22.小さな課金(せいえん)
ライトに照らされた舞台の先には、数多くのペンライトが揺らめいていた。
シンセサイザーを用いた機械めいた曲調が、アップダウンを繰り返し、場の空気を暖めていく。
曲に合わせるようにペンライトもまた、振る速度を上げていく。
ステージには七色の光が流れていき、私たちの立つ中央に集束。
同時に、照明が私たちを照らした。
『恋する私は化物』『恋する私は怪物』
重なる私と愛果の声。
それと同時に客席からは一気に歓声が湧き上がった。
最初の楽曲は、全ての始まりである、『二面性恋愛系』。
先ほどまでの変動の激しい音が曲に変わり、演奏が始まった。
『乙女の恋心は二面性 表の私は綺麗な恋人』
ピンク色のライトに照らされた私が歌う。
曲に合わせて、これまでの練習の成果を最大限に発揮し、踊りこなす。
掴みは完璧。
ミスなどなく、しっかりと踊れた。
私とバトンタッチするように、バックのプロジェクションマッピングで照らされた月の光に照らされて愛果の姿が闇から浮かび上がる。
次は彼女の出番だ。
愛果の本気がどの程度の物なのかは予測できないけど、どれだけの完成度を誇ろうと、必ず追い抜いてみせる。
そう強く思っていた私の考えは――次の瞬間、即座に打ち砕かれた。
「なっ!?」
『好きって言葉は意外に簡単だけれど 仮面で隠した私は見せられない』
彼女は歌い踊る。
相手を魅了するような妖艶な歌声と、完璧なダンスを披露してみせた。
だがその踊りを、私は知らない。
愛果が今踊ったダンスは、打ち合わせ上、存在しないはずの物。自由でいて、想像が付かない動き。つまりアドリブだ!
リハーサルまではあらかじめ決められていたダンスを踊っていたのに、ここに来ていきなりのフォームチェンジ!?
だがその踊りは、とてもデタラメには見えなかった。
『二面性恋愛系』に完璧マッチした、アンビバレンツで怪しくも、危うい幼さの籠もった動き。
むしろ自由に踊っている分、不規則かつオリジナリティがあり見ていて虜になってしまう。
そんな彼女のダンスに観客の人々の心が飲み込まれていっている様が、空気から痛いほど伝わってきた。
皆が皆、今愛果に夢中になっている!
「不味い……っ!」
私も何か手を……いや、駄目! このまま愛果を意識すれば、一気にペースを崩す!
一手の差で、歌うタイミングに救われた。
『もしバレてしまえば、この仮面すら壊れてしまうから』
私と愛果の声が重なり合う。
横目で愛果を見ると、彼女も狙い澄ませたかのように笑って、私を流し見た。さぞ、愉快そうに身体を回転させながら。
やはり先ほどの踊りは、私を動揺させるための罠。
なんて恐ろしい子なの……愛果。
この子は本当に間違いなく――、
『秘めた想いは化物』
モンスター――怪物だ。
通常の方法じゃあ、とても敵う相手じゃない。
『壊しちゃうくらい求めてしまう』
負けないよう、声を張り上げる私。
『黒くて悪くて魅惑的』
余裕の笑みで、空間全域を籠絡する愛果。
『それが仮面で隠した私たち』
再び重なる、私たちの声。
だが歌も踊りも全て、愛果との差がどんどん生まれていく。
駄目だ……型どおりじゃ、とても追いつけない……っ!
『ラブ・ソート、ラブ・ソート、ラブ・ソート』
長い長いAメロがようやく終わって、一曲目にもかかわらず息が上がる。
全力で挑まなくては、愛果の全てに追いつけなかったんだ。
既に疲労感がすごいが、休んでいる暇など無い。
また直ぐにBメロが始まる。
その後も愛果の突き放すような実力に、なんとか付いていき、ようやく一曲目が終了した。
最初から心が折れてしまう事態は避けられて、そっと息を撫で下ろし、止まらない吐息を必死に押さえる。
明るい白色のライトが私たちを照らす。
そうだ。
まだライブは始まったばかり。
一曲目の『二面性恋愛系』を歌い終わった後、ライブ開始のトークがあったことを思いだした。
どうにか声を出そうとしたが、私の小さな音は、幼い声によって塗りつぶされた。
『やっほぉー、みんなぁ。レフトだよぉ、元気にしてたぁ?』
愛果の幼く甘い声に、観客は大きな歓声で応えた。
『ふふふっ、聞くまでもないようだねぇ。ほら、ライトも黙ってないで、みんなに挨拶しなよぉ』
愛果は私に振り返り、ニタニタとあざ笑う。
その表情は、とても純粋な悪意に満ち溢れていた。
『……み、皆さん、お久しぶりです……ライトです。私もみんなにまた会えて嬉しいです……』
どうにかして振り絞った声は、マイクを通しても硬く小さかった。
それを愛果は的確に拾う。
『硬いなぁ、ライトはさぁ。ごめんねぇ、みんなぁ。ライトはちょっと緊張してるだけだから、暖かい目で見守ってあげてねぇ』
愛果の軽い言葉に、周りからはささやかな笑い声が聞こえる。
緊張しているって? まさか、そんな余裕なんてない。
私は今、明らかに恐れていた。
愛果とのあまりの実力差に。超えられない壁の高さを改めて実感し、絶望していたんだ。
パターン通りに踊る私とは違い、愛果の動きには自由がある。
私の練習され尽くした踊りよりも、愛果の踊りの方が明らかに魅力的であり、その上、あっちの方が完成度も上だ。
愛果が破格の天才であることはもちろん知っていたけれど、まさかここまでだなんて予測できなかった。あまりにも軽くみていた。
今のままの私じゃ、到底愛果にはかなわない……。
その事実が、今はとても怖い。
勝てるビジョンが、方法が、全く思いつかない……。
『それじゃあ、ライブはまだ始まったばかりだから。楽しんでいってねぇ♥』
気がつけば挨拶は終わり、照明がステージに入り乱れて、新たな曲が流れ始めた。
前で喋っていた愛果はこちらまで静かに歩いてきて、マイクを切り、そっと私に囁く。
「一曲目から呆けてないでよぉ、お姉ちゃん。こんなのまだお遊び程度、なんだからさぁ? ふふふっ……♥」
「!?」
あれでまだ……本気じゃなかったていうの……?
そんな……今でさえ対策が見つからないっていうのに、これ以上差を付けられたら……っ!!
「さぁ、それじゃあ踊ろうかぁ。お姉ちゃん」
「っ、ああああああああああああああああああああああッ!!!」
それから先は――地獄だった。
「かぁ……はぁ……っ!」
どの歌を歌っても、どの曲を踊っても、愛果は全て私の上をいく。
ただでさえ愛果との差があるのに、彼女の歌を聴くだけで、彼女の踊りを見るだけで、私の完成度はまた一つ、また一つと落ち、無残な傀儡へと化していく。
だが、そんな無様な醜態を晒しても、観客からのブーイングが起きることはなかった。
何故ならそれは、愛果の歌と踊りがあまりにも凄まじかったからだ。
愛果は歌い、踊るたびに、その完成度を上げていく。魅了していく。
全ての観客が愛果を見て、彼女を求め、応援し、喝采する。
元から私なんて、存在さえしなかったかのように、忘れ去られてしまっている。
既に私はメインではなく、ただのバックダンサーにまで落ちてしまっていた。
酷く惨めな動きをした、出来損ないの踊る人形。
いや、今はそれ以下だ。
もう身体も殆ど動いておらず、膝を着く寸前にまできている。
愛果の宣言通り、私は舞台から叩き落とされる一歩手前まで、追い詰められていた。
誰一人として私のことなんか見ていない……このままでは本当に、私そのものが消えてしまう……。
そんな疎外感で頭一杯になっていた。
目の前に広がるのは、暗く閉ざされた闇。
なんで私は……こんなことをしているの……?
どうしてこんな惨めな姿をさらしているの……?
恐怖という暗闇に包まれ、理由が見えない。
何か理由があって、ここに立っていたはず。
だが、それが何なのか分からない……。
「私は一体……誰なの……?」
もう意識を保つのも限界だった。
そうだ、このまま倒れてしまおう。
そうすれば、心地よい暗闇の中で眠ることが出来る。
身体に力を無くし、私は自由落下に身を任せた。
「――っ!」
「っ!」
ガンッ!
一瞬聞こえた声に、自然と片足に力が入った。
確かに聞こえた、小さな言葉。
大勢の声の束から聞こえた、妙にはっきりと耳に入ってきた一つの声。
何故だろうか。妙に懐かしくて、暖かい。そんな気がして、私は目を瞑り、必死に耳を澄ましてその声を拾おうとする。
そして、ようやくその言葉を拾うことができた。
「結――香――っ!」
「あっ……ああぁ……!!」
聞こえた。
男の子の声だ。
その声を聞くだけで、勇気が沸いてくる。
胸に熱い想いがこみ上げてくる。
そうだ。どんなにみんなから見捨てられようと、忘れられようと、私には彼がいてくれる。
私のことを最後まで信じて、待ってくれている彼のためにも、私は……緩木結香は負ける訳にはいかないんだ!!
だってその声は――私の大好きな無生七芽くんの声なんだから!
平成の間呼んでくれた皆様、本当にありがとうございました。
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