西洋人形
——あんた、あたしんち、来てみる?
ひょんなことから、彼女の下宿を訪ねることになった。
ある春の日の午後。彼女とぼくの二人は、クラブハウスの一室でたわいもない話を続けていた。
建物の一階の片隅にある、演劇部の部室だった。
クラブハウスは二階建てのコンクリート建築で、大学のグランドのそばに建っていた。各階ごとに六部屋ずつあり、それぞれ部活動の部室として割り当てられている。
彼女は演劇部に入ってくるような文化系学生の常として、サブカルコンテンツが好きだった。
ぼくも同じだったので、話が合ったのだ。
その時はたまたま、部室に二人きりになってしまった。
いつもは何人か、ほかの部員がいるのだけど。
でも、ぼくらはそんな雰囲気になるようなことはなかった。さすがに、そこまで親しいわけではない。
そうではなく、「知る者」同士の、いわゆるオタク的な共感があった。
——ああ、おもしろかった。高校のとき、こんな話できる知り合いあまりおらんかったわ。大学はええね。
——ぼくもそうだよ。話のできるやつはあまりいなかったな。
雑然とした部室には、ゲーム機器、古雑誌、何冊ものマンガや文庫本、飲み残しのペットボトル、ゴミなどが散乱していた。
時は夕暮れ、日は傾き、室内も徐々に翳りをみせていた。
——あんた、あたしんち、来てみる?
——えっ? いいの?
——もちろん、変な意味じゃなくてさ。ナゴムのコレクションとかあるよ。実家からわざわざ持ってきたやつ。こう、見せびらかしたいというかさあ。
——へえ。
彼女は嬉しそうだった。
ぼくたちは川沿いの道を歩いていった。
陽は山の端に落ち、空は蒼く暗く変化し、街灯の灯りが目立ってきた。
道すがら、なぜか、エクセサイズの話になった。
——そういや、スマホって、万歩計の代わりになるんだよね。アプリもあって、……たとえば「ラン・スタティック」とか。
ぼくはとりとめもなく、そんなことを喋った。
着いたときには、すっかり夜になっていた。
彼女の下宿はやや古い木造建築だった。
中に入ると、階段の代わりに、荷物運搬用を兼ねたエレベーターがあった。
ドアを開けると、中には西洋人形が載っていた。
ほぼ人体と同じサイズの、洋装、金髪の子供の人形だった。
どうやらからくりで動くようだが、故障しており、そのままうち捨てられているらしい。
そのとき、ふと、思い出した。
ぼくは、いちど、他の大学を卒業してから、再入学をしていた。
ぼくは彼女よりも年齢がかなり上なのだった。
彼女は、それを知ったらどう思うだろうか。
(ひょっとしたら、話が合わなくなってくるかもしれないな)
そうぼくは思った。