転生隠者は護り手と目覚める、その4
盗賊ギルド正面の広い庭は、大きな正面玄関から平らに切り出されて敷き並べられた石畳が五メートルの幅で三十メートルまっすぐに続き、高さ三メートルの鉄格子門へとたどり着く。石畳の左右には、綺麗に四角く刈りそろえられた低木がアクセサリーとして植えられており、右をのぞめば色彩豊かな花壇が、左をのぞめば十五頭の馬を世話する厩と馬具の収められた納谷。
その大きな納屋の前で、ベルナンは配下の十名の構成員にアニアス捜索の準備を急がせていた。
程なく二頭の駄馬に引かせた馬車が二台、準備が終わったのを確認して構成員達に馬車に分かれて搭乗させる。
「アニアス様を無事にお連れするのが我々の任務だっ。心してかかれよ! イース、ヘイズ、御者は任せる!」
「承知いたしました」
「任せなって!!」
アニアスと同世代の若い構成員が気合を入れて御者台に乗り込むと、背後の少し離れた石畳の方から老騎士と青色神官少女が駆けてきてベルナンを呼び止める。
「お待ちあれっ、お待ちくだされベルナン殿ー!」
老騎士キンバーデが右手を大きく振って左手に斧槍を握りしめて駆けてくる。
ベルナンの前でやや息を切らせる老騎士は力強い光をその目に輝かせて言った。
「某めも、是非に、連れていっては下さりませぬか!?」
「急所に一撃を受けた身で、本当についてこられるつもりか」
「この、」青色神官少女を右手で指して「アミナ殿の賢明な治療のおかげで、元通りにござれば! 何より、姫様を奪われたはこのキンバーデの失態っ。この身をとしてお救いせねば、何のための聖騎士にありましょうや!?」
ベルナンは一つ頷くと、配下の一人に振り返って命じた。
「馬を一頭貸し与えろ、キンバーデ殿も同行する」
「ハッ!」
後ろに控えていた馬の一頭をその者が引いてキンバーデの前に進み出る。
「かたじけないっ。さあ、勇敢なる馬よ。このキンバーデと共に聖騎士の道を歩もうぞ!?」
老騎士が手綱に手を伸ばすと、馬はつゝと横ばいに離れて首を下げ地面を舐める。
ピタリとそのままの姿勢で固まるキンバーデ。
「何、恥じる事はない! さあ、某と共に聖騎士の、」
再び手綱を握ろうと近づくと、馬はつゝと離れる。
老騎士キンバーデは激怒して斧槍を振り上げて地団駄を踏んだ。
「なんじゃ!? 何故逃げようか!? 貴様それでも勇敢なる戦馬であるか!?」
キンバーデの悲しい姿に見兼ねたアミナが前に進める出る。
「キンバーデ様、そのように目を血走らせては馬が怯えるのは当然です。それにこの子は戦馬ではなくちょっと頑丈な駄馬です。人を乗せて走れはしますし戦いにも耐えるでしょうが、戦闘訓練を受けているわけではないのですから、そんなにも必死に近づかれては警戒してしまいます」
「むむ・・・うう・・・。そんなものであろうか・・・」
「そんなものです。ですから、病み上がりですし馬車に乗せてもらう方が良いのではないでしょうか」
「なれどっ! このキンバーデ、聖騎士である以上は騎乗せねば締まりが尽きませぬ故!」
「キンバーデ様、セージ様が聞かれたらいい加減にしろジジイ自分の歳を考えて物を言えと叱られてしまいますよ?」
ぐむむ、と、キンバーデは唇を噛み締めて小柄で可愛らしい短髪青髪の神官少女を恨めしそうに見て言った。
「セージ殿の言葉を借りての辛辣な言葉に涙が出そうになってくる。が、アミナ殿の言葉も至極ごもっとも。このジジイ涙を飲んで馬車に揺られよう・・・」
キンバーデが諦めて馬車に乗り込もうと踵を返すと、正面玄関が俄かに慌ただしくなり、ギルド長のダーゼムが側近の二人の黒服を連れて駆け出してきた。
正門の格子門が悲鳴のような音を軋ませて開かれると、黒毛の大馬に跨ってアニアスが帰還した所だった。
左右には筋肉質だが華奢な馬に跨ったレナとフラニー、そして一行の少し前を徒歩のジェリスニーアがメイド然とした立ち姿で颯爽と歩いている。
ダーゼムが、キンバーデが駆け寄って言った。
「おおおお、アニアス。アニアスっ! 無事か、怪我は無いか!?」
「無いよ、お父様。ここにいる、レナやフラニー、ジェリスニーアが来てくれたからね。それに、セージも・・・」
「うむ。そういえばあの木偶の棒の姿が見えんな」
嬉しそうに言ってのける父、ギルド長ダーゼムに、アニアスは眉根を潜めて言った。
「お父様。セージがいたからアタシは助かったんだ。そういう扱いはないんじゃないか?」
「そんな顔はしとらんわい。北の民が嫌いなだけだ」
「ひめさまあああああ!!」
「げっ、ジジイっ!」
キンバーデがアニアスの傍に跪き、頭を垂れる。
アニアスはドン引きして後退ろうとするが、馬上のため身をよじるだけだ。
パッと顔を上げて、盛大に涙を流して鼻水を垂らしながらキンバーデが嬉しそうに申し訳なさそうに言った。
「ぐぐふ・・・、よくぞ・・・。よくぞご無事で戻られましたっ。よよよよよ・・・。不詳キンバーデ、不覚にも遅れを取り姫様をお一人にさせてしまおうとはっ。まこと・・・まっこと申し訳ござりませぬう!? なれど、・・・なれども・・・。よくぞ・・・よくぞご無事でおよよよよ」
「や、やめろ鬱陶しい!! アタシはこの通り五体満足なんだから汚ねぇ顔で泣きじゃくるんじゃない!!」
周囲を見渡し、呆然と立ち尽くす若い構成員を目に留めて睨みつけて言う。
「おい、おまえ! 馬から降りられないだろうが、このジジイを早くどこかへ連れて行け!」
「はあ!? はっ、はいい!!」
慌てて二、三人が駆け寄ってキンバーデを助け起こす。
その様子を見ていて、レナとフラニーは微笑ましそうに顔を見合わせると「それじゃ、」「私達は戻るから」と騎首を返そうとしてアミナが駆け寄って止めた。
「レナ様、フラニーお姉様、セージ様はおられないのですか?」
「えっ!? あー・・・。なんか敵の用心棒っぽいのとやり合うのに残ったのよね。まあ、あの強さだし、向こうの馬車だってあるんだから奪えば問題ないし。心配いらないっしょっ!」
フラニーが困った顔をしながらも同調し、子供達も首を上下させて笑う。ラーラは少し寂しそうに微笑んでアニアスを抱きしめる力を込め、ジェリスニーアは無表情で目を閉じて静かに佇んでいた。
その様子を見て、ダーゼムが唇を震わせて厩の方を見る。
少し離れた位置で申し訳なさそうに佇むベルナンを目に留めて声を荒らげた。
「まだ出発していなかったのか、カークウッド。貴様は稀代のノロマかアニアスが帰って来たと言うのに出迎えも出来ないか!!」
おずおずと前に出て頭を垂れるベルナン。
「・・・お帰りなさいませ、我がレディ・・・。ベルナン・カークウッド、何のお役にも立てず・・・」
アニアスは少し寂しそうに微笑んで言った。
「気にするな。アタシはこの通り無事なんだからな」
「どなたのお陰でご無事に帰られたのかは、ご承知いただければ幸いですが」
目を閉じたまま生人形ジェリスニーアが静かに口を開く。
ダーゼムが右手を差し出してアニアスの手を取った。
「降りなさい、アニアス」
「あぁ、うん・・・お父様」
アニアスが馬を降りると、後ろで残された上質な白地に赤の縁取りが施された衣を纏い薄紅色の帯で腰に留めるハーピーが静かに二人の肌の色が異なる親子を見下ろす。
ダーゼムはハーピーにも手を差し伸べて馬から降ろさせると言った。
「獣が。馬に乗れるとはな」
言葉遣いこそ蔑むものだが、声色は優しい。
意図する所を感じ取ってか、ハーピーは跪くように腰を折って頭を垂れた。
「お初にお目にかかります。セージの妻の、ラーラと言います」
「魔物が嫁とはな。北の野蛮人らしい。それで、その北の野蛮人はどこでどうしているのだ」
「戦地に残り、アニアスを攫った連中と刃を交えました。負ける事は考えられませんが、馬をアニアスと私に預けたので、帰る足がありません。いずれは戻るでしょうが、」
「このワシに手間を取らせたいと。獣の分際でそう言うのか。ハーピーなんぞ男の玩具でしかなかろうに」
勤めて冷たい目で見下ろすダーゼム。
レナがその態度に殺気立ち、フラニーが表情を隠してその前に馬を進めて遮った。
ダーゼムは軽く息を吸ってため息を吐くと、アミナを見下ろし、ジェリスニーアに目配せをする。
ジェリスニーアが深々とお辞儀をして言った。
「ラーラ奥様は旦那様を、冒険者ギルド長セージ様をご心配なさっておいでなのです」
「ふん。魔物が、殊勝な事だ」
「つきましては、セージ様をお迎えに向かいたく、馬車を一台お貸しいただけないでしょうか」
「魔物を妻とするような変人に、ワシが何かをなすと思うのか?」
「アニアス様を救出しました。その功績はお認め頂けるものと考えますが」
「ふん。人形が・・・」
再びベルナンを振り返り、ダーゼムは命じた。
「カークウッド、この役立たずが! せめて恩人の迎えくらいは出来るのだろうが、さっさと馬車を出せ。娘を取り戻した礼に町まで足を貸してやろうじゃないか」
ラーラとジェリスニーアが深々と平伏する。
ダーゼムは二人を見もせずに踵を返して言った。
「ぼうっとしているんじゃあない! 娘は疲れているんだぞ、熱い風呂を用意しろ! 娼婦どもに世話もさせるんだ、このワシの娘だぞ!」
「ちょっと、お父様! 恥ずかしいからやめろ! アタシは風呂だって一人で入れるし誰かに身の回りを世話してもらう必要だって!」
「いいからいう事を聞けアニアス! お前はこれから天神サーラーナ役として山車に乗らねばならんのだぞ!?」
「そんな事すっかり忘れてたー!? セージがいないのに山車に乗ったって意味がないよ!?」
「あの木偶の棒がいないから意味があるんだろうが! 言う事を聞け!」
「本当にお父様って、お父様って!」
言い合いしながら去っていく二人を見送り、ラーラが立ち上がると、ベルナンが歩み寄って言った。
「セージ殿を迎えに馬車を出す。だが、ラーラ達魔物は、」
「わかっているわ。魔物の身で日の暮れた街道に出たら危険なことくらい。だから」
ラーラはベルナンとキンバーデ、アミナを見て言った。
「夫をお願いね。とくにアミナ、あなたの癒しの魔法の力が必要よ」
「わかりました、夜のお相手はお任せ、」
「そっちじゃないから。ジェリスニーア、あなたもお願いね」
「賜りました。では夜の相手はこのジェリスニーアが、」
「それもダメだからね?」
困り果ててレナを見るラーラ。
「レナ、疲れてると思うけど、あなたもお願いね?」
「う・・・。なんか、一番可能性が無いと思われてんのかしら。私の存在って・・・」
「お父さんをお願いね?」
「完全に娘枠でした・・・」
ガクッと首を折るレナ。
ベルナンはラーラの「手」を取って立ち上がらせると、馬車の片方を指して言った。
「ラーラの事はうちの信頼のおける構成員に送らせます。セージ殿の事はお任せください」
「ええ。信頼しているわ。フラニーは一緒に来て頂戴。ギルドに説明しないといけないでしょう?」
「やれやれ、損な役回りね。私だってセージを迎えに行きたいのだけれど」
「娘達の面倒も一緒に見て欲しいから。いいでしょう?」
「ま、しょうがないわね。ほら、あんた達も行くわよ?」
フラニーが号令をかけると、「「「はーいっ」」」と元気に返事をして用意されていた馬車の荷台に飛んでいく子供達。
ベルナンが右手を上げて号令をかける。
「一号車はセージ殿を迎えに向かう。二号車、イース。ラーラ達を無事に送り届けろよ」
「承知しました、隊長」
「それでは、アミナ、ジェリスニーア、向こうの馬車に乗ってくれ。サー・キンバーデ、貴方もです」
「はい」
「承知しました」
「恩人を迎えに行くも、騎士の務め。承知仕った」
「それから、レナ」
「はいはい。私の馬も疲れてるからね、馬車で、」
「そのまま向かってくれ。馬車には余裕を持たせたい。うちの構成員も乗っていくからな」
一瞬の沈黙。
「扱い酷くない!?」
「ようし、出発する!」
レナの抗議が虚しく木霊し、ベルナンの号令に乗客を乗せた馬車がゆるりと走り出した。