14.メインイベント:【9673プロダクション】
キリのいいところまで書こうとしてら、八千文字になってしまった……。すまマーン!
後、更新が遅くなったのも、すまマーン!
僕と綺羅星は電車に揺られてる。
9673プロダクションのある東京都目黒区まで、電車で約一時間。
その間、僕らに会話などなく。お互い黙って、窓の外の風景が過ぎ去って行くのを、入れ替わる人々を眺めているだけだ。
「そう言えば」
と、思った矢先。突然綺羅星が小声で僕に話しかけてきた。僕は視線だけ横に投げる。
「あの時もこうして、二人で東京に行ったわよね」
思い出深そうに目を細める綺羅星。
彼女が言っているのは、綺羅星の過去を聞くために、二人して練馬駅にある公園まで行ったときの話だろう。
何か理由があってわざわざそこまで行ったのかと思って聞いてみれば、返ってきた返事は「ただの気分転換」だと返される始末。あの時は流石にキレた。ただの気分転換だけに、移動費で二千円を失うのは、高校生としてはかなりの痛手だ。
あの時は、綺羅星も色々とあって……結香と協力しながら、なんとか解決できた。三人で一緒に、綺羅星の家に泊まり込みまでしたっけ。
あれからたった二ヶ月程。
それほど月日は経っていないのに、今ではそんな日々がえらく遠く感じる。
あの頃には……まだ一緒に、弁当を食べてたんだよな。
「あの頃はまあ……私も色々とあって、ちょっとだけおかしくなってたけどさぁ――」
「幼児退行をちょっとのレベルに入れていいのか……?」
「うっさいわね、人の話を遮るんじゃないわよ。とにかく、あんな状況に陥っても、あんたは私を元に戻してくれたじゃない。だから今回もなんとなるわよ、絶対に」
綺羅星は優しい笑みを、僕に返す。
「……なんかキャラ違い過ぎないか?」
「それどういうことよ」
綺羅星の柔らかかったはずの目元が、一気に鋭く尖る。
「なんか、やけに優しいというかさ……」
「いつもそうじゃないの」
「いつもは優しさじゃなくて、蹴りだろうが。いた」
綺羅星の右足が、僕の左足に軽く当たる。
威力もなにもない、じゃれ合い程度の蹴り。そんな優しい攻撃だった。
それのおかげか、頭の靄が少しだけ晴れたような気がした。
「これで満足した?」
「……ありがとうな」
「変態ね」
「蹴りに対してのお礼じゃねぇよ」
確かに綺羅星の言うとおり、悪いことばかり考えるのも良くはない。
僕は巻き込まれながら嫌々ながらも、これまでも様々な問題に対処してきた。
だから今回も……どうにかできるはずだと、そう思うようにした。
だが、後にして思えば、僕と綺羅星はまだ考えが甘かったのだ。
あの、黒波墨汁を相手にするには――。
◇◇◇
9673プロダクションは、目黒区内の中心に位置していた。
電車を降り、多くの人々とすれ違って、ビル街の中を綺羅星と共に歩いて行くと、その一角に立つ一際大きなビルが見えた。
間近で見れば空まで伸びているのではないかと錯覚してまうくらいの圧倒感があるその建物こそ、9673プロダクションの事務所だった。
「高っけぇ……」
「ほら、行くわよ」
とっとと歩いて行く綺羅星の後を追って、自動ドアを潜る。
遙か高くに天井が見える吹き抜けの広々としたフロアには、まばらに人が行き来する。中には綺羅星のように顔を隠した芸能人らしき人物も何人か見かけた。
その中央。
受け付けカウンターと英語表記された場所には、受付嬢らしき人物が二人座っていた。
綺羅星は迷うことなく歩いて行き、受付嬢の女性一人に対して声をかける。
「黒波墨汁さんとアポを取っている、綺羅星刹那です。お取り次ぎをしてほしいのですが」
「はい、畏まりました。では、ただいまご確認いたしますね」
「お願いします」
受付の女性は電話越しで一言、二言の返事をして、受話器を置く。
「それでは、あちらのエレベーターから、最上階までお上がりくださいませ」
受付の女性は手を真っ直ぐ伸ばし、エレベーターホールを指す。
綺羅星はそれに軽く礼を言ってから、僕を連れて移動する。
エレベーターホールは、ホテルを思わせるような上品な作りだった。三つの扉が向かい合って合計六つもあり、その中の一つが、扉を開く。
開いたエレベーターの中はこれまた広く、軽く十人程度は余裕で乗れそうだ。
生憎、今回乗るのは僕と綺羅星の二人だけ。空間に無駄な隙間を作って、エレベーターの扉は締まった。
上昇するのを感じつつ、僕は綺羅星に気になっていたあることを聞いた。
「なぁ、なんで黒波墨汁の電話番号を知ってたんだ?」
綺羅星は少しだけ瞳孔を開き驚いたように、僕の顔を見た。
「分からないの……?」
「いや、何となく気になったからさ……」
何気ない質問のはずなのに、どうしてそんな顔で僕を見るのだろうか?
疑問に首をかしげる僕に、綺羅星は顔を曇らせた。
「いつものあんただったら……そう、そこまでなのね……」
「何のことだよ?」
「もういいから喋らないで……お願いだから……」
綺羅星は僕から顔を背け、手だけを握ってきた。
その手は微かに震えている。
「なんだよ? 大丈夫か?」
「……平気よ。ほら着いたわよ」
エレベーターは最上階まで辿り着く。
扉が開くと、スーツ姿の眼鏡をかけた女性が一人立っていた。
「ご足労頂き感謝します。社長の所までご案内いたします」
「お願いします」
「お願いします……」
案内人の女性の後ろを、僕と綺羅星はついていく。
今だ綺羅星の手は握られており、その力は足を一歩踏み出すごとに強くなっていく。
「絶対に……許さない……っ」
綺羅星は小声で何かを呟いたようだが、直後、案内人である女性の言葉でかき消された。
「こちらで社長がお待ちです」
扉の横には、「代表取締役 黒波墨汁」と書かれている。
案内人の女性は二、三度ノックをしてから扉を開けた。
「失礼します。社長、お客様がお見えになりました」
「ご苦労。すまないが、飲み物を用意してくれ」
「畏まりました」
短い言葉を言い残し、案内人の女性は、また何処かに行ってしまった。
部屋に入ると、壁一面の窓からは、目黒区内の街並みと空が一望出来た。
そんな窓を眺めていた人物が、こちらを向いた。
真っ黒のスーツを着込んだ、強い意志を感じさせる瞳を向けてくる男性――黒波墨汁だ。
「突然、お呼び立て、誠に申し訳ありませんでした。綺羅星刹那さん……と、其方の少年は?」
「覚えていませんか?」
綺羅星は、僕と黒波墨汁が既に面識があることを知っている。
綺羅星の問いに、黒波さんは肩を軽く上げた。
「生憎、そこまで重要でない人物の顔は覚えていませんのでね。綺羅星刹那さんの彼氏様でしょうか?」
「違うます」
なんで噛んだ。
「はははっ、これは失礼をいたしました。綺羅星刹那さん程の女性が、その程度の男性を彼氏にするはずありませんものね」
「……人を値踏みするのは、どうかと思いますが」
「これは失敬。職業柄、どうしても人を評価してしまうんですよ。職業病、悪癖です」
口ではそう訂正しているが、彼の口元に笑っており、反省の色は見られない。
「とりあえず、お二人ともお座りください。立ち話もなんでしょう」
「それもそうですね」
綺羅星は向かい合わせに置かれたソファーの片側に腰を下ろした。
それにつられて、僕も綺羅星の隣に座る。
人一人分の間隔を開けて。
すると、綺羅星が身体を揺らして、距離を詰めてきた。
最早互いの太ももが当たりそうなくらい近い。
本当に今日の綺羅星は、妙に僕に近づいてくるが、一体どうしたんだろうか。
案内人の女性が、三人分の飲み物を机の上に置く。
黒波さんと綺羅星はコーヒー。
僕は、ストローのささったオレンジジュースを渡された。
そこには、何かしらの意図が入っているように思えたが、今の僕にはそれが見えない。
「さて、それでは早速本題に入りましょう。綺羅星刹那さん、今回の要件は、我が社のスカウトに応じるといったことでしょうか」
スカウト!?
僕は言葉に出さずも、隣に座る綺羅星に視線を逸らした。
彼女は神妙な面持ちで、黒波さんを睨む。
だがそれを、黒波さんは余裕の笑みで飲み込む。
僕は改めて、靄の掛かった頭で考えてみる。
……今思い返してみればそうだ。
何故、綺羅星は黒波さんの電話番号を知っていた?
そんなこと簡単なことだ。
綺羅星もスカウトを受けて名刺をもらっていたからに決まっている。
綺羅星ほどの万能人間ならば、何処だって彼女という才能を欲しがる。
9673プロダクションからスカウトを受けていてもおかしくない話なのだ。
こんな単純なこと、少し考えれば分かるのに、さっきの僕はそのことすら分からなかった。
「綺羅星刹那さん程の逸材であれば、直ぐにでも、我が社の看板を背負うほどの存在になりえましょう。もちろん、我が社としても最大限のサポートさせていただきますし、それらに対応出来るシステム、設備も完備しております。望むのなら、どのような条件でもお受けいたしましょう。どうですか?」
「えらく私のことを評価してくださっているのですね」
「評価してなければ、スカウトなどいたしませんよ」
「しかしそれは、私ではなく、私の母が目的なんじゃないですか?」
綺羅星の母親。
前に聞いたが、確か大手芸能事務所の社長も務め、海外を転々とする大物だったはず。
「私を引き込めば、実質母の経営する芸能事務所ともパイプが出来る。それが目当てなのではないんですか?」
「もちろん、それもあります」
「誤魔化さないんですね」
「交渉に下手な嘘は失敗の元です。本音で話した方が、お互いのためにもなるでしょう? むしろ、数多の可能性を考えない経営者など愚かなだけです」
黒波さんは手を組んで、綺羅星から目を逸らさない。
むしろその目の力は強さを増したように感じた。綺羅星もそれを感じ取ったのか、一瞬怯んだように見えた。
だが直ぐに立て直して、負けじと視線を強める。
「生憎、私を手に入れたとしても、母は依怙贔屓なんてしませんよ。あの人は、自分の利益しか考えない人ですから……っ」
綺羅星の歯が微かに軋む。
綺羅星は黒波さんを睨む。だがそれは、彼に対してのものではなく、その先にいる別の誰かに向けらているような感じがした。
黒波さんは、また笑みを深めて、おかしそうに笑う。
「ええ、知っていますよ。私の経営学などは、あなたのお母様である綺羅星星羅さんから学んだものですので」
「っ!? 母の元で働いていたんですか……?」
この発言に綺羅星も思わず、驚きで顔を崩した。
「ええ、大変勉強になりました。それこそ、常識なんてものが全て壊れるくらいの衝撃がありました。本当に、いいお母様をお持ちになりましたね」
「あの人の何処が……っ!! ……すいません、少し取り乱してしまいました」
一瞬怒気を見せて腰を浮かせた綺羅星だったが、すぐさまクールダウンをし、浮かせた腰を下ろす。
「いえいえ、構いません。私も、少々踏み込んだ発言をしてしまい大変失礼いたしました――ですが」
黒波さんは、手の平を綺羅星に掲げる。
「それを差し引いたとしても、我が社は是非あなたが欲しい。あなたはまだ本来の輝きを知らない才能の原石。選ばれし人物の素質を持った人間です。私は、あなたのその輝きが見たい」
黒波さんの何処までも深い黒ずんだ瞳の奥は、とてつもない野心を放っていた。
皮肉にもその瞳は、結香の黒台風状態の時と酷似しており、彼らが血の繋がった肉親であるという事実を確信した。
黒波さんの思わず飲み込まれてしまいそう気迫に対し、綺羅星は星のような闘志の光を目に輝かせる。
「では、はっきりと申しましょう――お断りいたします」
「条件に不満でも?」
「いいえ、私は最初からスカウトに応じる気はありませんでした。それとは別に、あなたと直接会って、話さなければいけないことがあった」
「はて、スカウト以外に、ですか? 一体どのような要件でしょう」
「あなたの実の娘である、緩木結香のことについてですよ」
綺羅星が結香の名前を出した瞬間、黒波さんの動きが止まった。
だが表情は崩れず、なんかを探るようにして、目を細めて綺羅星を見る。
「――誰からそれを?」
「結香本人からです」
「つまり、初めからその話をするためだけに、ここに来たと言うわけですか?」
「はい、その通りです。最初から本来の要件を伝えても、話し合いに応じてもらえるとは思っていませんでしたから。以前頂いた名刺を利用させてもらいました」
「なるほど……そういうことですか」
黒波さんは、手で頭を掻き上げると、今までしていたその笑みを真顔に変えた。
「ビジネスの話でないのなら、すまないが私用の口調にさせてもらうぞ。それで、俺に何の話だ? 手短に済ませてくれ、こっちも忙しい身でな。無駄なことに割く時間など、持ち合わせていないのだよ」
黒波さんの瞳が益々、その黒さを増していく。
そこには、先ほどまで含まれていなかったはずの敵意がにじみ出ている。
「えらく性格が違うんですね」
そんな黒波さんに、綺羅星は冷静に言葉を返す。
「場において複数の顔を持つことなど、常識だ。お前たちとて自然とやっていることだろう」
「話したいことは、結香の体調のことです。彼女は今、精神的にひどく追い詰められています。あなたが原因で」
「ほう、どういうことだ」
「結香は今、感情を制御出来ていません。想いが暴走して、自分でも歯止めが利かない。それもこれも全て、ライブを成功させて、あなたと会うためなんです。あなたと話したいがために無茶をしています。お願いです、結香と会ってあげてください」
「それは出来ない相談だな」
「なんでなんですか!?」
叫んだのは僕だ。
黒波さんは、ようやく僕を見た。
今初めて、僕という存在を認識したかのように冷淡な視線を僕に向ける。
「ようやく喋ったか、名無しの少年。ただの金魚の糞かと思ったかが、口は付いていたようだな」
隠しもしない敵意と、静かで力の入った罵倒に、一瞬身体が震えた。
だがそれ以上に、感情を抑えられなかった。
「どうして結香に会ってあげないんですか!? 結香はあなたに会いたい、話したいそれだけの為に頑張っているんですよ! このままじゃ結香は確実に無茶をして壊れます! 今の結香を止められるのはあなただけなんです! なのにどうしてそんな簡単なことができないんですかッ!?」
僕がいくら叫ぼうが、黒波さんは冷静な顔で、空しそうに眺める。
そして、静かにしゃべり出す。
「結香の願いなど大方想像は出来ている。だが今会うのは得策ではない」
「得策じゃないって、何を言っているんですか……?」
「貴様たちの話を参考にすれば、今結香は感情の暴走とやらで、一時的な上昇効果。つまりハイクオリティを発揮出来る状態ということだろう。ならばそれを今止めるのは、愚策としか言いようがない」
「愚策って……なんですかその言い方は!?」
「今までの結香のペースでは、ライブまでに基準となるクォリティまで達しないと言っている。それは、プロとしてあってはならないことだ」
「なっ……!」
『私ね、実は足引っ張ってるんだよ……ダンスも上手くないし、歌もまだまだ素人の声で……本当に駄目駄目なんだよ……』
『あれじゃ駄目なんだよ……っ! 最初の、ましてや他の人たちもいた合同のライブだったからあれでよかった……でも今度は単独なんだよ? だからあれ以上のクオリティが必要なの……っ! あの子と並び立つには……あの子を越えるには……っ!』
あの悪夢の日に聞いた結香の言葉が、頭の中で再生される。
「今のままでは確実にライブの完成度は格段に落ちるだろう。それこそ売り物にすらならないほどにな。結香はもう、ペルソナキュートという看板を背負った立派なプロだ。それ相応の覚悟と責任が伴う」
「で、でも……それで結香が壊れたりしたらどうするんですか……っ!?」
「こちらは無理のないスケジュールを組んでやっている。とすれば、後は個人の問題だ」
「個人って……そんな……実の娘なんでしょ……?」
「娘の前に仕事相手だ、私情は挟まん。それと、貴様に一つだけ言っておこう」
黒波さんは身体を前に出し、声を低めて力強く、僕にこう言った。
「俺の娘を気安く語るな、部外者が」
ガンッ!!
突然の大きな音に、僕らの視線は自然と向いてしまう。
すると隣で震えた両拳を、ガラスのテーブルに置く、綺羅星の姿があった。
衝撃の所為か、綺羅星の手の近くには、コーヒーの入っていたはずのティーカップがひっくり返ってしまっている。
「さっきからなんなのよ、その言い草は……っ!」
「事実を言ったまでだ」
「本当なんでこう、親ってみんなそう自分勝手なの……っ! 子供の気も知らないで、勝手に自分の都合ばかりでことを進める……っ。振り回されるこっちの身にもなりなさいよっ!」
綺羅星の言葉には、明らかに、結香のこと以外の事情も混ざっていた。
綺羅星もまた両親の事情によって酷く苦しめられた、過去を持つ。
それが、黒波墨汁の言葉で一気に爆発したのだ。
「いい!? こいつは……七芽はあんたがいない間に、散々結香や、あたしたちのことを助けて来たのよっ!? それを今更出てきて部外者ですってッ!? そんなのあんまりでしょうがっ!!」
「綺羅星……お前……」
彼女の言葉に胸からこみ上げてくるものがあった。
その言葉だけで、僕の今までのことが全部報われたような気がした。
「だからどうした」
だがそれを、黒波墨汁は真っ黒に塗りつぶす。
「ならばお前たちは結香から助けを求められたのか? 『アイドルを止めたい』と、そう言われたのか?」
「それは……言われてないけど……」
「ふん。ならばお前たちが部外者であることに変わりはない。それにだ、俺のことを酷く言うが、本人に頼まれてもいないのに、自分たちの考えと感情だけで動く。そんなお前たちと俺の、一体何が違うのだろうな」
黒波墨汁の冷静な言葉に、僕も綺羅星も言葉が出ない。
流れたのは長い沈黙であり、黒波墨汁が溜息を吐く。
「さて、話したいことは済んだか。ならばとっとと出て行け。仕事の邪魔だ」
「一つだけ……いいですか……?」
「なんだ、雑音。今度はどんな酷い音をかき鳴らすんだ?」
黒波墨汁からは容赦のない罵倒が飛んでくる。
だが今になって引っかかったことがあったんだ。
一体それがなんで引っかかったのかは、頭で考えれないため理解まではできなかったけど、僕は直感の赴くままに、その疑問を口にする。
「愛果は……一体何者なんですか?」
「聞くなら、しっかりと言葉にしろ。時間の無駄だ」
「結香は……愛果を酷く警戒してました……そして越えないといけないとも言っていた」
思いついた疑問を一つずつ並べていく。
それが何処に向かうかは分からないけど、僕の中で強くこのことについて言語化しなくてはならないと思ったんだ。
何か大事な真実が見えていない気がして。
「ライブを一緒に成功させるのに『越える』なんていう表現を使ったことが気になったんです。結香は本来、特別競争心のあるやつじゃない。なにか特別な理由でもないかぎりは、そんなことを望まない。それこそ……大切な物を取り合うとかでない限り」
「――つまりどういうことだ?」
「あなたと愛果は、何かしらの共通点があるんじゃないですか? それこそ結香とも直接関係する何か特別な秘密を」
「あんた、それってもしかして……!」
「教えてください。あなたと愛果の関係を」
「貴様たちに話す気はない」
黒波墨汁は強い口調で、僕の言葉を退ける。
だが僕も引けなかった。だってこれが、何か結香を助けるヒントになるかもしれないのだから。
再び僕が口を開け――、
「意地悪しないで教えてあげなよ、パパ」
「「「!」」」
その場にいた全員が、一斉に声の方向に視線を向ける。
いつの間にか、ガラスのテーブル横に立つ一人の人物。
黒色のワンピースを着た、三日月のような口で笑う一人の少女。
そのような顔をする人物を、僕はこの世で一人しか知らない。
「愛果……っ!」
「久しぶりだね、お兄ちゃん♥ ライブ以来だね」
「愛果、ここで一体何をしている。今日から合宿練習のはずだ」
「忘れ物を取りに来ただけだよぉ。そしたらたまたまお兄ちゃんの姿を見かけたから、つい後を追って来ちゃったの♥」
纏わり付くような瞳で、愛果は僕に笑いかける。
這い寄るような視線よりも、僕は愛果の口にした言葉が先ほどから耳から離れない。
彼女が今まで散々口にしていた「パパ」という単語。
それが、ある人物によって向けられたのだ。
それが誰なのか、頭の働かない僕ですら分かる。
「パパって……もしかして君の父親は、黒波墨汁……なのか……?」
「そうだよぉ、お兄ちゃん。私の名前は、黒波愛果。正真正銘、パパと血の繋がった実の子供だよ♥」
綺羅星は目を見開き。
黒波墨汁は目を伏せ。
僕はただ、驚いた顔で愛果を見ることしか出来なかった。
愛果はそんな僕ら三人を、その三日月のような口元でクスクスと笑った。
黒い闇に満ちた絡みつくような瞳を向けて。
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