23.メインイベント:【ライブァーバトル】
よし、届いた!
結香が体勢を立て直したぞ!
額から流れた冷や汗を拭き、僕は息を撫で下ろす。
異変に気付いたのは、三曲目の時。
周りを圧倒させるような愛果の踊りの後ろで、結香のダンスが明らかにおかしくなっているのが分かった。
力を無くし、意志も何も感じられない。魂の抜け落ちたような動き。
だがそれ以上におかしく感じたのは、周りの観客だ。
誰もが、そんな結香の動きの異変を気にしていない。
周り全てが、愛果もとい、レフトのことばかり注目し、声援を送る。
空気すらも持って行って、このライブ会場という空間を飲み込んでいた。
端から見れば異常な光景だが、それも直ぐに納得がいった。
そのくらい熱中するほど、愛果の本気はすごかった。
歌もダンスも斬新で、何処を切り取っても絵になる。
ずっと見ていても飽きず、むしろ見れば見るほどに、その魅力の虜に、中毒になってしまう。
僕も結香に意識を向けていなければ、とっくに愛果の魅力に飲み込まれていただろう。
その甘すぎる魅力は、同時に結香を腐らせるための毒になっていたのだ。
その圧倒的実力差に打ちひしがれて、結香は腐っていった――そして、崩れ去りそうになった。闇に落ちそうになった。
だから咄嗟に叫んだんだ。
ペルソナキュートのライトとしてではなく、彼女の本当の姿を――。
「結香!」
その言葉は確かに、結香に届いた!
結香は身体を地面に叩き付けず、片足を突き立っている。
顔を上げて、立ち上がった!
完全に折れた訳ではない。
まだ勝負が付いたわけではない。
そう喜んだのもつかの間、僕はある残酷な事実に気がついた。
今終わった曲が、一体何曲目なのかを。
◇◇◇
『みんなぁー、声援ありがとうぉー。とっても楽しい時間だったけど、次でこのライブの最後の曲になりまぁーす』
観客席のお客さんからは、「えー」と、残念がる声が聞こえた。
『でもぉ、最後は私も全力で歌って踊るから、みんなちゃんと私を応援してねぇ?』
『ちょっと待ってよ、レフト。私たち、でしょ?』
レフト、もとい愛果の身体が一瞬反応し、こちらを振り返って薄暗い目を細める。
そして、嘘らしい笑顔を顔に貼り付けた。
『あははぁ、そうだったねぇライト。ごめんねぇ、声が小さすぎて、ちょっと忘れてたよ』
愛果の言葉と同じく、会場の空気にも動揺が感じられた。
今私が突然ステージの上に現れたような、そんな驚きが見え隠れしている。
そうか、私はさっきまでこの会場からいなくなっていたんだ。
存在していなかった。
ただ一人、ううんきっと二人だ。
彼らだけが私の存在に気がついてくれていた。
思い出すことができた。
ヘッドマイクの位置を調節して、私は再び愛果の隣に並び立つ。
「起きたんだねぇ、お姉ちゃん。そのまま舞台で寝てれば楽だったのにさぁ」
再びマイクを切って、愛果はクスクスと私に語りかけてくる。
軽薄な口調で、おかしそうに口を歪める。
「そうだね、さっきまでそうしようとしてたよ。あなたに勝てる方法が見つからなくて、腐ってた。楽屋であれだけの決意を語ってたのに。彼と約束してたのにね。本当に、私は学ばない不出来な子だよ」
「なら今ここで投げ出しちゃいなよぉ。大丈夫、安心してぇ。お兄ちゃんは私が幸せにするから、お姉ちゃんは安心して死人みたいな人生を送ってなよぉ」
「嫌だよ。だって勝負はまだ決まってないんだから」
愛果は珍しく三日月のような形で笑っていた口を、満月のように丸くし呆けた。
そして、その顔をグチャグチャにして笑った。
「あははっ! 何言ってるのお姉ちゃん、もうラストナンバーなんだよ!? たった一曲だけで、この会場全ての私のファンを巻き上げられると思ってるの? それはあまりにもあり得ない話だよぉ。最後に逆転ポイントが貰えるクイズ番組なんかじゃないんだよぉ?」
「そう、これは決められた解答を答えるクイズ番組なんかじゃない。だからこそ、打てる方法はいくらでもある」
そうだ。
私の大好きな、憧れた人は、どんなに絶望的な時でも最後まで方法を考えて行動をしていた。
だから私も、最後まで打てる手を打つ。
決して勝負を投げ出すわけにはいけない!
「それにさ、七芽くんが見てくれてるんだよ。それなら、私が負けることはない」
「――そうぉ。なら精々、最後まで藻掻いて苦しんで足掻いて、そして死んじゃえばいいよぉ♥」
「死ねないよ。だってまだ、七芽くんとキスだってしてないんだから」
私たちは、身体を構えて、そして同時に叫んだ。
『『それでは聞いてください。『BREAK/DOUBLE:HE♡RT』』』
そしてライブ最後の楽曲が、音を鳴らしかき乱れた。
跳ねるような曲調と共に、ステージライトが四方八方をデタラメに照らして、ステージを指す。
照らされた私は歌い――そして想いを込めて踊る。
『貴方を想うだけで、胸の宝石は輝いちゃうの』
隣にいた愛果の息を呑む音が聞こえた。
それもそうだろう。
今私は、彼女の想定外のことをしているんだから。
『眩しくて』
『暖かくて』
『そして、苦しい』
私と愛果の声が交わり、デュエットする。
愛果の歌声に微かなノイズが走った。
『思い出の破片が散らばって動けないの』
愛果のパートに変わっても、私はその行為を止めず、愛果の歌のテンポが一瞬崩れた。
微かに、ライトを応援する声がいくつか聞こえ始める。
周りに私の気持ちが伝染し始めたのだ。
『痛い』
『辛い』
『逃げたい』
愛果の動きは今だ完璧だが、先ほどとは違い細部には微かな荒々しさが見えた。
さきほどまであれだけ驚異に思えた怪物が今では、勝負の出来る相手に見え始めた。
でも愛果、驚くのはまだ早いよ。
私の想いは、こんな物じゃない――。
『一層、砕いて壊して台無しにしようか? ぶつかり合って一緒に粉々になろうよ』
奏でて乱舞する私たちを、ステージライトは必死に追っていく。
『砕けた宝石は戻らない だから新しいアイを創り出すの』
『負けない』
『やめない』
『あなたへのアイは変わらない』
両者声を張り上げ、曲はサビに突入する!
ここだ! 今ここで、私の想いを爆発させる――!
『BREAK HEART! ぶつかって!
割れてもいいから 想い交わして!
砕けてしまっても構わないの 破片になっても、また新しいアイを創りだそう』
Aメロが終わり、長い間奏が始まる。
そこで一呼吸付いた。
「くぅっ!?」
ここに来て初めて、愛果のうめく声が確かに聞こえた。
やっぱりだ……この方法なら、彼女と勝負ができる。勝つことさえできる。
私が一体何をしたのか。
その答えを、愛歌は唸る怪物のように答えた。
「どうしてぇ……どうしてたかが凡人がぁ、アドリブで完璧なダンスを踊れるのぉ……!?」
そう、私のこの踊りは打ち合わせ通りの物なんかじゃない。
私の完全なオリジナルだ。
「型どおりに踊れば、内容を把握しているあなたがその上のダンスを披露するのはたやすい。だからこそ、次に何が出るのか分からないアドリブなら、あなたも予測出来ない――!」
「言うのは簡単だよぉ……でも所詮素人の考えるオリジナルなんてたかが知れるぅ。だからお姉ちゃんも今までやらなかったんでしょぉ……? なのにどうして……どうしてそこまでの完成度が出せるのぉ……!? 絶対におかしいよぉ!?」
今までの愛果からは想像も付かない焦りに、私は静かにその理由を答えてあげた。
絶対に彼女に理解出来ない、答えを。
「言ったはずだよ、七芽くんが見ててくれるって。私は、私の想いを身体で再現しているだけだよ」
胸の奥が暖かくなって、弾け、目が冴える。
愛果はそんな私を嫌悪し、顔をひしゃげた。
「っ!? あのうざったい春風!? そうかぁ……その暑苦しい風の力の正体はぁ!」
「決まってる、七芽くんへの愛だよ」
私の想いまでは、いくら万能なあなたでも予測ができない。真似できない。
「これが純度100パーセントの緩木結香――この想いを形にして、私はあなたを凌駕する――っ!」
「こぉのぉ凡人風情がぁっ!!!」
私は暖かい想いの風を纏い、愛果は真っ黒な憎悪を吐き出す。
そしてBメロが始まり、私たちはぶつかり合うようにして歌って踊る。
両者一歩も引かずに、互いに全力で挑み、弾け、砕け、むき出しの想いを相手にたたき込んでいく。
そんな肉弾戦のような激しいライブの末、辿り着いた結末は――。
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