代償、冒険者共の末路、その1
夜半。シンと寝静まったコラキアの街。
冒険者ギルド正面の申し訳程度のテラスにタサンはパイプを燻らせながら夜空に浮かぶ月を眺めていた。
色黒の肌に黒目、黒髪の比較的大柄な戦士が黄昏ている姿はどことなく芝居がかっていて様になっていない。側から見ればその立ち居姿のわざとらしさに吹き出して笑いを堪える所だろうが、無人の深夜ともなると表通りと言えども人気は全くない為にその戦士が自らが目立っている事を気にする必要すらないのは幸いか。
飽きるほどそうしてパイプを燻らせていれば、自然と煙草は燃え尽きて用をなさなくなる。
そしていい加減格好つけて待つことにも不安を覚えてそわそわしだした時、暗い夜道を一人のローブ姿の戦士がフードを深々とかぶりギルド正面のテラスを通りかかった。
「良い夜空ですな」
何気ない、しかし不自然な語りかけにタサンが安堵の表情で頷き、どもりながら答えた。
「つ、月は、好きだ」
「月は良いものですな」
しれっと相槌を打ってローブ姿の戦士は懐から一本の巻物をタサンに向かって投げよこす。
そこは慣れたもので自然体で受け取り、すかさず腰のポーチにしまうタサンを見て、ローブ姿の戦士は何事も無かったかのようにテラスを過ぎ去り、数ブロック先の脇道に姿を消した。
役目を終えて消えてしまったパイプをひと吸いすると、タサンは足早にスイングドアを開けてギルドの中へと戻っていった。
冒険者ギルド、2階。旅の冒険者が宿泊する階の最も奥の部屋で、3人の男と1人の女が丸テーブルを囲んで簡易な椅子に座って巻物を広げて見ていた。
南の都市から旅をしてきた冒険者のロイド、ガダリ、タサン、そしてリゼの4人組だ。
ロイドが腕組をしながら内容に目を通しつつ半ばでテーブルに放り投げる。
「呼び出しだとよ。今晩の深夜だ」
不機嫌なロイドをリゼが艶っぽい微笑みで嗜める。
「ご依頼主の犬の言うことだもの。無視しちゃダメ、でしょ?」
「チッ、めんどうくせえ」
「だが、何かが動く、と言うことなのかもな。っくく」
卑屈な笑みを浮かべて巻物を手に取り目を通し始めるガダリ。
ロイドはタサンを見てぶっきらぼうに言った。
「それで、シェイニー・インってどこだよ。付近の裏路地の井戸端ってどこにあんだよ?」
「お、オレもみんなと一緒に入った。分かるわけない」
黒い肌のタサンは西は遠く砂漠の国出身で、西の国特有の言語しか話せない。この5年でワルドと行動する中で覚えたものの、所々片言で、それは彼の努力の賜物であるにも関わらずロイドは身勝手にも物覚えが悪いと断じて蔑んで見ていた。
要領の得ない返しに苛立ち酒のつまみと置かれた皿の油で揚げた豆をひとつまみ掴んでタサンの顔に投げつける。
「調べてこいよ!」
「時間、時間だ。みなで、いく。のがいい」
「うるせえなお前もワルドみたくクビにされてえのか?」
ロイドの言葉を責める者はなく、リゼもガダリも2人のやり取りを面白そうに見ているだけだ。
タサンはパーティを去ってコラキアギルド長について行ったワルドを思って静かに目を閉じた。
(ワルドについて行くべきだったか・・・。だが異邦人の俺がトーナ王国で冒険者として活動するにはこの国の文字は読めんし、会話もおぼつかない。耐えるしかない、か)
タサンは呆れるほど愚かなパーティリーダーと希薄な関係の仲間達を見渡して、諦めるように言った。
「わかった。見てくる」
「あはは、よろしくう〜」
リゼがヒラヒラと左手を振りながら木のカップに注がれたワインを一口飲み、ガダリは相変わらず不気味な笑みを浮かべ、ロイドが豆を一粒摘んでまたもタサンの頰に投げ当てて言った。
「行けうすのろ」
タサンは肩をすくめるとゆっくりとした動作で椅子を立ち、薄暗いランタンの灯りだけの冒険者ギルドの宿泊部屋を後にした。
冒険者ギルド近郊の裏路地へと繋がる脇道の影から、黒い鎧の男がタサンが1人で出て行くのを見て眉を顰める。
「どう言うつもりだ、この夜遅くに。待ち合わせに向かうのが独りだけだと?」
男は夜の空に隠れるほど濃い青の手の平大の四角い羊皮紙を腰のポーチから取り出すと、右手の人差し指で文字を書く仕草をして天に向かって放り投げた。
羊皮紙は折紙の要領で複雑に自動で形を変えると紙で折った鳥の姿になって東に向かって飛んでいく。
短距離の連絡用に使われる、誰でも扱える軍事用の通信魔法だ。
折紙の鳥はコラキアの町をまるで生き物のように飛翔してある一点の裏路地の小さな広場へと降下して行く。
その中央に井戸を備える領民の水場でじっと佇む黒い鎧の男達の中に、中央に立つ隊長の手元に折紙の鳥は舞い降りて元通りの四角い羊皮紙片へと姿を変えて、鈍く黄金色に輝く文字が現れてそれを読んだ隊長がグシャリと握りつぶした。
「役立たずの冒険者どもが・・・。寄越すのは独りだけだと」
「もうヤツらだけでやらせれば良いのでは?」
部下の言葉に苦虫を噛み締めるように眉根を寄せて隊長が声を絞り出す。
「あそこまで愚かでは親方様の事も簡単に口を割るだろう。親方様からは指示に従う者ではないと聞いてはいたが」
「では?」
「我々だけで娘を攫って帰るのが一番だったのだがな。やって来る独りには不審死してもらう。残りも、個別に。な?」
「予定通りというわけですね」
「まあ、命までは取るつもりは無かったんだが、しょうがあるまいよ」
タサンは街灯ひとつない辺境の町の通りを東に向かって歩き続ける。
タサン自身も元は兵士として訓練を受けてきているから、実際のレベル以上の戦闘力を持つ自負があった。
ギルドで付与されるレベルという魔法は個人の能力を飛躍的に上昇させるが、確かな訓練を受けて来た者にとってそれはさらに2〜3レベル上の段階に引き上げる。
逆を言えばレベルだけに頼る冒険者は鍛錬を積んだ剣士に手も足も出ない事もあり得るのだ。
レベルは絶対ではない。それを現実と知る冒険者の数は実は少ない。
タサンは現実を知る冒険者であり、レベル2とはいえ軍隊生活で会得した剣技は戦いにおける彼の実力をレベル6相当まで引き上げていた。
ゆえに、いかなる状況でも対応する自信はあったからこそ、暗い夜道も恐る事なく目的地を探して進んで行く。
それにしてもシェイニー・インなどコラキアでは知らぬ者も無いほど有名な宿屋だからこそ大体の方向は分かるが、待ち合わせの場所となるとどこかの裏路地の井戸端ではまるで分からない。
寒空に厚手のダブレットから覗くチュニックの襟首を立てて白い息を吐くと、脇道のひとつから手招きする人影を見つけて迎えに出て来たのだと駆け寄った。
黒い鎧の男。
確かベイルン伯爵領を出る時に一緒に旅立った、道案内役の兵士の1人だ。
「すまない、場所が分からない。かった。仲間、呼びに戻る」
片言で語るタサンの肩に左手を回して、ヘッドロックするように親しげに身体を寄せて兵士が言った。
「なに、大した用事じゃない。こっちに来て話を聞いてくれればいい」
そして裏路地に連れ込もうかという手前、男は右腰に目立たぬよう腰に下げた刀身の細い短剣を、スティレットを素早く抜刀するとタサンの腰のやや後ろに突然突き刺した。
不意に急所を貫いた一撃は戦士として熟達していたタサンの力の大半を奪い、反撃の機会も回避の機会も奪われたタサンは数十、50回以上も滅多刺しにされて脱力して地面に平伏す。
悲鳴すら上げる暇もなく、静かな深夜の裏路地に打ち捨てられて、白目を剥きながら彼は悠然と立ち去る黒い鎧の男の背中を呆然と眺めていた。
(ああ・・・そうか・・・。やはりこの仕事は・・・)
初めから冒険者など捨て駒に過ぎなかった。
自分達は何かの目的のためにコラキアで殺される計画だったのだ。
気付いた時にはすでに遅く、ほんの少し前までは親友であったワルドへ警告に行くことも出来ない。
(報酬に目が眩んだ結果がコレか・・・。
ワルド・・・
すまない・・・)
レベル6相当の実力を持ってしても、仲間と思っていた相手からの不意打ちに備える術はなく一方的に致命傷を与えられ、
そして息絶えた。




