15.メインイベント:【黒の血筋】
愛果の母親の話ついて、少し修正しました。
「黒波墨汁の実の娘だって……」
「そうだよぉ、私はパパの子供なの。お姉ちゃんと一緒でねぇ」
そうか、彼女が結香のことを「お姉ちゃん」と呼んでいたのは、愛称でもなんでもなく、ただの事実だったんだ。
「喋りすぎだぞ、愛果。一体いつまで居座るつもりだ、レッスンに余白を空けるな」
「あはははぁ、大丈夫だよ。だってまだお姉ちゃんが全然追いつけてないんだもの、お話しするくらいの余裕はあるよ」
愛果は身体を軽やかに回転させて、黒波墨汁の座るソファーにふわりと腰を下ろした。
黒波墨汁が言っていた通り、まだ結香はライブをする上での実力など備わっていないだろう。
当然だ。二ヶ月前まで普通の人間だったやつが、そんなすぐに超人に変われるはずがない。
「そうかなぁ? 私は出来たよ」
愛果は心底おかしそうに、クスクスと笑う。
「私だって歌とダンスを始めたのはお姉ちゃんと同じタイミングだよ。だってそうじゃなかったらフェアじゃないしねぇ」
「でも人には個人差があるだろ」
「そうだねぇ。お姉ちゃんよりも私の方が才能はあるねぇ、ふふふ……」
「っ! 結香が暴走してる本当の理由はあなたね……?」
「えぇ? どういうことかなぁ?」
綺羅星の問いに、愛果はますますその笑みを深める。
綺羅星の言葉がさぞおかしそうに。
「実質妹であるあなたを追い越すために、無理をしている。実の父親に振り向いて欲しいがために……っ!」
「あはっ! 当ったりー、そうだよぉ♥」
愛果は我慢できず、小さな手を口元に当てて笑い出す。
子供らしい、か弱い笑い声は部屋中に響いて、心底不気味に聞こえた。
綺羅星も同様なのか、額から汗を流し、恐ろしいものでも見るかのように愛果を見つめたまま。
「なにが……おかしいのよ……」
「だってお姉ちゃん、パパのためにライブを成功させようとしてるのに、全然上手くならないんだもんっ、不憫すぎて笑えてきちゃうよねぇ?」
「あなた……っ!」
「でもそれじゃ駄目なんだよぉ。パパが求めてるのは、優秀で才能のある人間なんだからさぁ。そうだよねぇ、パパ♥」
「否定はしない。俺は無駄な物が何より嫌いだ」
黒波墨汁は低い声で、静かに答えた。
『あの子と並び立つには……あの子を越えるには……っ!』
あの夜、結香が言っていた言葉の意味はこのことだったのか。
ようやく念願の父親と会えたと思っていたら、彼の傍には、自分よりも優秀な妹がいた。
手を伸ばしても届かないその状況が、結香をどれほどまで追い詰めたのかは、想像に難くない。少なくても、黒台風を発生させるほどのストレスはあった。
それを思うと、あの日の晩、彼女は一体どれほど傷ついた状態で家に帰ってきたのだろうか。
「もう十分に喋っただろう、そろそろ本当に行け愛果。二度は言わないぞ」
「はーい、分かったよ。あ、そうだパパ、そこのお兄ちゃん雇ってよ。私、そのお兄ちゃんと一緒ならもっと頑張れるよ?」
「ただのガキを雇う余裕などない」
「ただのガキなんかじゃないよぉ。だってお兄ちゃんは、パパと同じなんだからさぁ♥」
「っ!?」
気がついた時、左頬に柔らかい何かが押しつけられた。
感触がなくなってようやく、それが愛果の小さな唇であったことが分かった。
「ねぇ、一緒にやろうよお兄ちゃん。そうすればお姉ちゃんの傍にも入れるし、私まで付いてくるんだよぉ? まさに配布キャラ。ただのおまけ。でも私はそれでもいい。お兄ちゃんが私の傍にいてくれるのならねぇ……♥」
愛果の光りすら通さない瞳が、僕を絡め取り、飲み込む。
気がついた時には、もう目の前には彼女の姿はいなくなっていた。
「それじゃ楽しみに待ってるからぁ。愛してるよぉ、お兄ちゃん♥」
そして愛果は消えた。
気がついた時にはもう、扉の閉まる音が聞こえていた。
「貴様はえらく、俺の娘たちと縁があるようだな。父親としては、実に不愉快な話だ」
黒波墨汁は僕にそう吐き捨てから、敵意むき出しの目で睨んできた。
「ちょっと待ってください」
声を発したのは綺羅星だ。
実に不愉快そうな目で、黒波墨汁に質問する。
「どういうことですか? あの愛果という子、見たところ十歳程度ですよね? 対する結香の母親と離婚したのが結香が小学四年生の時ですから、血が繋がっているということは、どう考えても離婚前の子供と言うことになります。もしかして結婚しているのに、他の女性とお付き合いしてたということですか?」
女性として、浮気の可能性に軽蔑感を抱いたのだろう。
だが、黒波墨汁は息を吐き、これを否定する。
「ふん、誤解をされたまま帰すのも納得がいかんから、仕方なく話してやる。愛果は、俺が昔付き合っていた女の子供だ。その女は俺と別れた後、密かに俺の子供を孕んでいたのさ」
「なっ……!? つまり……あなたに内緒で生んだんですか? あの子を?」
「その事実を聞かされたのは、結香の母親と離婚した後の話だ。独り身の俺の前に、ヤツは突然現れた。今の愛果のような笑みを浮かべて、まだ幼い愛果を引き連れてな」
「でもそれじゃあ、やっぱり浮気をしてたってことになるんじゃ……」
「いいか、俺とヤツは、それこそ数年前から会ってすらいなかった。だから勿論、関係なんて結べるはずがない。なのにヤツは俺の血を引き継いだ愛果を産み落としたのさ。一体どこから俺の血を引き抜いてきたのか……。昔から思ってはいたが、本当に心底不気味な女さ。だが、愛果がいたからこそ、俺たちは再婚した」
黒波墨汁は皮肉たっぷりに笑う。
「結香と愛果。別々の人間が付けた名前にも関わらず、こうも似通っていると何か因縁めいたものすら感じる。いや、むしろそれすらヤツの狙いだったのかもしれんな」
「そのことを……結香は知っているんですか?」
「ああ、話したさ。そして、お前たちの言う黒台風になった」
「「!」」
あの夜、結香は黒波墨汁とテレビ電話で会話したと言っていた。
この事実を聞かされるためだけに。
「元々結香が俺と会いたがっているのは知っていたさ。だから少し焚きつけるつもりで話してみたが、まさかこれほどの成果を出すとは思いもしなかった。感情による暴走か……我が娘ながら、またえらく変わったスキルを身につけたものだ」
「あんた……本当にそれでも親なの……!?」
「親が子供に求めるのは結果だけだ。『ただ生きてさえくれればいい』という言論もあるが、あんなものはまやかしにすぎない。人間はどこまでも傲慢な生き物さ、自分の子供は優秀な人間なんだと、どうしても思い込みたくなる。それを可能とするのが教育だ。俺はそれを、限界までやっているにすぎない」
「なんて人なの……結香はこんな人を求めているっていうわけ……っ!?」
「貴様とて例外ではないはずだ、綺羅星刹那。貴様とて、まだ両親との縁を切り捨てられていない。だからあの家に留まっているのだろ?」
「調べたの……?」
綺羅星は驚愕の表情に歪む。
「雇おうとする人間のことは調べ尽くす。当たり前の話だ。後でどんなボロが出て、損害を招くか分からんからな――さて、それではもう一度言うとしよう。綺羅星刹那、俺の事務所に入れ」
「誰があんたの事務所なんかに入るものですかっ!」
「結香を助けられるとしてもか」
「なんですって……!?」
「簡単な話だ。結香の友達であるお前がペルソナキュートに入れば、案外結香も正気を取り戻すかもしれないぞ。上手く感情をコントロール出来るかもしれない」
「そ、そんなこと……」
「やってもいないのにどうしてそう言い切れる。お前なら結香の暴走を止められるかもしれないんだぞ? 断ったとしても、俺は結香と会うことはない。どうする?」
「本当に……なんて卑怯な人なの……っ」
「卑怯でもなんでも使わなければビジネスの世界では勝てんよ。それにそれほど悪い話しでもないだろ。お前がペルソナキュートに入れば、少なくとも結香の傍にいることはできるのだから、後は自分でどうにかすればいい。メンバー内で助け会う分には、俺も止めはしない。それに、お前ほどの逸材が加入すれば、ペルソナキュートは間違いなく世界を目指せる存在となる。保証してもいい。なんせ、この俺が直々にプロデュースをするからだ」
黒波墨汁は大手を振って、高らかに言う。
「さぁ、どうする――綺羅星刹那」
「私……は……」
綺羅星は縮こまり、口を開けては閉じる。
何かを迷いながら、時々僕を見て、また黙る。
「それと先に言っておこう。愛果は貴様を雇いたいそうだが、それは無理な話だ」
黒波墨汁は僕にそう宣告し、綺羅星は息を呑んだ。
「綺羅星刹那。大方、こいつも一緒に会社に入ればと考えていたのだろうが、それは無理な話だ」
「どうして……っ!?」
「分からんか? 単純な話だ。異性同士が偏った割合で属する集団は崩壊する。世の理だ」
「そ、そんなこと起きるわけが……っ!」
「小さな雑草でも摘み取るのが俺の主義だ。無駄なリスクは取らん」
黒波墨汁は、再び手を組んで、僕を見る。
そして僕らの話し合いを締めるかのように、静かにこう言った。
「諦めろ、無生七芽。お前たちの恋物語は――ここで終わる」
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