24.終演
結香と愛果の圧倒されるようなライブが終わり、ライブ会場は闇に包まれた。
すると、少しして何かが地面に落ちた音が響き、ライトアップされた。
そのステージに見えた光景は――。
膝を着いた愛果と、震えた足で立った結香の姿だった。
ライブが終わり、僕は走って楽屋付近まで向かう。
何カ所かの角を曲がり、関係者以外立ち入り禁止の看板の先に、一人の女の子が壁際にもたれながらこちらに歩いてくるのが見えた。
「結香!」
急いで彼女に駆け寄って、身体を支える。
全身汗まみれで、微かに震えてもいた。
だが、顔を持ち上げて、朗らかに表情を崩し笑った。
「勝ったよ……七芽くん」
「分かってたさ」
それ以上の言葉なんて出てこず、僕は結香を優しく抱きしめた。
「あはははぁ、見せつけてくれるねぇ……お姉ちゃん……っ」
「「!」」
気がつくと、通路の先にいたのは、衣装姿のままで立つ愛果。
今だ仮面を着けており、表情が見えない。
彼女の突然の登場に、僕らは身構えた。
「何しに来たの、愛果……っ。まさかあなた、七芽くんを無理矢理奪おうっていうの……!?」
鬼気迫る表情で愛果を睨む結香に、愛果は乾いた笑い声を上げた。
「はははぁ……お姉ちゃん、ライブであれだけ私を叩きのめしておいて、それ以上私を侮辱しないでよぉ……ひどいなぁ……。悪魔には悪魔の矜持てものがあるんだよぉ……? だから、契約《約束》は守る……ただぁ」
愛果は顔を上げると同時に、はめていた仮面が落ちて、素顔が見えた。
そこには、彼女のどす黒いまでの感情が広がっていた。
「この借りは必ず返す……っ! 次こそアンタを徹底的に滅茶苦茶にして、私の味わった屈辱を何倍にも濃くしてその身体に流し込んでやるぅ……っ! だからその時まで――さようなら」
愛果は強く地面を蹴り、周りに音が反音した。
その瞬間、愛果の姿はこの場から消えていた。
仮面だけを残して。
◇◇◇
「ここでしようよ! 早く早く!」
「ちょっと待てよ、まだバケツに水も汲んでないんだぞ」
何であれだけのライブをやった後で元気なんだ……体力がありすぎるだろ。
僕と結香はライブが終わったその足で、近くのコンビニである物を買ってから、ライブ会場付近の公園に向かった。
「てか、打ち上げとかあったんじゃないのか? ライブ成功祝いのさ」
「七芽くん、私未成年なんだよ? 夜の十時に飲食店にいたら不味いでしょう」
「あっ、それもそうか」
「それにさ、残りわずかでも七芽くんと楽しみたかったの。夏休みをさ」
結香はそう言うと、持っていたコンビニ袋から、ある物を取り出して両手で持った。
手持ち花火だ。
それを持って、結香はさぞ嬉しそうに顔をほころばせる。
そう言われたら、僕ももう何も言えなくなってしまった。
「……分かったよ。それなら最後の数時間だけでも楽しもうぜ、結香」
「うん!」
バケツの準備もし、公園の真ん中で袋を開封し、花火に火を付けた。
夜の暗闇の中、七色の炎が火薬特有のにおいを放ちながら燃え上がって噴射される。
「わぁー! 綺麗だね、七芽くん!」
「にしても、約束してた花火大会に比べたら、えらくしょぼい物になっちまったな」
「ううん、どんな花火だろうと、七芽くんと一緒ならなんでもいいよ」
「……そうか」
僕らは次から次へと花火に火を付け、辺り一面を火の光りで灯し楽しむ。
光りに照らされる結香の笑みに、僕は魅入ってしまっていた。
だが、結香の笑みが消えて、ぽつりとこんなことを呟いた。
「……七芽くん、本当にごめんね。今回の件で迷惑かけて」
「ああ、全くだ。おかげで高校生時代の貴重な夏休みが全て台無しだよ」
「本当に……ごめんね……」
「うっ……」
いつもだったらツッコンできてもおかしくないのに、よほど今回の件で堪えたんだな。
……ここは僕が折れるとするか。結香も今回は相当に苦しんで、散々頑張ったんだしな。
「あ、謝るなっての……。大体そんなのいつものことじゃねぇかよ。ぼ、僕は結香と一緒にいる時間をただ守りたかっただけだ。自分の利益の為に勝手に行動しただけだなんだよ……」
「ふふっ……七芽くんて、本当に優しいんだね」
「!」
花火が消えて、結香の顔が一瞬で間近に迫り、僕は息を止めた。
後もう少し身体が傾けば、き、き、キスしてしまうくらいに近くまで顔が近い。
結香の薄茶色の栗色の瞳も、よく見える。
「七芽くん。あの時の言葉は本当? 七芽くんが私のことを好きだっていうのは?」
「ほ……本当だよ……そんなことで嘘なんてつくか……」
「そうか……そうなんだね……ふふっ……ふふふふっ!」
結香は笑いながら顔を遠ざけいき、気持ち悪い笑みを浮かべていた。
あの、結香さん……その顔はアイドルとしてどうかと思うんですが?
結香は身体を大きく振り上げてた。
「ふふふふっ! ならこれで、私と七芽くんは晴れて相思相愛! ライブも終わったことだし、もうフェアだよ硝子さん! さぁ七芽くん! 以前の告白の続きをしようか!♡」
「あ、好きだけど。まだ付き合わないからな」
「はい!?」
結香は驚きの表情を浮かべるが、僕からしたら「何言ってるんだこいつ」状態である。
「いや、そっちから告白断っておいて、その反応はないだろうが」
「で、でも七芽くんは私の事が好きなんだよね!? も、もうライブも終わったんだし、告白してきてもいいんだよ? てかしてよ!」
「いや、あの後色々と考えたんだけどさ、結香と同じくらい僕、硝子さんのことも好きだって気がついたんだよ。だからまだ、どっちと付き合うかは決められないな」
落胆に肩を落とす結香には悪く思うが、元はと言えば結香が言い出したことなので、仕方が無い。
正直自分でもキープしてるようで少々居心地が悪い気もするが、現在のこの状況は一生に一度のまたとないモテ期。
ここで簡単に決めてしまえるほど、僕の選択肢は多くはないのだ。
だからこそ、選ぶのも慎重になるというものだ。
それにもう少しだけこのハーレム感を楽しみたいという気持ちもある。
これまで散々彼女たちの件で頑張ってきたんだ。
僕もこれくらいのご褒美はもらってもいいだろう。ふふふ!
と、ほくそ笑んでいると、ピリついた暖かい風が顔を撫でた気がした。
「な、七芽くん……っ!!」
「わぁ!? 黒台風と桜吹雪の同時発動は止めろ!!」
目を開けると、両方の風を纏った結香の手によって、僕はあさっての方向に吹き飛ばされるのだった。
「全くもう……本当、七芽くんて捻くれてるよね」
「いや、一般非モテ男性としたら当然の心理だと思うんですけどね……?」
得意の口八丁手八丁でどうにかして結香の気を納め、花火をしていき、残るは線香花火のみとなった。
「ほら、もうすぐ九月なんだから、最後くらい楽しくやろうぜ」
「むぅ……さっきの件は七芽くんが悪いと思うよ?」
そう文句を言う結香の線香花火に火を付けてやると、小さなあめ玉のような光りが灯り、周りには電気のような閃光が走る。
その小さな光りに、結香の顔は優しくなっていったのが分かった。
「でも本当によかった……七芽くんと、こうして夏休みを一緒に過ごせて」
「色々と大変だったけどな」
「でも、なんとか辿り付けた。それもこれも全部、七芽くんのおかげだよ」
「……そ、そうかよ」
素直な褒め言葉に耐えきれず、僕は目を背ける。
「あははっ、七芽くんて本当に照れ屋さんだよね。こっち向いてよ」
「やなこった」
「そっか……それなら七芽くん、これだけは受け取って」
「ああ? 何をだよ」
線香花火が落ち、一緒の暗闇に閉ざされ、結香の声が聞こえた。
「大好き」
気付いた時にはもう、僕と結香の唇は触れあっていた。
次回、最終話(の予定)。
最後まで彼らの行く末を見守ってくれれば幸いです。
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