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転生隠者と転移勇者 -ヴァラカスの黒き闘犬-  作者: 拉田九郎
第4章 護り手は見出したりて
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キンバーデ、遠い記憶

 深い闇が続いている。

 どこまでも遠く。

 どこまでも深く。

 どこまでも果てしない。

 銀色に輝く甲冑を纏い、右手に斧槍ハルバードを構えて深い闇の中に直立不動で立つ白髪に白い豊かな髭を蓄えた老人は、その場に目を閉じてじっと静かに耐えていた。

 目を開けても何も見えず。耳をすましても何も聞こえない。声を出そうにも、音は響かない。

 永遠にも思える暗闇の中で、老人の瞼の内に、少しずつ光が湧き立ち、脳裏に広大な草原が描き出されて来た。

 見覚えのある光景。

 夜の草原。

 徐々にはっきりと見えて来た光景は、遥か南の王都フェリ近郊の、遠く大森林を抱く広大な草原。

 北へと伸びる街道から、東に百メートルは離れた道のない道を、一頭の灰色の馬が駆ける。

 その背には、深い青色のローブに身を包んだ初老の男。

 男は右手で手綱を握り、左手に大きなバスケットを抱えていた。バスケットには白いナフキンがかけられて、中身は窺い知る事が出来ない。

 それらを遠く空から見下ろしているような奇妙な光景がしばし続いていた。

 明滅する瞼に映し出された景色。

 瞬間、その景色が消滅するや、唐突に老人の肌を夜の湿気を纏った生暖かく思い風が凪いだ。

 カッと目を見開く。

 星明かりに照らされた大草原を、一頭の灰色の馬が駆けてくる。

 老人は右手の斧槍ハルバードを高く掲げ、左腕を開いて通せん坊すると大きな声を張り上げていた。


「止まれーっ!」


 灰色の馬が徐々に速度を落とし、老人の正面に止まると、控えめに暴れる馬の上で深い青色のローブに身を包んだ初老の男がフードの下から鋭い眼光を光らせて老人を見下ろして言った。


「キンバーデっ! 何も言わずに通してくれ。王国の未来がかかっているのだっ!」


 老人、キンバーデは左手の拳を腰に、右手の斧槍を大地に勢いよく突き立てて吠える。


「何が王国の未来か。いまだ幼き姫殿下を拐かし、何処へ参ろうというのか。貴殿の行いこそは、王国への叛逆である。姫殿下を返すのだ、ゼンダー・ヴァスタークッ!」


「分かってくれ、キンバーデ・エヴァンデイルッ。このまま王国におわしては、姫様の命は数年と持たぬ! このお方こそは、予言に歌われし聖女様に他ならぬのだっ。幼き聖女様は政争の道具と晒される。長くは生きられぬ。故に遠く逃さねばならぬのだっ」


「違なことを。遠くどこに逃すというのか。誰がお育てになるというのか。王家に生まれしお子は、王家で育てねばならぬ。王の血筋は、王の元に育まれるべきなのだっ!」


「ならば見よっ!!」


 青色のローブの男、ゼンダーは手綱を離すと両手で丁寧に、しかし素早くバスケットを見せると白いナフキンを右手で剥いで中身を見せた。

 バスケットの中には浅黒い肌をした、産まれて数ヶ月足らずの赤ん坊が目を見開いて不安げにキンバーデの顔を覗き込んできていた。

 その瞳は、太陽の光を照り返すほどに美しい琥珀色。

 キンバーデは息を飲んだ。

 ゼンダーは鋭い視線をより一層細めてキンバーデを睨みつける。


「王家に産まれしお子が、何故、黒い肌をしていると思う。何故、その瞳は琥珀色なのか。王の血筋は雪のように白い肌に黒みがかった金髪、そして青い瞳。ならばこのお子は何処いずこの赤子か」


「遥か西の、砂漠の民の子であろう」


「砂漠の民は黒き肌に黒き髪、そして瞳の色は黒か茶色か。ではこの赤子は何処の赤子か」


「問答するつもりなど無いぞ、ゼンダーッ! さぁ、姫殿下をお返しするのだっ」


 キンバーデは厳しい顔で睨み返し、斧槍を両手に構えてゼンダーの眉間に狙いを定める。

 ゼンダーは「友」の気迫を押し返すように睨みつつ、バスケットにナプキンをかけて赤子を隠すと言った。


「我が友よ、聖騎士、サー・キンバーデ・エヴァンデイルよ。其方がつるぎは何の為にある。王か、王国か、人か、世界か。この五十年で、世界に魔族の軍勢が現れんと予言は語っている。魔族と戦う為に、御旗として聖女様が必要なのだ。魔の王を打つ為に、聖女様は必要なのだ。故にこのお子をお守りせねばならぬ。何故、貴様には解らぬのだ!」


「百年、五十年と、念仏の様に貴様ら宮廷魔法使いは嘯くが、ついぞ魔族とやらが現れた試しなど無いではないか。貴様らのくだらぬ狂言に、姫殿下を巻き込むかっ!?」


「眩き金色の髪、日の光を照り返すほどに輝く琥珀色の瞳、そして太陽の加護を受けし黒き肌っ。このお方こそ、我が姫様こそ天神サーラーナの化身たる聖女の印。なればこそ、運命の時は近い。王家の政争道具と終えて良い命では無いのだキンバーデっ!!」


 キンバーデは斧槍を両手に構えると、両脚で大地を踏みしめて腰を深く落とし、ゼンダーの首目掛けて狙いを定める。

 ゼンダーは聞き分けのない「友」を、聖騎士をしばし見つめると、馬を飛び降りるなりその尻を叩いて力強く言った。


「さぁ、行けっ、我が愛しき獣よ! 姫様を。聖女様を遠く北の地に逃しておくれ。たとえお辛い運命があろうとも・・・!」


 勢いよく駆け出す牝馬。

 ゼンダーに気を取られていたキンバーデは、彼の馬が送り出された速度に目を奪われ、すぐに宮廷魔法使いに視線を戻して目を見張った。

 彼の左腕に抱かれていたバスケットが消えている。

 事態を察して吠える聖騎士。


「ゼンダー・ヴァスタークっ、謀ったかっ!!」


「運命の輪は投じられた。後は我が道を全うするのみ」


 左手を右の袖口に差し込み、一冊の装飾も無い茶色の革の表紙で挟まれた本を取り出すと、ゼンダーはキンバーデの足元にその本を放って寄越す。


「我が身滅びし後の事を貴殿に託す。サー・キンバーデ」


「ゼンダーッ!」


 駆け去った馬を追わんと踵を返すキンバーデに、初老の宮廷魔法使いは憑物が取れたような穏やかな声で言った。


「貴殿の馬は速かろうとも、近くにはおらぬ様だ。我が愛馬は早馬ライディングホース。最早、追いつくまい」


「ゼンダー・・・! 貴様を叛逆の罪で連行する。抵抗はするでないぞ」


「友よ。貴殿にその本を託す。私が長年、積み重ねて来た予言書だ」


 キンバーデは、ゼンダーの言葉に特に感じた所は無かったが、友と信じていた者の言には怪しむという事もなく、ただ作業のように小さな本を左手に掴み上げて彼に向き直って斧槍を向けて凄んだ。


「遺言でも書くがいい、かつての友よ」


 ずいと本を差し出すと、ゼンダーは微笑んで被りを振って見せた。


「我が身滅ぶまで、決して開いてはならぬ。サー・キンバーデ。我が命、潰えし後に、六日の時を待ってそれを読むがいい」


「今度は何を企むか。罪人が・・・!」


「時が来れば、自ずと知れよう。時が来れば、運命さだめと知ろう。時が来れば、その身の使命と知る事になろう」


「戯れ言を申すかっ!」


 突然、視界が漆黒に染まり、草原の風が消えた。

 湿気のあった草原の空気が掻き消え、無音、無風、無臭の空間と化したそこは、虚無と呼ぶべきか。

 キンバーデは、その漆黒の空間で、再び思考を停止させ、物言わずただ立ち尽くしていた。






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