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転生隠者と転移勇者 -ヴァラカスの黒き闘犬-  作者: 拉田九郎
第4章 護り手は見出したりて
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騒動は唐突に

 冒険者ギルド正面口は五段の木製階段を上ると同じく木製の幅五メートルのテラスになっており、テラスは左右におよそ均等に十メートルずつ伸び、外で飲食出来る丸テーブルと背もたれ付きの椅子が向かい合うように二脚置かれたセットが2セットずつ。

 普段からわざわざ外に出て飲食する冒険者など居ないことから、無用のオブジェと化していたが、ギルドの正面とあってはおざなりにしておくわけにも行かず、ギルド酒場のまとめ役でもある禿頭の大男ベイン・ゲルガーはテーブルの上を水を湿らせた布巾で丁寧に清掃していた。

 丁度、昼下がりの多くの者が昼食を済ませた時間帯。

 ベインは最後のテーブルを拭き終えると表通りに向き直って首を回して一息つく。

 ふと通りの右に視線を向けると、冒険者ギルド現ギルド長のセージ・ニコラーエフが大股で歩いてくるのを目に止めてテラスの階段口に歩み寄り、手摺りに左手の肘をついて出迎えて言った。


「どうも、ギルドマスター。珍しい格好してるな」


 普段はくたびれたチュニックに薄汚れたズボンと言った出立なのだが、今日は祭りの集会に行っていた為に綺麗にアイロンをかけたシワの無い飾り付きの白いチュニックに適度にワックスがけされた茶色の鞣革のズボンを履いているセージを見て、茶化すように笑みを浮かべて見下ろしてくるベインに、セージは深くため息を吐いて不愉快そうに顔をしかめた。


「ぬかせ。似合っていない自覚はある」


「別に似合ってないってわけじゃないが」


 実際、サマにはなっていたが貴族然とした格好を毛嫌いする彼にしてみれば触れるだけで蕁麻疹が出そうなほどの衣装なのだ。

 口をへの字に曲げたまま身の丈二メートルの巨漢がテラスの階段を上って正面口からギルド酒場に向かって歩き、やや後ろからベインが布巾を手持ち無沙汰に振り回しながら付いていく。

 飲食に時間を費やす冒険者は今の時間はほとんど居らず、カウンターのいつもの背もたれの無い丸椅子に座るセージ・ニコラーエフ。

 すぐに彼に気付いてウェイトレスのまとめ役のサマエラがポニーテールを揺らして小走りで駆けてくる。


「お帰りなさいまっせ。ギルド長〜。打ち合わせは終わりでーっすか?」


「そんな所だ」


「お疲れ様でーっすねっ! 何になさいます?」


「ポテトとベーコンのスープにパンをくれ」


「ワインはいりまっすか?」


「ビールの方がいい」


「たまわりまーっしたっ!」


 独特のイントネーションで答えて、サマエラは奥の厨房に半身乗り出して注文を伝える。

 ベインがセージの右隣にカウンターに肘をついて身体を預けて来て言った。


「またやらかしたんですかい?」


「どういう意味だ」


「いやさ、ギルドマスターは血の気が多いからまたぞろ揉めてきたんじゃないかとね」


「今日の依頼は何件だ」


「話逸らすって事は揉めたのか。今日の依頼は五件。レストランの獣肉納品と、薬剤協会の薬草集め、スクーラッハ寺院の修道士を隣町まで護衛、あとは木材屋の材木集積場に犬人コボルドが集まってきたのを追っ払う、それと鉱山の野営の更新って所かな」


 フンっと鼻を鳴らして首を小さく振るセージ。


「ようやく鉱山の警備の重要性に気付いたってわけか。手癖の悪い冒険者はつけるなよ。原石だって財産なんだからな」


「滞りなくっ! 折角セージがギルド長になってからいくらかマシな空気になったんだ。下手はうたせねぇよ」


 ギルド酒場の左奥、上へと続く階段の裏側から二人の少女の揉める声が聞こえて来る。

 生人形リビングドールのジェリスニーアと成人手前の少女ニニーリアが相変わらず口論を続けている様子にため息を吐くセージ。

 彼女達の話題はもっぱらセージ自身についての事であり、「妄想」で「いつ、どのように抱かれた」かを競うはた迷惑なものだ。

 彼女達のおかげで彼の周囲には不浄な噂話が蔓延しており、普通ならば肩身が狭い思いをする所だが女冒険者達から「空想彼氏」扱いを受けてしまった経緯から度々色目を使われる始末だった。


「大変でーっすねっ!」


 ポテトとベーコンのスープが半分ほど注がれた大きな木の皿と、並々とビールの注がれた木の大ジョッキを両手に持ったサマエラが、勢い良くカウンターの上、セージの前に差し出して来る。

 やれやれと小首を傾げながら早速ビールジョッキに手を伸ばすのと、少女達がセージに気付くのはほとんど同時だった。


「あっ、ギルドマスター!」

「おはようございます我がマスター」


「ええい、クソ・・・」


「ギルドマスター、ギルド長、今日はとっておきの格好をしてみたんですっ! ご覧になりますかっ!?」


「ご覧にならん。貴様前はもう少しおしゃまじゃなかったか?」


「ご覧になってください!」


「やかましい、ご覧にならん」


 グイッとビールを一飲みで三分の一飲む。

 生人形ジェリスニーアが緑色のローツインテを揺らして前に出て言った。


「お風呂になさいますか? お食事になさいますか? それとも、わ・た・」

「黙れポンコツ娘。いい加減にしないと引っ叩くぞ」


「いけずですマスター」


「全く・・・」


 悪態を吐きながらスープに手を伸ばすセージに先んじて、ジェリスニーアが俊速でスプーンを奪うと、そっと一掬いしてセージの顔に真っ直ぐ近付ける。


「はい、あーん」


「ああっ! ずっこいですよエロ人形っ!」


「うふふ。人にはなし得ない高速機動ですエッヘン」


 しかし、セージはそんな少女達の戯れを、スープ皿を左手で引っ掴んで一気に飲み干して咀嚼しながら睨み付ける。

 成り行きを見守っていたベインが彼の代わりにため息混じりに言った。


「いい加減にしろクソ娘ども。色目かねぇで真面目に働きやがれ」


「ベインさんー・・・」


 と、泣きそうな顔で訴えてくるニニーリア。

 対してジェリスニーアはゴミでも見るような目付きで睨み返す。


「おだまりなさいませこのハゲ。私と我がマスターの間に入るなど言語道断。塵に帰れ」


「首にするぞダメ人形」


「ごめんなさい素敵なハゲ。明日から真面目に働きます」


「今日から働けよっ!」


 強面のベイン・ゲルガーをして意にも介さない生人形だが、流石人造生命体だけあって仕事そのものはきっちりとこなしているので、首にする理由など無いのだが、それを知ってかジェリスニーアの態度は目に余るものがあった。

 それでも悪態を吐かれるだけで終わっているのは、彼女の悪口も言葉の端々に憎めない色がこもっていて本音で言っているわけではないと分かるからなのだが。

 ベインの怒鳴り声にぺろっと舌を出してそっぽを向くジェリスニーア。

 一気に口に含んだモノを飲み込んで、セージがビールジョッキで彼女達を指して言った。


「今度同じような真似をしたら給料減らすからな」


「ギルド長のおうちに転がり込んでもいいですか?」

「それではお宅にお邪魔しますね我がマスター」


「ダメに決まってるだろうバカどもが」


 えーッとむくれる二人の少女に、サマエラがやってきて少しキツめに命じる。


「あんた達〜? 暇してるーっんなら〜、お皿洗ね〜。少しでも汚れ残ってっーたらー、夕食抜きねー」


「ひぃっ、ごめんなさいお姉様、ただいま入りますっ!」


「横暴な命令に意義を唱えると宣言しつつ、業務モードを発動します許せハゲ」


「一言多いんだよっ、ポンコツ人形!」


 ベインの悪態を背中に受けながらカウンターの内側に急ぐニニーリアとジェリスニーアだが、唐突にジェリスニーアがピタリと立ち止まり正面口に首だけ向ける。

 三匹のピンク色の衣を纏ったハーピーの子供がスイングドアを勢い良くはためかせながら酒場に突撃して来るや、天井付近を数回旋回してすぐにセージの足元に降り立ち、四つん這いで首を高くもたげて口やかましく騒ぎ立ててきた。


「「「チチーッ、チチーッ、ジジジジジジジジ」」」


「キューキュー!」

「キャーア!」

「クククククッ!」


 鳥語で騒がれても全く分からず、首を傾げる一同。

 ベインがうるさそうに左手を振って言った。


「こらこら、店ん中で騒ぐんじゃない」


 キッと一斉に睨み上げるハーピー達。

 セージはそんな子供達に向き直って叱るように優しく言った。


「アルア、ビーニ、チェータ、もう少し落ち着いて話せ。言葉になってないぞ」


「「「チチチチチチチチッ」」」


 一種黙ってお互いの顔を見比べるハーピーの子供達。

 一呼吸置いて一斉に顔を上げると大きな声でセージに訴えかけた。


「「「キンクロのねーちゃが連れてかれちゃったっ!!!」」」






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