11.メインイベント:【星空の悪夢】
おかしい。
こんな状況が続くなんて、今までのことを考えれば、あり得ない話だ。
夏休みももう既に半分を消費しきっているというのに、夏休みに入ってから僕は今までの間、結香と一度も会っていなかった。
こう言ってしまえば、まるで僕が結香と会えないことを恋しいと思っていると勘違いされるかもしれないが、もちろん違う。
今までの結香ならば、一週間に一回は僕の前に姿を現していたはず。
もちろん今はライブの準備で多忙を極めていることは知っているし、自由な時間も殆どないのだろう。
だが今までならば、結香は無理をしてでも僕に会いに来ていたはずで、それを見て僕が呆れて、そんな彼女を構う。それがいつものパターンだった。
しかし最近では、メッセージの一つすら送られてこない。
これは今までの結香の行動を考えれば、あまりにも不自然な行為だった。
「またあいつ……変なことになってるんじゃないだろうな……」
僕はそれらのことに関して、何かしらの違和感や不安を感じていた。
だから決めた。
今日は必ず、結香と会おうことにしようと。
◇◇◇
「ううっ……寒っ……上着持ってくればよかった……」
夏だからと油断していた。
夜になってみれば、外の気温は一気に下がっており、動いてないと冷たい夜風が肌を駆け巡る。寒っ!
現在時刻は夜の十一時。
僕は外に出て、住宅街のとある一角にて、真夏の夜空の下、星空を見ていた。
空を見上げれば、うっすらと光る星々の中に、夏の大三角形が見える。三角形を構成する内の一つは、少し光りが弱いが、なんとか見える。
あれがデネブ、アルタイル……後なんだっけ、忘れたな。
と、何故僕がこんな夜遅い時間に外で星空を見ながら暇つぶしをしているのかといえば、この角を曲がれば結香の家があるからだ。
もうお分かりだろう。
僕は結香が帰ってくるのを待ち受けていたのだ。
前に一度朝に会いに行ったが、チャイムを鳴らしても誰かが出ることはなかった。
だから今回は真逆の夜だ。
もちろん結香の帰宅時間は分からないため、念のため夕方の六時から張り込みを開始している。だが今だ、結香が帰ってきた様子はない。
帰りの時刻は遅いだろうとは予想していたが、まさかここまでとは思わなかった。
寒さのあまり、正直もう帰りたいという衝動に駆られるが、ここまで来たら以上、引っ込みも付かない。
ヒュー。
「寒っ!」
冷たい夜風が再び僕の肌を撫でた
「……やっぱ、もう帰ろっかな」
身体をさすりながら諦めかけたその時――砂利を巻き込みながら進む、タイヤの音。
それは車の走行音だ。
僕は壁際から顔を出すと、そこには結香の家の前に止まる一台の黒色の車があった。
ガチャリ、というドアの開く音と共に、中から出てきたのは――結香。
思わず息を飲んでしまった。
結香だ、結香が目の前にいる。
暗闇で顔は見えないが、久しぶりに見る彼女の姿に、どこかそわそわした気持ちが膨らんでくる。
待て待て、たかが半月ほどしか会えていないだけで少し動揺しすぎだぞ。なにをそんなに高ぶっているんだ、僕は。落ち着け、落ち着け……。
だが、身体から湧き上がってくる訳の分からない感情に、思わず口元の端が持ち上がってしまう。
そんなだらしない顔を何度か叩き、大きく息を吸って、平常心を保つ。
よし! これで大丈夫だろう!
一連の動作を終えると、車は僕の横を通りすぎ、走り去っていった――今だ。
僕は急いで自転車のペダルに足をかけて、結香の下まで走り出す。
結香が家の中に入ってしまう前に……!
「結香ぁー!」
「っ!」
僕の声に気がつき、結香は足を止めた。
自転車のライトが、結香の身体を照らす。
「よ、よう……久しぶり……だな……」
「……七芽くん?」
結香はこちらを向かず、背を向けたまま、僕に問いかけた。
疲れているのか、声はどこか重く、顔も俯かせている。
「こんな遅くにどうしたの?」
「ああ……えーと……コンビニ行く途中でたまたま通りかかっただけだよ……」
本当は結香と会うために来たのだが、もちろんそんなことは言わない。
そんなことを言えば、また結香がはしゃぐからな。
「こんな夜遅くまでライブの練習か? 身体の方は大丈夫なのかよ」
「うん。まあね…………私の場合は、もっと頑張らないといけないから」
「あんまり根気詰めすぎるなよ。そうじゃないとまた……」
「七芽くん、ごめん。私、今日はもう疲れてるから……行くね」
「あ、ああ……それは悪かっ――っ!」
家まで駆け出そうとした結香の手を、僕は思わず掴んだ。
一瞬見えた物が、どうしても気になって確認する必要があったから。
「……どうしたの……かな……?」
結香はまるでそれを隠すかのように、僕から顔を背ける。
そのことがますます、僕の不安をかき立てた。
「結香……どうしたんだよ……その目は……」
「――――なんのことかな?」
「とぼけるなよ、顔を見せてみろ!」
「っ! やめて!!」
嫌がる結香の肩を引っ張ると、彼女の顔が露わとなった。
そこのあった物は――、
「なっ……!?」
あり得ない。
それが最初の感想だった。
だって彼女のあれは、一度収まったはず。
それに僕以外のことでは、決して発動をしなかったはずなんだ。
なのになんで……どうして……なんだ……。
「なんで……どうしてその状態になってるんだよ……!」
目の前にいる結香。
夜闇の中に立たずむ彼女の目は、その暗さ以上の闇を孕んでいた。
真っ黒なまでの深淵の瞳。
「どうして……黒台風なってるんだよ、結香っ!!」
そこには、黒台風状態となった緩木結香が立っていた。
「どうして……黒台風になってるんだよ、結香……。一体何が、そこまでお前の感情を暴走させた?」
「……」
黒台風状態とは、結香が強い感情に飲み込まれて、制御出来ずに暴走する現象のことを指す。
一度こうなってしまえば、結香はどんな犠牲を払ってでも目的を果たそうとする。それが例え、自らの命と引き換えだとしても――。
過去に何度か、そんな黒台風状態の結香とは遭遇したが、その原因のどれもが僕に起因するものばかりだった。
だが、今回は関しては……、
「なんで……僕を見ようとしないんだよ……」
「……」
今の結香は明らかに、僕を見ていない。
見ているが、僕以外の何か遙か遠くの物を見つめている。
僕以外の誰かを見ている結香。
その事実が、何故かたまらず僕の胸を締め付けた。
何故だろう。なんでこんなにも空しい気持ちになるのか、僕には分からなかった。
結香は表情は僕と会って喜ぶどころか、むしろどこか煩わしさを感じているように、顔色を曇らせている。
そんな今まで見たことのない結香の表情に、僕の胸はますます締め付けを増して、苦しくなる。
まるで悪夢でも見ているかのような、息苦しさに耐えきれず、僕は結香に問いただす。
この悪夢となった原因を。
目覚めるための術を聞くために。
「答えてくれよ、結香! 今度はまた何を無理してるんだ!? あの黒波って社長に何か無茶なことでもやらされてるのかよ!? それなら僕はあいつを――!」
「違うっ!」
結香は夜中なんて気にせず、強く声を張り上げた。
「違う……違うんだよ……」
「何が違うんだよ……ちゃんと言ってくれないと分からないだろうが……!」
結香は少し黙り込んで――そして押し出すような、うめくような苦しそうな声で言葉を吐き出した。
「社長は……あの人は私のお父さんなの……私の……本当のお父さんなんだよぉっ!!」
結香のこの告白が、更なる暗闇の悪夢の引き金になるとは、まだ僕には知るよしもなかった。
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