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転生隠者と転移勇者 -ヴァラカスの黒き闘犬-  作者: 拉田九郎
第4章 護り手は見出したりて
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男は何を、想い発つ

 間隔のやや狭い、急な木製階段を登って行く。

 巨漢の自重と装備の重さに、ギシギシと乾いた音を立てる階段は幅二メートルと広くはなく、彼にしがみついてケラケラと笑う三匹の魔物プチハーピー達の羽が同じく木製の壁に時折先端を擦らせるが、魔物達は意に介した様子はなく、巨漢が一歩踏み出す度に揺れるのが楽しいのか、ただただ笑っている。

 十数段の階段を上り切り、巨漢が地上階に姿を現すと、カウンターを挟んで中と外で向かい合ってスープとパンで飲食していた二人の娘がその存在に気付き、驚いたように目を丸くして見つめてきて言った。


「え、お父さんどっか行くの?」

「ちょっと、セージ。武装してどこ行くのよ。って言うか、子供達を吊るして歩くその姿はシュールすぎて笑えないわ」


 魔物達を纏わり付かせた巨漢、セージ・ニコラーエフはカウンターの中の娘にジロリと視線を向けて言い放つ。


「喧しいぞエルフ。どこに行こうと俺の勝手だ」


 カウンターの外で椅子に座って彼を見つめる黒髪のサイドテールの娘に視線を移し、


「?」


 何かに期待するように小首を傾げる東洋美人に小さくため息を吐くと、何事もなかったかのように歩き出して通り過ぎた。


「ちょっとっ! 今の間は何!?」


 肩透かしをくらった様子で不満をセージの背中にぶつけて来る。

 セージは立ち止まったが、娘の方を振り向くことはせずにじっと床に視線を下ろしていた。

 彼にしがみつく三匹の魔物、ハーピーの子供達が彼の顔を覗き込むように見上げる事数秒。

 セージが徐に顔を上げると、子供達は彼にしがみつくのをやめてポツリ、ポツリと床に飛び降りて彼の周りを四つん這いでウロウロし始めた。

 普段とは違う様子に心なしか背中が小さく見えて、彼に違和感を感じたエルフ娘フラニーは左手をそっとカウンターに添えて言った。


「その様子だと、またぞろ厄介事って事なのかしら? ギルドマスターさん」


「そう思うか」


 振り向かず、背を向けたまま語る巨漢の戦士に、娘は募る不満を吐露しようとして口を開いたが、徐に半身振り向いて鋭い眼光の中に哀しみの光をたたえたセージの視線を目にして息を呑んでしまい、言葉が出てこない。

 セージは逡巡して娘達に一言を発した。


「手伝えといえば、手伝える程度には暇なのか、フランチェスカ」


 名前を正確に言われて目を閉じ、ため息を吐く耳長の娘。


「そうやって名前をちゃんと呼んでくれるあたり、だいぶ困ってるみたいね。それで? 何をさせたいわけ?」


「アニアスが拐われた」


 アニアス。

 盗賊シーフギルドの頭領ドンの娘にして盗賊ギルド幹部。

 武闘派を率いてはいたが、統率力はあっても当人の戦闘力はそれほどでもなかったと記憶している。

 フラニー、フランチェスカ・エスペリフレネリカは苛立たしげにカウンターの上を左手の人差し指で、トントンと叩いて言った。


「手伝うのはやぶさかじゃないけど。もう少し詳しく話してくれない?」


「正直に言って、それ以上の情報はない」


「誘拐者の目的も、拐われた理由も不明ってわけね。けど、貴方あなたが報酬を用意する必要は無いのではなくて?」


 フラニーは率直な意見として、ギルドに依頼があったわけでも無い事件へ、ギルド長自らが直接関与すべきではないという観点からの言葉だった。

 ギルドマスター、セージ・ニコラーエフは、いや大槻誠司は胸の内の複雑な感情にたまらず、無意識に漆黒の鉄兜サーリットを左手に脱いで素顔を晒してしまう。

 苦悶に歪んだ傷だらけの顔が、普段は刺すほどに鋭い眼光からは想像出来ない悲しみが二人の娘の心を打った。

 両手で持っていたパンに齧り付いた姿勢のままレナは動きが固まってしまい、寂しそうな大男の顔にじっと見入ってしまう。

 レナの視線に気付いて、セージは無意識に鉄兜サーリットを外してしまった事を知り、彼女達に背を向けて鉄兜をかぶり直した。


「何だっ」


 じっと見つめて来る東洋娘に、彼は怒りにも似た不満をぶつける。

 え? と一瞬固まって、噛み切ったパンをモゴモゴと咀嚼しながらレナが言う。


「あのさ。お父さんさ。もしもさ? もしもだよ?」


「・・・何だっ」


 一瞬の沈黙。

 パンを飲み込んで、レナは椅子から立ち上がるとセージの大きな背中に向かって勇気を振り絞って言った。


「あのっさっ! 私やフラニーが同じ目にあったらさっ! お、おんなじ風に、かんー」

「準備できたぜ、ギルドマスター!!」


 レナの言葉が終わらぬうちに、カウンターの奥の厨房とは別の扉が開かれて、冒険者ギルド裏手の厩で出発の準備をしていたベイン・ゲルガーが大声で台詞を遮る。

 そのあんまりなタイミングに、レナとフラニーは恨めしそうにそれだけで斬り裂けるのではという鋭い視線で禿頭の大男を睨みつけた。

 娘達の視線に理由が分からず、顔をしかめるベイン。


「何だよっ、帰ってたのかい。というか・・・」肩を竦めて両手を天に向け、不服そうに身体を揺すり「なんでそんなにも俺を睨んでんだよっ!」


「「知るか死ねっ!!」」


「何なんだよ、全くっ」


 ベインはうら若き娘達に睨まれつつもカウンターに入ってセージに向き直る。


「アンタを乗せられる馬はウチじゃあ二頭しかいない。相性の良い方に乗ってやってくれ。鞍は着けてある」


 セージは彼の言葉に一つ頷いて子供達プチハーピーを見下ろして促した。


「行くぞ、お前ら」


「「「あーいっ」」」


 子供達は翼を大きく広げて頭上に振り上げ、万歳の姿勢でプルプルと翼を震わせるとレナの足元に纏わりついて行って言った。


「ねーちゃー」

「ねーちゃ行くー?」

「レナねーちゃー」


「え!? あっ、行くよ? 行く行く。当然でしょー」


 初めて会った時より倍ほどの大きさに成長したハーピーの子供達に笑顔を振りまいて安心させてやるレナ・アリーントーン。

 子供達プチハーピーはレナに満面の笑みを浮かべて万歳すると、バサバサと羽ばたいてカウンターに飛び乗ってペタリと座り込むと、今度はフラニーを見上げて言った。


「耳ながー」

「みみながー」

「みーみーなーがー」


「なんで私の事は名前で呼ばないのよ!!」


「「「みーみーなーがー」」」


 子供らしい残酷さか、エルフのフラニーを頑なに名前で呼ばずにおちょくったような呼び方をする子供達。

 怒りながらもフラニーは、両手を腰に当ててそっぽを向いて不満げに言った。


「行くわよ、行くに決まってるでしょうっ。ていうか、私の事もちゃんとお姉ちゃんって呼びなさいよいい加減!!」


「みみながねーちゃー!」

「ながねーちゃー!」

「「「みーみーなーがーっ!」」」


「あーもーっ! わかったわよっ!! ほんと失礼なんだから!」


 言いつつもフラニーが子供達の頭を代わる代わる撫でてやると、目を細めて嬉しそうに身体を揺らす。

 小動物のように無邪気に反応する子供達プチハーピーに、しょうがなさそうに苦笑いする辺り、フラニーはしっかりとお姉さんをしているようだった。

 そんな二人を横目に見て、セージが不愉快そうに唸り声を上げる。どう接して良いか分からずに唸ったに近い。

 娘達はそんなセージに視線を移し、レナが思いついたように口を開いた。


「あ、お父さん、さっきのアレだけど!」


「アレ? アレとは何だ」


「私とかフラニーがその、ほら、あれよ」


「喧しい、来るならさっさと支度しろ」


 ぶっきら棒に言い放って背中を向けるセージ。

 彼の態度にレナとフラニーが怪訝そうに眉を潜めて不満を吐露しようとした時、彼は裏口に向かう足をふと止めて腹から声を絞り出すように言った。


「あんまり俺を困らせるな・・・。アニアスは助ける。それだけだ」


 そして足早に裏手の厩目指して、さっさと歩き去っていく。

 残された娘達は互いの顔を見合わせて、レナとフラニーはふと微笑んだ。


「なんのかんの言って・・・」


「不器用よね。私らの男は」


 そして声を押し殺して笑い出す。

 不気味な物でも見るように、ベインが言った。


「なんでぃ。お前らも行くのかよ」


「そりゃそうでしょ」

「私らの雄が助けを求めてるんだから」


「私らの雄って・・・。そもそも、お前らの馬は用意してねぇぞ?」


「「用意しとけよ!!」」


 んな無茶な、と、ベインは娘達の勢いに両手を小さく上げてたじろいだ。






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