちにく!!」


「打って良いから! ここで打って良いから出てくの待とうね!?」


「さらばだ者ども達者で暮らせよ!!」


「おー」

「ミミちゃんも元気でなー!」

「まぁた遊び来いよー」


 やんややんやとドワーフ娘の門出を送り出す工房の職人達。

 躍起になって止めようとする親方とは対照的に、彼らは工房の技術を学んだらいずれ出て行くと感じ取っていたから笑顔で送り出してくれる。

 しかし、ミミチャラの作る美しい輝きを放つ剣が工房の鏡になっていた親方は必死だ。


「みーみーちゃん! おじちゃんが悪かったから調子乗ったから! 機嫌直して!?」


「我! 道を見つけたり!! ワッハーーーーー!!」


 何かのスイッチが入ってしまったミミチャラには最早親方の言葉は届いていなかった。

 キョウ・レンカの行き先もわからないまま、颯爽と工房を飛び出して行く。


「「「「「げんきでなあ〜」」」」」


 笑顔で大きく手を振って見送る職人達。

 左拳を振り上げて背中で応え、駆けるミミチャラ。


(あ、しまった! どこに住んでるのか知らなかった! まあ良いでしょうあれだけ目立つ出立ならば冒険者ギルドにでも行けばすぐにわかるでしょう! 待っていてくださいワタシの将来! ワタシは鍛冶師王に、なる!!)


 ワッハーと高らかに笑い、ドワーフ娘は東区目指して大通りを駆け抜けて行った。






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