13.星に願いを
「なんだよ……どうしてお前が……ここにいるんだよ……」
「何でって……かふぇモカ先生に頼まれたのよ」
「硝子さんが……?」
「えっと、あんたと先生がハマってるゲーム? にログインをしてないとかどうだとかで、心配だから見に行ってほしいって」
それを聞いて、納得した。
『スターダスト☆クライシス』を毎日ログインをしていた僕が、突然二日もゲームを起動してないと分かれば、確かにおかしいと感じるはずだ。
でもそれなら、どうして直接電話をかけてこなかったのだろうか?
「締め切りがギリギリらしいわよ」
「それってゲームやってたからじゃないのか……?」
硝子さんの相変わらずの駄目駄目っぷりに思わず呆れてしまい、微かに吹き出してしまった。
本当、硝子さんらしいな……、。
その話のおかげか、少しだけ頭の中の靄が消えたような気がしたが、今だ思考はまとまらない。
「ちょっと、聞いてるの?」
気がつけば、綺羅星の顔は直ぐ傍まで迫り、その煌めく星々ような瞳が僕を睨んでいた。
「え? なにか……言ったか……?」
「だから、一体何があったのかて聞いてるのよ、全くもう……」
「……別になんでもな――」
「あーはいはい、ならお邪魔するわよ」
僕の言葉など無視して真横をすり抜けて、綺羅星は靴を脱いで玄関をあがった。
「おい、話聞けよ……っ。何もないってば」
「そんな情けない顔で言われても、説得力ないっつーの。あんた程度の考えなんてすぐ分かるんだから、諦めなさい」
ひらひらと手を振る綺羅星を見て、僕は胸に貯めていた息を吐き出す。
「……何か飲むか?」
「コーヒーがいいわ」
それだけ言って、綺羅星は静かな足取りで二階まで上がっていった。
「――そう。だからあんたもそんな惨めな顔してるのね、納得した」
「うるせぇよ……」
結香と言い争った夜のことを、僕は綺羅星に事細かに話した。
どんなに隠そうとしても、綺羅星の言うとおりなんでも見透かされるような気がしたため、素直に話すことにしたのだ。
それに、綺羅星も結香の友達。いや親友だからこそ、このことは知っておくべきだとも思った。
僕が結香にとって必要のない存在になったとしても、綺羅星はまだ結香との関係を持ち合わせている。
僕にはもうどうしようも出来いけど、綺羅星にならなんとか出来るのではないか?
そんな淡い期待もあったから。
僕が話している間、綺羅星は静かに、適度な相づちを打ちつつ聞いてくれた。そんな彼女の気遣いには、正直助かった。
硝子さんの話や、綺羅星の相変わらずの軽い罵倒で気は紛れていたが、今だ、僕の頭の中は靄が掛かったように、何も見えず、考えがまとまらない状況だ。
その状況で質問攻めにでもあったら、僕は何も話せなくなっていただろう。
今綺羅星にあの夜の話をするのも、やっとなのだ。
思い出したくないくらい、結香の姿を想像したくないくらい、あの晩の出来事は僕に深い傷を刻みつけた。
綺羅星は机に置かれたマグカップを手にし、口に付けてから、空を仰ぐ。
それから一呼吸置いた後に、こう切り出した。
「それで? あんたはこれからどうするつもりなのよ?」
「どう……て……何がだよ?」
「あんたは結香に拒絶されて、それでこれからどうするつもりなのかって聞いてるのよ」
綺羅星は淡々と、僕にそう投げかけた。
だが、頭の回らない今の僕では、この現状をどうすることも出来ない。
その案を考えることも、ましてや、やる気さえも起きない。
「こればかりは……どうすることも出来ないだろうがよ……」
「諦めるの? 結香が壊れるのを、ただ黙って、そのまま見てるつもりなわけ?」
「っ!」
瞬時に血が上り、感情が吹き上げって、思わず立ち上がった。
「なんだよ! じゃあどうすればいいって言うんだよっ!?」
「あんた、前に言ってたじゃないのよ。結香が無理するときは自分も無理をしてでも止めるって」
「あの時と今じゃ、話が違い過ぎるんだよ! あの時の原因は僕だった! だからそんな無茶苦茶な策でも通じたんだ! でも今回は僕は部外者、蚊帳の外なんだよ! 何一つ関係のない、家族の問題なんだ! 無関係の僕に、これ以上何ができるていうんだよっ!?」
息切れをしながら、呆然と立っている僕とは対極的に、綺羅星は静かに黙って、座ったまま僕を見ていた。
その光景があの悪夢の夜とダブって見え、僕は怖くなってすぐさま綺羅星から目を逸らした。
また他の誰かに失望された視線を向けられたら、とても耐え切れそうにないから。
綺羅星は、さっきの怒鳴り散らす僕の姿を見て、酷く蔑んだ目を向けていることだろう。
言い終わってしまった今の僕ですら、最低だと思ってるんだから。
本当に情けない。硝子さんのことを駄目駄目だなんて言える立場じゃない。
硝子さんは確かに色々と欠点を抱えているかもしれないけど、それでも頑張って現実と戦っている。生きている。
それに比べて、今の僕のざまはなんだ?
死人のように毎日を過ごし、時間を無駄に消費している。あげく、頼まれたからと言っても、心配して様子を見に来てくれた同級生の女の子に対して、大声で当たり散らしている。
なんて、見窄らしくて、ガキっぽいことをしているんだ、僕は。
本当に情けなくて、乾いた笑い声すら出てきてしまう。
今になって分かる。
こんな僕だから、結香も僕に愛想をつかしてしまったんだろうな、と。
「……っ?」
そんな時だ、両手に仄かな熱を感じたのは。
認識は灰色の思考から、現実へと引っ張り上げられる。
するとそこには、しゃがみながら僕の両手を握っている綺羅星の姿があった。
「少しは落ち着いた?」
「あっ……えっ……っ?」
綺羅星は下から僕の顔を見上げる。
それに吊られて思わず綺羅星の目を見てしまった。
心の中で後悔した。
また一人、誰かを失ってしまう。
綺羅星にも見捨てられたら僕は……!
恐怖に視界がにじみそうになる――が、彼女の瞳には、僕を失望したり、軽蔑するような感情は、全く感じられなかった。
しかし、それとは別に、瞳の奥で、何かものすごく強い感情が煌めいている。そう感じられた。
「事情は分かった。確かにどうしようもない状況だっていうことは理解できた。でももし、もしもこの状況から前に進める方法があるとするなら――」
綺羅星の瞳にあったのは、失望や軽蔑でも、ましてや、結香や硝子さんなどがよく向けてくれた甘い慰めでもない。
そこに秘められていた想いとは――、
「あんたは一体、どうしたいわけ?」
何処までも強く眩しい、気高き闘志――それが、綺羅星の瞳の奥底に、銀河のごとく光り輝いていた。
綺羅星は、この状況に真っ向から挑もうとしているのだ。
解決の糸口が見ないこの奈落の闇を、その輝く意志で流星のごとく突き進もうとしている。
道に光は照らされた。
それなら、僕が言うべき、いや言いたい言葉は――ッ!
「僕は……結香を助けたい……っ! 結香の壊れる姿なんて……僕は見たくないんだよ……ッ!!」
僕のその咆哮に、綺羅星は口角を上げて、格好良く笑った。
「良い返事よ、七芽」
「!」
胸が跳ねたような感覚がした。
綺羅星が……僕の名前を呼んだ……?
その衝撃的事実を確認しようとするよりも先に、綺羅星はスマートフォンを取り出して、何処かに電話をかけ始めた。
数秒ほどして、繋がったのか、綺羅星は電話の向こうの相手に言葉を投げかける。
「もしもし? はい、綺羅星刹那です。先日の件で是非お話がしたいのでお電話させていただきました。はい。それで近々お時間を頂きたいのですがよろしいでしょうか? え、今からでも大丈夫なんですか? …………はい分かりました。では、後ほどお会いしましょう」
最後に「失礼します」とだけ付け加えて、綺羅星は電話を切る。
そして僕に視線を向けた。
「ほら、出かけるから、とっとと着替えなさい」
「出かけるって……どこにだよ……?」
「そんなの決まってるでしょうが。会いに行くのよ、今回の事件の発端となった人物にね」
「事件の発端となった人物……って、それってもしかして……!」
「そう。これから黒波墨汁社長に会いに行くのよ、私たちは」
その名前を聞いて、僕の中で強い感情が湧き上がり、急いで外服を掴み着替えた。
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