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恋に不安な少女は疑わしきに目も向けず

「これはこれは、珍しゅうございますな! 斯様な場所に呼ばれるとは思いませなんだ」

「皮肉か耄碌騎士め」

「それで、何を飲まれますかな!?」

「おちょくるのも大概にせい。貴様、己が立場を忘れたわけでもあるまい」

「はて? どのような意味でありましょうや」

「南の都市から流れてきた冒険者が何やら企んでおるようだ。小生意気な小娘の事を隠れもせずに探っておる。ここまで言えば、さすがの貴様でも察する事が出来よう」

「ふむ・・・。それは難儀でしたなぁ」

「ともかく警戒はしておけ。何よりワシは情報の提供はしてやれるが、手助けしてやる義理は無いのだからな。今は」

「つれない物言いでございますな」

「ぬかせ。そうさせたのは貴様であろうが」

「素直になっていただいても良いのですぞ!?」

「やれやれ、貴様と話していると頭が痛くなってくる・・・。せいぜい気をつけよ」

「承知仕った!!」


 冒険者ギルド付近の寂れた小さな酒場にて、老魔法使いと老騎士の密会より。





 冒険者ギルド裏の厩の中は、毎日の手入れのおかげで人が寝泊まりしても問題ないほどに清潔に保たれていた。

 もっとも、10頭は常に休んでいる馬達の獣臭は厩内にひどく充満しており、実際に人が寝泊まり出来るとは言い難い。

 そんな厩の手入れに、今日もレナ・アリーントーンは精を出していた。

 一番奥のブースでじっと佇み、レナを横目で静かに観察してくる一際大きな体躯の黒毛馬の視線が痛い。


「あああ、もう!」


 土間の掃き掃除を終えると、レナは壁に立てかけて置かれたピッチフォークに箒から持ち替えて厩の奥まった乾草の山に大股で歩み寄ると、やや乱雑に乾草を突いては一輪車にバタバタと放り込んで山を築くとその一輪車を押して黒毛の大馬のブースへ。そして餌箱にどさっと乾草をひっくり返して睨みつけて言った。


「あのさあ! そうやってジーーーーーっと見つめられてるとやりにくいのよね!?」


 黒毛の大馬はブルルッと鼻を鳴らして小首を振り、勢いよく左右に尾を振り回すと、首を上下させてレナに額を近付けてさらにブルンと低くいなないた。

 彼女は気難しそうに馬の黒い額を睨みつけながらも右手を伸ばしてそっと鼻筋を撫でてやる。


「ウウーククク、ブルルル」


「なになに気持ちいいのか? んん? ここがええのんか?」


「ヒヒーン、ブルルルル」


「くっくっく、うい奴め。このこの〜」


 動物好きで世話焼きなレナは、以前セージを背に乗せて戦いに身を投じたこの馬に懐かれている事に少なからず喜びを感じており、悪態を吐きながらもこうして可愛がるのを日課としていた。

 厩の掃除や馬の世話など、ギルドで毎日発行される小遣い稼ぎ程度の依頼であり、誰も受ける者が居なければウェイトレスや日銭稼ぎの町の少年少女が雇われるので正直言ってレナが受ける依頼でもないのだが、現状彼女のパーティでこなせる依頼は町中のお使い程度の依頼に限定されるためほぼ毎日受けている。

 ペットを飼えない今の生活において、唯一の動物と戯れる事が出来る癒しの時間であった。

 満足いくほどに黒毛の大馬を撫で終えて鼻歌混じりに他の馬達に餌やりを続けていると、厩の入口のスイングドア越しに柱を剣の柄で3回叩く音が響いてレナは少し驚いたように首を向け音の主であるエルフの女性を恨めしそうに見て言った。


「わー、もー。びっくりするからやめてよフラニー!」


「びっくりって、ただのノックじゃない。本当に動物が好きねレナは」


「馬とか犬とかってさ! 人間大好きじゃん!? なんかこう、一緒にいると癒やされるのよねぇ」


「まぁ、わからなくもないけど・・・」


 フラニーは周囲を素早く見渡して厩の付近に人がいない事を確認すると、スイングドアを押し開けて入りレナに近付く。


「ねぇ、レナ。最近おかしな感じはしない?」


「おかしなって?」


「ほら、2日前あんたとセージが連れてきた冒険者。ワルドって言ったっけ」


「あー、いたねー。あいつがどうかしたの?」


「どうかって・・・。何も気付いてないの?」


「え、何に?」


「あいつ、ギルド内でも商店街でも、頻繁にアニアスについて聞き込んで歩いてるみたいよ」


「あー・・・。それねー・・・。なんで男ってさ、肌の色が違う美人が好きなんだろうねここに東洋の美少女がいるっていうのに。見る目ないっつーかさー」


「あのねぇ・・・あんたそんな事考えてたの?」


 フラニーはレナの反応に呆れるように姿勢を崩して左手を腰の剣の柄に乗せて右手の平を上にひらりと返す。


「いい? アニアスが誘拐されそうになって一月も経っていないわ。そこに外から来た冒険者が聞き込みを始めるって怪しいと思わない?」


 レナはつまらなそうに一輪車のハンドルを握ると、前後に転がしながら興味なさげな様子で言った。


「んーなのさー。男なんてみんな同じなわけじゃん。どーせ。どーせ金髪ガングロ美女が好きで好きでたまらないんでしょーよ。あーお肌焼こうかな、そうしたらセージもちっとはあたしのこと見てくれるかなぁ」


「はぁ・・・とんだポンコツねあなた。またアニアスが狙われてるって思わないわけ?」


「いやー、ないっしょー! あの冒険者の聞き込みあからさますぎだし! アニアスがセージの奥さんって知った時の顔が見てみたいわ」


「はぁぁ・・・」


「なによ!?」


「あのね、レナ。あなた、もう少し周りを観察した方がいいわよ。そんな事じゃあそのうちセージに愛想つかされるんだから」


「そんなことないもん!!」


「おおありよ、全く・・・。ともかくワルドから目を離さないでね。私も気に留めておくから。アニアスも私たちにとって身内みたいなものなんだからしゃんとしなさい!」


 フラニーは叱るように言うと踵を返して厩を足速に出て行った。

 残されたレナは不貞腐れて一輪車を奥へと転がす。


「何がしゃんとしなさいよ。身内って・・・! ああ、もー!」


 どさっと乾草の山に一輪車をひっくり返して停めると、上から一輪車の鉄の荷台の腹を右足で蹴り飛ばして憂さ晴らしするレナ。


「どうしたら振り向いてくれるのよー・・・。せっかくお馬さん達で癒されて気持ち紛らわしてたのに。フラニーったら! もー!」


 行き場のない不安と苛立ちは、勇者を目指す少女の思考を十二分に曇らせていた。

 午後は適当な依頼でもあるだろうかと、全く別の事を考えて問題から意識を外らせる。

 ワルドがよしんばアニアスの素性を探っていたとしても、たった一人で何をするものかとたかを括っていた面もあり、彼の行動に疑問を抱くことの出来ないレナ。

 何より、妹分であるハーピーの娘達、アルア、ビーニ、チェータに刃を向けた小男のことなど、考えるだけでも虫唾が走ると、存在そのものを意識から外してしまっていたのだった。






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