酒場のごたごた、捨てる者拾う者
夜になると、冒険者ギルドホールの酒場は冒険者だけでなく吟遊詩人の奏でる美しい音楽やおどけて語る冒険譚に耳を傾けようと集まる領民で賑わう。
テーブルや椅子が足りなければ立ったまま盃を傾け手に持つ皿の料理を直接食らいつく者もおり、その賑わい方は現代の人間の目にはいささか混沌として汚れて見えたかもしれない乱雑とした光景。
その賑わいの奥まった、やや影になっている場所でひと組の冒険者達が互いに感じ悪そうにビールのジョッキを突き合わせていた。
テーブルの上にはサラダが山と乗った木のボール1つにウサギの丸焼きが3皿、さらに干し肉を細切れにした物を入れたコーンスープが人数分並んでいる。
リーダー格の戦士の男がジョッキをテーブルに叩きつける。
「おい、ワルド。テメーの集めた情報はたったそれだけかよ」
「十分だろう!? 何処に住んでるか分かってるんだ、なんとでもなるだろうさっ!」
不健康そうな魔法使いの男が嘲笑う。
「ククッ、ククフフフ・・・。1人はこのギルドの長の女、なんだろう? 行動ぐらいは把握しとかねばなあ」
「テメッ、ガダリ!」
「何か違うと? ククッ」
「はぁぁー、もー、マジで使えないんですけど。先に来てた意味ないじゃなーい」
紅一点の神官リゼが冷めた顔でワルドを睨んでビールを一口飲んで胸の前でくるくるとジョッキを傾ける。
ワルドが寡黙にウサギの肉をナイフとフォークで切り分け骨から削り取っている戦士を見るが、その戦士タサンはチラとワルドを見ただけで我関せずを貫いていた。
居た堪れなくなってワルドが椅子を蹴って立ち上がる。
「みんながみんなして、俺を悪者扱いかよっ。俺達パーティじゃねえのか!? お互いに補い合うんだろうがよ!」
「ねーなんか言ってるー。ロイドー?」
「やれやれだよな、リゼ」
とどめを刺すように冷たい声を上げるリーダーのロイドと神官のリゼ。
ロイドはハッと息だけ吐いて笑うと言った。
「まぁいいや、お前の報酬は減額な」
「なんでだよ!?」
「だって。役に立ってねぇもんな。だろ?」
「ちゃんと情報収集したろうが!」
「全然足りてねぇし。足りてねぇんだよな」
「人喰いの獣や魔物退治とは訳が違うだろ、町中の情報収集なんて俺の担当外だぜそこ求めるなら盗賊雇えよ!」
「何を言ってるんですかー。お前。先に来て情報集めるんだからお前が盗賊雇うんじゃねえの? 違うか?」
「その分の費用貰ってねえだろって!?」
「そんなのお前任されたんだから自分で出せよ!」
「あははー、とうぜーん」
「ククッ、無能の極み」
「・・・・・・」
リゼとガダリは完全にワルドの事を下に見た発言で背中に針が突き立つような不快感に彼は襲われた。
明後日の方を見て知らぬ存ぜぬを貫くタサンの態度も、彼なりに今は耐えてほしいというサインであったとしてもワルドには到底許せない疎外感として襲いかかる。
不満と苛立ちが頂点に達して、ワルドはカウンターの椅子を右足で力一杯蹴り飛ばし、見た目より硬く重い木材で出来た丸椅子が大きな激突音を立てて床に転がった。
一瞬、静寂に包まれるホール内。
流れの冒険者達の内輪揉めとすぐに理解した客達はその様子を笑う声、嘲笑う声、無関心に呆れる笑い声が沸き立つやすぐにそんないざこざなど忘れて普段の喧騒に戻って行く。
カウンターの中で仕事をしながら様子を見ていた受付嬢達はそれとなく会話が聞こえていたこともあり複雑な表情だ。
ワルドは全てに否定された気分になり、パーティに背を向けて一歩を踏み出す。
ロイドがその背中に追い討ちをかけた。
「まぁ? 別に? 抜けてもらっても全然困らないけどな? なあタサン! ひとり抜ければそれだけわけ前増えるもんなあ!?」
タサンを試すような発言。
流石にこれに答えなければ明日は我が身と後ろ髪を引かれて、「それは確かだが」と彼もついにワルドを否定する発言をしてしまい、それが決定打となりワルドは振り向きもせずにその場を立ち去って裏口へと急いだ。裏口を出た先の厩の影にでも身を隠して泣きたい気分だったからだ。
そこに、ひと仕事終えて帰ってきたのか東洋人の少女レナ・アリーントーンが勢いよくカウンターの階段に面したいつもの席に駆けてきて大きめなリュックをどかっとカウンターに投げ置いて受付嬢に笑いかける。
「たでーま!! 取ってきてやったぞ買ってきてやったぞ大麦バッグ一杯!」
「あ、うん、ご苦労様。ってなんでカウンターに投げるのよ裏口からキッチンに届けてくれていいのに!」
「報酬報酬! ほらほらっ、今回のお使いの報酬は!?」
「あ、うん」チラリと立ち止まったワルドを横目に「今、重さ測って持ってくるから待ってて」
「はーいはーい!!」
レナは椅子には座らずにカウンターに両手の肘を突いて寄りかかり今更ながらワルドに気付いて「ん?」と屈託のない笑顔を向けるが、ワルドは余計に虚しくなって立ち去ろうとした。
何かを察して、レナが彼の右肘を左手で掴んで呼び止める。
「な、なんだよっ」
「うーん? なんだろうねぇ」
そして、彼を面白そうに眺める見慣れない冒険者の一団を見て笑顔が消える。
「あるあるー。そういう光景何気によく見たんだよねぇコレが」
「な、なんのことだよ離せよ」
「ハブられたんでしょ?」
「んなっ!!」
不愉快そうに睨んでくるワルドをよそにパーティに聞こえるように、酒盛り場の喧騒に負けない声を張り上げる。
「狩場での釣りがちょっと下手だったり、連携技数回ミスったり、回復がほんの数回遅れてHPゲージが真っ赤になったからって他のプレイヤーのこと罵ったりガチで叱る勘違いクソ冒険者ども!」
妖艶な笑みを浮かべていたリゼの目がスッと細くなり、
ロイドが真顔で引き攣った笑みを浮かべてレナを睨みつけ、
ガダリが邪悪な笑みを浮かべて東洋人の美少女を値踏みするように視姦し、
暗に責められてタサンが申し訳なさそうに目を逸らした。
レナの声色に不機嫌さを感じ取り酒場の喧騒がやや収まる。
ロイドが椅子から立ってレナを正面に捉えて腕組みをして顎をしゃくり上げて笑った。
「なんだいお嬢ちゃん。俺の事見つめたりして。1発やってほしいのかい?」
レナは真顔で目を吊り上げた。
ギリギリとワルドの腕を掴む力が強くなる。
(いっ!? いてて!! 俺より小柄なくせになんて馬鹿力だよ!?)
慌てて腕を振り払うワルド。
構わず、レナはロイドに負けじと腕組みをして睨み返して言った。
「ごっめーん。アンタみたいな絵に張り付くようなキモい笑い方する奴むりー」
「言うねえ東の蛮人」
「キッモ。自分が優秀な遺伝子の塊だと思ってる残念キモ雄オツ」
「ああ? 訳の分からねえ事口走りやがってこのドブスが」
「はっはー!! 美少女に振られたらドブスとかほざいちゃう残念坊やですかー!? 振られるのが悔しいなら初めっから口説くなオタンコナス」
ジリっとロイドが前に出るのに怯みもせずレナは一層目を怒りで吊り上げて言った。
「そういやお前らがワルドの仲間だった奴らだよねぇ」
「それがどうしたっ。ああ!?」
「いやっはー! わらうー! 全肯定!!」
くるりとワルドに振り返り、打って変わって優しげに見上げて来て彼はドキリとして一歩後退る。
レナは笑顔で言った。
「ソロ落ちオツ! じゃあうちのパーティ来なよ!」
「え、は? おま、何言って、」
「いいからいいから! いやー、欲しかったんだよねえ、討伐依頼受けるのにさ、探索とか釣りとか経験者いなくってうちのパーティのリーダーが及び腰でさあ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、俺は・・・」
「まーいーじゃん別に、次のパーティ決まってないっしょ?」
「そんな節操もない、」
「捨てられて節操もなんもないじゃん! あんた聞き込みとかわかんないなりにココで頑張ってたっしょ!」
「い、いや、それは・・・」
後ろ暗い仕事の聞き込みをほとんどの冒険者は嫌い、彼を煙たがっていたのに、このレナという少女は評価してくれている。
少し救われた気持ちになってすぐにかぶりを振って否定した。
「お前、俺の事なんも分かってねえ! お、俺は、なあ、」
「あーしらんし、そういうの。単にあんたが悪人じゃないってのが重要なの! ロスファン長年やってきた感が告げておるのだよワルド君、キミはきっと楽しい冒険仲間になるとのう!」
「ロスファ・・・ううん、なんかよく分からないけど、とにかくだな」
「ソロで行くには辺境って割と厳しいよ? 野良冒険者が通りすがることもないしね」
「野良って・・・」
ふっとつい笑ってしまう。
このレナという東洋人の少女は、ふわっとしているがワルドは嫌いな空気ではなかった。
「おいっ、無視して盛り上がってんじゃねえよ!!」
ロイドが空いていた椅子を蹴り倒し、それを見ていたホール内の冒険者達の目が一斉に座る。
レナは面白そうにロイドを見て返した。
「ワルドの事キックしたんだよね!?」
「キックってなんだよ!」
「パーティ首にしたって事」
「あーそうだよ。悪いか? ああん!」
「だってさだってさ、じゃあ問題ないじゃん、うち入りなよ!」
「おい小娘、それ引き抜きって言うんだぜわかって言ってるか?」
「はあー? 全然分かんない。だって首にしたんでしょうがうちで貰って何が悪いんだっつーの」
一触即発の睨み合い。
仲間を不当に扱うプレイヤーが大嫌いなレナの怒りは(事の発端がどうあれ)爆発寸前で、すでに右手は左腰の素剣の柄を握りしめている。
いざとなったら彼女を戦わせるわけにはいかないと、ワルドも素剣柄に手を伸ばした時、背後の、階段裏の影から竜の激昂の如く怒鳴り声が響き渡って、
「やかましい!! クソどもが!! 一体全体なんの騒ぎだ!?」
完全に喧騒は沈黙した。




