16.生き方(モード)選択
「どうするんだよ、綺羅星」
「どうって……言われても……」
僕の家まで着いて、ようやく僕らは言葉を交わす。
9673プロダクションを出た後、僕らは互いに何も口に出せず、そのまま電車に乗って駅で別れるはずだった。
だが綺羅星はそのまま僕の後に付いてきてしまった手前、そのまま彼女を残して家に入るのも忍びなく。気付けばそんなことを聞いていた。
綺羅星はいつもの自信ある表情を、複雑にして、僕を見る。
「ねぇ……どうしたらいいと思う?」
綺羅星の問いに、僕は目を見開く。
いつもだったら自分でなんでも決めるはずの綺羅星が、初めて他人に、しかも僕なんかに意見を求めてきた。
彼女の言動で察することができる。
それくらい、今の綺羅星は迷い、悩んでいることを。
ペルソナキュートに入ってしまうかどうかを。
なら、僕が言えることなんて限られてくる。
「……綺羅星のしたいようにすればいいじゃないか」
「でも、そしたらあんたが……」
「僕のことは別にいいんだよ。それよりも今は結香の方が先決だろうが。昔のお前なら、そうしてただろ……」
「もう私は、昔のままなんかじゃない! 私は……あんたが……」
「綺羅星、僕にはもうどうにもできないんだよ。だから……結香を頼んだ」
「待ってよ、七芽! 私を……私をまた一人にするの……!?」
「なっ……!?」
寂しそうに一人立つ綺羅星の姿に、僕は目が離せない。
「嫌だよ私……もう一人になるのは嫌……」
「っ……ならどうしろっていうんだよ……」
確かに僕だって綺羅星に全部押しつけるなんて、そんな無責任なことは嫌だ。
結局は嫌なことを他人に押しつけて、逃げてるにすぎない。
そんなこと分かりきってる。分かってるさ!
でもそれでも……
「部外者で、何も選択肢もない僕に、これ以上なにができるっていうんだよ……っ!」
「んなもん、決まってるらないのしゃ!」
「はぁ?」
なんだ、今の不抜けた声は?
一体誰が言ったんだ?
その人物を探すよりも先に、僕の服が引っ張られた。
掴んできたのは、この真夏なのに厚着をし、顔を真っ赤にした女性だった。
「硝子さん!?」「かふぇモカ先生!?」
「よおぉ……ジョーカーにせっちゃん……お久さぁ……」
硝子さんは、ニチャア……という擬音でも聞こえてきそうな口でにやけた。
少し開けただけで漂ってくる酒の匂い……。
僕はそれで全てを理解した。
硝子さんは硝子さんでも、シンデルヤ状態だ! この人!?
「てか、なんでここにいるんですか……!? 原稿は?」
「んなもん、必死こいて仕上げたに決まってれんしょうが……! それよりもジョーカー!」
「はい!?」
「どうして電話しても出ないろぉ!? どれだけ心配したと思ってんろさっ!?」
「え? あ、ああ、ええっと……電源切ってたものですから……」
そういえば話し合いだからと、9673プロダクションにいる間はスマートフォンの電源を切っておいたんだった。
しかもあのシリアス空気だったため、電源を入れるのを忘れてた。
「おら! 罰としてチューしろや、チュー! んー!」
「うわ!? 止めろ! その酒臭い口を近づけるんじゃねぇ!!」
シンデルヤと取っ組み合いとなるが、僕はそのままイナバウワーでも取るかのように、腰を後ろに反り返す。
なんだこのバカ力は!?
酒を飲んでいるからか、普段はぐーたらでだらしない硝子さんからは、考えれない程のバカ力だ。
シンデルヤ状態になればこうも違うのか……? 厄介な!
身長差も2cmほど、わずかに彼女の方が高いため、余計に僕は押されてしまう。
シンデルヤは唇を突き出し、真上から僕の顔に向かって、少しずつ迫ってくる。
「俺を散々心配させたあげくここまで来させらんら、このぐらいの見返りがないと割に合わらい……いやもっと先のことまでしないと気が済まらいんらろ!」
「この酔っ払いがぁ……っ! 離れろつってんだろうがぁ……!」
「ひ・ひ・ひ! よいではないか、ようではないかぁ~! うぷぅっ!?」
「え、ちょ、まさか……!」
ここでもしそれを出されたら、もろにかかって……!
「うぇえええええええええええッ!!?」
「ぎゃああぁばばぁあばぁあぁあぁっ!?」
僕は久々に、硝子さんの虹色の吐瀉物を浴びることになった。
頭から、それはもろに。
瞬間、綺羅星が青い顔をして震える姿が見え、僕の視界は液体で埋もれた。
「ううぅ……ぎもぢわるい……」
「ほら、スポーツドリンク飲んでください。綺羅星が買ってきてくれました」
「あ……ありがとうねぇ……綺羅星ちゃん……」
僕の部屋にぶっ倒れている硝子さんが、綺羅星の膝の上に頭をのせて、感謝のうめきをあげた。
「い、いえ……とんでもありません……あはははは……」
そう口で言う綺羅星だったが、顔は明らかに引きつっている。
目の前で憧れの人物の衝撃映像を見せられたのだ。当然の反応だろう。
硝子さん。いや、シンデルヤが僕の家の前で吐いた後、僕はシャワーへ。
綺羅星には酔い対策のあれやこれやを買ってきてもらい、硝子さんには僕の部屋で休んでもらうことにした。
飲んでいたものを戻してしまったため硝子さんも正気にもどったらしく、青い顔で寝込んでいる。
「たくっ……いくら連絡が取れなかったからって、そんな悪酔いするまで飲まなくてもいいでしょうが……」
「らっれ……心配だったんらもん……」
「ああはいはい、すいませんでしたよ。今度からは気をつけますよ。綺羅星、今夜硝子さんを泊めてやってくれないか? 明日朝一で連れて帰るから」
「え!? え、ええ勿論よ……か、かふぇモカ先生とお泊まり会……へぇへへ……」
不味い。この変態、トップカリスマモデルがしちゃいけない顔してるぞ。
任せたのは間違いだったか。
まあいい。正直今日はもう疲れたし、ほっとくことにしよう。
「それでジョーカーくん……質問なんだけど、どうしてそんなにボロボロなの……?」
「はぁ? 僕の何処がボロボロなんですか。傷一つないでしょうが」
別に怪我も何もしていない。至って健康体だ。
まだ酔いが醒めていないのだろうか?
「違う……心の話だよ」
「何を根拠にそんなことを? 絶対可憐な超能力者かなんかですか、あなたは」
「分かるよ。だって、わたしと友達になれるのなんて……ジョーカーくんだけだもん。自分のことならいくら何でも分かる」
……こういう時ほど、この人と同じ感性を持つことが嫌になる。
性質が同じなら、隠し事の一つすらも出来ないのだから。
「話して……ジョーカーくん。そう約束したでしょ?」
「僕は別に困ってなんか……」
「ジョーカーくんは結香ちゃんを失ってもいいの……?」
「……どうしてその話を」
結香との話なんてしてないのに……。
「だから言ったはずだよ、分かるって。だからわたしを頼って……何が出来るかは分からないけど、どうにかはしてあげたいから」
「……分かりました。それなら、相談に乗ってください」
「う、うん……っ! 聞く聞く! 何でも聞くよ」
硝子さんは身体を起こし、そのまま前のめりで自分の顔を僕の顔の真ん前まで近づけてきた。
「近い」
「あふっ!」
危うくぶつかりそうだったので、指で硝子さんの額を押した。
硝子さんに事情を話した後、彼女はうーんうーんと唸って、首を何度もひねっては何かを考えている。
そして、じっと僕を見た。
「ならもう、やることは決まってるんじゃないかな……?」
「え?」
硝子さんがあまりにも簡単そうに言うものだから、思わず口が開いてしまう。
決まってる? なにが?
そもそも僕に出来ることなんてあるのか?
「確かに家族の問題に、他人が口だしするのは迷惑かもしれないけど……でも、ジョーカーくんは結香ちゃんの友達なんでしょ? 彼女のことを大切に思ってる親友なんでしょ?」
「……はい、僕は結香が大切です」
僕の答えに、硝子さんは嬉しそうに頷く。
「ならその気持ちのまま動き出せばいいんだよ。それがジョーカーくんの生き方だったでしょ? 思い出してみて、今まであなたがしてきたことを」
「僕のしてきたこと?」
僕の生き方。
僕のしてきたことは。
「結香ちゃんに散々言われたんでしょ? なら今度は、ジョーカーくんが叩き付ける番だよ。あなたの気持ちを、あなたの想いを。もう答えは出てるんだよね」
「……僕は」
「安心して。あなたには、わたしも綺羅星ちゃんも付いてる。だから最後までやりきって。あなたにしか使えない最強の切り札を使って」
「――はい」
ペースを取り戻せて来たので、これからはなるべく毎日更新できそうです。
最後までお付き合いいただければ幸いです。
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